第41話
翌日、アッシュはファングに留守を頼むと拠点に設置されている梯子を昇って崖の上へと出た。
既に他の皆もそこにおり、皆一様に同じ方向を見ている。
その視線の先には山の斜面に大きく空いた穴。洞窟というにはあまりにも大きい。宿屋がそのまま入るのではないかと思われるほどの広さの穴がぽっかりと空いていた。
「あそこが竜のいた洞窟だよ。大きいからすぐそこに見えるけど少し歩かなくてはいけない。周囲を警戒しながら進もう」
羊頭の魔人との遭遇を警戒し、それぞれが完全武装で来ていた。ギムもその手に弩を持っている。唯一マーヴィンだけはどうせ役には立たないからと手ぶらできていた。
崖の上には浅く積もった雪がどこまでも続いていた。
前ばかりに気をとられていたアッシュがふと後ろを振り返ると、拠点越しに見える山の景色が素晴らしかった。
白く雪に覆われた山々はどこまでも連なり、その間を鳥が飛んで行く。風の音と鳥の鳴き声以外何も聞こえないこの場所で竜は何をしていたのだろうと、アッシュはふと考えた。
「素晴らしい景色をいつまでも見ていたいが、そろそろ行こうじゃないか」
思いの外長い時間景色に見とれていたようで、マーヴィンに呼ばれて振り返ると皆が苦笑していた。
ところどころ岩の露出した平原を進む。平原を覆う雪には何者の足跡もない。
「竜の死骸があるかどうかはもうすぐ分かるけどさ」
慣れない雪道に少し息を切らしながらヴェラが言う。
「マーヴィンさんの目的はどうするつもりなんだい?」
ヴェラの問いかけにマーヴィンは少し間をあけこたえる。
「うん、俺はね、ここに来るまでとても楽しかったよ」
しかし質問の答えと違う返事にヴェラは困惑した。
「そりゃよかったよ。あたしはこんな山登り、二度としたくないけどね」
ヴェラちゃんらしいね、とマーヴィンが笑う。
「俺の一族はずっと竜のことを調べてきたって話はしたよね。でも今までほとんど、いや何も、発見はなかった」
だから王都でのうちの評判は最悪だよ、とマーヴィンは続けた。
「ほら、ご先祖さんのおかげで国から金が支給されてる話もしたよね。そろそろそれも打ち切られそうなんだ。何も成果を出せず、そして誰ももう興味を持たないからね。昨日のヴェラちゃんの言葉はそのとおりだよ」
「いや、あれは神の話でさ」
マーヴィンが思いの外追い詰められていることを知ったヴェラは慌てて訂正した。
「神も勇者も聖女も、皆一緒さ。ただの昔話に人はいつまでも興味を示さない。唯一の生き残りの子孫なんて、今ではなんの価値もないんだよ」
だから俺は、とマーヴィンは続けた。
「聖女の存在を証明したかった。何でもいい、新しい事実を見つけたかったんだ。そうすれば俺の一族はこの先も価値のあるものとして存在できるからね」
しかしもういいんだ、とマーヴィンは言う。
「ギム殿の話を聞いて俺は思ったよ。俺もこのままでは時代の変化についていけない側の人間になるんじゃないかってね。それもあってか今はそれほど執着してないんだ。ここに来るまでいろんな話をして、話を聞いて、話し合って、俺はそれで満足してしまったのかもしれないね」
そう言うとマーヴィンは洞窟だけを見つめて黙々と雪道を進んだ。




