第20話「奇跡」
何人もの医者たちが、交代しながら心臓マッサージを繰り返しているものの、ファラゼロは一向に目を覚まさない。
カインたちは、次第に焦りを感じていく。
「アシュリー!あと何時間だ!?」
「…5時間をきりました!」
「ラルク…頼むから早く来てくれ!!」
祈るように、カインはそう言った。
その頃ファラゼロは、再びあの柵の世界へ飛ばされていた。
母さんの言った通りだなと、ファラゼロはふとそう思った。
(あれ……もしかして俺、透けてる?)
そう思いながら瞼を開けたファラゼロ。
やはり見間違いではなかった。体が透けていた。
(俺……このまま死ぬのかな?)
ファラゼロがそう思った…次の瞬間だった。
突然柵の向こう側から、無数の黒い手が伸びてきて、あっという間にファラゼロを手や足を掴んでいく。
ファラゼロは声をあげようとしたが、金縛りに遭ったように声が出ない。
(誰か…誰か助けてくれ!!!)
ファラゼロは心の中で叫ぶが、現状は変わらない。
その時ファラゼロは、レイアの言葉を思い出した。
―決して…自分が不利になることを選ばないで…―
この言葉を思い出した瞬間、ファラゼロはこう心の中で叫んだ。
(いや違う…俺は死ぬわけにはいかない!生きたい…生き続けたいんだ!!!)
ファラゼロの強い心の叫びに、無数の黒い手の力が緩み始める。
しかし今度は、下へ引きずり込まれようとしていた。
(ヤバい!!!母さん!!!)
ファラゼロがそう思った…その時だった。
『息子を離しなさい!!!!』
レイアはそう叫びながら、ファラゼロの右手を強く掴んだ。
彼女が掴んでくれたおかげで、ファラゼロは声を取り戻した。
「母さん!」
『ファラゼロ!言わんこっちゃない!!』
レイアは、決して離すもんかと手に力をこめる。
『ファラゼロ!生きたいと強く願いなさい!』
レイアの言葉にファラゼロは頷くと、再び心の中で叫んだ。
(俺は生きたい!生きて長生きするんだ!!!)
その瞬間、ファラゼロを光が包み込んだ。
同じ頃、現実世界ではタイムリミットがあと一時間をきっていた。
誰もが諦めかけていた…その時だった。
「ただいま戻りました!!!」
汗をかきながら、ラルクが緊急治療室に飛び込んできた。
「ラルク!急いでファラゼロくんに特効薬を!!」
「はい!!」
ラルクはそう言うと、注射器に特効薬を入れていく。
ある程度入ったところで、ラルクはファラゼロの左腕に注射した。
「頼む……間に合ってくれ!!」
祈るように言いながら、薬を注入していくラルク。
注射器に入れられた特効薬が、次第に減っていく。
まるで、この瞬間だけ時が進むのが遅いかのような錯覚に、この場に居た全員が感じていた。
ただし…キラウェルを除いては。
何故だかキラウェルは、この時姿はなかった。
全ての特効薬を注入し終えたところで、ラルクは力が抜けたようにその場に座り込んだ。
あれ程までに苦しんでいたファラゼロが急に大人しくなったため、逆にカインたちは不安になる。
「間に合ったん………ですか?」
そう言ってようやく口を開いたのは、ずっとファラゼロの右手を握り締めていたガクだった。
ふとアシュリーは、壁時計に目をやった。
時計の針が丁度、8時間たったことを報せた。
5時を報せる鐘が鳴り響く。
「わかり…ません」
アシュリーは、そう言うのが精一杯であった。
「…………」
ガクが少しだけ諦めかけた…その時だった。
「う……ん……」
ファラゼロが動いた。
「!!」
ガクは驚いて目を見開く。
ファラゼロは二、三度小さく瞬きすると、ゆっくりと瞼を開けていく。
見慣れた天井を見上げていたファラゼロは、顔をガクに向けた。
「ガク……俺は……一体…」
「ファラゼロ様!!」
ガクはそう言うと、嬉しさのあまり彼に抱き着いた。
「おまっ……誤解生むからやめろ……!」
ファラゼロは、苦しそうにそう言った。
「よかった…」
アシュリーはそう言うと、胸を撫で下ろした。
