第30話
「夢の中でも、槍を突いてました」
翌日、荷馬車に揺られながらライアンがぼやいている。
ガレアは何度も何度も、同じ動きを練習させる。それは子供の頃アッシュとディーンも嫌と言うほど経験していた。
その経験から、昨日はディーンがライアンに助言をしていたのだが、ガレアはそれよりもやはり数段厳しかった。
「自分では同じ場所を突いているつもりなんです」
しかしガレアはそれを否定し、もう一度突かせる。疲れて腕が上がらなくなっても、そんなことは関係ないという目をして、ただ何度も突かせるのだ。
ライアンの話にアッシュとディーンは懐かしさと同時に同情を覚えた。一度始まったガレアの指導は、恐らく今日も、明日も続く。ガレアの満足する型が出来上がるまで。
しかしそれはライアンの為だと2人は分かっている。頑張れと、アッシュとディーンはライアンを励ました。
そんな2人に、隣を進む荷台からガレアが声を掛ける。
「今夜からお前達3人もだ」と。
その言葉に誰より驚いたのはヴェラだった。自分にはまったく関係のない話だと思っていたからだ。
「あたしも、やるのかい?」
ヴェラの言葉に、既に覚悟を決めたアッシュはただ黙って頷くのみであった。
「刃物一枚分の隙間があれば、相手を殺せる。その隙間を確実に捉えろ」
ディーンとライアンにそれだけ言うと、ガレアは彼らに素振りを命じた。
次にアッシュには盾を構えた状態での素振りを指示し、ヴェラの元へとやってきた。
「お前は斥候ではないのだな」
アッシュ達と同じ防具を身に纏い、見たことのない素材の短剣を装備しているヴェラを、ガレアは戦士と判断した。
「前は斥候をしてたんだけどね、今はほら、ファングがいるしで、あたしも戦ってるよ」
「あの3人の戦いは昨日見たが、お前のはまだ見ていない」
こい、と言ってガレアは武器を持たず、素手のままで立っている。
「あたしはこれを使っていいのかい?」
腰に差した2本の短剣を叩きながらヴェラが言う。
それに対しガレアは頷くが、自身が武器を手に取るつもりは、やはりないようだ。
ガレアの話は以前から冒険者仲間から聞いていた。数多くの魔物を倒し、数多くの発見をし、冒険者という仕事をそれまで以上に広く世に知らしめた存在。
そんなガレアに自分が稽古をつけてもらう日が来るとは思っていなかった。緊張と怖さ、それと同時に楽しさが込み上げてくる。
「それじゃあ、その、よろしく、お願いします」
そう言って腰から短剣を抜くと、両方を逆手に持ちガレアに向かって突っ込んでいった。
何が起きたのか分からなかった。
二発目の突きでガレアを誘導し、避けると分かっている場所に短剣を突き刺した。
だが、今ヴェラは砂の上に横たわり、空を見ている。体はどこも痛くない。恐らく着地する直前にガレアによって衝撃が緩和されたのだ。
「お前は目がいいのだな」
ガレアがヴェラの手を取り立たせる。
「元は斥候だったからね。それに」
と聖女の話を言い掛けて止めた。ガレアに北の山脈での出来事を話したとき、聖女の存在は話したが、力を引き継いだことまでは話していない。
「それに、あいつらとも長く旅をしてきたからさ」
そう言ってヴェラが眼帯を外す。
「見えないわけではないのか」
「ちょっと訳ありでね」
腰を落とし、ガレアを視る。その立ち姿には少しの揺らぎもない。
地面を蹴り、一気に間合いを詰め短剣を繰り出す。
一撃目を避けられ、二撃目は手を使って流された。
「突かれた短剣に手を当てるなんて、やっぱりすごいんだね」
言いながらも攻撃の手を休めない。
刺突専用に作られた竜の爪の短剣による攻撃は、しかしことごとくガレアに捌かれてしまう。視て、ガレアの動く先に突きを繰り出すにも関わらずだ。
ガレアは自分の動きを読むヴェラの動きを、更に読んで動いていた。
眼前で幾通りもの動きを見せるガレアにヴェラの目は徐々に追い付かなくなり、動きが雑になった一瞬の隙をつかれ投げ飛ばされてしまった。
「ありがとう、ございました」
酒場で男達に圧勝し、少し得意になっていた部分もなくはなかった。しかし今回の件で、目があったところで自分はまだまだなのだと戒めることができた。
立たされたヴェラはアッシュ達に並び、その日遅くまで素振りをするのだった。




