第22話
「やぁ、お前達。十分に話をしたかね」
ガレアに遅れて2人がカーマインの元へと向かうと、彼は既にだいぶ出来上がっていた。
「聞いておくれよ、カーマインさんたらあたしのことを可愛らしいお嬢さん、なんて呼ぶんだよ」
ヴェラはニコニコしながら言う。カーマインに合わせて飲んだからか、彼女もいつもより出来上がるのが早かった。
「気にしなくていい、父さんは酔うと誰にでもそう言うんだ」
アッシュは心から悪気なく言った。そしてカーマインには確かにそういう事実があった。
しかし今は言うべきではなかった、それにアッシュが気付いたのはヴェラに酒の器の底で頭を小突かれたからだった。
「そうか、お前達の受けた依頼というのは塩湖の魔物を討伐することだったのか」
アッシュ達がここにいる理由を説明すると、カーマインはそう言って何かを考え始めた。
「よし、思い付いたぞ」
少ししてカーマインは商人の顔を全面に出しながら言った。
「お前達に必要なものは全て私が、このカーマイン商会が用意する。そしてそれは仕入値でお前達に売ってあげよう」
タダで、と言わないところが商人らしいが、しかしそれではカーマインに何の利益も生まれない。
ディーンがその事をカーマインへ伝えると、彼は何かを企む少年のような顔をして言った。
「もちろんその後を考えてあるよ」と。
これまでの商人と冒険者の一方的な関係を、カーマインは少し変えようと考えた。
商人が用意したものから冒険者が選ぶのではなく、冒険者が欲しいものを商人が用意するというやり方へと。
つまりは待つ商売から攻める商売への変化。
今回アッシュ達に協力することによりカーマインの望むことは2つ。
1つは依頼完了後に1番に岩塩を仕入れる権利。そしてもう1つは「冒険者組合御用達」の看板だった。
「なるほどね。僕たちに必要な物資を運んだ帰りに、岩塩を乗せて帰るつもりなんだね」
ディーンの言葉にカーマインは頷く。
「今は商人組合の備蓄を、制限を掛けながら卸している状態でね。需要に対して供給が追い付いていない。だから私の仕入れた岩塩をそれよりもほんの少しだけ安い値で売れば、あっという間に売り切れるということだよ」
これは岩塩が十分に流通し始めてしまっては使えない稼ぎ方だ。
「そして私の協力を得たお前達が見事依頼を達成することで、私は冒険者組合へも食い込むことができる」
だからお前達に仕入値で売っても最後は儲かるのだよ、とカーマインは微笑んだ。
「その為には今あたし達に無料で物資を提供しといた方がいいんじゃないかい?」
と言うヴェラの言葉にカーマインは微笑みながら言った。
「それは無理だ、私は商いをする人であって聖人ではないのでね」と。
いつ行くのかと聞かれ、明後日だと伝えると、カーマインは慌てて酒場を飛び出していった。
商人組合への交渉と冒険者組合への打診。そして砂漠を進むための物資の用意にと、やらなければならないことはたくさんあるからだ。
走っていったカーマインの足取りは、先程まで酔っていたとは思えないほどしっかりしたものだった。
「俺も宿に戻る」
ガレアがそう言って席を立つ。
「当日は俺もカーマインさんについていくことになる。ついでだ、お前達の依頼、俺も協力しよう」
ガレアはそう言って1人、酒場を出ていった。
「で?あんた達の知りたかった話は聞けたのかい?」
カーマインとガレアがいなくなると、ヴェラの酔いも覚めたのか、いつもの調子に戻った。アッシュとディーンはガレアから聞いた話をヴェラへと伝える。
「なるほどね、確かにそれは子供だったあんた達に話すには重い話だね」
カーマインとガレアは村の異変に気付いた上でアッシュとディーンを保護し、鍛えた。そして竜への復讐を誓う2人に何も伝えず、道を示さずに送り出したのは、自分達で見て聞いて、知ってほしかったからだ。
「今ならそういうことなんだと、分かるよ」
アッシュの言葉にディーンも頷く。
「もしもあの時全てを聞いてても、僕達が思い止まるとも思えないしね」
そしてその結果、村が滅んだ本当の原因はカティナの存在だということが分かった。それをいつアッシュに伝えるべきか、今はまだ分からない。
ディーン一人ではこれを抱え続けることは出来なかったかもしれない。ヴェラがいてくれてよかった、ディーンは目の前で酒を飲むヴェラに心から感謝した。




