第22話「消えない傷と共に」
朝を迎えたサイファ村では、まだ目覚めないキラウェルの治療が続けられていた。
彼女は髪を一つに束ねており、顔の左半分には包帯が巻かれている。
サイファ村の診療所には、ガクから一報を受けたカンナがいた。その彼女の横には、何故だかマロンもいる。
「キラウェルおねえちゃん…」
心配そうに、マロンが言った。
「気を失っているだけです…きっと目を覚ましますよ」
カンナがそう言うと、マロンは黙って頷いた。
その時、病室の扉が開いた。
キラウェルの病室に入ってきたのは…カインであった。
「命に別状はないが…問題は、顔の左半分の火傷だ」
カインはそう言うと、キラウェルの顔にそっと触れる。
「ガクから話は聞きました……ルスタさん、酷いことを…!」
カンナは、怒りのあまり拳に力をいれている。
「シンラには火傷に効く薬もあるんだが、残念ながら今回は、壊熱病の特効薬しか持ち合わせていなくてね…応急処置はしといたよ」
申し訳ないと続け、カインはカンナに謝った。
「謝らないでください…キラウェルさんが無事でよかった…」
カンナはそう言うと、眠るキラウェルの左手を握る。
「しばらくの間は…包帯は外せないな。もし彼女が目を覚ましたら、伝えてくれ」
「わかりました」
カンナがそう言いながら一礼すると、カインは病室を出ていった。
「キラウェルおねえちゃん!」
マロンが嬉しそうに言ったため、カンナはマロンに向き直る。
今まで眠り続けていたキラウェルが、目を覚ましたようだ。
辺りを見渡すキラウェルに、カンナは口を開いた。
「サイファ村診療所の病室ですよ」
「あれ…?カンナさん、何故ここに?」
キラウェルは、不思議そうにしながらも、カンナにそう尋ねた。
「ガクから一報を受けたんです。私一人でもよかったんですけど…マロンちゃんがどうしてもって言うので、マロンちゃんも連れてきました」
カンナは苦笑いする。
「そう……だったんですね」
キラウェルはそう言うと、自分の顔の左半分に触れる。
「カインさんが言っていました…しばらくの間は、包帯は外せないそうです」
「…………」
キラウェルは、自分の顔の左半分に触れたまま、無言で窓から外を眺めている。
「キラウェルおねえちゃん…?」
マロンは、不思議そうにキラウェルを見つめている。
「カンナさん…マロンちゃん、一人にして……」
俯きながら、キラウェルは言った。
「……わかりました」
カンナはそう言うと、マロンと共に病室をあとにした。
一人になったキラウェルは、自分の両肩を抱いて泣き始めた。
ずっと堪えていたのだろうか、彼女は無言で大粒の涙を流している。
魔法は使わない…そう決意したはずなのに、あの場ではどうしても使わなければならない状況だった。
だが、それが自分と母親の寿命を縮めることだと知っていても、使わないわけにはいかなかったのだ。
「母さん……ごめんなさい……」
泣きながら、キラウェルは母親に謝った。
その時、アシュリーが入ってきた。
キラウェルが泣いているため、彼女は慌ててキラウェルのそばへ駆け寄る。
「キラウェルさん…」
アシュリーはそう言いながら、キラウェルの体を起こす。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
泣きながら、キラウェルはそれしか言わない。
誰に…謝っているのだろう?
アシュリーは、キラウェルを見つめながら思った。
「キラウェルさん…落ち着くまで泣いてください。それが、今の貴女を落ち着かせる…唯一の方法ですから」
アシュリーは、優しくキラウェルにそう言った。
「うっ……ううっ……うわああああ!!!」
キラウェルは泣き叫びながら、アシュリーにしがみついた。
アシュリーは、そんな彼女の頭を撫でていた。
そして…キラウェルが落ち着くまで、アシュリーはキラウェルの頭を撫でていた。
ようやくキラウェルも落ち着き、カインやアシュリーとも普通に会話している。
やはり、彼女に巻かれている包帯が痛々しい。
「その火傷…痕となって残るかもしれない。今のような痛みはなくなってると思うが、それでも…君を苦しめてしまうだろう」
新しい包帯を巻きながら、カインが言った。
「ルスタは…“怨念の象徴”と言いました」
キラウェルは、俯きながら言った。
「怨念の象徴…か」
カインはそう言うと、包帯を巻き終えて近くの椅子に座る。
「俺は、刀傷や痣などが怨念の象徴と聞いていたんだがな…もしかしたらルスタは、全てのことで君を恨むつもりだったのだろう」
「ルスタのしたことは、八つ当たりです。それに…恨まれることはしていません」
キラウェルは、カインを見つめながら言った。
「確かにそうだ。しかしキラウェルさん、人によっては…自分に降りかかる困難や不幸が、全て嫌いな人が仕向けているんだと…思う人だっているんです」
「………」
「そういう人たちは、そう思ったらそう思い込んでしまう。残念だけど…周りの言葉に耳を傾けないよ」
カインはそう言うと、座っていた椅子から立ち上がった。
「カインさん!」
病室を後にしようとしたカインを、キラウェルは引き留めた。
「どうしました?」
不思議そうに、キラウェルを見つめるカイン。
