第44話
「しまった。その事を考えておらんかったわい」
ギムはそう言って自分の禿げた頭をピシャリと叩いた。
「そうじゃのう。熱してみる方法もあるが…しかし失敗できるほどの量もないしのう」
ギムは一人ぶつぶつと何かを言いながら頭を悩ませ始めた。
「あの、これを試してもいいですか?」
ディーンが鞘から黒剣を抜いて尋ねた。
「それはなんじゃ」
この剣の正体は分からないが鉄をも断ち切れるのだとディーンがギムに言う。
「なんと、そんなものが。どれ、貸して見せてくれんか」
黒剣を受け取ったギムは少しでも明るい方へ向かい、光に黒剣をかざした。
「これは、いやいや、まさかな」
ギムはそういうと集めた竜の残骸へ向かい、その中から1本の棒のようなものを取り出し剣と見比べた。
「色は違うが間違いない。この剣は竜の棘ではないか」
ギムの言葉にアッシュは思い出す。最初にニコルにお守りだと見せられた時、直感で棘のようだと感じたことを。そしてその原因を思い出した。
見たからだ。あの日、村を焼くため目の前で飛び立った赤い竜の背中に、尾に、それが生えていたのを。
ギムが地面に黒剣と、先程拾った長さが半分ほどの灰色の棘を並べた。
「確かに同じ、ですね」
灰色の棘は過去の戦いで切り落とされたからか、先端が折れたようになっているが、それでも片刃の剣のような形は黒剣と同じだった。
「お前はそれをどこで手に入れたんじゃ?」
ディーンはカフ村でのことを話した。
「小さな棘が人から血を吸って大きくなったと」
言い終わるなりギムは竜の棘を拾いサッと指を切ると、その血を棘に落とした。
突然の行動に皆が驚くが、ギムは棘から目を離さない。
「ふむ、何も起きんの」
しかし、棘には何の反応もなかった。
「死んで時間が経っているからでしょうか」
北の竜が死んだのはここにいる皆が生まれるずっと前の話だ。
「そうかもしれんが、そうであれば黒い剣、いや、棘の持ち主は死んで間もないか、まだ生きているということになる。そもそも竜の素材が世に出ておるなど聞いたこともないわい」
「そう考えるとこの竜の肉で水が変わらなかったのはやっぱり死んで時間が経ってるから、ってことも考えられるね」
マーヴィンさん、とヴェラが呼ぶ。
「なんだい?」
「この大陸に黒い竜ってのはいるのかい?」
「いや、いないはずだよ」
マーヴィンの答えは早かった。
「これまで確認されたのはこの北の竜と、砂漠の黄色い竜。南の原生林に住むのは赤い竜で、西の沼地は濃い緑色だという話だよ」
とはいえ俺の記憶が完璧だとは限らない、とマーヴィンは続けた。
「王都に戻ったら調べてみよう」
その後皆で竜の残骸を集めてギムの鞄に詰め込んだ。
残骸だけでいいのかという問いに、「竜の死体に剣を突き立て剥ぎ取るような真似は流石にできんよ」と笑っていた。
「お前の黒剣ならという考え、当たっておったな」
ナイフでは全く歯が立たなかった翼は、黒剣を使うときれいに翼膜を剥がすことができた。
「金剛石という固い石があってな、この石を磨くときはその固さゆえ同じ金剛石を使わねばならん。竜の素材も同じなのかもしれんな」
町に戻ったらまた貸してくれ、そう言って剥がした翼膜をきれいに畳むと、鞄に乗せて紐で縛り背中に背負った。
「さて、では帰るか」
満足したギムを始め一同が洞窟の入り口へと振り返った時、暗闇の中で何かがこちらを見ていた。それは声を出さず、音をたてず、ただじっと、こちらを見ていた。




