第5話「レイウェアの異変」
―ブラウン家・豪華な屋敷―
キラウェルが魔法を発動させる…ほんの数時間前のこと。
ブラウン家では、連日のようにレイウェアとバクの拷問が続けられていた。
レイウェアは、ファラゼロとの約束しているため、口を固く閉ざしていた。
「くそっ……なぜ黙秘をする!?」
ファルドは苛立ち、鞭でレイウェアを叩く。
「うぅ…!!」
痛そうに顔を歪めるレイウェア。
両手首を縄で縛られたレイウェアは、まるで吊り下げられた人形のようだ。
体は痣だらけで痛々しい。
「誰が……言うか!!」
そう叫び、ファルドを睨むレイウェア。
「ふんっ…そう言っていられるのも、今のうちだぞ」
ファルドはそう言うと、顎で部下に合図をした。
同じように縄で縛られたバクが、部下たちに鞭で叩かれ始めた。
「うわあああああ!!」
「バク!!」
バクの体も痣だらけだ。
内出血を起こしているのか、所々が青っぽい。
彼が鞭で叩かれるたび、レイウェアは顔を背けた。
しかしファルドは、レイウェアの顎をもって前を向かせる。
「よく見ておけ…レイウェアよ。お前が意地をはるから…バクとやらが拷問されているのだ」
にやにやしながら、ファルドは言った。
しかしレイウェアは、鞭で叩かれるバクにくぎ付けだ。
バクが拷問を受けている様を、レイウェアは大粒の涙を流しながら見つめる。
「悲しいか!?無力を感じるか!?……所詮お前は、無力なのだ!!あいつを助けてほしければ…さっさと言え!!」
ファルドはそう言うと、レイウェアの頬を殴る。
しかしレイウェアもバクも、どんなに自分の体が痣だらけになろうとも、決して口を開かない。
二人は、ファラゼロとの約束を果たそうとしていた。
「ファルド様!!こいつら、何がなんでもはかないつもりです!!」
部下の一人が、ファルドに向かって叫んだ。
「その辺にしてやれ…今度は5時間後だ」
ファルドはそう言うと、鞭を投げ捨てて立ち去る。
ファルドに続き、部下たちも次々と鞭を投げ捨ててその場を立ち去っていく。
しかし、ただ一人だけ…立ち去らない青年がいた。
ずっと二人の様子を見ていた…ファラゼロだった。
「今…縄をほどきますからね」
ファラゼロはそう言いながら、縄をほどいていく。
「バクさん…大丈夫ですか??」
ガクもそう言いながら、バクの縄をほどいていく。
ようやく縄が解かれ、レイウェアとバクは崩れるように倒れ込む。
見兼ねたガクが、二人の手当てを始めた。
「ガク、二人の手当てが終わったら、二人に食事を与えるぞ」
「はい」
ファラゼロはガクにそう言うと、一階の食堂を目指して一度立ち去った。
二人の手当てを終えたガクは、ファルドに怪しまれないように、レイウェアとバクを、元の牢屋へ戻した。
体が痣だらけの上、疲労が蓄積した状態の二人を見たガクは、悔しそうに顔をしかめた。
しばらくして、二人分の食事を持ったファラゼロがやって来た。
ファラゼロは食事をレイウェアとバクに渡した。
よほどお腹が空いていたのか、二人はむさぼりつくように食事を始めた。
落ち着いたレイウェアとバクは、コップに注がれた水を一気に飲み干した。
深呼吸をしていたレイウェアが、口を開いた。
「ファラゼロさん……娘は、キラウェルは…無事でしょうか?」
「今のところは無事です。しかし…親父はキラウェルさんの存在を知りませんから、部下たちが見つけ出す危険性があります」
ファラゼロはそう言うと、レイウェアの前にしゃがみこんだ。
「親父は強欲な男です。手段は選びません」
このファラゼロの言葉を聴いたバクは、彼に詰め寄った。
「貴様…!!キラウェル様に何かあったら…承知しないぞ!!」
「やめなさいバク!!」
興奮したバクを、レイウェアは止めた。
「ファラゼロさん…ごめんなさい」
レイウェアは、ファラゼロに謝った。
「いえ…俺は大丈夫です」
ファラゼロはそう言うと、再び口を開いた。
「レイウェアさん…“フェニックスの魔法”が狙われる理由はやはり……一撃必殺の技があるからですか?」
「ええ…しかも、悪の心を持つものが魔法を使うと、体が蝕まれると聞いています」
レイウェアはそう言うと、天井を見上げる。
「それほど強い魔法を…なぜ二つに分けたのですか?」
ファラゼロは、ずっと疑問に思っていたことを、レイウェアに尋ねた。
