残穢 最終話
パタン、と本を閉じる音が部屋に響いた。
夕暮れ、部屋の中には二つの影。
その一つは椅子に座り、先程まで聖女の残した日記を読んでいた。
「実際のところ、許せないかい?」
その人物が、部屋の中に散乱する本の山に腰掛けた人物へと振り返る。
「さてね、誰よりも永く生きたあの子の想いを受け止めるにはまだまだ時間が足りないさ」
でもね、とその人物が続ける。
「あの子は最後に笑って逝けたんだ。そうさせてあげられただけでも、私はよかったと思うよ。もちろん、困ることも多いけどね」
アレティアの町で作った眼帯はそこそこの効果を発揮したが、人の数が段違いに多い王都においてはその効果は大したものではなかった。
「ま、この目には慣れるしかないとして、いつまで続くのか分からないこの命を後悔するのは、そうだね、たぶんマーヴィンさんのお葬式に今と変わらない姿で参加した時じゃないかな。だから、それはまだずっと先の話さ」
じゃあ帰るよ、そう言ってヴェラが立ち上がる。
「これからどうするつもりだい?」
君さえよければ、と言いかけたマーヴィンの言葉を遮り、ヴェラが口を開く。
「王都に戻って聞いたのはろくでもない話ばかりだったからね、そのどっちかを目指してまた旅に出るさ、あいつらとね」
ヴェラの言葉にマーヴィンは残念そうに、そうか、と呟いた。
「マーヴィンさんこそ」
ヴェラが言う。
「マーヴィンさんこそ、その日記、どうするつもりだい?世間に発表するのかい?」
もともとは聖女の痕跡を求めて北の山脈に向かったのだ。それが見つかり、アッシュ達はその使い道をマーヴィンに託した。
「どうもしないよ」
あっさりとマーヴィンは言った。
「俺は聖女の痕跡がほしかったんだ。これはさ、これは、ロゼッタという一人の女の子の日記だ。日記は誰かに見せていいものじゃない。だからこれは、俺の本棚にこっそりしまっとくよ」
「そうかい」
そう言うとヴェラはマーヴィンを抱き締めて言った。
「ありがとう」と。
ロゼッタの遺体はアレティアの町で埋葬した。
アッシュ達の持っていたお金で一番いい場所に、一番いい石を使って。
彼女はそんなことを望まないかもしれない、しかしそうしてあげたかったのだ。
彼女を聖女と知るものはいない。一人の人間として、ロゼッタとして、あの町にずっと記憶されていく。
マーヴィンの家を出たヴェラはアッシュ達の待つ宿へと向かう。
そんなヴェラの頭を、ロゼッタの書いてあった呪いという言葉がよぎる。
先を視通し、死ぬことのない体を与えるこの力。
正直なところまだなんの実感もない。頭がクラクラする面倒な目、くらいにしか思っていない。
得体の知れない力が、いつも体の中深くに絡み付いているような感覚。そんな錯覚を振り払うため、ヴェラは夕暮れの中をいつもよりも速く歩き宿を目指した。




