第34話「新たな決意」
ーフォルフ地方・リンカの村ー
翌朝…目を覚ましたキラウェルは、机の上に置かれた手紙を見つめていた。
その手紙は、昨日グラディスから渡されたものだった。
『まさかファラゼロさんの親族が…国を建国するなんてね…』
既に手紙を読んでいたキラウェルは、苦笑いしながら言った。
ファラゼロ直筆の手紙には、親族が国を建国した事や、その場所がかつての…シャンクス一族の住居区だという事…彼の亡き祖父・ルクエルの遺志を継ぐ者たちの集まりだという事が書かれていた。
彼なりに、キラウェルを心配して手紙を書き、グラディスに渡したのだろう。
お陰で…知るべきことを知ることが出来た。
『いずれはハンダル地方に戻らなければならないんだけど…戻っても敵がいるのね』
キラウェルはそう言うと、深い溜息をついた。
『キラウェルさん…?どうしました?』
まだ眠たいのか、目を擦りながら起きるカンナ。
『昨日の手紙の事で、考えていたんです』
キラウェルはそう言いながらベッドから起き上がり、机の上に置かれた手紙を手に取る。
『ファラゼロ様からの手紙ですね…。内容には、私も驚きました』
カンナも、そう言いながら起き上がる。
『カンナさん一つ聞きたいんですが、ファラゼロさんの親族は、母方ですか?それとも父方ですか?』
キラウェルは、カンナに尋ねた。
『母方はまずありえません。父方と考えていいでしょう…。ルクエル様の親族は…まぁ似た者同士と言ったところでしょうか』
カンナは、そう言いながら苦笑いする。
『ありがとうございます』
キラウェルはそう言うと、手紙を再び机の上に置く。
『キラウェルさん、今日の予定は?』
今度は、カンナがキラウェルに尋ねた。
『リンカの村の、占星術師に会いに行こうと思ってます。私はまだ…フェニックスの魔法について、わからない事がありますから』
『そうですか…。なるべく早く戻ってきてくださいね』
カンナはそう言いながら立ち上がり、着替えを始めた。
『わかりました』
キラウェルもそう言うと、カンナに続いて着替えを始めた。
朝食を済ませたキラウェルは、ユキに教えてもらった占星術師の家を訪ねていた。
フェアリークリニックから…それほど遠くはなかった。
『ごめんください!』
キラウェルは、ドアをノックしながら言った。
『いらっしゃい!君がキラウェルさんだね?』
ドアが開かれて現れたのは、爽やかな男性だった。
『貴方が…カズマさんですか?』
キラウェルは、男性に尋ねた。
『そうだよ。俺がこの村の唯一の占星術師、カズマだ。さぁ上がって!』
カズマに促され、キラウェルは彼の家に上がり込んだ。
リビングに通されたキラウェルは、沢山の書類にまず驚いた。
至るとこにある書類には、星の動きが細く記載されている。
『びっくりしてしまったかい?俺は占星術師だから、星の動きとか読み取り、未来を占うのが仕事なんだ』
カズマはそう言いながら、紅茶を淹れたカップをテーブルの上に置く。
『星の動きは…毎回同じなんですか?』
キラウェルは、カズマに尋ねた。
『同じではないよ。むしろ違ってくるんだ…日が変わると星たちの動きも変わるから、俺は毎日星の動きを観察してるんだよ』
カズマはそう言うと、ひとまとめにされた書類をキラウェルに渡した。
渡された書類を見て…キラウェルは更に驚いた。
自分がリンカの村へ来る、ほんの数日前の星の動きのようだ。
確かに彼が言う通り、星たちの動きが違っている。
カズマは、そんなキラウェルの様子を微笑みながら見ていた。
そして彼は、椅子に座った。
書類を読んでいたキラウェルは、慌てて椅子に座った。
『さて本題に入るけれど…君は何について知りたいんだい?』
カズマは、微笑みながらキラウェルに尋ねた。
キラウェルは一から説明を始めた。
故郷を追われ、シンラを目指して旅をしている事、亡き母からフェニックスの魔法を受け継いだはいいが、特性が何なのかわからない事、魔法の力が日に日に増していく不安…普段あまり話せない事を、キラウェルはカズマに隠す事なく話した。
キラウェルが話している間、カズマは頷きながら聞いていた。
そして口を開いた。
『なるほどね…。そういうことか』
