第24話「母と娘の再会」
「キラウェルさん…待って……!止まってください!!」
走りながらそう叫んだカンナは、ようやくキラウェルに追い付いた。
「カンナさん!母さんがあそこにいるんです!行かせてください!!」
「いいえ、行かせません!!」
いつも優しいカンナだが、今回だけは違った。
厳しい表情を、キラウェルに向けていた。
「今このままキラウェルさんが屋敷に飛び込んだら…捕まってしまいます!馬鹿なことは考えないでください!」
「私は…母さんを助けたいんです!殴り込みに行きます!!止めたって無駄ですよ!」
このキラウェルの言葉に、遂にカンナは怒りが頂点に達した。
「いい加減にしてください!!貴女は周りが見えていないのですか!?ここはブラウン家の屋敷ですよ!?捕まるのは見え見えなんです!!!」
カンナは、物凄い剣幕で怒鳴った。
「…………」
キラウェルも、カンナのあまりの迫力に黙ってしまった。
「いきなり怒鳴って申し訳ありません…しかし、私はキラウェルさんを護るという使命があります。レイウェアさんを助けに行くのは、後からでも大丈夫なのではないですか?」
諭すように、カンナは言った。
「確かにそうかもしれません…ですけど、母さんに呼ばれている気がしてならないんです」
キラウェルはそう言うと、ブラウン家の屋敷を見上げる。
「レイウェアさんに…呼ばれている?」
小首を傾げるカンナ。
「何と言ったら良いか…よくわからないのですが、そんな感じがするんです…」
キラウェルはそう言うと、ブラウン家の屋敷を見上げる。
「おいっ!お前らは誰だ!?そこで何をしている!!」
その時、巡回していた憲兵が怒鳴った。
「まずいです!ブラウン家の憲兵です…ここを決まった時間に巡回しているんです!」
カンナは、クナイを握りしめながら言った。
「カンナさんは何もしないでください」
キラウェルはそう言うと、“白夜”の柄を握り締める。
「キラウェルさん!?…一体何を………!」
カンナが言い終える前に、キラウェルは鞘から“白夜”を引き抜き、憲兵に向かっていった。
「貴様……指名手配中の…!」
憲兵はキラウェルに気付くと、銃を構えてキラウェルに銃口を向ける。
しかし憲兵よりもキラウェルの方が早く、“白夜”の峰が憲兵の腹に当たった。
「うぐっ……!」
憲兵は唸ると、その場に倒れこむ。
「カンナさんは、ブラウン家に仕えている者でもあるんです!たとえ私を護る使命があったとしても…それを忘れてはいけません!」
キラウェルのこの言葉に、カンナは言葉を失った。
「針の筵に座るのは…私一人で十分です!」
キラウェルはそう言うと、“白夜”を持ち直す。
キラウェルとカンナがいる庭には、騒ぎを聞き付けたのか、沢山の憲兵達が周りを包囲していた。
アシュリーから借りていたバレッタを外したキラウェルは、カンナにそれを預けた。
キラウェルの髪が、風に靡く。
「相手してあげる…掛かってきなさい!」
キラウェルがそう言うと同時に、包囲していた憲兵達が一斉に走り出した。
しかし憲兵達はキラウェルの敵ではなく、次々と薙ぎ倒されていく。
彼女は憲兵からあることを訊くため、この憲兵の数に全て峰で応戦していた。
「すごい…最初の頃よりも、断然強くなってる…」
キラウェルの戦闘を見ながら、カンナは言った。
…と言っても、剣術の稽古をつけたのはカンナなのだが。
カンナが戦闘に見とれている合間も、憲兵を次々と薙ぎ倒すキラウェル。
