第54話
「ここまで来れば崖の拠点まではもうすぐです。一旦休憩と致しましょう」
そう言って聖女は大きな岩に腰掛けた。
確かにこの辺りの景色は崖の上の洞窟の周辺によく似ている。昨日、一昨日の陽気でうっすら積もっていた雪は完全に溶け、柔らかくぬかるんだ土が剥き出しになっていた。
「まずは皆様にお礼を言わせて下さい」
そう言って聖女は下げていた頭を更に深く下げた。
「この数日、とても楽しかったです。皆様から聞いた冒険の話、王都の様子。目の見えない私でもまるでそこにいるかのように楽しい気持ちになりました。本当に、ありがとうございました」
聖女に向かい合って三人も座っている。
「俺達はこの後一度王都へ戻ります。そこから先のことはまだ決めていないが、大陸を巡って本来の目的を達するつもりです。だから、君も一緒に旅をするというのはどうだろうか?」
今まで一人で生きてきた分の時間を、アッシュは何とか取り戻してあげたいと思っている。
「本来の目的。赤い竜ですね」
「それもご存じなんですね」
聖女の言葉に三人はもう驚かなかった。
「赤い竜が村を滅ぼした時、ここにいてもその異変に気付くことができました。そしてその時から時折皆様のことが視えるようになったのです」
「そんな昔からですか?」
「はい。初めはどうして視えるのか分かりませんでしたが、こうして出会う運命に、いえ、出会うことになると決められていたのでしょうね」
「決められていた、というのはどういうことですか」
「誘って頂いたこと、とても嬉しく思います。しかし私は皆様と一緒には行けません」
少しの沈黙の後、聖女はディーンの質問には答えずアッシュの誘いを断った。
「実は皆様がここにいらした時に、私はようやく自分の死を視ることができたのです」
突然の聖女の言葉に三人は驚く。
「私はもう十分生きました。このままあの場所で一人朽ちていくのかと思っていましたが、皆様のお陰で最期に素敵な思い出も作れました」
朝日とお魚は、本当は私が皆さんと見たかったんですと聖女は言った。
「ですから、私はもう生きることに執着してはいません。ただ、ただ一つだけ」
そう言って聖女は口ごもる。
「あなたに謝らなければなりません」
そう言って聖女はヴェラへと体を向ける。
「ヴェラさん、本当に、本当にごめんなさい。許してもらえるとは思っていません。私を憎んでください。でも、私はもう生きることに疲れてしまったんです。だから、本当に、ごめんなさい」
突然の聖女の謝罪にヴェラを初めアッシュとディーンも困惑する。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。突然謝られても何のことか分からないし、あたしは別にあんたに対して何も怒ってやしないよ」
ヴェラが何を言っても聖女は反応を示さず、ただ静かに頭巾の中で涙を流しているようだった。
「ねぇ、聖女さん。ほんとにどうしちまったんだい?何か言っ」
ヴェラが聖女に話しかけようと立ち上がった時、ヴェラの体が横に吹き飛んだ。遅れて地面に何かが落ちる。
「ヴェラ!」
一瞬のあとアッシュは後ろの気配に気付いた。
ぬかるんだ土で足音を消した羊頭の魔人が、斧槍を薙いだ格好のまま立っていたのだ。
魔人から距離を取りヴェラを確認する。
倒れているヴェラの脇腹は魔人の薙いだ斧槍によって切り裂かれ、そばに落ちているのは、ヴェラの右腕だった。
「ディーン!行くぞ!」
アッシュの声で同じようにヴェラを見ていたディーンが動き、羊頭の魔人との戦いは突然始まった。




