第6話「後世に遺すため」
ここは、とある小屋の中である。
ガクと共に行動することになったキラウェルは、頭が良い彼から勉学を教わることになった。
「では、今日は古代文字を教えます」
ガクはそう言うと、古文書を開く。
「ガクさん…私、古代文字を書けるんですが…」
キラウェルは、不思議そうに言った。
「いえ、俺が教えるのは…更に古い文字です」
ガクはそう言うと、キラウェルに古文書を見せる。
その古文書を見たキラウェルは、凄く驚いてしまう。
何故なら、約300年前の文字だったからだ。
キラウェルが教わっていたのは、150年前の文字のため、発音や書き方など、全く違うのだ。
「読めない…」
古文書を茫然と見つめるキラウェル。
「はじめは誰しも読めません…俺だって無理でしたから」
ガクはそう言うと、別の古文書を取り出した。
「今日は、読み書きの練習をしましょうか」
「はい!」
こうしてキラウェルは、更に古い古代文字の勉強を始めた。
最初は、意気揚々と勉強を進めていた。
しかし…数時間後には………
「……………」
あまりにも難しかったのか、キラウェルは机に顔を伏せている。
「キラウェルさん…まだ半分も終わっていませんよ?」
ガクはそう言うと、キラウェルの頭を撫でる。
「何なんですか……この難解な古代文字は……」
キラウェルはそう言うと、古文書を睨み付ける。
「でも、発音は違っていても…意味は一緒のものがありますよね?」
ガクのこの言葉に、キラウェルはまじまじと古文書を見つめる。
確かに、意味が同じ文字がたくさんある。
「本当だ……数えきれないほどある」
「俺が知る限りでは、150年前の文字は…この300年前の文字をわかりやすくしたものです。そのままでは、誰にも読めませんから」
ガクはそう言うと、苦笑いする。
「私……頑張ります!!」
キラウェルはそう言うと、再び勉強を再開した。
ガクはそんな彼女を見て、嬉しそうに笑うのだった。
夕方になり、勉強を中断したキラウェルは、夕飯の準備をしていた。
ガクはというと、何やら難しい本とにらめっこをしている。
そして、紙にペンをはしらせている。
「ガクさん…夕飯が出来ましたよ」
「えっ…もうできたの?」
ガクはそう言うと、懐中時計を取り出して時間を確認する。
「……もう夕飯の時間じゃねぇか…」
自分に呆れているのか、深いため息をつくガク。
「難しそうな本ですね」
キラウェルはそう言うと、ガクが見ていた本の中身を見る。
どうやら、測量に関する本のようだ。
ガクが先ほどまで見ていたページは、測量図の書き方が書いてあった。
「俺…仕事柄こういうことしてるんだ。測量図書いたり、地形を調べたりな」
ガクはそう言うと、さっきまで書いていた紙をキラウェルに渡した。
「すごい!!」
キラウェルは、歓喜の声をあげた。
彼の書いた測量図は、とても正確なものだった。
キラウェルは、ガクは密偵だとファラゼロから聞いていただけだったため、どのような事をしているかまではわからなかった。
「ガクさん…測量図も書けるんですか!?」
「あぁ…独学でここまで書けるようになったけど、正確に書けるまで、めちゃくちゃ時間がかかったな…」
ガクはそう言うと、再び別の測量図を書こうとペンをはしらせる。
「何歳から…測量図を?」
「俺が初めて測量図の擬きを書いたのが9歳の頃だから…もう18年経つな」
その話を聞いたキラウェルは、再び彼の書いた測量図をまじまじと見つめる。
そして…あることを決意する。
「ガクさん…私、測量図は書けなくても、測量のことを学びたいです」
「どうしてだい?」
ガクは、書いていた手を止めて、キラウェルを見つめる。
「きっと…月日が経てば、私が今見ているのは…次第に変わっていきます。私は、その光景を忘れたくないんです」
真剣な眼差しを、ガクに向けるキラウェル。
「俺、測量の事だけはスパルタだよ?それでもいいのかい?」
ガクは、確認するかのように言った。
「構いません…学べるなら」
動揺をしないキラウェル。
「わかった。そこまで言うなら、徹底的に教えるぜ」
ガクはそう言うと、にっと笑った。
夕食を食べ終わった二人は、測量の勉強を始めていた。
ガク自らスパルタだと発言した通り、彼は鬼と化していた。
しかしキラウェルは、一切弱音を吐かなかった。
「これは畑の記号ですよね」
「馬鹿、水田だよ」
「…………」
と、このような会話がいくつか続いていった。
数時間後、測量の勉強を中断したキラウェルは、紙に古代文字で文章を書き始めた。
彼女が後世に遺しておきたいことは、他にもあったようだ。
