第4話「希望を捨てるな」
ハーフンの町に、1週間滞在していたカンナとキラウェルだったが、突然漁師たちが豹変した。
理由は…キラウェルにかけられた懸賞金だった。
実はガクとファラゼロは、その事を牢に居るレイウェアから聴いており、急いで二人のところへ駆けつけていたのだった。
ファラゼロがここに来れたのは、カンナが報告文と称して彼に手紙を送っていたからだった。
「レイウェアさんから話を聞いてハーフンへ来てみたら……この有り様だ…親父もきたねぇことしやがる!!」
すがりつくキラウェルの頭を撫でながら、ファラゼロは怒りに満ちた声で言った。
相変わらずキラウェルは、泣き崩れてしまっている。
「くっ……!」
そんなキラウェルを見たファラゼロは、辛そうな表情になった。
カンナが送っていた手紙には、心から笑っていると書かれていた。しかし、ファルドが間接的に関わったことにより、ファルドはまた、キラウェルを絶望へと引きずり下ろした。
ファラゼロは、自分の父親だがファルドに対し、憎しみを初めて抱いた。
「ガク…カンナ…無事だといいが」
ファラゼロは、森の先を見つめながら言った。
ふと、キラウェルは落ち着いたのか、顔をあげた。
それに気付いたファラゼロは、彼女の顔を覗き込む。
「キラウェルさん?」
ファラゼロが不思議そうにしていると、キラウェルは口を開いた。
「あいつら……許さない……!!」
キラウェルは、憎悪に満ちた表情で言った。
「!!!」
そんなキラウェルの表情を見て、ファラゼロは無言の叫びをあげる。
その時、ファルドの部下たちがやって来たため、ファラゼロは近くの大きな岩に隠れて様子を見る。
「お前がレイウェアの娘だな……さあ、おとなしく捕まれ!!」
部下の一人が、キラウェルを睨み付けながら言った。
「………」
しかしキラウェルは、無言のまま動こうとしない。
「何だ……捕まる気になったのか…」
もう一人の部下が、そう言ってキラウェルに近付いた時だった。
「フレイム!!」
キラウェルは、魔法を発動させて攻撃を開始した。
彼女の手のひらから放たれた炎が、近づいていた男に直撃する。男はその衝撃で後ろへ飛ばされ、木に頭を打って気を失う。
ほんの数秒間の出来事に…部下たちは言葉を失う。
「死にたい人から……かかってきなさいよ!!」
キラウェルは、もの凄い形相で部下たちを睨み付ける。
彼女のあまりの形相に、ファルドの部下たちはたじろぐ。
先ほど見た魔法の攻撃に、戦意を喪失してしまったようだ。
その時、キラウェルの体が赤く輝いた。
まるで…彼女のオーラのようだ。
怒りに満ちたキラウェルは、もはや人間ではなくなっていた。
「フレイムウェーブ!!」
キラウェルはそう叫びながら、炎の波を部下たちに向けて放った。
部下たちは、悲鳴をあげるまもなく消滅してしまった。
炎が、全てを燃やしてしまったようだ。
岩に隠れていたファラゼロは、あまりの光景に言葉がでない。
「これは……まずいぞ…」
ファラゼロはそう言うと、キラウェルに向かって走り出した。
怒りで我を忘れてしまっているキラウェルは、ところ構わず攻撃しようとしていた。
ファラゼロは懸命に走ってキラウェルに近付き、彼女を強く抱き締めた。
「やめてください!!キラウェルさん!!」
「離せ!!」
ファラゼロが懸命に取り押さえようとするが、キラウェルは暴れて言うことを聞かない。
そればかりか、再び魔法を発動しようとしていた。
「俺のことがわからないのですか!?」
ファラゼロはそう言うと、キラウェルの溝内にパンチした。
「うっ……!」
キラウェルはそう言うと、気を失ってしまった。
「落ち着いた……のか?」
無我夢中だったのか、ファラゼロは、気を失ってしまったキラウェルを心配する。
「「ファラゼロ様ー!!」」
ガクとカンナが、そう言いながら走ってきた。
「ガク!カンナ!キラウェルさんを安全な場所へ運んでくれ!!」
ファラゼロはそう言うと、キラウェルをお姫様だっこする。
「キラウェルさん!?」
