第3話「町民の裏切り」
太陽が真上に昇った頃、カンナとキラウェルはハーフンに辿り着いた。
「ここが…ハーフンですよ」
カンナに言われ、キラウェルは辺りを見渡してみる。
港町というだけあり、沢山の漁船が港に停まっていた。
漁師の町でもあるのか、魚市場まである。
所々で、威勢のいい声が聴こえてくる。
「賑やかですね」
フードを深く被りながら、キラウェルが言った。
「宿はこの先にあります。行きましょう!」
カンナはそう言うと歩き出した。
キラウェルも、カンナについていく。
歩いていくにつれて、住宅が建ち並ぶ通りになった。
赤レンガの建物が印象的であり、キラウェルはついつい辺りを見渡してしまう。
「宿が見えてきましたよ」
カンナは、指をさしながら言った。
キラウェルは、カンナが指をさした方を見る。
宿も、赤レンガで建てられたものだった。
「中に入りますよ」
カンナはそう言うと、宿の扉を開けた。
宿の中は、丁度お昼を食べる宿泊客たちでいっぱいだった。
美味しそうな料理が、色鮮やかにテーブルの上に並べられている。
お昼からお酒を飲んでいる人もいるのか、一部のテーブルが大変賑やかだ。
「凄い…賑やか」
何故か小声で言うキラウェル。
「おばさん!カンナです!!いらっしゃいますか?」
カンナは、辺りを見渡しながら言った。
すると…あんなに賑やかだった人たちの声が、一瞬にして静まった。
そして、一斉にこちらを見た。
キラウェルは、その人たちが急に恐ろしくなり、カンナの後ろに隠れてしまう。
もちろん、被っているフードを強く押さえて。
すると、一人の女性がカンナのところへやって来た。
「あんた……本当にカンナかい?」
女性は、カンナの顔を覗き込む。
「私です!!カズハおばさん!!」
カンナはそう言うと、被っていたフードをどけた。
「カ…カンナ!!」
カズハと呼ばれた女性は、強くカンナを抱き締めた。
「おかえりなさい…!!」
泣きながら言うカズハ。
「ただいま…」
カンナは、そんなカズハを見て微笑んだ。
二人の感動の再会のあと、カンナとキラウェルは屋根裏部屋に案内された。
ブラウン家に追われているというキラウェルを心配し、カズハが用意してくれたのだった。
しかもカズハは、その場にいた客全員に、“見ざる、聞かざる、言わざる”発言をし…他人に口外することを許さないと言ってくれた。
「使っていない屋根裏部屋だけど…使ってね。客室よりいいでしょう?」
カズハはそう言いながら、キラウェルに微笑んだ。
「あの……ありがとうございます」
フードを強く押さえながら、軽くお辞儀をするキラウェル。
「お礼はいいよ!あと、宿代はツケでいいからね」
カズハはそう言うと、仕事があるからと持ち場に戻ってしまった。
「カズハおばさんは…本当にいい人なんです。心が広いんです」
カンナはそう言うと、キラウェルに微笑んだ。
「客室だったら…どうなってたんでしょうね?」
キラウェルはそう言いながら、屋根裏部屋の窓から外を眺める。
「もしかしたら…好奇の視線があったかもしれませんね」
カンナはそう言うと、苦笑いをした。
「……それは嫌だな」
不機嫌そうなキラウェル。
「とにかく今は、旅の疲れを癒しましょう。……今後のことは、夕食を食べてから考えましょう」
「はい」
こうして、カンナとキラウェルは、ハーフンの宿に滞在することになった。
ーあれから、1週間後ー
カンナとキラウェルが、ハーフンの宿に滞在してから1週間が経過した。
ブラウン家による襲撃もなく、キラウェルはいつしか忘れかけていた、笑顔が目立つようになってきた。
今後の話し合いは結局まとまらず、カンナとキラウェルは、深く考えないことにした。
「カンナさん!今度は釣りをしましょう♪」
笑顔で語るキラウェル。
「そんなに慌てなくても…釣り堀は逃げませんよ~」
そんなキラウェルに、苦笑いしているカンナ。
「魚釣り~♪」
キラウェルはそう言うと、早速釣りを始めた。
「まったく…」
カンナは呆れつつも、顔がほころんでいる。
今まであまり笑わなかったキラウェルが、何かが吹っ切れたように笑っていた。
無理して笑っているのではなく、彼女は心から笑っていた。
「ああー!!バレたー!」
キラウェルが絶叫する。
そんなキラウェルを見て、カンナは思わず笑ってしまう。
楽しかった時間はあっという間に過ぎていき、夕方になってしまった。
釣り堀での収穫は、五匹だった。
カズハにさばいてもらうため、二人は宿へ向かっていた。
「カズハさんの魚料理…とても美味しいんです!!」
笑顔で言うキラウェル。
「それはそうですよ。宿の女将さんですからね」
カンナも、笑顔で言った。
「でもビックリしました…カンナさんの伯母さんだったなんて」
キラウェルはそう言うと、鼻歌を歌い始めた。
ふとカンナは、異様な殺気を感じとって立ち止まった。
私服のカンナは、警戒するように辺りを見渡す。
「カンナさん…?」
