第37話
翌日、二つ目の拠点を出てすぐに聞こえ始めたその音は、先に進むにつれ少しずつ大きくなってきていた。
「これが、地面から聞こえる叫び声…」
出所がはっきりと分からないその音は、アッシュ達を囲むように聞こえてくる。
「確かに気味が悪いね」
低い男の声のようなその音は、絶え間なく鳴り響いている。
「今でこそ、この程度の魔物の襲撃で済んでいるけどね」
マーヴィンが声を落として言う。
「竜との戦いがあった頃の辺りはもっと物騒だったそうだよ。勇者達の為に拠点の建設が急がれた際にも、魔物の襲撃で命を落とした王国兵の数は百や二百ではないらしい」
更に声を落とし続ける。
「そして竜との戦いの時には全ての人間が焼き殺された。その時に死んだ者達の声ではないかという噂も、あながち間違いではないのかもしれないね」
マーヴィンの話にヴェラが嫌な顔をする。
「またそうやって人を驚かせようとして。あたしは別にお化けとか、怖くないし」
そう言いながらもヴェラは強くファングに抱きついていた。
そんなヴェラを見てギムが笑う。
「確かに拠点作りの最中に死んだ王国兵の数は百でも二百でもない。ほぼ、ゼロじゃよ」
呆気にとられるヴェラを見てニヤニヤしているマーヴィンに向かってギムは続けた。
「先導した勇者達により周囲の安全が確保されてから王国兵は拠点作りを開始した。儂はそう聞いて育ったのじゃが、間違っておったかな?」
「いえいえ、ギム殿。あなたの仰ることは正しい。いや、俺としたことが勘違いをしていたみたいだ」
マーヴィンの言葉はどこまでも白々しかった。
そんなマーヴィンをヴェラは睨み付けている。
「ちょっとした冗談じゃないか、ヴェラちゃん。音の正体に見当がついたから場を和ませようと思っただけだよ」
マーヴィンの思いがけない言葉に皆が驚いた。
「実際にこの音を聞いたことのある人間はどれだけいたんだろうね。たぶん聞いた話を面白おかしく広めた者達がほとんどなんじゃないかな」
なんてことのない話だよ、とマーヴィンは続けた。
「この音の正体はおそらく地下水脈だ」
今まで大陸中を巡り歴史を調べてきたマーヴィンは普段からあまり人の立ち入らない場所へ向かうことが多かった。
「あれは南の原生林の中の洞窟を調べていた時だよ」
洞窟の奥から不気味な声が響いてきており、護衛を依頼した冒険者達はそれ以上進むことを拒んだという。
「仕方がないから俺一人で奥まで進んだのだけどね、そこには濁流と言っていいくらいの川が流れていた。この音は、あの時の音に似ている。だからたぶん浅い位置を流れている地下水脈があるのではないかと、俺は思うのだよ」
そう言われて一同が耳を澄まし聞こえる音は、今までほどの不気味さを感じさせることはなかった。