カンナはそう言うと、急いでキラウェルの所へと駆け寄る。
「怒りで我を忘れて、暴れていたんだ。俺が気を失わせた…とにかく今は、人目につかない所へ運んでくれ!!」
「では、俺が近くの小屋まで運びましょう。」
ガクはそう言うと、ファラゼロからキラウェルを預かり、お姫様だっこをして走っていく。
「俺たちも行くぞ」
「はいっ!」
ファラゼロとカンナは、同時に走りだし、ガクのあとを追った。
ー数時間後ー
「う……ん……??」
キラウェルは気がついたのか、不思議そうに辺りを見渡す。
「キラウェルさん…気が付きました?」
カンナはそう言うと、安堵のため息をついた。
「カンナさん…ここは?」
「ファラゼロ様とガクが見つけてくれた、小屋の中ですよ」
「小屋の……中……?」
キラウェルはそう言うと、ゆっくりと起き上がった。
「ガクが、ここまで運んでくれたんですよ」
カンナはそう言うと、キラウェルに水が入ったコップを渡す。
「ありがとう…ございます」
キラウェルはカンナからコップを受けとると、水を飲み始めた。
「気がついたのかい?」
ファラゼロはそう言うと、近くにあった椅子に座った。
「ファラゼロさん…あの、私は一体……」
「覚えてないのかい?君は怒りで我を忘れてしまっていて、親父の部下を倒すために、魔法を発動させてたんだよ?」
「わ…私がですか!?」
ファラゼロの言葉に、キラウェルは驚きを隠せない。
「君がレイウェアさんから受け継いだ“フェニックスの魔法”だけど…壮絶な力を持っているようだね。親父の部下たちは…あっという間に消え去ったよ」
「……………」
キラウェルは、自分の手のひらを見つめる。
「私が……人を……」
キラウェルはそう言うと、頭を抱えてしまう。
「ファラゼロ様…キラウェルさんは混乱しています。落ち着くまでは、一人にしてあげた方がいいのでは?」
「それもそうだな…。カンナ、何かあったらすぐに報せてくれ」
「わかりました」
ファラゼロはガクと共に、外へと出ていった。
カンナは女性のため、一緒にいた方がいいと思ったファラゼロが、ここにいるようにと彼女に命じていた。
頭を抱え、肩を震わせるキラウェル。
カンナには、その姿が泣いているように見えた。
「私……とんでもないことを…!!」
泣きながら、再び自分の手のひらを見つめるキラウェル。
「キラウェルさん…」
カンナはそう言うと、キラウェルを優しく抱き締めた。
「もう……もう嫌だ!!こんな人を殺す魔法なんて……私はいらない!!」
泣き叫ぶキラウェル。
「キラウェルさん、落ち着いてください!!」
カンナはそう叫ぶと、キラウェルの両肩を掴む。
「今ここで貴女が諦めてしまっては……誰が“フェニックスの魔法”を守るんですか!?レイウェアさんは…何と言って貴女に魔法を託したんですか!?」
カンナは、感情が高ぶったのか涙を流している。
「………」
カンナの涙に驚いたキラウェルは、無言になる。
「レイウェアさんの言葉を…思い出してください!!」
キラウェルは、脳裏に残るレイウェアの言葉を思い出していく。
あの襲撃の日に、レイウェアが言ったことを思い出した。
『この魔法は…ファルドのような人が使ってはいけない魔法だということを、忘れないで』
「母さん……」
そう呟くキラウェル。
「思い出したようですね」
カンナは、安心した表情になった。
「私…これからは魔法を使いません」
強い眼差しをカンナに向け、キラウェルは言った。
「それがいいと思いますよ。でも……ファルド様の耳には入っているとは思いますが…」
「私は逃げません。もう……自分自身から…決して逃げたりはしません!!」
「わかりました」
キラウェルの決意に、カンナは微笑んで頷いた。
キラウェルが落ち着いたと、カンナから報せを受けたファラゼロは、ガクと共に戻ってきた。
どうやら二人は、追っ手が来ていないか確認しに行っていたようだった。
「ガクと確認しに行ったけど…追っては来てないな」
ファラゼロはそう言うと、あの椅子に再び座る。
「あの……カズハさんは…」
