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(9)

 咲木花菜恵に嫌がらせをしている犯人を見つける。


 そう雫が心に決めた翌日、彼は唯一の同学年の女友達である船戸を中庭に呼び出した。


「いい加減、咲木の嫌がらせの犯人をはっきりさせたいんだ」

「そう……それで?」


 船戸は平素通り落ち着き払っていたが、それでもどこか居心地が悪そうにしていて様子がおかしい。彼女がなぜそんな風なのか雫は気になったが、呼びだした手前、先に要件を話すのが筋だろうと無視して話を続ける。


「船戸に手伝って欲しい。具体的な案はまだ考えている最中だけど、正直に言って俺だと悪目立ちするから――」

「ごめん、ちょっと待って」

「船戸?」


 言葉をさえぎられた雫は、もしかして断られるのかと思った。一応、危険がないとは言い切れない案である。船戸には拒否権があるのだからそれを考慮して断られてもやむを得まいと構えた雫だったが、彼女が口にしたのは彼の想像を超えていた。


「ごめんなさい。あのね、咲木さんに嫌がらせしていた人は知ってるの」

「え?」

「それのひとりはね……わたし、だから」


 声を詰まらせながらの船戸の告白に、雫は固まった。


 咲木の嫌がらせの犯人は目の前にいる。その事実に一瞬頭が真っ白になるが、同時に疑問が浮かんだ。


「それで千海先輩が追い詰められてたの、わかってるよね? それと『ひとり』ってどういうわけ? 複数いるってこと?」

「ちょっと待って。わかってる、わかってるから。ちゃんと説明するから待って」


 一息に疑問を投げかけた雫に対して、船戸は手を前に出して制止を呼びかける。不穏な空気をまとう雫が怖いのか、船戸は縮こまってしまったが、それでも一応雫の言葉に答える準備はあるらしい。言いにくそうにしながらも、何度かつばを飲みこんだあと、船戸はようやっと口を開いた。


「わたし、咲木さんが許せなかった」


 いろいろと聞きたいことはあれど、話し始めた船戸の言葉をさえぎることなく雫は聞きに徹する。


「千海先輩のこと好きだから、だから先輩から色んなものを奪っていった咲木さんが許せなくて……それで、それで嫌がらせをしてたの。咲木さんの周りに集まった人たちって、目立つでしょう? 有り体に言えば人気があるっていうか。……だから、咲木さんのこと恨んでる――逆恨みって言ってもいいけど……そういう人が他にもいて。その人たちとやってたの。口裏を合わせてたから、先生も見破れなかったみたい」

「それで、千海先輩は」

「千海先輩はもちろんこのことを知らないよ。それに嫌がらせがどうしてか千海先輩のせいになっちゃって……ごめんなさい。そのことは本当に反省しているの。こんなことになると思わなくて」


 その言葉は千海にこそかけるべきものであろうと雫は思ったが、今はあえて言わずに置く。


「そういう風になってからは嫌がらせはしてない。これは本当。でも、他の子がどうしてるかはわからないの。嫌がらせもその場のノリみたいなものに混ざっただけだから、特別親しい人とやったわけじゃないの」

「それじゃあその人たちがまだ集団で嫌がらせを続けている可能性はあるんだ」

「うん……」


 その後船戸から聞き出した名前は咲木のクラスメイトが中心であり、その中にはいかにも心配していますといった風に彼女を慰めていた人間もいた。友達面をしておいて裏ではそんなことをしていたのかと思うとあきれ返るばかりである。


 一応、船戸の言葉に嘘があるかもしれないと言うことも考慮はする。証言だけではじゅうぶんな証拠にはなり得ないからだ。


 だがその可能性は低そうに思えた。今まで秘していたことを吐き出したからか、船戸の表情はどこか晴れ晴れとしており、先ほどまでの挙動不審な様子も消えていた。


「あと、それから直接見たわけじゃないっていうか……なんだけど」

「まだなにかあるの?」

「あのね、根本さんのことなんだけれど。咲木さんに嫌がらせをしようと思って文芸部からトイレに行くって抜けだしたときに、教室で彼女を見たんだ」


 根本とは咲木と仲の良い、陸上部に所属するいかにも勝ち気そうな根本芽衣のことである。咲木の昔馴染みで根本自身が親友同士だと吹聴する程度に仲が良いはずである。


「咲木さんのロッカーを開いていたのは見たんだけど、なにをしていたのかまではわからなかったの。わたしは見つかるのが怖くてそのまま部室に帰ったんだけど、そしたら次の日に咲木さんのロッカーにあった体操服が切り裂かれてた」

「……船戸の言葉を信じるならば、根本も犯人候補ってわけか」


 魔が差しての犯行でなければ今でもやっているかもしれない。元から雫は咲木への嫌がらせは彼女に近しいものがやっているのではないかと踏んでいたのだ。そうでなければ自作自演ということもありうる。


 多くの生徒が嫌がらせを受けているという咲木花菜恵に注目している中で、大胆にも断続的な犯行に及んでいるからだ。


 それでも、先日の花壇荒らしと犬の死骸の件は別の人間の手によるもののように思えてならない。あるいは、そう思いたいのかもしれない。あのような残酷な手口を見せる犯人が、同年代の人間だとは思いたくないのかもしれなかった。


 そうでなくても今までの嫌がらせとは明らかに手触りが違う。犬の件とこれまでの嫌がらせは切り離して考えた方がいいだろう。


「それで」

「え?」

「犯人探し、手伝ってくれるの?」


 いさぎよく本題に入れば、船戸は戸惑ったような様子を見せる。しかし雫がそうする可能性が低いとは言え、今や彼は船戸の弱みを握っているのだ。断りにくかったのか、はてまた贖罪のためなのかは知れないが、雫の言葉に船戸は「手伝う」と頷いた。