カズマはそう言うと、キラウェルの左手を両手で包み込んだ。
『あ…あの、カズマさん?』
カズマの行動に、動揺を隠せないキラウェル。
『大丈夫…俺を信じて』
カズマはそう言うと、瞼を閉じた。
その様子から、彼は魔法の力を読み取ってるようだ。
暫くしてカズマは読み取るのをやめ、キラウェルの手を離す。
『うん……。君の言う通り、次第に魔法の力が増しているね。それは何故だがわかるかい?』
カズマに尋ねられるが、キラウェルはわからないと頭を振った。
『では質問を変えてみようか…。君は怒りで魔法の力を解放しているかい?』
このカズマの問いに、キラウェルは言葉を失った。
彼女の反応を見たカズマは、苦笑いした。
『やっぱりね…。でもそれは…やってはいけない事なんだよ?』
『何故ですか?』
キラウェルに尋ねられたカズマは、深呼吸してから口を開いた。
『よく聞いてね?魔法にもレベルというものがあって、技が解放されるのは、決められたレベルに達してからなんだ。だけど、君の場合は違う…怒りで無理矢理魔法の力を解放してしまってるんだ』
カズマはそこで一度区切ったが、話すために再び口を開く。
『簡単な技だったらまだマシだけど…力が絶大な技ほど、体にかかる負担は大きくなっていくんだ。フェニックスの魔法が、善の心を持つ者にしか扱えないとされている理由が…ここにある。魔法の技に慣れたり、魔法のレベル上げをしないといつか君は…魔法に喰われてしまうよ?』
カズマの言葉に、キラウェルは背筋が凍った。
『今ならまだ間に合う。今のうちに、魔法の鍛錬をしてね?君のためなんだ』
カズマは、そう言いながら微笑んだ。
『はい…ありがとうございます』
今キラウェルは、それしか言えなかった。
『あと特性の事だね。特性とは、魔法それぞれがもつ特殊な能力の事で…魔法によって違うんだ』
カズマはそう言うと、ある本をキラウェルに差し出した。
その本の題名は…何故かハンダル語で書かれている。
『特性による魔法の特徴…しかもハンダル語で書かれてある』
本の題名を見たキラウェルは、驚きながら言った。
『俺は月に一度だけ、ハンダル地方にも行くんだ。この本は、その時に貰った物なんだ…。君にはその本を渡しておくから、特性の事を勉強するといいよ』
『はい、ありがとうございます』
キラウェルはお礼を言うと、再び本に視線を戻した。
『フェニックスの魔法の特性は…自然治癒といって、怪我が自然と治る力の事なんだ。君が魔法を受け継いだ時、この特性が発動したと思うんだけど…どうかな?』
カズマに言われ、キラウェルは今までの事を思い返した。
グラディスの銃弾を受けた時、そして…ルークとの戦闘時。
確かこの時に、特性と思われる力が発動していた。
『あります!二回ぐらい!』
『怪我…治ってたかい?』
『はい!しかもすぐに!』
キラウェルの言葉を聞いたカズマは一度席を立つと、どこかへと行ってしまった。
でも暫くして、彼は戻ってきた。
『この表は…俺が調べた特性一覧表だよ。中には調べられなかったものや、古代文字のせいで読めなかったものも含まれてる。君にこれを渡そう』
カズマは、何枚にもまとめられた書類を差し出しながら言った。
『凄い…こんな量を一人で…』
キラウェルは、驚きながら言った。
『これも仕事のうちだよ。受け取って』
カズマは、微笑みながら言った。
キラウェルは無言で頷くと、カズマから書類を受け取った。
『あと他に、俺に聞きたい事はあるかな?』
カズマは、キラウェルに尋ねた。
『いえ…今のところはありません』
『そうか、またわからないことがあったら、いつでも俺の所においで。君なら大歓迎だよ』
カズマは、微笑みながら言った。
彼の優しい言葉に、キラウェルも微笑みながら頷いた。
カズマの家をあとにしたキラウェルは、宿屋に戻ってきていた。
昼食を済ませたキラウェルは、宿屋の庭で魔法に慣れるための訓練をしていた。
「フレイム!」
キラウェルは、手のひらの上に焔を出した。
暫くの間、焔はキラウェルの手のひらで揺らめていたが、消えてしまった。
「おかしい…ほんの僅かな時間しか魔法を発動していないのに、こんなにも疲れるものなの?」
息切れをしながら、キラウェルは言った。
