第29話
北の竜が魔物の親玉であったのかどうかは定かではないが、討伐後の北部の魔物の数は確かに減った。
その為アレティア北部は少しずつ切り開かれ、今ではたくさんの穀物畑や家畜が放牧されている風景が広がっている。
「北の竜の洞窟は大陸北部の最奥と言ってもいい場所にある。お年寄りの足ではそこまで行くのも楽ではないはずだよ。こっちは荷馬車だ、うまくいけば一つ目の拠点で捕まえられるんじゃないかな」
自由に草を食べている羊達の横を通りすぎると、羊飼いが笑顔で会釈してくれた。
マーヴィンの祖先の手記には、しばらく続くこの平地を抜けると眼前にそびえる山脈が現れるとある。そしてその中の一つ、最も高い山の中腹に竜の住む洞窟があると書かれている。
「一つ目の拠点は山脈の麓に築かれたようだよ。一先ずはあの遠くに見える山を目指そう」
アッシュ達の進む先、地平線の遥か彼方には山頂を白い何かに覆われた山が既に見えていた。
山に向かう途中、何台かの荷馬車と擦れ違った。この先の鉱山から産出された鉱石をアレティアに運ぶ人達だ。
お互いの姿を確認し、挨拶を済ませるとどこに向かうのかと聞いてきた。アッシュが北の山脈と答えると皆一様にそれを止めてくるのだった。
ここで聞く話もやはり地面からの叫び声や化け物の話であり、過去に命知らずな冒険者が何人も山へ向かったが誰一人戻らなかったという逸話付きで話してくれた。
アッシュは山の奥まで入るつもりはないから大丈夫だと村人に伝え、馬を進めた。
「そういえば狼の彼女の姿が見えないね」
どこまでも見渡せる平地のどこにも、ファングの姿はなかった。
「羊が放牧されていましたから、おそらくそれを避けてこの先で待っているはずです」
「頭のいい狼だね。戦いの際にはきちんと連携もとれている」
「ええ、子供の頃からの仲ですから」
アッシュの言葉にマーヴィンが首をかしげた。
「ということは彼女はもう随分年を取っていることになるが、見た目にはもっと若く見えるなぁ」
「ファングが聞いたら喜びますよ」
ファングのことを誉められるとアッシュは自分のことのように嬉しかった。
少し冷たい風を顔に浴びながら、それでもアッシュの顔はほころんでいた。




