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イシュト大陸物語  作者: 明星
老齢の鍛冶師
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第60話

「これはちょっと、まいったね」

アレティアの宿の二階、その窓に肘をついて通りを見るヴェラは渋い顔をしている。


あの後、寒さを振り切って山を降りることができたのは食料の確保にかかる時間を大幅に短縮できたことが大きかった。

ヴェラの目とギムの弩を使い数日分の食料を手際よく集め、一気に山を下った。

平地まで戻り、安堵の気持ちから北の山脈を振り返るとその山々のほとんどが白く染まっていた。

そうして山の中では役に立ったヴェラの目は、アレティアに着いた瞬間ヴェラ自身を苦しめることとなった。


「目が回って気持ち悪い」

見下ろす通りを進む人たちや動物、商店の前を慌ただしく行き来する荷馬車、その全てが二重に見えている。

「大丈夫かい?」

ディーンの声で部屋の中に視線を戻すと幾分か楽になった。

「ありがと」

そう言ってヴェラが腕を差し出すが、その先にいるディーンはまだ立ち上がったばかりだった。

「あれ?ああ、今のは違うのか」

ため息をつくヴェラにディーンが水を差し出す。

「もしかしてこうすることが分かったのかい?」

改めて礼を言い、水を飲み干しヴェラは天を仰いだ。

「早速ちょっと後悔し始めたよ、あたしは」


聖女の目が見えないということは、この力と相性がよかったのではないかとヴェラは思った。

目が見えない分、耳で、鼻で、皮膚で周辺の状況を把握し、対応していたのではないかと。

しかしヴェラは違う。今まで一番頼ってきたのは目だ。それは無意識のうちに頭の中に情報を伝えてくる。意識して情報を遮断しようとすれば目を閉じるしかないが、それでは必要なものも見えない。

気まぐれに片方の目だけ瞑ってもう一度外を見たとき、ヴェラから「おっ」という声が漏れた。

「こうすれば少し楽になるね」

片目で見える二重の像は、その輪郭をうっすらとぼやかし、人と像の区別を明確にした。

「あいつは夜には戻るんだろ?」

「うん、泊まり込むことはしないって言ってたよ」

アッシュは今、ギムを手伝う為に製練場へ行っている。

「あいつが帰ってきたら眼帯も作ってもらうように頼むかね」

あ、そうだ、とヴェラは荷物の中から何かを取り出した。

「それは?」

「前に貰ったものさ。冒険者やってたらなかなか身に付ける機会がなかったからさ、眼帯にはこれを使ってもらおうと思ってね」


そうしてギムが竜の素材を使い装備を作り上げたのは、それから五日後のことだった。



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