「ギリギリ…本当にギリギリでしたね」
ラルクは、肩を上下させながら言った。
ふとカインは、ファラゼロの額に人指し指を置いた。
どうやら、熱がないか計っているようだ。
「36度5分…平熱だな」
カインは、そう言って笑った。
「でもまだ安心してはならない…後で検査するからな?」
「わかりました」
ラルクの言葉に、ファラゼロは明るい声でそうこたえた。
その頃キラウェルは、外へ出ていた。
診療所の中に居たときに感じた、人の気配を探るためだった。
夜のサイファ村はとても静かである。
辺りを見渡しながら歩くキラウェルは、ある場所で立ち止まった。
その場所とは…大きな樹木だ。
「いい加減に姿を現したらどう?」
普段とは違う、怒りがこもった声である。
そのためか、敬語ではなくてタメ口である。
「そこには居るのはわかってるのよ」
キラウェルはそう言いながら、大きな樹木に近付いていく。
「全ては…あんたの仕業だったのね……ルスタ!!」
このキラウェルの言葉と同時に、樹木の枝が大きく揺れた。
そして、一つの人影が飛び出した。
「お前……いつから俺がここに居るとわかった?」
キラウェルを睨み付けながら、ルスタは言った。
「ファラゼロさんがショック症状を引き起こした…あの時からよ。あんたの気配は、忍の隠れ里で既に把握済みだからね」
キラウェルも負けじと、ルスタを睨み付ける。
「なるほどな…それはカンナの教えか?」
「カンナさんだけじゃない…ガクさんからも教わっているわ!」
キラウェルはそう言うと、構えてルスタと距離を測る。
「ほう…この俺とやりあう気か?魔法を発動できないお前に、俺を倒せるのか?」
挑発的なルスタは、遂に魔法を発動させた。
「この俺に楯突いたこと…後悔させてやる!!」
ルスタはそう言うと、焔に包まれた拳を地面に押し付ける。
「喰らうがいい!地底噴火!!」
ルスタがそう叫ぶと同時に、地面からマグマが一気に溢れだし、一気にキラウェルに襲いかかる。
かろうじて避けたキラウェルだが、ルスタは次の攻撃にかかろうとしている。
「爆裂噴火!」
ルスタはそう言いながら、何発ものマグマの塊を飛ばしてきた。
いくつか避けられたキラウェルだが、一つが右肩に当たった。
「いやああああ!!!」
余りの痛みに、キラウェルは悲鳴をあげた。
その頃診療所では、ファラゼロの検査が行われていた。
「うん…陰性だな」
カインは、検査結果が書かれた用紙を見ながら言った。
「本当ですか?」
嬉しそうなファラゼロ。
「でも病み上がりなんだから、あと三日は安静な!」
「………はい」
カインにそう言われ、苦笑いするしかできないファラゼロ。
ふとアシュリーは、ずっと窓から外を眺めていた。
彼女にはこの時…嫌な予感がしてならなかったのだ。
「アシュリーどうしたんだ?さっきから窓から外を眺めているが…」
不思議そうなカインが、アシュリーに尋ねた。
「キラウェルさんが居ないんです…」
アシュリーは、外を眺めながら言った。
「そういえばそうだな…。彼女はどこへ行ったんだ?」
辺りを見渡すカイン。
だがアシュリーは、キラウェルがどこで何をしようとしているのか…すぐに勘づいた。
「まさか…キラウェルさん!!」
アシュリーはそう言うと、一目散に診療所の入り口を目指して走り出した。
「アシュリー!?どうしたんだよ?」
途中すれ違ったラルクが、驚きの声をあげる。
「キラウェルさんが危ないの!!」
アシュリーはそう言いながら、外へと飛び出していった。
「なに!?」
ラルクは驚きながら言った。
一体キラウェルは、何を考えているのだろうか…。
アシュリーは、走りながらそう思った。
ただでさえ命を狙われている彼女が、壊熱病の騒動を起こした犯人に直接会うことは…死ににいくようなものだ。
「お願い…キラウェルさん…バカなことは考えないで!」
アシュリーは、走りながらそう言った。
そして…忘れられない出来事が、今まさに始まろうとしていた。