「キラウェルが今…所持しているのは“魔法の力”、私は…“不老の力”……そうしなければ、キラウェルは魔法に慣れることができない」
レイウェアはそう言うと、再びファラゼロを見る。
「しかし…それにはリスクがつきもの。私にもキラウェルにも、そのリスクはあるわ」
「その…リスクというのは?」
ファラゼロが、再びレイウェアに尋ねる。
「……いずれ、わかるわ」
レイウェアは、天井を見上げて言った。
「レイウェアさん?」
ファラゼロは不思議そうにしている。
しかし、レイウェアはそれ以上話そうとはしなかった。
レイウェアとバクと別れ、一階に戻ってきたファラゼロとガク。
二人の間には、長い沈黙が…
おそらく、レイウェアの言葉の謎を考えているのだろう。
その証拠に、二人の表情が難しそうである。
「ファラゼロ様…レイウェアさんのあの言葉、何か引っ掛かりますね」
なかなかこたえが見つからなかったのか、ガクはファラゼロに声をかけた。
「そうだな…それに、俺は“リスク”が何なのか知りたい」
ファラゼロはそう言うと、前を向いた。その瞬間に表情がこわばった。
「ファラゼロ様?」
ガクは不思議に思いながらも、ファラゼロが見ている方向を見る。
ファラゼロの視線の先にいたのは、祖父にあたるルクエルだった。ルクエルは車イスを助手に押させて、徐々にこちらに近付いてくる。
どうやらファラゼロは、ルクエルが苦手なようだ。
ファラゼロの前にまで来ると、ルクエルは右手をあげて助手に合図をした。
助手は一礼すると、車イスにブレーキを掛けた。
「ファラゼロや……わしが嫌いか?」
全てを見透かすような瞳をファラゼロに向けながら、威厳のある声でルクエルが言った。
「いえ……違います」
冷や汗をかきながら、ファラゼロが言った。
「ほう……強がっておるな」
ルクエルはそう言うと、身を乗り出した。
「わしは何でもお見通しじゃ……ファラゼロ。お主は、我がブラウン家の恥さらしじゃ」
「!!!」
ルクエルのこの言葉を聞いたファラゼロの、眉がつり上がる。
「ほっほっほ……内心はやはり正直じゃの」
まるで、小馬鹿にするような態度のルクエル。
「お主が次期当主とは……はなはだ遺憾じゃ」
「それは……どういう意味です?」
震える声で、精一杯言うファラゼロ。
「そのままの意味じゃ」
負けじと、ルクエルもファラゼロを睨む。
「わしは……お前を認めんぞ」
ルクエルはそう言うと、助手に合図をしてその場をあとにした。
「……」
ルクエルが立ち去っても、表情がこわばり、無言のファラゼロ。
「ファ…ファラゼロ様?」
ファラゼロのあまりの表情に、ガクは困惑する。
「うわー!!何だあのくそじじい!!ムカつくぜ!!」
そう言いながら、顔から沢山の汗をかくファラゼロ。
「ファラゼロ様…言葉が悪いです」
少し呆れているガク。
「何が認めないだよ…!俺だってじいちゃんを認めねぇよ!!」
興奮状態のファラゼロ。
「お気持ちはわかりますが、落ち着いてください」
ガクはそう言うと、ファラゼロにタオルを渡した。
ファラゼロはガクからタオルを受けとると、汗を拭き始めた。
そうとう汗をかいていたのか、ファラゼロはタオルを首にかけてまた拭き始めた。
「しかし…じいちゃんもしぶとく生きてるよな」
ルクエルが去った方向を見ながら、ファラゼロがそう呟く。
「ご高齢ですからね…」
ガクも、ルクエルが去った方向を見ている。
「そうだガク、書庫に魔法について書かれた本があったはずだから、それを持ってきてくれないか?」
「すぐにお持ちします」
ガクはそう言うと、書庫に向かって走っていった。
「何としても…リスクを調べないといけないな」
ファラゼロはそう言うと、自室を目指して歩きだした。
ーそれから、5時間後…ー
ブラウン家の地下牢では、レイウェアとバクの拷問が再開された。
しかし、拷問に疲れたのか、ファルドは今は休憩をしている。
隙をついたファラゼロは、レイウェアに近付いた。
「大丈夫ですか…?」
心配そうに、ファラゼロがレイウェアに声をかける。
「ええ…」
疲れきっているレイウェア。
するとレイウェアは、ファラゼロに手招きをした。
不思議そうに、ファラゼロが近づくと、レイウェアはファラゼロの耳に口を近づけてこう言った。
