最終話「シンラ」
−翌朝−
一足先に目覚めていたアルフォンスと共に、キラウェルは朝食を食べていた。
二人が食べていると、カンナとアルファードが起きてきた。
『おはようございます、キラウェルさん』
カンナは、キラウェルに声をかけた。
『おはようございます、カンナさん』
キラウェルは、微笑みながら言った。
『ラルフ、ご飯食べたら?』
アルフォンスは、アルファードに促す。
『そうだな…食うか』
アルファードは、欠伸をしながら椅子に座った。
カンナも、アルファードに続いて椅子に座った。
四人で楽しく朝食を食べて、荷造りをしたキラウェルたち。
村の出口には、ユキやカズマたちの姿があった。
『もう…出発してしまうのね』
そう言うユキの瞳には涙が。
『はい、お世話になりました』
キラウェルは、そう言いながらお辞儀をした。
『いつでも遊びにおいで?待ってるから』
そう言ったのは、カズマである。
『はい、その時は必ず遊びに来ますね』
キラウェルはそう言うと、カズマと握手を交わした。
『達者でな…』
リンカの村の村長は、キラウェルの右手を優しく握りながら言った。
『はい…』
キラウェルはそう言うと、名残惜しそうに手を離した。
『『『さようなら!』』』
村人たちに見送られながら、キラウェルたちはリンカの村を出発した。
『次はいよいよ…目的地のシンラだ。もう少しだから頑張れよ!』
『はいっ!』
アルファードの言葉に、キラウェルは力強く頷いた。
リンカの村からかなり離れた頃、キラウェルたちは近くの岩場で休憩をしていた。
シンラまでの道のりは地図上で見るより、実際にはかなり距離があった。
『ラルフ、この先は山道になる。足元には気をつけないといけないな』
アルフォンスは、地図を広げながら言った。
『もともとシンラは、山沿いにあるからな。十分に気をつけて先に進まないとな』
ラルフはそう言うと、水筒の水を飲み始めた。
一方カンナとキラウェルは、見えなくなったリンカの村の方角を見つめていた。
『本当に長かったですね、ここまで来るのに』
カンナは、微笑みながら言った。
『あともう少しです…。頑張りましょう!』
キラウェルも、微笑みながら言った。
『さてと…休憩終了だ!歩くぞ!』
ラルフはそう言いながら、背伸びをする。
『あともう少しですからね』
『はい!』
アルフォンスの言葉に、力強く頷くキラウェル。
だがしかし、カンナとキラウェルはこの後…元気を失うことになろうとは、思いもしなかった。
さて、場所をブラウン家の屋敷に移そう。
家に戻ってきていたファラゼロは、自室でカンナから送られてきた手紙を読んでいた。
シンラまであと少しという内容が書かれている、その手紙を見ていたファラゼロは、自然と顔がほころぶ。
助けたい、生き続けて欲しい…そう思っていたキラウェルが、今では立派に成長を遂げていた。
「俺も…頑張らなくちゃな」
天井を見上げながら、ファラゼロは言った。
と、その時…何かが落ちる音がして、ファラゼロはビックリして音がした方を見た。
「あ……ごめん、なさい」
片言だが、ハンダル語を話すアシュリー。
どうやら彼女は、ファラゼロの住む家に遊びに来たようだ。
「怪我は?」
「ううん…」
アシュリーが落としたのは、マグカップのようだ。
ガラス製でなかったのが幸いだ。
「よかった…」
アシュリーが怪我をしていないことを知ると、ファラゼロは安堵のため息をついた。
「ごめん、なさい…落として」
ファラゼロに謝るアシュリー。
「謝ることはないよ、だからそんなに落ち込むな」
そう言うファラゼロの表情は、とても優しいものであった。
「ありがとう」
アシュリーは、微笑んでお礼を言った。
「アシュリーさん、怪我はないかい?」
音が気になったのか、ファルドが姿を現した。
「大丈夫、です」
アシュリーがそう言うと、ファルドは頷いて書斎に戻っていった。
