第19話「レイアとの再会」
その頃ファラゼロは、不思議な夢を見ていた。真っ白な空間の中に、自分だけが立っている…そんな夢を。
しばらく前へと進んでみるが、やはり真っ白な空間は変わらない…ファラゼロは溜め息をつくと、その場に立ち止まった。
「何だ…この白い柵は?」
どうやらファラゼロは、自分の前にある柵が気になるようだ。
何の変鉄もない柵だが、頑丈なようでびくともしない。
ファラゼロは辺りを見渡すが、入り口はない。
『ファラゼロ…』
その柵の向こう側にいる女性が、ファラゼロに声をかけた。
ファラゼロは、その女性を見て驚く。何故なら…
「か…母さん!?」
『あら、そんなに驚くことはないでしょう?』
声の主が…ファラゼロの母親であるレイアだったからだ。
レイアは、ファラゼロが7歳の時に亡くなった女性だ。
それ以来彼の心の中で、レイアはずっと生きていた。
そして、レイアはずっと夫と息子を見守ってきたのである。
『ファルドとファラゼロのこと、ずっと見守ってきましたよ』
レイアはそう言うと、優しく微笑んだ。
「母さん……」
ファラゼロはそう言うと、レイアの指を触る。
『ファラゼロ……本当に、本当に大きくなりましたね』
レイアは、少し寂しげに言った。
「俺がここまで育ったのは……親父のおかげだから」
そう言うファラゼロの瞳には、少しだけ涙が浮かんでいる。
しばらくの間二人は、柵を隔ててだがお互いの手を握りあっていた。
落ち着いた二人は、背中合わせで座っていた。
二人の間にある白い柵が邪魔しているためである。
「母さん…ずっと思っていたんだけど、この白い柵は何なの?」
ファラゼロはそう言うと、白い柵を触る。
『あの世とこの世の境界線…と言った方がいいかしら』
「境界線?」
『そう…この柵は、私がいる方が“あの世”で、ファラゼロがいる方が“この世”なの』
レイアはそう言うと、今度は向き直るようにして座る。
『この柵には入り口がない。だからファラゼロは、こちらへは来れない…いえ、来てはならないのです』
レイアは、凛とした表情で言った。
「どういうこと?折角母さんと会えたのに、近くに行けないなんて…」
ファラゼロは、少しだけ寂しそうである。
『ファラゼロがこちら側に来るということは…貴方の死を意味するからです』
「え…」
レイアのこの言葉に、ファラゼロは言葉を失った。
そして、レイアがそうしたように、ファラゼロも向き直るようにして座る。
『それに…ファラゼロを呼んだのは私ですから』
「呼んだ?母さんが俺を?」
ファラゼロが不思議そうに尋ねると、レイアは無言で頷いた。
『どうしても…伝えたいことと、訊きたいことがあってね』
レイアはそう言うと、何故だか俯いてしまった。
「大丈夫だよ…母さん、何でも言って」
ファラゼロはそう言うと、優しく微笑んだ。
『ありがとう…ファラゼロ』
そんな息子の言葉に、レイアは涙した。
しばらくして落ち着いたレイアは、意を決して口を開いた。
『ファラゼロ…もうすぐ夜が明けます。その時貴方は、もう一度ここに飛ばされます』
「え!?」
レイアの言葉に、ファラゼロは驚きを隠せない。
『その時貴方は…ある選択を迫られる。でも決して、自分が不利になることは選ばないで』
真剣な表情で言うレイア。しかしファラゼロには、レイアの言っている意味がわからなかった。
「どういうことだよ母さん!詳しく教えてくれ!」
『私の言っていることは…その場にならないとわからない』
「そんな………」
ファラゼロはそう言うと、白い柵を握り締める。
『ファラゼロには…私のいる方へ来るのは、まだ早いですから』
レイアはそう言うと、苦笑いする。
「母さん…」
ファラゼロは、そんな母親を見つめることしかできない。
『大切なこと…伝えられてよかった』
レイアはそう言うと、涙を流した。
心なしか…レイアが消えかかっているようにも見える。
「母さん……消えかかってる」