「キラウェルに……懸賞金が……かけられたわ」
「!?」
レイウェアのこの言葉に、ファラゼロは驚きを隠せない。
「ルスタが……やったみたいなの……しかも、地方全体に手配書まで回して…」
「ルスタさんが!?」
今度は、ガクが驚く。
「ガク、お前…知っているのか?」
ファラゼロは、ガクに尋ねた。
「知ってるも何も……グラディスさんと同じ、ファルド様の密偵です。つまり…俺とカンナの先輩です」
「なに!?」
「しかも…ファルド様と同じで、手段は選ばないんです」
ガクの言葉に、ファラゼロはファルドを強く睨んだ。
そして、休憩をしているファルドの前まで歩んでいった。
「親父……懸賞金はやりすぎだ」
ファルドを睨み付けるファラゼロ。
「金をかけて何が悪い?人はな…金が絡むと変わるのだ」
ファラゼロを見下すように、ファルドが言った。
「!!!」
ファルドの言葉に怒りが込み上げてきたファラゼロは、ファルドの胸ぐらを掴んだ。
「人間を……金でつるなよ!!」
ファラゼロがそう叫んだ………その時だった。
「うっ……!!」
突然、レイウェアが苦しみ始めた。
そばにいたファルドの部下の一人が、苦しむレイウェアに近づく。
「ファルド様!レイウェアが!!」
部下の叫び声に、ファルドは振り向く。
この騒ぎに、ファラゼロはファルドの胸ぐらを掴むのを止める。
「縄をとれ!!」
「はっ!!」
ファルドの命令で、部下たちがレイウェアの縄をほどいていく。
その間にも、レイウェアは苦しそうに胸を押さえている。
縄がとれた途端に、レイウェアは床に倒れこんだ。
「うぅ……!」
「レイウェアさん!!しっかりしてください!!」
ガクはそう言うと、レイウェアに触ろうと手を伸ばす。
「ガク!!触るな!!」
ファラゼロが、ガクを止めた。
「何故ですか!?」
「いいから触るな!!危険だ!!」
そう叫んだファラゼロは、一呼吸してから口を開いた。
「リスクが何なのか……わかった」
「えっ…?」
不思議そうにするガク。
ファラゼロはレイウェアに近づくと、再び口を開いた。
「二つの力に分けられた魔法は…離れている間も、共鳴し合ってるんだ。しかも…お互いの命を削ってな」
「!?」
これには、ガクも驚きを隠せない。
「ガク、行くぞ!!」
「待っ………て!!」
走ろうとしたファラゼロを、苦しむレイウェアが止めた。
「あの娘に……使うなと……」
胸を押さえながら、レイウェアが言った。
「わかりました。伝えますから、もうそれ以上話さないでください」
ファラゼロはそう言うと、ファルドを見て睨む。
「親父がなんと言おうと…俺は俺のやり方を貫き通すからな!!」
「馬鹿者が……」
呆れたように、ファルドが呟いた。
ファラゼロはガクと共に、地下牢を走り去っていった。
時間を元に戻す。ここはとある小屋だ。
ガクとキラウェルは、今はこの小屋で休憩をしていた。
「………」
ガクから、ほんの数時間前に起きたことを聴かされたキラウェルは、複雑な表情をしている。
「無理もない…いきなりこんな話をされたら、誰だってそんな表情になるさ」
ガクはそう言うと、コップの水を一口飲む。
「私…魔法を使っちゃいました…そしたら、母さんは…」
「きっと…余計に苦しんだだろうな」
ガクのこの言葉に、キラウェルは言葉を失った。
「力が二つに分かれている間は、魔法は使うな。それが…レイウェアさんからの伝言だ」
「母さん…」
キラウェルはそう言うと、自分の両手を見つめる。
「ファラゼロ様の話だと、超希少系の魔法の力が、分かれている間に使用すると……命が削られていくようなんだ」
「えっ!?」
さすがに、驚きを隠せないキラウェル。
「つまり、キラウェルさんも…命を削られているんだ」
ガクはそう言うと、キラウェルの手を握る。
「いいかい?もう…使ってはいけないよ?」
「………はい」
キラウェルは、頷いた。
休憩を終えた二人は、出発するために立ち上がった。
「ちゃんとした小屋までは、あともう少しですよ」
「私…頑張ります」
キラウェルはそう言うと、微笑んだ。
「じゃあ…行きますか」
ガクはそう言うと、歩き始めた。
母さんとは生きて会うんだ…
それまでは、何があっても、絶対に魔法は使うもんか。
そう…自分に強く言い聞かせた、キラウェルであった。




