第35話
山中を進むこと数日、幾度かの魔物の襲撃を受けながらも誰一人怪我人を出すことなく二つ目の拠点に辿り着くことができたのは、ファングが事前に気配を察知し不意打ちを防いでくれたからだった。
「ふむ、やはり狼というのは偉大な生き物なのだな」
焚き火に当たりながらギムが納得したように頷いている。
山の中に建設された二つ目の拠点は、開けた土地の少なさから半分ほど崖からはみ出した様な形で建設されていた。
山の生き物なのか、それとも魔物によるものなのか、拠点の中はずいぶんと荒らされていた為、アッシュ達は拠点の入り口付近で野営を行うことにした。
「王都に住む人達にとって狼というのは、良い動物とされているんですよね?」
荷馬車から毛皮を下ろしながらディーンが問う。
「そうじゃな。どれ、一つ昔話をしようかの」
ギムは夜空を見上げると、子供に聞かせるように静かに語り始めた。
それは遠い遠い昔の話。この大陸に住む人間達は弱く、自然の前では無力だった頃の話。
青年が一匹の黒い狼と出会う。狼は酷い傷を負っており、最初は青年に敵意を剥き出しにしていた。しかし自分の傷を一生懸命治療する青年に、狼は次第に心を開く。
狼の傷が完治する頃、青年と狼はまるで家族のように仲良くなっていた。
ある晩、青年の夢の中に少女が現れた。
その少女は青年に、何か望みはないか、と聞いた。
青年は答えた、この地を人間がもっと暮らしやすいものへと変えていきたい、と。なぜなら青年の家族は、青年と狼が出会う少し前に全員死んでいたからだ。
災害で、疫病で、そして凶暴な獣によって。
青年の答えに少女は笑って頷いた。そして青年は目を覚ました。
ただの夢だと思ったが、翌日から青年にはおかしなことがおこった。
今自分が何をすべきなのか、そしてその結果何が起きるのかが分かるようになっていたのだ。
青年はその力を少女が与えてくれたものだと理解した。そしてその力を使いこの地を変えようと心に決めたのだった。
「しかしそう簡単に青年の思うようにはいかぬ。協力しあうには、その頃の人間は閉鎖的だったからじゃな」
青年が災害の予兆を伝えても、それを信じるものはいなかった。
疫病の治療方法を伝えても、人々はただ祈りにすがった。
魔物の襲来を伝えても、老練の戦士達は若造が何を言うと一蹴した。
人々を助ける為に与えられた力を使っても助けられない。青年は事前に見えた結末を変えることができないことに頭を悩ませ、そして一つの結論へと辿り着いた。
「違う考えを持つ集団を一つにまとめあげなければ人間は生きていけないとな。じゃから青年は自らがそのまとめ役になることを決めたのじゃよ」
強い者には正面から挑み、賢い者には知恵を使い、弱い者には慈悲を与え、そうして青年は少しずつ皆をまとめあげていった。
大きくなる青年の部族を危険に思った他の部族から攻撃を受けることもあったが、青年はそれを完膚なまでに叩き伏せ、断罪と免罪で更に部族を大きくさせた。
「こうして大きくなった青年の部族はこの地に初めて国を築いた。それがウルカ王国、これは青年の名前を冠する国の誕生話じゃな。そして青年が出会った黒い狼はその後も常に青年を助け、寄り添い、青年が天寿を全うするその日まで傍らにおったそうじゃ」
じゃから今でも王都に住む人間にとって狼とは特別な生き物なのだ、とギムは言った。