倒された憲兵たちは…皆、腹を抱えて蹲っている。
「な…何なんだこいつは!?強すぎる…!!」
一人の憲兵が、ふらつきながら言った。
「まだやる気ですか?…もう勝負はついていますよ」
呆れながら、キラウェルは言った。
「くそっ…!舐めやがって!!」
憲兵はそう言うと、キラウェルに襲い掛かった。
しかしキラウェルはひらりと避けると、憲兵の溝内を殴る。
「…!!!」
憲兵は無言の叫びを上げると、その場に倒れてしまった。
肩を上下させているキラウェルは、歩きながらカンナに近付いていく。
「凄い…あっという間だったわ…」
驚きを隠せないカンナ。
「4ヶ月の間…ずっとガクさんと組み手してましたから…」
キラウェルはそう言うと、カンナからバレッタを受け取り、再び髪を上げた。
「だから…あんなに動きが…素早かったんですね」
感心するカンナ。
ふとキラウェルは、ガクとの組み手を思い出した。
『遅い…遅すぎる!!』
『何度言えばわかるんだよ!?休むな!』
カンナよりも厳しかったガクは、まるで鬼のようであった。
そのあまりの形相を思い出したキラウェルの顔が…一気に青ざめた。
「キ…キラウェルさん!?」
キラウェルが青ざめたため、カンナが心配して声をかける。
「す…すみません…ガクさんとの組み手を、思い出していました…」
キラウェルはそう言うと、フードを深く被る。
「と…兎に角、中に入りましょう!表からだとまずいので、裏口を教えます!」
「お願いします!」
キラウェルはカンナに案内され、屋敷の裏口から中へと入っていった。
その頃…ファルドとグラディスは、庭にいたはずの憲兵達が、何者かによって倒されたと聞き、屋敷中を走り回っていた。
「あれだけの人数を…たった一人で倒したというのか!?」
驚きを隠せないグラディス。
「間違いありません!目撃した他の憲兵によりますと…たった一人で相手していたそうです!」
同胞の報告を聞きながら、グラディスは庭に通ずる扉を開けた。
噴水付近で、キラウェルに倒された憲兵達が、未だに腹を抱えて蹲っていた。
「おいっ!しっかりしろ!一体誰にやられた!?」
グラディスはそう言いながら、一人の憲兵の体を起こさせる。
「グ…グラディス様、申し訳ありません…指名手配犯に…侵入を許してしまいました…」
苦しそうに、憲兵はそう言った。
「グラディスさん!憲兵達は皆…打撲や骨折程度です!!」
「なに!?」
グラディスは、同胞の言葉に驚いて辺りを見渡す。
確かに憲兵達皆が生きていた。
「どういうことだ…?」
グラディスはそう言うと、顎に手を当てて考え始めた。
そして…あるこたえに辿り着いた。
「……レイウェアの娘だな…」
グラディスはそう呟くと、その場にいた同胞達を見渡し、そして口を開いた。
「いいかお前たち!侵入者は、現在捕らわれている…レイウェア・J・シャンクスの一人娘だ!見つけ次第捕まえろ!ただし…殺すんじゃないぞ?」
グラディスのこの言葉に、同胞たちは雄叫びをあげた。
その頃キラウェルは、次々と襲い掛かる憲兵達を薙ぎ倒していた。
先程の憲兵達のリーダーらしき人物から、母親であるレイウェアが、地下牢に捕らわれていると聞いたからである。
しかし…憲兵達を倒しても、地下牢へ続く階段を見つけられない。
「ここは…からくり屋敷か何かですか!?階段のかの字もない!!」
辺りを見渡しながら、キラウェルは言った。
