第40話
「どうしました?」
マーヴィンに呼ばれて奥へ向かうと、そこは倉庫だった。
「見てくれ。こっちには食糧品が、そしてこっちには衣料品が保管されている」
マーヴィンの指し示す方向には確かに、山のように物資が積まれていた。
「これは竜を倒したあと山を降りる際に必要な物資だったんだろうね」
ご存じの通りこれが必要とされることはなかったわけだが、そう言いながらマーヴィンは倉庫へ入っていった。
「食糧品の方はほとんどが手付かずだ。この包みが破かれているのは、おそらく俺のご先祖さんが山を降りる際に拝借したのではないかな」
食糧品が痛み、嫌な臭いを発する期間はとうの昔に過ぎていた。
「さて、それに引き換えこちらの衣料品はというとだ」
荒らされている。何かを探した跡のように、いくつもの包みが破かれ中身が床の上に散らばっていた。
「諸君はこれをどう思う?俺はここから消えた聖女が度々ここを訪れていたのではないかと思うのだがね」
マーヴィンは自分の想像に自信をもっていた。
「何を思ってご先祖さんの前から姿を消したかは分からないが、こんな山の中で生きていくには寒さを防がなくてはならない。食べ物はどうにかなるとしても、流石に衣服は調達できないからね」
どうだろう、とマーヴィンが訴えかけてくる。
「それはどうだろうね」
マーヴィンの言葉にヴェラが答えた。
「聖女ってのは目が見えなかったんだろ?どうやってこんな山の中を何度も行き来したのさ?」
「聖女はその不思議な力で目で見る以上のことが見えたそうだよ」
マーヴィンも譲らない。
「ここを漁ったのはさ、冒険者達かもしれないだろ?ここができて随分と月日が経ってる。これまでにも誰か来てたとしても不思議じゃないさ」
「しかしここまで来る道は斜面が崩れ封鎖されていた。俺達はご先祖さんの残した手記があったから辿り着けたんだ。それに地下水脈の音や羊頭の存在が人を近づけなかった」
ヴェラの考えをマーヴィンが悉く否定する。
「じゃあ仮に聖女だとしてさ、見てよこの足跡」
ヴェラが指差す先には小さな足跡。指差した本人もその足の小ささに違和感を覚えるが、それでも最後まで続けることにした。
「他と比べてまだ新しい。これが聖女のだとしたら、つい最近まで聖女は生きていたことになるよ?」
床に積もる埃や汚れの上に、その、小さな足跡はあった。
「ああ、そうだとも。俺は生きていた、いや、今も生きていると思っている」
周りの皆はそんな馬鹿なという顔をしている。
「聞いてくれたまえ。普通の人間なら即死するほどの炎に焼かれても生きていた。そしてわずか数日で歩けるようになり姿を消した。女性に対してこういうことは言いたくないのだが、俺は聖女は人間ではなかったのではないかと思っている」
マーヴィンの声は次第に大きくなっていく。
そんなマーヴィンの言葉にアッシュが反応した。
「でも俺達の村にいた、人じゃない人間は、竜の炎に焼かれて死にました」
「そう、人ではない人間。俺も大陸を旅する中でその話を聞いたことがあった。でも奴等は不老であっても不死ではない。聖女はそれとはまた別の、もっと崇高な存在なんだよ」
「なんだいそれ」
マーヴィンの話が胡散臭い方向へ向かってるのを見てヴェラが溜め息をついた。
結局その後、マーヴィンの口からは神の加護であったり神の子であったりといった言葉が飛び出し、最後は聖女が神なのだと言い始めた為、皆は揃って倉庫をあとにした。
「振り向いたら誰もいないなんて酷いではないか」
もとの場所でそれぞれが休んでいると奥からマーヴィンが戻ってきた。
「神の存在なんてものはそれを信じる人間がいないと成り立たない。だから神が存在するのは人の頭の中だけだ、あの時マーヴィンさんもそれで納得してたじゃないか」
二つ目の拠点でギムから初代ウルカ王の話を聞いたあとの話だ。
「それはまぁ、そうなのだがね。しかし聖女に不思議な力を与えた存在がいるのは確かだ。それが神ではないなら、それは一体何なのか。俺はどうしても気になるんだよ」
「またその話かい?」
ヴェラの返事は素っ気ない。
「この大陸に生きてるほとんどの人間は、そんな事考えたこともないだろうさ。はっきり言えば、どうでもいいって話だよ」
ヴェラの言葉にマーヴィンはつまらなそうな顔をしていたが、周りがそれ以上何も言わないのでマーヴィン自身も黙るしかなかった。




