第3話
「待たせちまったね」
そう言ってヴェラが宿へ戻ってきた時には、すっかり辺りは暗くなっていた。
「マーヴィンさんは日記をどうするって?」
「あれは女の子の日記だからこっそりしまっとくそうだよ」
よかった、とヴェラの言葉に安堵したアッシュは、足元に丸まり眠るファングの頭を撫でた。
以前王都を訪れたときと同じように、今回もあの古びた宿屋に泊まっている。その宿屋の主人の計らいで、ファングも部屋の中に入れてもらうことができたのだった。
「さて、じゃあこれからどうするかを決めようかね」
今のアッシュ達には3つの選択肢がある。
1つは灰色のオーガの討伐。自分達が招いた基地の壊滅、その始末をつけるために再度沼地へと赴くこと。
1つは中央の冒険者組合に協力し、東の砂漠に棲む蜥蜴の王を討伐すること。
そして、もう1つが南の原生林へ赴き、ヴェラの力を頼りに赤い竜を探すことだ。
「幸いここは大陸の中心だから、このまま直接南の町を目指して、その後原生林へと入ることはできるが」
一旦言葉を切り、アッシュは自分の考えをまとめて続けた。
「俺としては一旦アーマードなりカーディフなりを経由して問題を解決してからそうするべきだと思うんだ」
冒険者として、と。
「僕もその考えには賛成だよ。どちらに向かうにしても特異個体と戦うことになる。それは赤い竜と戦う前に経験しておくべきだと思うんだ」
北の山脈で戦った羊頭の魔人に勝てたのは、聖女ロゼッタの指示があったからだった。未だ自分達だけの力で特異個体に勝てたことはなく、その程度の実力で竜を相手に戦えるとも思えなかった。
「じゃあまずはそれで決まりだ。ギムの爺さんが作った武器の威力も確かめたいしね」
竜の素材で作った武具、それは金属でできた武具に勝るはずだ。しかし実戦で使っていない以上、その威力は未だ未知数だった。
「となると、次はどっちに向かうかだ。あんた達に考えはあるのかい?」
ヴェラは一応聞いたものの、既にその考えは読めていた。力を使うまでもなく。
「ああ、沼地に向かい灰色のオーガを倒す」
そしてその読みは当たっていた。
「だと思ったよ。バルドさんやオーエンさんの事も心配だしね。いいよ、あたしもそれで」
オーガに噛まれたことを思い出したのか、ヴェラが脇腹を擦りながら同意した。
「僕もそれで構わないよ。あの時とは経験も装備も違うからね、きっと戦える」
では、と皆の意見がまとまったとき、ディーンはふとどこからか溜め息が聞こえた気がした。溜め息は丸まって寝ているファングのほうから聞こえた気がしたが、ディーンはそれを寝息だと思い立ち上がった。
「じゃあ遅くなったけど食事にしよう。またあの食堂でいいよね?」
「ああ、構わないよ。でもあたしは今日はもう宿を出たくないからさ、ここに届けてもらうように言ってきてくれないかな?」
ヴェラはもう一歩も動かないと態度で表しているかのようにベッドにだらしなく横になっている。
「すまないディーン。頼めるか?」
アッシュも久しぶりにまともな宿に泊まれることから、すっかり出掛ける気をなくしていた。
「わかったよ、届けてもらえるか頼んでみる。いつもと同じ料理でいいのかい?」
頷く2人にディーンは苦笑しながら1人宿を出て、いつもの食堂へと向かった。
食堂へは通りを2つほど横切って向かうことになる。暗い夜道、建物に挟まれた細い路地を抜け1つ目の通りを横切る。
そしてまた細い路地へと入ったとき、目の前に小さな人影を見つけた。
こんな夜中に子供がいるのかとその影に近づくと、その影は不意に話しかけてきた。
「久しぶりね、ディーン」と。