ファラゼロは、呆然と呟く。
『もう…時間なのですね。神様も意地悪な方ですね』
レイアはそう言うと、天を見上げる。
「そうだ母さん!俺に訊きたいことって…何だ?」
思い出したかのように、ファラゼロが言った。
『……………』
レイアはファラゼロに向き直るが、何故だか躊躇っている。
「母さん!時間がないんだろ?話してくれ!」
すがるように、ファラゼロは言った。
何故なら彼も…体に戻されようとしていたからである。
レイアよりも消えていくのが早いファラゼロは、焦っていたのである。
『ファラゼロ…まだ7歳だった貴方とファルドを置いて死んでいったこと、恨んでいますか?』
レイアは、おそるおそるファラゼロに尋ねた。
どうやら…ファラゼロの反応が怖かったのだろう。
「なに言ってるの母さん!俺が母さんを恨むわけが無いだろう?」
ファラゼロは、満面の笑みでそう言った。
『…!!』
ファラゼロの言葉に、遂にレイアは我慢していた涙を沢山流した。
『ファラゼロ……ありがとう』
泣きながら、レイアはファラゼロにお礼を言う。
「俺の方こそ…母さん、俺を産んでくれてありがとう」
そう言うファラゼロも、溢れんばかりの涙を流している。
『さあ…ファラゼロ行きなさい。自分の……体へ』
レイアがそう言うと同時に、ファラゼロは消えていった。
ただ一人残されたレイアは、ふと瞼を閉じて家族三人で暮らしていた頃の、幸せだったあの頃の生活を思い出していた。
―ファルドー!ファラゼロー!ご飯よー!―
―わーい♪―
―おいおいファラゼロ、そんなに速く走るな―
…今でもこうして瞼を閉じれば、愛する夫と息子の笑顔が脳裏に浮かんでくる。
レイアはいつの間にか、二人を思って再び涙を流していた。
『ファラゼロ…お父さんを、ファルドを頼むわよ…』
レイアは最後にそう呟くと、静かに消えていった。
朝を迎えたサイファ村の診療所では、壊熱病の最終段階へはいってしまったファラゼロの、緊急治療が始まっていた。
内蔵の破壊は尋常ではない激痛を伴うため、その痛みに耐えかねてファラゼロは暴れていた。
「うっ……くっ……ぐあああ!!」
胸の辺りを押さえ、暴れまくるファラゼロ。
「このまま進むとまずい!おい、アシュリー!ラルクに電話を!!」
カインは、近くにいたアシュリーにそう言った。
「は…はい!」
アシュリーはそう言うと、慌てて電話があるロビーへ向かっていった。
「頼むファラゼロくん…特効薬が届くまでは持ちこたえてくれ!!」
カインはそう言いながら、必死に鎮痛剤を投与している。
キラウェルとガクは、苦しむファラゼロをただ見つめることしか出来ない。
悔しそうに顔をしかめるガクと、口元を両手で覆い、今にも泣きそうな表情のキラウェル。
しかしカインの鎮痛剤投与も虚しく、ファラゼロは再び意識を失ってしまった。
その時…医者の一人が口を開く。
「脈が不安定です!このままでは…!!」
「くそっ!!」
カインはそう言うと、心臓マッサージを始めた。
「ファラゼロくん!起きろ!!起きてくれ!!!」
そう叫びながら、心臓マッサージを繰り返す。
ふとキラウェルは、ある人物の気配を感じとり、窓から外を眺めていた。
幾度か感じていたその気配に、キラウェルはようやく全てを悟った。
しかしガクやカインたちは、キラウェルの些細な変化に気付いていなかった。
「カインさん!ラルクさんが今こちらに向かっているそうです!!」
そう言いながら飛び込んできたアシュリー。
「本当か!!」
心臓マッサージを止めずに、カインはそう言った。
「心臓を破壊されるまで…まだ時間はある!おい、誰か交代してくれ!」
カインはそう言うと、脈を測っていた医者と交代した。
依然として目覚めないファラゼロ。
次第にガクの瞳に涙が浮かんできた。
「ファラゼロ様…起きてください!!死んだら許しませんよ!!」
泣きながら、ガクはそう叫んだ。
ファラゼロの心臓が破壊されるまで…あと、8時間をきった…。