その様子を見ていたファラゼロが、口を開いた。
「親父…キラウェルさんとの一件以来、何も言わなくなったんだ」
「え?」
ファラゼロの言葉に、小首を傾げるアシュリー。
「いや…キラウェルさんを捕まえろとか、生け捕りにしろとか言っていたんだけど…全く言わなくなったんだ」
「そう、だったの?」
「まあな」
アシュリーは、信じられないという表情をしている。
彼女は前のファルドを知らないのだから、当たり前なのだが。
「あれが本当の親父さ…良くも悪くも、あれがファルド・ブラウンなんだ」
そう言うファラゼロの表情は、どこか嬉しそうである。
アシュリーは、そんな彼を見ていて嬉しそうに笑う。
「ん?どうしたんだ、笑ってて」
ファラゼロの言葉に我にかえったアシュリーは、何でもないとこたえ、お茶を淹れ始めた。
「もう少ししたら、列車でシンラに…戻りますね」
お茶を淹れながら、アシュリーが言った。
ふとファラゼロは…壁時計に目をやる。
時刻は11時になろうとしていた。
「もうこんな時間か…。わざわざ遊びに来てくれてありがとうな」
ファラゼロはそう言うと、優しく微笑んだ。
アシュリーは彼の笑みを見て、頬を赤く染めるのであった。
その頃キラウェルたちは、二度目の休憩をしていた。
小さな滝壺があるこの場所には、珍しい花や野草が生えていた。
全てシンラの人々が手入れをしているのだろうか、きれいなまま保存されている。
『この滝壺が見えたということは、シンラに近い場所にいるということだよ。頑張って!』
アルフォンスは、キラウェルを励ますために言った。
『で、ですがアルフォンスさん…』
キラウェルはそう言うと、先の道を見つめる。
彼女の視線の先には、坂道が続いていた。
『本当に近いですか!?』
半分怒っているキラウェルが、アルフォンスに詰め寄る。
『い、いやキラウェルさん…そんなに怒らなくても』
キラウェルの怒りの表情に、アルフォンスは困惑している。
『あの長い坂道の先にシンラがあるなんて…地獄ですよ!』
キラウェルはそう言いながら、坂道を指さす。
『気持ちもわかるが…シンラは知っている者にしか存在が知られていないんだ。俺たちもそうだ。この道は、シンラに行くのに大切なんだ』
ラルフはそ言うと、座っていた岩から立ち上がった。
『それは…シンラがまるで、森林に守られているかのように、囲まれているからですか?』
カンナは、ラルフに尋ねた。
『そうだ。この道だって、シンラの偉人たちが作ったと聞いている。巫女様を守るために、あえて坂道を多くしたとも聞いている』
ラルフに言われ、キラウェルは再び坂道を見た。
そういう理由なら、あれだけ坂道が続いていても無理はない。
『さて、歩くぞ!もう一踏ん張りだ!』
ラルフのこの言葉と同時に、キラウェルたちは歩き始めた。
滝壺から少し離れ、坂道に差し掛かった。
見た感じとは違い…意外にも急な坂道だった。
キラウェルとカンナは慣れていないのか、時折滑りながらも、必死に坂道を登り続けた。
そして……
『見えたよ!シンラの入り口だ!』
アルフォンスは、ある場所を指さしながら言った。
キラウェルは息切れしながらも、アルフォンスが指さす方向を見る。
入り口には大きな門があり、一人の門番が立っている。
『まずは、門番と話さないとな』
ラルフはそう言うと、一人歩いていった。
その場に立ち止まって、ラルフを待つキラウェルたち。
暫くして、ラルフが戻ってきた。
何故だか…キラウェルに向かって手招きをしている。
キラウェルは不思議に思ったが、ラルフのあとをついて行って、門番と話し始めた。
『何を話しているんでしょうか…?』
カンナは、アルフォンスに尋ねた。
『きっと、門番にキラウェルさんの事を話しているんだと思います。それにほら、話が終わったみたいですよ』
アルフォンスがそう言うと同時に、ラルフとキラウェルが戻ってきた。
