第18話「危篤」
ファラゼロの突然の容態急変に、カインやアシュリー…他の医者たちは忙しなく動いている。
この報せを受けたガクは、宿にいたのにも関わらずすっ飛んできた。
「ファラゼロ様!」
さっきからガクはファラゼロに呼び掛けているが、彼はやはり動かない。
「くそっ…!あきらかに誰かがファラゼロくんを襲ったんだ」
カインはそう言うと、左脇腹を皆に見せる。
ファラゼロの左脇腹は、感染当初と比べとても腫れていた。
そのあまりの腫れように、ガクは言葉を失う。
「アシュリー…あの時、ファラゼロくんの病室に誰か居たか?」
カインは、アシュリーに尋ねた。
「いえ…私が駆けつけたときには…彼は倒れていましたから」
少し怯えながら、アシュリーはそう言った。
「足音もなしに忍び込むとは…至難の技だ!」
カインはそう言うと、ファラゼロに注射をする。
傍にいた医者の一人が、ファラゼロの脈を確認する。
「脈…安定しました」
この一言で、その場にいた全員が胸を撫で下ろした。
「だが…ガクくん、今もなおファラゼロくんは危ない状態だ…特効薬が間に合わなかったらその時は、覚悟していてくれ」
「え…………そんな………!」
ガクはカインのこの言葉に、遂に泣き出した。
アシュリーは怯えながらも…そんな彼を慰めている。
「ファラゼロさん!!!」
そう言って緊急治療室に飛び込んできたのは…キラウェルだった。
かなり走ったのか、肩が上下している。
「ガクさん……ファラゼロさんは……?」
動かないファラゼロを見たキラウェルは、どこか声が震えている。
「………何とか…落ち着いている。だけど……特効薬が間に合わなかった…その時は、覚悟していてくれと…言われました」
「そんな……なんで……」
ガクの言葉に、キラウェルは信じられないという表情になる。
眠り続けるファラゼロの表情は、とても落ち着いている。
しかし…あの元気な声が聞けないとなると、キラウェルは心が痛む。
「ファラゼロさん…なんで?何があったんですか!!」
眠るファラゼロに、キラウェルが詰め寄る。
興奮した彼女を、アシュリーが慌てて止めに入る。
「キラウェルさん…彼は今眠っていますから…!」
しかし、キラウェルは止まらない。
「私は…私はもう…人が死ぬのは見たくないんです!!もうたくさんなんです!!」
そう叫ぶキラウェルの脳裏に、父の優しい微笑み…リアの笑顔、自分を慕っていた民たちの笑い声、そして…ライの元気な姿が甦る。
それと同時に、キラウェルの目からは涙がこぼれた。
「お願い……これ以上私から大切な人を……尊敬する人を…奪わないで!!」
キラウェルは最後にそう叫ぶと、両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。
この光景を見たアシュリーは、ファラゼロがどれだけの人に慕われているかを、肌で感じた。
「キラウェルさん…」
アシュリーはそう言いながら、キラウェルの背中を擦ってやる事しか出来ない。
キラウェルは、アシュリーにしがみついて泣き続けている。
ファラゼロが運ばれた病室に、暫くの間悲しみが包まれていた。
数分後、キラウェルはようやく落ち着きを取り戻していた。
同じく落ち着いたガクと共に、ファラゼロに付き添っている。
カインはというと、ラルクに電話をかけていた。
「ラルク…ファラゼロくんの容態が急変した」
『えっ!?突然すぎではありませんか!?』
物凄く驚いているのか、ラルクの話す音量が大きい。
「何者かに襲われたと、俺は推測しているんだが…」
『それしか考えられないですよ!あと…特効薬の件ですが、何とか今薬草を集めて製作段階に入りましたので、お知らせします!』
「本当か!間に合いそうか?」
ラルクの言葉に、カインは嬉しそうである。
『ギリギリだと思いますが…とにかく、最善は尽くしますので!』
「頼んだぞ!」
カインはそう言うと、受話器を置いた。
「カインさん…特効薬は?」
アシュリーが、控えめに言った。
「なんとか製作段階に入ったそうだ。ただ、ファラゼロくんはショック症状を引き起こしたから…もっても明日の夕方だな」
「え!?」
カインの言葉に、アシュリーは驚きを隠せない。
「その事…キラウェルさんたちには…」
「もちろん話してあるさ。二人ともショックを受けていたようだが…すぐに毅然としていた」
だが、カインもアシュリーも、二人が無理しているのはわかっていた。
特にアシュリーは、故郷を失ったキラウェルが無理するのは…見ていられないようだ。
「アシュリー…今はファラゼロくんがまた襲われないか見張ろう。それしか彼を守れる術はない」
「……わかりました」
カインにそう諭されたアシュリーは、そう言うしかなかった。
カインと別れたアシュリーは、そのまま緊急治療室に入っていった。
「あれ…?」
緊急治療室の中に入ったアシュリーは、辺りを見渡しながらそう言った。
ファラゼロが眠るベッドに、付き添うように居たはずのキラウェルが、いつの間にか姿を消していた。
今彼の傍にいるのは、ガクのみであった。
そんなガクも、ベッドに顔を伏せて居眠りしている。
「疲れたんですね…」
アシュリーはそう言うと、近くにあったタオルケットをガクにかけてあげた。
すると、アシュリーも眠たくなり、ベッドに伏せて眠ってしまった…。




