第2話「キラウェルの思い」
川沿いを歩き出して数時間後、目的地となる小屋にたどり着いた。
使われていない小屋のようで、所々に苔が生えている。
しかし、旅人が宿代わりとして使用してきた場所でもあるので、衛生面は保証できなくとも、しばらくの間は生活ができる。
「よかった…道具とかはそのまま使えそう」
物色していたカンナは、使えそうな物だけをもってやって来た。
「カンナさん…掃除しましょ」
辺りを見渡していたキラウェルは、いつの間にか箒と塵取りを持っている。
「…確かに埃が目立つからね…掃除するなら徹底的にしよ!」
というわけで、カンナとキラウェルは大掃除を始めた。
しばらくして掃除も終わり、二人は休憩していた。
あれだけ汚かった小屋は、キラウェルとカンナの大掃除のお陰できれいになった。
「これだけきれいになれば、衛生面も大丈夫だね!」
辺りを見渡しながら、満足そうに言うカンナ。
「そうですね…」
キラウェルは、微笑みながら言った。
「そうだ…現在地を確認しないと!」
カンナはそう言うと、ガクから預かった地図を広げた。
キラウェルはというと、外へ出て再び川沿いへ向かった。
近くにあった大きな岩に腰を掛け、空を見上げる。
雲ひとつない空が、広がっている。
この間、悲劇があったとは思えない光景だ。
「母さん…」
そう言うキラウェルの目には、再び涙が。
住居区が襲撃されたあの日、レイウェアが囮となり自分を逃がしてくれた。
目を閉じれば、鮮明に浮かぶあの光景。
キラウェルは…自分だけが助かって良かったのかと、時おり思うことがあった。
「お願い……無事でいてね」
涙を拭うこともせず、キラウェルはただ空を見上げている。
『涙ぐらい拭ったらどうだ…』
その時、真後ろから聴こえた声。
「不死鳥…!」
キラウェルの表情が変わる。
この不死鳥は、“フェニックスの魔法”の守護神である。
本来なら、不老の力も持っているのだが、その力はレイウェアがもっているため、キラウェルには魔法の力のみ備わっていた。
『レイウェアは…そんなお前は見たくないと思うぞ』
不死鳥はそう言うと、キラウェルの近くにとまる。
「あんたのせいで……あんな事になったんじゃない!」
不死鳥を睨むキラウェル。
『間接的に…そうなるな』
この不死鳥の言葉に、キラウェルの怒りが高まった。
「間接的ですって!?直接的でしょ!?……あんたさえいなければ…みんな死ぬことだってなかったし、母さんだって……捕まらなかった!!」
叫んだキラウェルの目に、再び涙が溢れる。
キラウェルは続ける。
「私は……あんたを受け入れなければよかった!!」
キラウェルがそう言った瞬間、今度は不死鳥の怒りが高まった。
『ならば…あの時お前には何が出来た!?あのまま、民の者たちが捕まれば死ぬことはなかったと言いたいのか!!ふざけるな!!』
不死鳥の剣幕に、キラウェルは押し黙る。
『ブラウン家が…民たちを殺さないわけがない!!俺も現に…お前やレイウェアよりも……沢山の人が死んでいくのを見てきたんだ!!』
不死鳥は、何百年……いや何千年と場所を転々としてきた。
ようやくつかんだ幸せも、ブラウン家によって壊されてきた。
そして…レイウェアとの幸せも。
『人が死ぬのは……もう沢山だ!!』
不死鳥はそう言うと、項垂れてしまった。
今まで不死鳥が見せたことがない姿に、キラウェルは戸惑いを隠せない。
確かに不死鳥は、キラウェルやレイウェアに比べて、これまでの歴史に関わっている。
あの石碑に刻まれた…当時の首長たちと関わってきた不死鳥は、それだけ彼らの死にも直面したことだろう。
「不死鳥……あの……」
キラウェルが何か言いかけたとき、不死鳥は彼女を見た。
『俺を恨みたいのであれば、恨んだって構わない……しかし、全てを俺のせいにはするな』
不死鳥はそう言うと、キラウェルの背中に消えてしまった。
「………謝りたかったのに」
キラウェルは、後ろに向かって呟いた。
川沿いを後にしたキラウェルは、カンナのもとへ戻ってきた。
カンナは既に、昼食の準備をしていた。
「キラウェルさん…どこに行ってたんですか?もうご飯の用意は出来てますよ?」
カンナは心配していたのか、そう言いながら近寄ってきた。
「川沿いへ…行っていました」
キラウェルは、少しだけ微笑みながら言った。
「そう……ですか。お昼にしましょ?」
「はい」
カンナに促され、用意された椅子に座るキラウェル。
テーブルの上には、美味しそうな料理がたくさん並んでいた。
「カンナさんって…料理が上手なんですね」
