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第29話「成長」

カンナとキラウェルが、パルミザックに滞在してから早一ヶ月が経過した。

秋の風が未だに薫るセルネアでは、枯れ葉があちらこちらに散らばっている。


そして…もう一つ変化したことといえば、キラウェルが、片言(かたこと)だがセルネア語を話せるようになったことだ。

しかし、まだ流暢に話せていないのは事実のため、時折カンナの助け船がある。


「何だかすみません…もっとセルネア語を上手に話せるようにならないと…」


そう言いながら、肩を落とすキラウェル。


「焦らず、ゆっくり学んでいきましょうよ。何事も学ぶことはとても大切なことですから」


カンナは、微笑みながら言った。


「そうですね…もっと頑張ります」


キラウェルは、笑みを浮かべながら言った。


ふと二人は、前にルイが言っていた書物のことを思い出した。

外出していた二人は民主に戻ると、近くにいた女性の従業員に声をかけた。

まず最初に声をかけたのは…キラウェルだ。


『あの…本が読める場所は…ありますか?』


片言だが、ゆっくりと話すキラウェル。


『ああ!本コーナーのことですね…こちらですよ』


女性は微笑んでそう言うと、二人を案内してくれた。


「よかった…ちゃんと通じた…」


余程嬉しいのか、キラウェルの瞳には少しだけ涙が…。


「努力の賜物(たまもの)ですね」


カンナは、微笑みながら言った。


女性に案内された本コーナーは、ルイが言っていた通り数えきれないほどの本が、棚にぎっしりと詰まっていた。


あまりの本の多さに、キラウェルは目を丸くしてしまった。

何から手にしたら良いか…わからないからだ。


『お好きなだけ本をお読みくださいね。では私はこれで…』


女性は二人に会釈すると、持ち場へと戻っていった。


「さあキラウェルさん、片っ端から読んでいきますか!」


そう言いながら、カンナは腕を回す。


「はいっ!」


キラウェルは、頷きながら言った。


まずカンナが右の棚から、キラウェルは左の棚から読み始めた。

そして…このあと重大な発見に繋がるとは、この時二人は思いもしないことだろう。




その頃、最北東に位置している“シンラ”では、アシュリーがキラウェルたちを今か今かと待っていた。

先に家に戻ってきていたアシュリーは…父の制止も聞かずに外で待っていた。


『アシュリー…いい加減に中に入ったらどうだ?』


ローブを羽織ったアシュリーの父・タクトは、娘を気遣いながら言った。


『私は大丈夫だよ…お父さん』


アシュリーは、手を自分の息で温めながら言った。

どうやら彼女は…帰ってきてからずっと外にいるようである。


『大丈夫ではないだろう。いくら日中がまだ暖かい秋だとはいえ、夜は冷え込む…中に入りなさい』


『………はい』


タクトに強く諭されたアシュリーは、父親に従った。


アシュリーとタクトが家の中に入ると同時に、郵便受けに何かが入る音がした。


『あっ…手紙がきた♪』


アシュリーはそう言うと、真っ先に郵便受けに向かった。


『ん…?アシュリー、誰かと文通しているのか?』


不思議に思ったタクトは、アシュリーに尋ねる。


『えっ……う、うん。まあね…』


言葉を濁したアシュリーは、封を開けて手紙を確認する。


アシュリーの反応から、タクトは娘が男性と文通していると感じとり、これ以上何も言わなかった。


『アシュリー!あなたー!お茶が入りましたよー』


キッチンの奥から、母親のシズクの声がした。


『はーい!』


アシュリーは上機嫌でそう言うと、奥へと姿を消した。


彼女が受け取った手紙の差出人は…何とファラゼロであった。

いつの間にか二人は、文通をする仲になっていたようだ。

男性にしてはキレイな字のため、アシュリーは見習わなきゃと思った。


『アシュリー?何か良いことがあったの?上機嫌だけど』


