第51話
カタカタと木製の器と箸の当たる音だけが聞こえてくる。
香草を使った簡単な料理だったが、それは三人の体を芯から暖めてくれた。
あの後、聖女から話を聞こうとしたが調理の途中だからと断られ、いざ食事が始まるとお行儀が悪いですよと窘められた。
三人ともやきもきしながら食事をし、それが終わるとようやく聖女は静かに話し始めた。
「私が何者なのか、という質問にはお答えしましたね。次は一人でここに住んでいるのか、はい、一人です。皆様がどちらからいらっしゃったかは存じ上げておりますし、あの場所にいたのは皆様を待っていたからです」
視えましたから、と聖女は言った。
「それは、神から授かった力で、ですか」
ディーンの言葉に、神という言葉に聖女の肩が少し震えた。
「そうです、私は生まれた時から目が見えませんでしたが、この力は随分といろいろなものを視せてくれます。これを予知という方がいましたが、私は少し違うと思っています。上手な説明はできないのですが」
「ねぇ、あんたは本当にそんな昔から生きてる聖女なのかい?」
ヴぇラはまだ信じていなかった。
「はい、あの日、竜に焼かれたあの日。それでも私は死ぬことができませんでした。それから人目を避けこの地に辿り着き、今までずっと生きています。いえ、死ぬことができずにいる、と言った方がいいかもしれません」
聖女は言う。体の中にある力が死ぬことを許してくれないと。いろいろな方法を試してみようと思ったが、それをする前に結果が見えてしまうのだと。
「君は、死ぬことを求めているのか?」
アッシュが問う。
「ええ、そうです」
聖女の声は微笑んでいるように聞こえた。
「あの頃共に旅をした方々は、私が竜の吐く炎を視えなかったばかりに死んでしまいました。その惨状を視ながら私自身が炎に包まれた時、どこかでほっとしたんです。私も共に逝けるのだと」
しかしそうはならず、自分だけが生き延びてしまった。その事に耐えられなくなった聖女は拠点を抜け出し、死ぬために山の中へと入っていったのだという。
「さて、今日はこの辺に致しましょう。私達が崖の拠点と呼んでいた場所はここから歩いて三日ほどかかります。そこでお連れの方が皆様を待っていらっしゃいますので」
聖女の言葉に三人は驚いた。
「そこまで分かるのですか?」
「はい、ただし待っていらっしゃる方がどなたなのかまでは分かりません。私に視えるのは待っている方がいる、ということだけです」
「よかった。ちゃんと魔人から逃げ出せたんだな」
「魔人、ですか?」
聖女の頭が横に倒れるのが頭巾越しにも見てとれた。
「羊の頭をした魔物です。羊頭の魔人と呼んでいますが、知りませんか?」
アッシュの説明に心当たりがあったようだ。
「なるほど、あの者が羊頭の魔人、ですか。なかなか面白い名前をつけるのですね」
「見たことが?」
「はい、これまでにも崖の拠点には何度か足を運んで、必要なものを取りに行っていましたから」
やはりあの倉庫にあった小さな足跡は聖女のものだったのだ。
「先に申し上げておきます」
聖女は急に改まり三人に告げた。
「崖の拠点へと戻る途中、皆様は再度その、羊頭の魔人と戦うことになります。どうかお覚悟をなさっておいてください」
聖女はその言葉を最後に天幕の中へと入っていった。