「カンナの伯母さんかい?彼女は大丈夫、親父の部下より強いんだ」
ファラゼロはそう言うと、にかっと笑った。
「は…はぁ…」
キラウェルは、少しだけ困惑している。
「カズハおばさんの事はともかく、キラウェルさんの今後を話し合わないと…」
カンナはそう言うと、ハンダル地方の地図を広げた。
広げられた地図を囲み、キラウェルたちは頭を近づけて話し合いを始めた。
「まず、この先の目的地ですが、大きな街や市は避けた方がよいでしょうか?」
ファラゼロに尋ねるカンナ。
「その方がいい。レイウェアさんの話だと…地方全体に手配書が回ってるようだし、無闇に宿とかを使うとバレる可能性がある」
ファラゼロは、腕組みをしながら言った。
レイウェアの名前が出た途端、キラウェルはファラゼロを見た。
「母さん…無事なんですね!!」
「今のところは無事です。ただ…親父の拷問を受けてますが」
「そんな……」
ファラゼロの言葉に、キラウェルは肩を落とす。
「レイウェアさん、口を割るもんかと言わんばかりに必死でしたよ…一緒に捕まったバクという男性も、親父の拷問を受けても、全く口を開かなかったし」
「バクさんまで……」
余計に肩を落とすキラウェル。
「あ……俺、もしかして…余計なこと言ったか??」
不安になったのか、ガクとカンナに確認するファラゼロ。
「ファラゼロ様…」
「デリカシーが無いです」
ガクとカンナは、それぞれ呆れながら言った。
「……………」
さすがにこれには、ファラゼロは参ったなという表情になる。
「まずは、こういった小屋がある方を目指してください。シンラにたどり着くまでには、かなり時間がかかりますが、一番の安全策です」
話題を変えるためか、ガクはキラウェルにそう提案した。
「ガクさん、もし食料とか尽きたら…その時はどうすれば?」
「食料の事は心配ない。カンナが俺経由で調達しているからさ」
「それなら…大丈夫です」
安心したのか、キラウェルはふっと笑った。
「今後の進路はともかく、カンナは一度ブラウン家に戻る必要がある。カンナが戻るまでは…ガクと一緒にいてくれ」
ファラゼロは、そう言いながら立ち上がった。
「え!?カンナさん…戻るんですか!?」
不安そうなキラウェル。
「ごめんなさいね…。うまく誤魔化した報告をしないと、逆に怪しまれるから。一度はやっぱり戻らないと…」
申し訳なさそうに、カンナは謝った。
「そういえばファラゼロ様…カンナの事は、ファルド様には何とお伝えで?」
ガクは、ファラゼロに尋ねた。
「逃げたものがいないか調査中…って言ってある。さすがにこの間、親父に呼び出されて、“カンナが戻ってこないが、どうなってるんだ”って言われちまったからさ…」
苦笑いするファラゼロ。
「それにキラウェルさん…ガクは頭がいいんです!」
カンナはそう言うと、にこやかに笑った。
「そうなんですか?」
「計算や古代文字…測量など、何でも大丈夫です」
ガクは、微笑みながら言った。
「では…お願いします」
キラウェルは、恥ずかしそうにお辞儀をした。
「それではガク、キラウェルさんを頼む」
「もちろんです」
ファラゼロはガクのこの言葉を聴くと、口笛を吹いた。
彼の声に反応したのか、一頭の馬が森の中から現れた。
しかも…もう一頭いた。
「じゃあ…俺とカンナは本家に戻るな」
「キラウェルさん…無事でいてね」
ファラゼロとカンナはそれぞれそう言うと、馬に跨がった。
「カンナさんとファラゼロさんも!」
キラウェルは、二人を強い眼差しで見つめる。
「キラウェルさん…君はレイウェアさんにとって“希望”なんだ。君が君自身に負けちゃいけないよ?」
「はいっ!」
ファラゼロの言葉に、キラウェルは強く頷いた。
ファラゼロはふっと微笑むと、カンナと共に颯爽と行ってしまった。
「ファラゼロ様が言ったことは本当だ」
ガクはそう言うと、キラウェルを見た。
「希望を捨てるなよ」
「わかってます!」
そして、ガクとキラウェルは新たな目的地を目指して、旅立つのであった…。