娘の態度の変化に気付いたシズクは、微笑みながら彼女に尋ねた。


『うん!今ね…遠くに住んでいる友達と、手紙のやり取りをしているの』


笑顔で、アシュリーは言った。


『あらー良いわね♪』


娘が笑顔のため、シズクもつられて笑顔になる。


『どんな方なんだ?』


タクトは、アシュリーに尋ねる。


『凄く優しい人だよ!あとは…自分のことより、周りの人を優先させてるかな』


アシュリーはそう言いながら、サイファ村で逢ったファラゼロを思い出す。

その瞬間に…彼女の頬が(わず)かに紅く染まった。


『自分を犠牲にできる人か…なかなか居ないな』


『やっぱり?お父さんもそう思うの?』


タクトの言葉に、アシュリーは思わず身を乗り出す。


『どうしたのよアシュリー…そんなに興奮して』


シズクは、娘を落ち着かせながら言った。


『ご…ごめん、ちょっとやり過ぎた…』


照れながら言うアシュリー。


タクトは、今までと違う娘を見て嬉しさもある反面、複雑な心境になった。

娘を成長させるために、サイファ村へ送ったのだが、どうやら彼女は…とても大切な感情を芽生えさせて帰ってきたようだ。

それは大きな進歩なのだが、一人娘であるアシュリーを想うあまり、なかなか言い出せない。


『もしかしてアシュリー…その人のこと、好きなの?』


しかしシズクは、ストレートにアシュリーに尋ねる。


『え…ええええ!?そ…そそそそんな訳ないよー!!』


動揺しまくりのアシュリー。


『アシュリー…動揺しすぎだ』


『う…』


タクトにそう言われ、アシュリーは言葉につまる。


『で、実際はどうなの?アシュリー』


シズクは、興味津々で尋ねた。


『す…好きかどうかもわからないよー!』


顔を真っ赤にしながら、アシュリーは言った。


しかしシズクとタクトは、アシュリーが文通の友達に好意を抱いていると確信した。

先程だってそうだ…待ってましたと言わんばかりに郵便受けに向かったり、手紙の内容を微笑みながら目で追っていたり…。

彼女は文通の友達…ファラゼロに好意を抱いているのはもう明らかであった。


だがアシュリーは、初めて経験する気持ちに戸惑っているようだ。

そんな娘を見兼ねたタクトが、口を開いた。


『アシュリー…人を好きになるという気持ちは、決して恥ずかしいことではないんだぞ?』


『え…?』


タクトの言葉に、アシュリーは思わず顔を上げる。


『アシュリー…お前は今まで“恋”というものを知らずに生きてきた。それが過去の傷のせいなのだとしても、男性が怖いと思ってきたお前なら…お父さんの話していることは理解できるな?』


『………うん』


タクトの言葉に、アシュリーは頷く。


『だったら素直になりなさい。意固地(いこじ)になっていると…本当に大切なものでさえも失ってしまうぞ?』


タクトに言われ、アシュリーは改めて自分の気持ちを整理し始めた。

最初は…あんなに怖いと思っていたファラゼロが、キラウェルやガクから慕われていると知ったとき、彼女のファラゼロを見る目が変わったのである。

だからガクにも…少し怯えながらであったが、接することができたのだ。

更には、ファラゼロには…恐怖心などなくなっていた。


『アシュリー?思いきって、気持ちを伝えてみたら?』


黙りこむ娘を見たシズクが、優しい口調で言った。


『え……』


『だって…その人だって、アシュリーと仲良くしたいと思っているから、手紙を書いてくれるんじゃないの?どうでもいいと思っていたら、普通返事なんて書かないんじゃないかな?』


シズクに言われたアシュリーは、これまでのファラゼロの手紙を思い返してみる。

たった一度だけ、彼女はファラゼロに、“返事を書くの…嫌じゃない?”と尋ねたことがあった。だが彼から返ってきた返答は、“楽しいから、返事を書くの嫌いになんてなれないよ”だった。


もしかして…ファラゼロも同じ気持ちでいてくれているのだろうか…?