「ブラウン家は複雑な構造をしています…でも、私はその階段の場所を知っています」
カンナはそう言うと、壁を徐に叩き始めた。
「カンナさん?…一体何をしているんですか?」
キラウェルは、不思議そうにカンナに尋ねる。
「確かこの辺りに……あった!」
カンナはそう言うと、壁の一角を押した。
すると、物凄い地響きが辺りに響き渡り、まるで…巨大な地震が発生しているのではと、その場にいた者を錯覚させる。
カンナが押したのは、隠しボタンのようだ。
地響きが次第に落ち着いてくる頃、キラウェルとカンナの目の前には、地下へと続く階段が姿を現していた。
「この屋敷に…こんな仕掛けがあるなんて…」
驚きを隠せないキラウェル。
キラウェルはふと、シャンクス一族・住居区にあった…自分の家を思い出す。
今は亡き父・ロイの書斎にも、地下へと通ずる道が隠されていた。
「地下牢はこの先です!急ぎましょう!」
カンナはそう言うと、階段を下りていく。
「カンナさん、ここから先は…私一人で行かせてください」
「何を言っているんです!?」
キラウェルの言葉に、カンナは驚きの声をあげる。
「私もここまでついてきたんです…最後まで付き合わせてください!」
「忘れたんですか!?カンナさんは立場を忘れないでください!!」
キラウェルは、まっすぐカンナを見つめながら言った。
「…………キラウェルさん」
この言葉しか、言えなくなるカンナ。
「ここから先は…私一人で大丈夫です。さっきも言いましたよね、針の筵に座るのは…キラウェル・J・シャンクスだけで十分だと…」
キラウェルはそう言うと、ゆっくりと階段を下りていく。
「何かあったら…その時はその時です。私はもう覚悟は出来ています」
「わかりました」
キラウェルの強い意思に、カンナは頷いた。
「でも…これだけは、言わせてください」
カンナはそう言うと、キラウェルの両手を包み込むように握った。
驚いてカンナを見つめるキラウェル。
しかしカンナは、言葉を続けるために口を開く。
「無事に…生きて…私のところへ、戻ってきてください」
そう言うカンナは、少しだけ涙ぐんでいる。
「もちろんです!」
キラウェルは、凛とした表情で言った。
キラウェルの両手を包んでいたカンナの手が、名残惜しそうに離れていく。
これを合図に、キラウェルは一気に階段を下りていった。
残されたカンナは、キラウェルの姿が見えなくなるまで…ずっと階段を見つめていた。
その頃レイウェアは、上が何やら騒がしいと感じていた。
ブラウン家の者達が走り回る音…地響きの音、レイウェアは、次々と起こる出来事に、整理できないでいた。
「なに…?何が起こっているの?」
気になったレイウェアは、自分を見張る憲兵を見る。
「ねえ!上で何が起きているの?」
「何でも…屋敷内に侵入者だと。次々と憲兵達が倒されて、しまいには、隠し通路まで発見されてしまったらしい」
「侵入者!?」
憲兵の言葉に、レイウェアは驚きを隠せない。
「無線が入ったから間違いない…俺も上の様子を見に行ってくるが、脱走しようとするなよ?」
憲兵はレイウェアに釘を指すと、隠し通路の階段とは別の階段で上へと姿を消した。
「一体…誰が…?」
そう言うレイウェアだが、この様な事態を引き起こすのは…一人しかいない。
「まさか…キラウェルが…ここに!?」
キラウェルが、たった一人でここまで来たというのか?
それだと…娘を託したファラゼロたちはどうなる?