不思議そうなキラウェル。
「…………」
キラウェルの言葉が耳に入らないのか、カンナは辺りを見渡し続けている。
辺りを見渡していたカンナは、殺気は林から感じると気づき、林を睨み付けた。
そして、用意していたクナイを握りしめた。
「カンナさん…?どうしました…?」
キラウェルがそう言って、カンナに近付いた時だった。
「!!!……伏せて!!」
突然カンナはそう叫ぶと、キラウェルと一緒に地面に伏せた。
間一髪で、林から飛んできた矢をかわすことができた。
「え……何?……何なの!?」
困惑しているキラウェル。
「誰だ!!出てこい!!」
立ち上がったカンナは、矢が飛んできた方向を睨みながら叫んだ。
カンナの叫びに観念したのか、“それ”は現れた。
現れた者を見て、カンナは言葉を失った。
何と、ハーフンの町民たちが…一斉にキラウェルを睨んでいたのだった。
カズハが箝口令を出した人たちではない…皆が漁師の人たちばかりだった。
「女…そこをどけ!!」
漁師の一人が、カンナを睨みながら叫んだ。
「どかないわよ!!」
カンナも負けじと叫ぶ。
「その後ろにいる奴に…懸賞金1億Gが掛けられてるんだ!!生死問わず、捕まえたら…その額が入るんだよ!!」
「な…何ですって!?」
漁師の一人の発言に、カンナは驚きを隠せない。
一体…誰がそんな事をしたのだろう。
確かにハーフンは栄えた町ではない。
しかし…いくら生活が苦しいからといって、それはやりすぎだ。
「懸賞金が掛けられてるですって!?…それをしたのは誰!?」
カンナは、漁師の一人に詰め寄る。
「ルスタだよ…」
「ルスタだと!?」
カンナは、そこで全てを理解した。
ルスタとは、ファルドの部下である。
もしかしたら…つけられていたのかもしれない。
カンナは、自分の無力さに唇を噛み締める。
「キラウェルさん!!全力で走って逃げて!!」
カンナは、あらんかぎりの声で叫んだ。
カンナの剣幕に一度は驚いたキラウェルだが、持っていたバケツを放り投げて走り出した。
「待て!!逃がさないぞ!!」
漁師たちが、一斉に駆け出す。
「行くな!!」
カンナが、漁師たちの前に立ち塞がった。
「どけ!!」
一人の漁師が、カンナに襲い掛かろうとしたときだった。
「やめろ!!」
ガクが、その漁師を蹴り飛ばした。
「ガク!!」
カンナは、嬉しそうな表情になった。
「女一人に…大人数でかかってんじゃねぇ!!」
ガクは、怒りに満ちた声で叫んだ。
その頃キラウェルは、全力で走って逃げていた。
時折後ろを振り返りながら、カズハの宿を目指して走り続けていた。
恐怖のあまり彼女は、大粒の涙を流しながら走って逃げていた。
「私は……どうしたら……!!」
夢中で走り続けていた彼女は、いつの間にかカズハの宿に辿り着いていた。
カズハは、両手を広げてキラウェルを待っていた。
「カズハさん!!」
キラウェルは、カズハの腕の中に飛び込んだ。
「キラウェルちゃん…大丈夫!?」
カズハは、キラウェルの顔を覗き込む。
「私は……どうしたら…!」
泣きながら、キラウェルはカズハにすがった。
「キラウェルちゃん…この先の獣道から逃げなさい!!」
カズハはそう言うと、森の中を指さした。
「え…」
「獣道の先は…川沿いへと続く道だから、舗装された道よりは安全よ!!」
このカズハの言葉を聴いたとき、キラウェルはレイウェアのことを思い出した。
『隠し通路を通って逃げて!!』
キラウェルの脳裏に、レイウェアの声が響いた。
その瞬間に、キラウェルは抵抗した。
「逃げるのは嫌だ!!私は…もう……誰かが犠牲になるのは見ていられない!!」
「自分のことだけを考えなさい!!」
カズハの剣幕に、キラウェルは黙る。
「私のことなら…大丈夫だから。だから……行きなさい!!」
最後にカズハに強く言われ、キラウェルは夢中で走って森の中へと消えていった。
「キラウェルちゃん…貴女は罪人なんかじゃない。貴女の目は……優しい人の目よ。だから、貴女は生きて…生きて生きて生き延びなければならない存在なのよ…」
カズハは、キラウェルが消えた森に向かってそう呟いた。
獣道をひたすら走るキラウェルは、川の音が聴こえてくるのに気づき、走るのをやめて歩き出した。
川に…たどり着いたようだ。
「川だ……」
そう呟きながら、キラウェルは川に近付いた。
川に近付いたキラウェルは、安心したのかその場に座り込んでしまった。
そして…両手で顔を覆い隠して泣き始めた。
「カズハさん……カンナさん……ごめんなさい……」
泣きながら二人に謝るキラウェル。
「キラウェルさん」
後ろから聴こえた…聞き覚えのある声。
「ファラゼロさんー!」
ファラゼロの顔を見た途端、キラウェルは彼にしがみついた。
肩を震わせて泣くキラウェルを支えたファラゼロは、無言で彼女の頭を撫でる。
ファラゼロの腕の中で、キラウェルは子供みたいに泣いて喚いた…………。




