初陣 最終話
「どういうことだ?」
鎖帷子を広げたままアッシュが呟く。
しばらく考えていたディーンが「もしかしたらだけど」と話始めた。
「家畜が拐われた始めたのはつい最近という話だったよね。それとオークが身に付けていた毛皮なんだけど、あんな大きな動物はこの辺りにはいない。だから、もしかしたらなんだけど、逃げてきたんじゃないかな」
ディーンは自分で言った言葉に少し寒気を覚えた。
あのオークが棲みかを追われて逃げ出さなければいけないような生き物が、金属製の防具を簡単に破壊するような生き物が、存在しているということに。
「あいつなのか…」
アッシュの顔に憎悪と恐怖が浮かび上がる。彼らには思い当たる生物がいた。
「そう判断するのはまだ早いと思うよ。それに、もしそうだとしても」
「ああ、俺達では、まだどうすることも、できないな」
アッシュが苦々しく吐き捨てる。
ようやく倒したオークを圧倒する何か、例えそれが目的の相手だとしても、今の彼らでは太刀打ちできる相手ではなかった。
未だそのほとんどが未踏の地である原生林、その奥には得体の知れない何かが、間違いなく存在しているのだ。
日も暮れかけてきた頃、二人はようやく村へと戻った。
二人の姿を見つけた村人に酒場まで案内されると、すぐに温かい食事が出てきた。
森に入ってから半日、何も食べてなかったことを思い出すと二人は猛烈にお腹が空いてきた。
自分達を囲む村人達に事件が解決したことを伝え、ゴブリン達は何者かに棲みかを追われ偶然この村の近くに居着いた可能性が高いことを伝える。
しかし念の為洞窟は木々で隠し、再び何かが棲み着くのを防いでもらうよう頼んでおいた。
代わり映えのない平和な日常に慣れた村人にとって、ゴブリン退治は非常に刺激的な話だった。
食事の最中も次から次へと質問され、酒を注がれ、話を聞きたがる。
アッシュはこの場をディーンに任せ、二階の宿の部屋へと向かった。
ベッドへ横たわるとすぐに睡魔が襲ってくる。
階下からは騒がしい声が聞こえてくるが、今はむしろそれが心地よかった。
徐々に意識は薄れていき、階下の声が遠ざかっていく。
ふと気が付けば、目の前には笑顔の少女。
そして轟音、熱風、燃え盛る家、焼ける人達の叫び声。
目の前の少女の体が突然千切れ、地面に落ちる。
そして現れた巨大な牙、巨大な爪、そして自分を睨む巨大な爬虫類の目玉。
アッシュはハッと目を覚まし辺りを確認する。
そこは夜も更け、皆が寝静まった宿屋の一室。
先程までの夢の中の光景はどこにもなかった。
遠いあの日の出来事は、今もまだアッシュを苦しませ続けていた。