カンナが用意した料理を食べながら、キラウェルが言った。
「母から教わりましたからね…しかもスパルタでした」
苦笑するカンナ。
「ス…スパルタですか…」
少し驚くキラウェル。
「でも…お陰で料理上手になりましたよ」
カンナはそう言うと、自分が作った料理を美味しそうに食べる。
キラウェルはふと、母・レイウェアの事を思い出した。
実はキラウェルも…レイウェアから料理を教わっていたのだ。
あの幸せだった日々は…もう戻らない。
「母さん…無事かな…」
キラウェルはそう言うと、空を見上げた。
「大丈夫ですよ…きっと生きています。ですから、元気出していきましょ?」
そんなキラウェルを見兼ねて、カンナは彼女を励ました。
「はい…」
キラウェルはそう言うと、少しだけ笑った。
昼食を終えた二人は、地図を広げてルートを確認していた。
「今いる現在地がここで…シンラはここになります」
地図を指さしながら、丁寧に説明するカンナ。
地図からも窺える長い距離に、キラウェルは開いた口が塞がらないようだ。
「こんなに…距離があったんですね」
驚くキラウェル。
「一番楽なのが列車なのですが、それだと足がついてしまいますので…使うことができません」
カンナはそう言うと、フォルフ地方に繋がる線路にばつ印をつける。
「駅に…ブラウン家がいるかもしれないから…ですか?」
キラウェルの尋ねに、カンナは無言で頷いた。
「ブラウン家当主・ファルド様は強欲かつ傲慢な方です…目的のためなら手段は選びません」
カンナのこの言葉に、キラウェルは生唾を飲む。
「明日の朝にはここを出発します。次の目的地は…ここです」
カンナはそう言うと、ある場所を指さした。
「…ハーフン?」
キラウェルは、小首を傾げた。
「港という意味の町ですよ。ここで宿を経営している人は私の知り合いです。そこでしばらくの間滞在しましょう」
カンナはそう言うと、地図をしまった。
「ブラウン家は…襲ってこないですか?」
キラウェルは、怯えながら言う。
このキラウェルの言葉に、カンナは言葉を失った。
あれだけの恐怖と絶望を体験したキラウェルが、ブラウン家を酷く怖がっている。
カンナやガク、ファラゼロとは面識があるため、多少は大丈夫だろうが、ファルドはどうだろう。
それに…カンナの知り合いが、ブラウン家と繋がっている可能性もあることは確かだ。
もしも襲われたら…キラウェルを護れるのだろうか?
いや違う…護り抜くのだ…命に換えてでも。
「私の知り合いは、身内を売るような人ではありません。会えばわかります…それに私はファラゼロ様に誓いました…何がなんでも、キラウェルさんを護ると」
カンナはそう言うと、キラウェルの頭に手をのせる。
「私を…信じてください」
カンナの言葉に、キラウェルは無言で頷いた。
ーその日の夜ー
キラウェルは、夕食の準備に取り掛かっていた。
お昼はカンナが用意したため、日頃の感謝を込めてと…キラウェルが率先してやっていた。
カンナはというと、隣でキラウェルの手伝いをしていた。
「私より…手際がいいかも」
キラウェルの行動を見ていたカンナは、羨ましそうに言った。
「そんな事ないですよ…母さんの方が、私よりてきぱきしてましたよ」
調理をしながら、嬉しそうに語るキラウェル。
「レイウェアさんの事…信じてるんですね」
カンナは、微笑みながら言った。
「もちろんです…自慢の母親ですから」
キラウェルはそう言うと、カンナに皿を渡す。
どうやら、味見をお願いしているようだ。
「美味しい…すごく美味しい!!」
カンナがそう言うと、キラウェルは少しだけ微笑んだ。
「私の思いは…とにかく、母さんが無事でいてほしいということだけです」
キラウェルはそう言うと、空を見上げた。
しばらくして料理も出来上がり、カンナとキラウェルは会話をしながら食事をした。
この時だけは、キラウェルも笑っていた。
夜がふけ、小屋の中で就寝する二人。
カンナは熟睡しているが、キラウェルは寝付けないようだ。
寝袋から出たキラウェルは、外に出てきた。
「また……明日が始まる」
キラウェルはそう言うと、自分の両手を見つめる。
「私はいつまで…続けるのだろう」
満点の星が広がる空を見上げる。
キラウェルはふと、瞼を閉じた。
今までの出来事が…走馬灯のように蘇った。
「母さん…私は…一人じゃないよね?」
キラウェルはそう言うと、静かに涙を流した。
朝になり、出発の準備をするカンナとキラウェル。
支度が終わり、荷物を持つ。
「行こうか」
「はい」
二人はまた歩き出したのであった。