第34話
翌日、この日も天候は晴れ。乾燥した冷たい風が北から吹いており、吐いた息が少し白くなっていた。
「さて、まだまだ先は長い。急がねば雪が降りだしてしまうやもしれぬな」
荷台にはディーンとヴェラとマーヴィンとギム。流石に四人も座ると窮屈だった。
「ゆき、ですか」
「なんじゃ、雪を見たことがないのか?」
商隊が大陸を回るときには負担の少ない行程を取っていた。寒さが最高潮に達する季節に北の大地を訪れたことは今までなかったのだ。
「ほれ、あの山の上が白いのが全部雪じゃ。まぁ本格的に雪が降り始める前にはアレティアに戻れるじゃろう」
ギムの指し示す先は竜の洞窟がある一番高い山。その山の頂きは白く雪に覆われていた。
「ああ、そこの山道を入ってくれるかな」
馬を操るアッシュにマーヴィンが指示を出す。
「ここから二つほど山を越えた先に二つ目の拠点があるはずだ。ただしこの先は道も悪く視界も効かない。十分に注意してくれたまえよ」
大昔に山中に作られた物資の輸送路は今もまだ健在だった。
一年を通して温度の上がらない北の大地では道を塞ぐほど植物が成長しないからだ。
「少し揺れると思うから、みんなしっかり捕まっててくれ」
輸送路は十分な広さがあったが、舗装のため埋められた木の板は流石に痛んでおり荷馬車はガタガタと揺れた。
「そういえば、嵐は大丈夫でしたか?」
アレティアを出て北を目指す途中、ギムは嵐に遭遇した可能性があった。
「ああ、あれか。ふむ、正直儂はあの時死ぬかと思ったわい」
嵐に遭遇したのが町を出て何日目だったのかは覚えていない。風が強くなってきていることに不安を覚えたギムは休むことなく北を目指したのだという。
しかし結局嵐に追い付かれてしまい、ギムは激しい雨と風の中の行軍を余儀なくされた。夜になっても天候は回復せず、視界の悪さから進行方向を見失い、最後には死を覚悟したという。
「辺りは真っ暗でな、儂は進むことも戻ることもできなんだ。そんな時じゃ、時折稲妻でパッと明るくなるんじゃが、その時に一瞬だけ女の子を見たんじゃよ」
平地の真ん中でどこに向かったらいいのか分からなかったギムはとりあえずその女の子を追いかけた。
「どれくらい歩いたのか、気がつけばあの拠点が見えるところまで来ておったよ」
ギムの話にヴェラが嫌そうな顔をする。
「その子がお化けだなんて言うんじゃないだろうね」
「さてのぅ。お化けなのか魔物なのかは分からん。また目の前に現れたら確かめてやろうと思ってな、弩を用意して拠点で休んでいた時に現れたのがお前さん達という訳じゃよ」
ギムの話にマーヴィンが反応した。
「もしかしたらそれは聖女だったのかもしれないねぇ」
「またそんなことを言って。マーヴィンさんが探してるのは痕跡なんだろ?もしかして本当は聖女がまだ生きてるとでも思ってるのかい?」
「いやだなぁ、そういった空想に思いを馳せる。浪漫だよ、ヴェラちゃん。浪漫」
マーヴィンはヴェラをからかうように言ったが、その目は決してふざけてはいなかった。