「それでも…一方的に恨まれていても、理解し合えることは出来ますか?」
キラウェルの問いに、カインは難しそうな表情をする。
腕組をしてしばらくの間考えていたカインは、やがて口を開いた。
「それは可能かもしれない…だけど、その方法を見つけるのは君自身だ。焦らなくていい、ゆっくりと考えていくことだね」
カインはそう言うと、病室を後にした。
「見つけるのは私自身…か」
キラウェルは、カインの言葉を繰り返した。
「キラウェルおねえちゃん!」
その時、マロンが病室に入ってきた。
「マロンちゃん」
キラウェルは、マロンを抱き締めた。
「おねえちゃん!もうげんきになった?」
「うん!でも…顔がね」
キラウェルはそう言うと、包帯に触れた。
「だいじょうぶだよ!すぐよくなるよ!」
「ふふ…ありがとう」
キラウェルがそう言って、マロンの頭を撫でてあげると、マロンは嬉しそうに笑った。
ふとキラウェルは、マロンが何かを持っていることに気づく。
「マロンちゃん、何持ってるの?」
キラウェルがマロンに尋ねると、マロンは恥ずかしそうにしながら、持っていたそれをキラウェルに差し出した。
「はいっ♪」
「これは…山茶花の花?」
キラウェルは山茶花の花を受けとると、まじまじと見つめた。
「さっきおかあさんがきたの♪」
「シルクさんが…」
山茶花の花は、どうやらマロンの母親であるシルクが持ってきたようだ。
「山茶花の花言葉は…“困難に打ち勝つ”ですよ」
そう言いながら、カンナが病室に入ってきた。
「困難に打ち勝つ…ですか」
「今のキラウェルさんに、ぴったりな花ですね」
カンナはそう言うと、優しく微笑んだ。
場所は変わり、ルスタとキラウェルが闘った集会場の付近である。
この場所にいるのは…ガクであった。
「ルスタさん…」
ガクはそう言うと、ルスタが命を散らせた場所にそっと触れる。
「そんなところにいたのか」
そう言いながら、ファラゼロが近づいてきた。
「ファラゼロ様…出歩いて大丈夫なのですか?」
「さっき検査したら陰性だと」
「そうですか…よかった…」
ガクはそう言うと、胸を撫で下ろした。
ファラゼロはというと、ガクの隣で立ち止まった。
「ルスタさん…最期は笑っていましたよね」
ガクはそう言うと、またルスタが命を散らせた場所を見つめる。
「あの人は、最期まで自分の使命をまっとうしたかったんだろうな」
ファラゼロはそう言うと、ゆっくりと空を見上げる。
彼につられて、ガクも空を見上げる。
「今頃…じいちゃんに怒鳴られてるかもな」
「はははっ…それはあり得ますね」
二人はどこでとは言わなかった。
ただ…二人がいるであろう、空を見上げている。
ふとその時、誰かの足音がした。
瞬時に反応したガクは、警戒するように辺りを見渡し始める。
「ガク、どうしたんだ?」
不思議そうなファラゼロ。
「誰か…来ます」
「!?」
ガクの言葉に、驚きを隠せないファラゼロ。
しばらくして現れたのは、なんとグラディスであった。
「「グラディスさん!」」
ファラゼロとガクは、声を重ねる。
「ガク、臨戦態勢はやめろ…俺は戦いに来たのではない」
グラディスは、クナイに手をかけていたガクに、諭すように言った。
「グラディスさん…何故ここに?」
ファラゼロが、グラディスにそう尋ねた。
「ファルド様の指示で、ルスタを捕らえるためにな…だが、もう手遅れだったようだな」
グラディスはそう言うと、小さく溜め息をつく。
「ルスタさんは…自害したんです」
クナイから手を離したガクが、グラディスにそう言った。
「そうか…ファルド様には、そう報告しないとな」
グラディスはそう言うと、踵を返して立ち去ろうとする。
「待ってください!」
そんな彼を、ファラゼロは呼び止めた。
「なんだ?」
「この後…どうするつもりですか?」
ファラゼロのこの質問に、グラディスは不思議そうである。
「どうする…とは?俺はただ、目的を果たすためにここに来てだけであって、報復や奇襲は考えていない」
「一応…訊いてみただけです」
ファラゼロの代わりに、ガクがそう言った。
「そういえば…ルスタはお前ら二人で埋葬したのか?」
グラディスの質問に、ファラゼロとガクは無言で頷いた。
…本当は、ガクとカインたちがやったのだが。
「そうか…ありがとう」
グラディスはそう言うと、踵を返して立ち去っていった。
「グラディスさん…どこか寂しそうだったな」
彼が立ち去った後、ファラゼロはそう言った。
「そうですか?俺には、そういう風には見えませんでしたが…」
ガクは、不思議そうである。
「俺にはわかる…グラディスさん、寂しそうだった。長年親父の従者をやって来た二人だし、あの二人とは、ガクやカンナよりも付き合いが長いから…グラディスさんは言葉に出さないだけで、寂しさはあるよ」
「…………」
ファラゼロはこのとき、ふと思った。
グラディスさん、この後どうするのだろう?
ルスタさんが自害した今、何を考えているのだろう?…と。
「さて…ファラゼロ様、診療所へ戻りましょう」
ガクにそう言われ、考え事をしていたファラゼロは、慌てて彼に向き直った。
「そうだな…戻るか」
ファラゼロはそう言うと、ガクと共に診療所へと戻っていった。
そして、あの出来事から、4ヶ月が過ぎようとしていた…。