『カンナさん、行きましょう!通してくれるみたいです!』
嬉しそうに、キラウェルは言った。
『そうですね、行きましょう!』
カンナも嬉しそうに言って、キラウェルに続いて前を歩き始めた。
しかし、ラルフとアルフォンスは歩こうとしない。
『ラルフさん、アルフォンスさん…どうしたんですか?』
気になったのか、カンナが言った。
『言ったはずだよ。シンラまで護衛するって』
アルフォンスの言葉の続きを、ラルフが受け継ぐ。
『だから俺たちの護衛もここまでだ。だから…俺たちとは、ここでお別れだ』
二人のこの言葉に、キラウェルとカンナは言葉を失う。
いずれは別れが来るだろうと思っていたのだが、まさかこんなに早く別れが訪れるとは。
『キラウェルさん、君なら大丈夫。君は一人じゃないから…離れていても、僕らはずっと君を見守るから』
アルフォンスはそう言いながら、キラウェルの頭に手をのせた。
『アルフォンスさん…』
アルフォンスを見上げるキラウェル。
『僕らが出発する前に、早く行きな!』
アルフォンスは、微笑みながら言った。
彼の言葉に背中を押されたキラウェルは、無言で力強く頷くと、カンナと共に歩き始めた。
しかし…キラウェルはすぐに立ち止まり、再び彼らに向き直った。
『いつか…いつかまた会いましょう!約束ですよ!!』
キラウェルはそう叫ぶと、カンナと共に走り去っていった。
彼女の言葉を聞いたラルフとアルフォンスは、微笑みながらキラウェルとカンナを見続けたあと、来た道を戻っていった。
シンラの入り口にやって来た二人は、門番に通されて足を踏み入れた。
一度地図上でしか見てなかったシンラだが、やはり周りが森に囲まれている。
辺りを見渡していたキラウェルは、巫女が登場したために彼女に向き直った。
『お待ちしておりました。不死鳥のご加護をもつ者よ…。よく、ここまでいらっしゃいました』
巫女はそう言うと、キラウェルの右手を優しく両手で包み込む。
『わたくしはこのシンラの巫女です。わからないことがあれば、何でも聞いてください』
巫女はそう言うと、カンナを見て驚く。
『カンナさん、お久しぶりですね。お元気でしたか?』
『えぇ…私は元気ですよ。巫女様も元気そうで何よりです』
二人は互いに挨拶をすると、握手を交わした。
『事情は存じております。予知していましたから。ここまでやって来たということは、しばらくの間ブラウン家は襲ってきません。キラウェル様…今日からこのシンラが、貴女の住む場所です』
巫女はそう言うと、優しく微笑んだ。
『私の…住むところ』
キラウェルはそう言いながら、再び辺りを見渡す。
巫女はそんなキラウェルの姿を見て、優しく微笑む。
『おぉ…到着なさいましたか』
男性が一人、そう言いながら現れた。
『彼はわたくしの護衛、ルイです』
キラウェルとカンナは、彼の顔を見て驚いた。
何故なら、一度パルミザックで会っているからだ。
『ルイさん!貴方は確か…警官では!?』
驚くカンナ。
『あらルイ、説明してなかったのですか?』
不思議そうに、巫女がルイに尋ねた。
『忘ていました…俺は警官であり、巫女様の護衛でもあるのです。先祖代々ですからね』
苦笑いするルイ。
『立ち話もなんですから、宿屋へご案内致します』
キラウェルとカンナは、巫女に連れられて、宿屋へと向かっていた。
途中、ファラゼロの家から戻ってきたアシュリーと再会したため、嬉しさのあまり、キラウェルとアシュリーが抱き合ったのは…言うまでもない。
二人を見ていた住人たちは、優しく微笑みながら見守っていた。
さて、シンラに辿り着いたキラウェルだが、彼女の物語はまだ始まったばかりなのである。
そう…まだ、始まったばかりなのだから…。
この後は、キラウェル自身も知らないことだろう。
やがて己の運命を、知っていくことになるなんて…。
中巻へ続く