アシュリーは、ファラゼロがブラウン家の者だと両親には話していないため、尚更ファラゼロの名を出せなかったのだ。

もし…もしもファラゼロが自分と同じ気持ちで手紙を書いているとしたら…。


アシュリーの心には、もう迷いなどなかった。


『お父さん、お母さん…私、素直になってみるよ』


『その意気(いき)よ!』


シズクは、アシュリーの背中を押した。

それだけで、彼女の心がもっと軽くなる。


『ところでアシュリー…文通している人の名前は、何て言うんだ?』


タクトは、アシュリーに尋ねた。


『ファラゼロくん…』


控えめに、アシュリーは言った。


『ファラゼロ…ブラウン家の当主になった青年だね?』


タクトが再び尋ねると、アシュリーは無言で頷いた。

しかも…顔を俯かせてしまっている。

両親の反応が怖いのだろう。


『もし可能だったら…直接会わせてくれないか?』


『え!?』


タクトからの意外な言葉に驚いたアシュリーが、勢いよく顔を上げる。


『ファラゼロと言う名なら…俺たちは知っている。とてもいい青年だからな。急ぎじゃないし、いつか彼と直接話しがしたいんだ』


『お…お父さん』


『私からもお願いするわ…アシュリー。ファラゼロくんに…いつか会わせてね?』


『お母さん…』


両親の言葉を聞いたアシュリーは、嬉しそうに頷いた。

そして急に思い立ち、自室へと走っていった。

どうやら、手紙の返事を書こうとしているようだ。


そんな娘を見たシズクとタクトは、微笑みながら見守っていた。




さて、場所をパルミザックへと戻す。

民宿の本コーナーでは、カンナとキラウェルが黙々と本を読み漁っていた。


「セルネアの歴史書…強化系魔法に関する記述書……魔法関係の書物や、歴史に関する書物が多いですね」


カンナはそう言うと、読んでいた本を閉じた。

彼女が読んでいた本の表紙には、“希少系魔法に関する記述書”と…セルネア語で書かれている。


一方のキラウェルはというと、カンナよりも大量の本を読み終えていた。

今彼女は、別の本を読むべく棚を探索している。


「どこかにあるはず…重要書物が…」


ぶつぶつと、キラウェルはひとりごとを言いながら棚を探索している。


「キラウェルさん?どうしました?」


不思議に思ったカンナは、そう言いながらキラウェルに近づいていく。


「私は以前…母さんから、セルネアには重要書物があると聞いていました。もしその本があるなら、読みたいと思うんですが…」


キラウェルはそう言うと、一冊の本を手に取る。


「何これ…“貴方の体をムキムキに!完璧な肉体改造計画書”………これ読む人いるんですかね?」


そう言いながら本の表紙を読んだキラウェルは、呆れながらカンナを見つめる。


「読んだ人は…いるんじゃないんですか?だって本の端が折れ曲がっていますから」


カンナは、苦笑いしながら言った。


「………男性の、筋肉への執着は…私には理解できないです」


キラウェルはそう言うと、何事も無かったように本を戻した。

カンナはただ、ははは…と笑うことしかできない。


すると…棚から一冊の本が自然と床に落ちた。

それに気付いたカンナは、その本を手にした。


「赤い表紙の本ですね…。文字は古代文字なので、私には読めません」


カンナはそう言うと、赤い表紙の本をキラウェルに渡した。

彼女から本を受け取ったキラウェルは、表紙を見て目を見開いた。


「“五大封印の書”………これだ!!」


キラウェルは嬉しそうにそう言うと、(ページ)を捲り始めた。


「キラウェルさん…その本がどうかしたんですか?」


カンナは、不思議そうにキラウェルに尋ねた。


「この本には、いずれ訪れるであろう…“暗黒時代”を封じる方法が書かれているんです。母さんは、暗黒時代について書かれた本があるとしか言っていませんでした」


「では…本のタイトルは誰から教わったんですか?」


新たな疑問があり、カンナは再びキラウェルに尋ねた。


「……リアさんから聞いていました。だから…タイトルはわかっていたんです」


キラウェルはそう言うと、頁を捲るのを止める。


「この頁にあるはず……」


そう言いながら、文面を指で追っていくキラウェル。


「読みますね…“暗黒時代…それは、四大神により封印されし者が復活することを意味し、この時代が到来してしまうと、人々の心には、闇が巣くうようになる。これらは兆しがあり、年数を重ねるごとに範囲を広げていく…”」