カズマが言っていた、魔法に慣れろとは…おそらくこういう事だったのだろう。
キラウェルは改めて、自分がどれだけ魔法を使わなかったか…実感、そして痛感した。
「そういえば…母さんが言ってたな、魔力と体力は同じだって…」
キラウェルは、亡き母・レイウェアがかつて言っていた言葉を、瞬時に思い出した。
「これからの為にも、体力をもっとつけよう!」
キラウェルはそう言うと、再び訓練に励んだ。
夕方になり、キラウェルがまだ訓練を止めないため、心配したカンナが付き添っていた。
初めの頃に比べ、息切れをしなくなったキラウェル。
しかし、まだまだな事は彼女が一番よく知っているため、カンナも黙って見守っていた。
「フレイム!」
再び焔を出すキラウェル。
「キラウェルさん、休憩しませんか?無理は禁物ですよ」
カンナは、キラウェルを心配そうに見つめながら言った。
「それもそうですね…。わかりました、中に入ります」
キラウェルは汗を拭いながら言うと、魔法の発動をやめた。
中に入ったキラウェルとカンナは、真っ先に食堂へと向かった。
食堂には既に、ラルフとアルフォンスが夕食を食べていた。
『キラウェルさん、訓練は終わったのかい?』
フォークを置いたアルフォンスが、キラウェルに尋ねた。
『はい、少しだけ慣れました』
キラウェルはそう言いながら、アルフォンスの隣に座った。
『慣れとくといいぞ?体力がなくては動けないからな』
ラルフは、肉料理を食べながら言った。
ふとキラウェルは、ラルフの左手の甲に魔法陣がある事に気付いた。
その魔法陣の模様から、雷系だということがわかる。
『ラルフさん…その魔法陣は?』
不思議に思ったキラウェルは、ラルフに尋ねた。
『基本系の、雷の魔法だよ。ラルフ家は代々これを受け継ぐんだ』
ラルフはそう言うと、自分の左手の甲をキラウェルに見せる。
随分と長く使用されてきたのか、ラルフの雷の魔法陣は、淡い光を放っている。
フェニックスの魔法以外の魔法陣を、初めて見たキラウェルは驚きを隠せない。
『ラルフ家は、あともう一つ…貴重な魔法を受け継ぐんだが、流石にあの魔法は教えられない。聞いても教えないからな』
ラルフはそう言うと、再び料理を食べ始めた。
『ごめんね?ラルフは、変なところで頑ななんだ』
見兼ねたアルフォンスが、キラウェルに言った。
『いえ…私は大丈夫です』
キラウェルは、苦笑いしながら言った。
『アルフォンスさんは、魔法は持っていないんですか?』
カンナは、アルフォンスに尋ねた。
『あいにくだけど、僕は持ってないな。魔法を持つような家系じゃないからね』
アルフォンスは、苦笑いしながら言った。
『やはり、家系が関係しているのですね』
カンナはそう言うと、スープを飲み始めた。
この様な会話が続いたあと、キラウェルたちはシンラについて話し始めた。
歴史ある場所らしく…本来なら、一般人の立ち入りさえ厳しいというのだ。
その事についてアルフォンスは、シンラを統治している、巫女が原因だと話した。
『シンラにいる巫女様は、神の子とも呼ばれていてね…とても不思議な力を持っている方なんだ』
アルフォンスの言葉の続きを、ラルフが受け継ぐ。
『巫女様には必ず護衛が付いていて、不思議な力を悪用されないために、一般人の立ち入りさえ厳しくしているんだ』
ふとキラウェルは、この巫女様に会えば…×印について何かわかるのでは…と思っていた。
シンラに着いたら真っ先に巫女様に会おう。
キラウェルは、心の中でそう決意した。
夕食を済ませた四人は、ラルフの早めに出発するという発言のもと、早々と就寝してしまった。
カンナはというと、以前キラウェルから貰った手紙を握ったまま眠っている。
どうやらこの手紙は、カンナに宛てた誕生日を祝う手紙の様だ。
余程嬉しかったのか…寝る前まで何度も手紙を読み返していたカンナ。
キラウェルは、そんな彼女を微笑みながら見ていた。
『さてと…私ももう寝なくちゃ。おやすみ、不死鳥』
キラウェルはそう言いながら、ベッドに横になった。
暫くすると、キラウェルの寝息が聞こえてきた。
不死鳥はどこか穏やかに笑うと、キラウェルの背中へと姿を消した。
夜空には…満天の星が輝いていた。