もしくは一人ではなく、ファラゼロの従者である、ガクとカンナのどちらかが、キラウェルをここまで案内したのか…
ぐるぐると思考を繰り返すレイウェアは、一つの結論に至った。
彼女には、もうそれしか考えられなかったからだ。
「キラウェル…私を助けに来たのね…」
レイウェアはそう言いながら、静かに涙を流した…。
その頃キラウェルは、地下牢に辿り着いていた。
辺りが暗く、今自分がどこにいるか把握出来にくいため、先程気絶させた憲兵からランプを奪い、辺りを照らしてみる。
「道が…二又に分かれてる…母さんは、どっちにいるんだろ?」
ランプを左右交互に照らしながら、キラウェルは言った。
しかし考えているだけでは何も始まらない…。
キラウェルは悩んだ末に、左へと向かっていった。
左側を選んだキラウェルは、所々辺りを見渡す。
地下牢には、そのまま息絶えた者だろうか…白骨死体が至るところに散らばっていた。
「この地下牢…一体いつからあるんだろう…」
そう言ったキラウェルは、ふと一つの牢屋の前で立ち止まる。
その牢屋に居たのは…カンナの伯母であるカズハであった。
「キラウェルちゃん!」
「カズハさん!!」
久々のカズハとの再会に、キラウェルは思わず涙ぐむ。
「よかった……無事だったのね…」
カズハも、キラウェルの姿を見て嬉しかったのか、彼女の瞳には涙が。
「カズハさん…あの後、やはりファルドの部下に捕まったんですか?」
キラウェルは、カズハの手を握りながら尋ねた。
「ええ…不甲斐ないわね。私としたことが…」
カズハはそう言うと、俯いてしまった。
「そうだ…カズハさん、母さんは…レイウェア・J・シャンクスはどこにいますか?」
「レイウェアさんは…この地下牢の一番奥にいるわ。奥は暗いから気をつけて」
「ありがとうございます…カズハさん」
キラウェルはそう言うと、踵をかえして歩こうとした。
ふと立ち止まった彼女は…再びカズハのところへと戻る。
「キラウェルちゃん?」
不思議そうなカズハ。
「ファラゼロさんに頼んで、この地下牢から出してもらうようにしますね」
「キラウェルちゃん…」
キラウェルの言葉に、カズハは遂に涙を流した。
「では…私は行きますね」
「ええ…本当に気をつけて」
キラウェルとカズハは、互いの右手を握り合ってから、名残惜しそうに別れた。
カズハと別れて暫くの間、キラウェルは地下牢を歩いていた。
辺りを照らしてみても、やはり牢屋ばかりが続いている。
「あれ…最深部かな?」
キラウェルはそう言うと、ランプを近くにあった机に置き、辺りを見渡してみる。
ふと人影が見えた気がして、キラウェルは目を凝らしてみる。
「誰…?」
女性の声が聞こえた。
その声は間違いなく…キラウェルの母親であるレイウェアのものであった。
「母さん!!」
キラウェルはそう言うと、奥の牢屋に駆け寄る。
「キラウェル…!!キラウェルなのね!!」
レイウェアも、柵を隔ててだがキラウェルに近寄る。
「母さん……ずっと、ずっと会いたかった…!!」
涙を流しながら、キラウェルは言った。
「私もよキラウェル…またこうして会えた…ずっとキラウェルを待っていたんだから…!」
レイウェアも、涙を流しながら言った。
徐にキラウェルは、レイウェアの右頬を撫でる。
「母さん…見ないうちに…窶れたね…」
「キラウェル…貴女は疲れきっていますね…可哀想に…」
レイウェアも、キラウェルの右頬を撫でる。
「そういえば母さん…バクさんは?」
キラウェルは、レイウェアにバクの安否を尋ねた。
「バクは…キラウェルがここへ来る数日前に死んだわ…」
俯きながら、レイウェアは言った。
「そんな………」
キラウェルがそう言って、肩を落としたときだった。
「そこまでだ…キラウェル・J・シャンクス!!」
ファルドが、銃口をキラウェルに向けながら言った。
「ファルド…!」
レイウェアが、ファルドを睨む。
キラウェルは…ファルドと直接会うのがこれが初めてである。
その為彼女は、驚きながらファルドを見つめている。
「よくもまあ…憲兵達を薙ぎ倒してくれたものだ」
ファルドはそう言うと、銃口を天井に向けて発砲した。
発砲音が、地下牢に響き渡る。
「今のは威嚇射撃だ…さあキラウェルよ、大人しく俺に“フェニックスの魔法”を渡せ!!」
ファルドはそう言いながら、キラウェルに近付いてくる。
しかしキラウェルは黙ったまま、“白夜”の柄を握りしめている。
そして…キラウェルにとっても、忘れられないあの出来事が…起ころうとしていた。