 花壇荒らしと犬の死骸は投げ込まれた事件から、学校中の施錠が厳しくなった。今までは鍵をかけることができる個人ロッカーが教室の後方に置いてあったこともあり、移動教室などのときの自教室の施錠に関してはしていなかったのだ。


 しかし不審者が学校に侵入した可能性が出て来たために、自教室を空けるときは必ず教師か日直の生徒が扉を施錠するようになった。あわせて個人ロッカーに鍵をかけることも義務づけられ、靴箱にもナンバーロック式の南京錠をつけるよう全校生徒に配布されるという念の入れようだった。


 前者はともかく、後者のナンバーロックキーについては咲木が受けている嫌がらせの防止も多分に含んでいるのではないかと、雫は勘ぐっていた。


 ひとりだけつければ悪目立ちしてますますいじめがひどくなるかもしれないが、全校生徒がつけるとなれば自然に咲木の靴箱をガードすることができる。多分、そうなのだろうと雫は結論づけた。


 しかしそうまでしても咲木への嫌がらせは続いた。思うようにできない犯人のフラストレーションが溜まっているのか、以前にもましてひどくなるばかりだ。


 主に標的となったのは咲木の靴箱である。教室にある咲木の机や個人ロッカーは守りが厚すぎるために断念したのだろう。その鬱憤を晴らすかのごとく咲木の靴箱は様々な被害に見舞われることとなった。


 ずたずたに切り裂かれるなど序の口で、一度など百均で買ったと思しきフルーツナイフが二丁も押し込められていたのだ。わざわざ咲木が設置したナンバーロックキーを解除して。


 そうなのだ。咲木の靴箱にも当然ながら錠がつけられたというのに、犯人はそれを破って犯行に及んだのだ。錠は破壊されず、設定されたナンバーが解かれた上、わざわざ元の番号通りに戻すという念の入れようである。


 これはもう、咲木に親しい人間が犯人か、そうでなければ咲木の自作自演だと自白しているも同然であった。


 咲木の周囲の人間はもちろん、千海が犯人だと噂していた人間たちもここに来て初めて違和を感じたらしい。雫からすれば遅すぎるくらいであるが、これは良い傾向だと思った。


 千海と咲木の接点はあまりにも少ない。学年も違えば部活も違う。共通の知人もいることにはいるが、彼らはみな咲木の側についており千海に情報を流す理由はない。そうなれば千海犯人説はにわかに揺らぎ始めた。そして代わりに咲木の自作自演説が流れるようになったのだ。


 あともうひと押し。咲木への嫌がらせをしている犯人を捕まえられれば、千海がかぶった汚名は完全に晴らすことができる。


 雫は船戸と共に嫌がらせの犯人をどうやって押さえるかについての算段を始めた。船戸の証言から疑わしい根本と、咲木本人にまずは的を絞る。犯人だった場合にもっとも効果的に千海がそうではなかった、と喧伝できる相手をまずは狙うのだ。


 犯人は明らかに施錠の厳しくなった現状にいら立っている。そうなれば絶好の機会がめぐってくればこれ幸いとばかりに犯行に及ぶだろう。そういった推測のもと、二人は根本と咲木の日直当番の日が狙い目だと定めた。


 あとはその日が来るのを待つばかりである。むろん、最初に船戸が挙げた集団で嫌がらせをしていた人間たちにも目を光らせておく。


 千海から雫に誘いが来たのはそんなときである。


「チャリティーコンサート?」


 渡されたチケットに記された文字を読み上げ、雫は小首をかしげた。しかしすぐに、出演者として芝園の名前があることを見つけると大体のことを悟った。


 登校途中の駅のホームで柱にもたれかかった千海は申し訳なさそうな顔をして雫を見る。


「あのね、それ実が出るの。でもちょっと今の私たちって微妙な関係でしょう?」

「そうですね……」

「でもお母さんたちはそんなこと知らないから……行かないといけなくて。でもぶっちゃけ行きづらいんだよね。だから良かったらいっしょに行ってくれないかなって……」


 尻すぼみの言葉の端々から、申し訳なさと同時に不安だという感情がにじんでいた。そういえば芝園とは家の近い幼馴染だったなと雫は思い出す。当然ながら親同士も仲が良いのだろう。きっと芝園と千海が距離を置く関係になっていたとしても、思春期だとかそういう程度に思っているに違いない。


 そういう状況であるから千海も断りにくいのだろう。わざわざ今の関係を詳らかにするような人柄でもない。となれば芝園との関係が微妙なものであっても、彼が出演するチャリティーコンサートに行かざるを得なくなってしまったのだ。


 しかしひとりでは心もとなかったに違いない。


「いっしょに行きますよ」

「……言っておいてなんだけど、本当にだいじょうぶ?」


 屋上の扉前での一件からも、雫が芝園のことをあまりよく思っていないことは明らかである。千海もそれがわからないわけではない。


 それでも、と雫は思う。それでもなお千海は雫を選んでくれたのだ。そう思うと雫は今にも踊り出したい気分になった。遠慮はあっても頼ってくれている。その事実がなにより嬉しかった。たとえ体のいい緩衝材のように扱われていたとしても、雫は嬉しかったのだ。


 雫は一も二もなく頷いて、千海の心配を払拭するように力強く「だいじょうぶですよ」と返した。

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