キラウェルは一度そこで区切ったが、もう一度口を開く。


「“しかしこの時代を封印するのに必要なのが、五大封印である。五大封印がなければ、闇の範囲は広がるばかりか…とまらなくなってしまう。この頁に、五大封印の要となる五つの希望の在処(ありか)を示した…。どうか見つけてほしい…”」


キラウェルは、そこで読むのをやめてしまった。


「キラウェルさん…?」


「カンナさんごめんなさい…。ここから先の頁は、超難解暗号文で読めないんです」


キラウェルは、申し訳ないと…続けてカンナに謝った。


「大丈夫です…。読みたかった本が見つかって良かったですね」


「はい…。あれ?でもこの×印……」


本に挟まれた古い地図には、赤い×印がつけられていた。

その地図をずっと見つめていたキラウェルは、カンナからフォルフ地方の地図を受けとると、その地図に持っていたおはじきで、×印を再現していく。


「“リオシティ”…“ハルブの街”…“リンカの村”……さっき訪れたリオシティにまで印があるなんて…」


地図を見たカンナは、驚きを隠せない様子だ。


「カンナさん…もっと謎なのがありますよ」


キラウェルはそう言うと、あるおはじきを指さした。

その場所は…なんと“シンラ”であった。


「“シンラ”!?“シンラ”に何故印が!?」


「わかりません…。でもこの本のお陰で、この残りの三つの場所を訪れる理由ができました」


キラウェルはそう言うと、本を閉じた。


「でもキラウェルさん、“ハルブの街”だけ×印が二つあります。これにも…何らかの理由があるのでしょうか?」


「きっと理由があるはずです。明日にでも出発しましょう!」


「わかりました」


こうして二人は、新たな謎を求めて出発することを決意した。

“ハルブの街”、“リンカの村”…そして、二人が目指す“シンラ”に何故印があったのか…。

キラウェルは、この場所に行けば何かわかると感じていた。


「では私は、フロントに告げてきますね」


カンナはそう言うと、フロントへと走っていった。


彼女が奥へと姿を消したと同時に、不死鳥がキラウェルの背中から現れた。


「不死鳥?」


キラウェルが声をかけるが、不死鳥は黙ったままだ。

何を思ったのか、窓を突っつき始めた。


「不死鳥…?どうした……」


言いかけたキラウェルは、窓を見つめて言葉を失った。


何故なら…国際警察が今まさに、キラウェルとカンナが宿泊している民宿に押し寄せていたからだ。


「警察!?何故この民宿に!?」


キラウェルは驚きの声を上げる。

ふと彼女は、思わず部屋への階段を目指して走り出した。


それと同時に、国際警察の警官達が中へと入ってきた。


『居たぞ!彼女を捕まえろ!』


一人の警官が、キラウェルに向かって叫んだ。


「つ……捕まえろって……何で!?」


驚きのあまり、思わず立ち止まるキラウェル。


『待て!話を聞いてくれ!』


一人の警官が、キラウェルに話しかける。

しかし、恐怖のあまりキラウェルは、魔法を発動させようとしている。


「もう……こんなのは嫌なのに…!!」


キラウェルはそう言うと、左手を前に翳した。


『待ってください!!』


その光景を見ていたカンナが、国際警察の前に立ち塞がった。


『彼女をどうするおつもりですか!』


怒りを(あらわ)にするカンナ。


緊迫した空気が…民宿に漂っていた。

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