「キラウェルさん…何してるんです?」
ガクは、キラウェルに尋ねた。
「古代文字の暗号化です。母さんから教わりました」
キラウェルはそう言いながら、次々と古代文字を暗号にして書いていく。
「なるほど…古代文字の暗号文ですね」
ガクはそう言うと、キラウェルが書いている紙を見つめる。
「何て書いてあるのか…わからねぇや」
「書いた本人にしかわからない、特殊な方法ですからね」
キラウェルはそう言いながらも、書くことを止めない。
「測量と暗号文…後世に遺したいのかい?」
ガクは、真剣な眼差しで言った。
すると、キラウェルの手が止まった。
ガクはこの時、キラウェルの態度で確信を得た。
「そうならそうと…言ってくれてもいいじゃないか」
ガクは苦笑いする。
「私が体験したこと…見てきたもの全てを知ってほしいから…消したくないから、私はこうして頑張っているんです」
キラウェルはそう言うと、暗号文の続きを書き始めた。
「だったら…もっと難しくさせませんか?」
ガクはそう言うと、ある文を古代文字で紙に書いていく。
「難しく…ですか?」
キラウェルは書くことを止めて、ガクを見つめる。
「合わせ暗号文です」
ガクはそう言うと、先ほどまで書いていた紙をキラウェルに渡した。
ガクから渡された紙を見たキラウェルは、その難度の暗号文に言葉を失う。
新旧の古代文字が、まるで他国の文字のように合わさっていた。
確かにこの方法なら、解読することが極めて難しくなる。
「しかもこの合わせ暗号文は、全く違う文章になるんです。読んでみてください」
ガクに促されるまま、キラウェルは口を開く。
「“俺は今日、この場所の測量図を完成させた”………ですか?」
「そう、大正解」
ガクは、そう言って笑った。
「なるほど…日記風の文章になるんですね」
「だけど…書いた本人には、別の文章に見えている。日記風の文章は、読んでいる人にしか見えない」
ガクのこの言葉に、キラウェルはガクが書いた、本当の文章を探そうと解読を始める。
そして、キラウェルは本当の文章を見つける。
「“俺は何があっても、貴女を護り通します…”」
この文を読んだキラウェルは、思わず涙してしまう。
嬉し涙が、止めどなく溢れて流れていく。
「この本当の文章が…俺の本心です」
ガクは、微笑みながら言った。
「はい、ありがとうございます!」
キラウェルは、嬉しそうに言った。
「この方法なら…私にもできそうです」
「うん、頑張ってくださいね。俺も…測量の勉強を教えるの、頑張りますから」
この一件で、ガクとキラウェルの絆が少し深まった。
そしてキラウェルは、いつかガクやカンナ、ファラゼロにお礼がしたいと…強く思った。
翌朝、小鳥の囀りで目を覚ましたガクは、いい匂いがしている事に気づいた。
どうやら、キラウェルが朝食の準備をしているようだ。
キッチンにやって来たガクに気づいたのか、キラウェルは振り向く。
「ガクさん、おはようございます!」
元気よく、キラウェルが言った。
「おはよ…キラウェルさん、早いね」
「昨日のお礼です!」
「お礼なんて…いいのに」
キラウェルの言葉に、ガクは苦笑する。
「私、本当に感謝してるんです。ファラゼロさんやカンナさん…ガクさんに、本当に感謝してるんです」
キラウェルはそう言うと、紙をガクに渡した。
「この紙に書いてある文章が…私の本心です」
ガクはキラウェルにそう言われ、紙をまじまじと見つめる。
四行ほどの文章が、紙に綴られていた。
「“…たとえ、何があろうとも、私は皆さんを信じます…皆さんが…大好きですから”」
ガクは嬉しさのあまり、声を震わせながら言った。
「ガクさん…泣いてるんですか??」
からかうように、キラウェルが言った。
「馬鹿…泣いてねぇ」
照れ隠しなのか、そっぽを向くガク。
キラウェルは、そんなガクを見てクスッと笑うのだった。
朝食を食べ終わった二人は、出発の準備を始めていた。
「ガクさん、次の目的地はどこですか?」
「地図にはない…場所かな」
ガクはそう言うと、歩き始める。
「何ですか?そんな場所があるんですか??」
不思議そうにしているキラウェル。
「行ってみればわかるさ…とにかく、先を急ぎましょう」
ガクにそう諭されるが、キラウェルは納得がいかない表情だ。
根負けしたガクは、口を開いた。
「俺の故郷です…」
「ガクさんの故郷は…地図にはないんですか?」
「正確に言うと、素人じゃわからない…かな」
「??」
「行ってみれば、どんな場所かはわかりますから」
それ以上言おうとしないガクに、キラウェルは頷くしかなかった。
そして二人は、ガクの故郷を目指して歩き始めた。