第17話「アシュリーとの出逢い」
―ハンダル地方・サイファ村のとある診療所―
ファラゼロが隔離されてから、三日が経過した。ファラゼロは高熱の他に、感染症も引き起こしていた。
「何だって!?」
診療所に、カインの声が響き渡る。どうやら彼は、電話でラルクと話しているようだ。
『ですから…薬師の話ですと、特効薬の材料の薬草が、何者かによって焼かれてしまい、作りたくても作れない状況なんです!』
受話器の向こうから、ラルクの悲痛な声が聴こえてくる。
「畑もやられたのか!?」
『畑から野草まで、全てです……。緊急事態の手紙を書き、法皇様へ伝書鳩を飛ばしたところです!』
「くそっ!こんなときに…!!」
カインは、唇を噛み締める。
『カインさん!俺…この間あんなこと言ってしまいましたが、俺も医者の一人です!やはり彼には長生きしてほしいです!』
ラルクのこの言葉を聞いたカインは、ふと笑った。
「過去は過去だ!とにかく、まずは薬草の確保を急いでくれ!」
『やってみます!』
ラルクはそう言うと、電話を終了した。
通話を終了させる音だけが…耳に響いている。カインは、暫くしてから受話器を置いた。
「頼むぞ…!急いでくれ!」
カインは、祈るように言った。
その頃、診療所のとある病室では、一人の少女が感染症に効く薬草を調合していた。
集中している彼女は、カインの話し声さえ聞こえていないようである。
「…………」
無言で、薬草を調合している少女。
しばらくして出来上がったそれを、包みに綺麗に入れていく。
「…………?」
ファラゼロは、物音に瞼を開けた。
そして、机に向かっている…少女の姿が視界にはいる。
………誰だ?
ファラゼロは、ふとそう思った。
少女は、白い包みを持ってこちらへやって来る。
「君は……誰だい?」
ファラゼロは、苦しそうに少女に声をかけた。
「………!!」
しかし少女は、何故だか驚いてしまった。
まさかファラゼロが、目を覚ますとは思っていなかったようだ。
心なしか…怯えているようにも見える。
「ねえ…」
「き…きゃあああああ!!」
ファラゼロが声をかけると、少女は悲鳴をあげた。
「ひ…悲鳴をあげるか?普通……」
ファラゼロは、苦笑いしている。
「アシュリー!どうした?」
カインが、そう言いながら病室へ入ってきた。
「あ……カインさん…」
起き上がりながら、ファラゼロは言った。
「どうだい?ファラゼロくん」
「ええ…まぁ……なんとか……」
ふとファラゼロは、怯えている少女…アシュリーを見つめる。
カインはというと…ファラゼロの額に人差し指を当てている。
「38度か…まずまずの体温だな」
カインはそう言うと、アシュリーが持っていた白い包みと水が入ったコップを手渡す。
「これを飲みなさい…感染症に効く薬だ」
「は…はい…」
ファラゼロは、渡された薬を一気に飲んだ。
「すまないね、ファラゼロくん…特効薬の材料の薬草が、何者かによって焼かれてしまっていて、作業が出来ないそうなんだ」
「え!?……では、俺は……」
不安になるファラゼロに、カインは優しく微笑む。
「ひとまずは、解熱と感染症に効く薬で、何とか体も楽になるはずだ…あとは、特効薬さえ出来ればもう怖くない」
「……………」
ファラゼロは黙りこむと、再び寝ころんだ。
「今は無理してはいけない。ゆっくり休みなさい」
「はい……あの、カインさん……あの子は?」
ファラゼロはそう言うと、未だに怯えているアシュリーを指さす。
「ああ…彼女はアシュリー。有名な薬師の娘さんだよ」
「へぇ…アシュリーっていうのか…」
ふと、ファラゼロとアシュリーの目がバッチリと合う。
それだけでアシュリーは、どんどん後ろへ後退りしていく。
「ただ…一つ問題があってな」
カインは、そう言いながら頭をかく。
「問題?」
不思議そうなファラゼロ。
「…極度の、男性恐怖症なんだ。昔…がらの悪い奴らに襲われたことがあるみたいなんだ」
「それで、さっきから怯えているんですね」
ファラゼロはそう言うと、再びアシュリーを見る。
すると…アシュリーは突然、ファラゼロを睨んで口を開いた。
「み……見ない…でよっ!!」
「え…しゃ…喋った!!」
ファラゼロが驚いた声をあげると、アシュリーは悲鳴をあげながら病室を飛び出してしまった。
「あちゃー…」
苦笑いするカイン。
「………なんか、すっげぇ嫌なやつ……」
不機嫌なファラゼロ。
「アシュリーも、本当はいい子なんだ。…………あれさえなければ」
そう言うとカインは、深いため息をついた。
その頃アシュリーは、診療所からサイファ村のとある畑までやって来ていた。
極度の男性恐怖症の彼女は、ファラゼロを見ただけでかなり怯えていた。
………彼が寝ていたときは、普通だったのだが。
「………」
無言のまま、野道を歩いていくアシュリー。
「また……やっちゃった……」
アシュリーは、肩を落とした。
有名な薬師の娘である彼女は、薬師としてはまだ半人前であったが、父が修行のうちとサイファ村へ向かわせていた。
家族や医療メンバーの中の男性は、小さい頃から接しているため大丈夫なのだが、初対面の男性には酷く怯えてしまう。
「このままじゃ……一人前の薬師になれない……」
アシュリーはそう言うと、ふと前を見る。
一人の女性が、火炎放射機を左手に持って、何かをやっていた。
「気が遠くなる…あとどれくらいなんだろ?」
そう言いながら辺りを見渡しているのは、キラウェルであった。
「何…しているんですか?」
アシュリーは、キラウェルに声をかけた。
「何って…テントウモドキの駆除ですよ」
キラウェルはそう言うと、火炎放射機のスイッチを入れる。
ボッという音と共に炎が噴射され、辺りを焼いていく。
「ファラゼロさんが壊熱病にかかったんで…少しでも被害者を減らすためです」
そう言うキラウェルの表情は、とても真剣なものだ。
今、診療所に隔離されている青年のことか…と、アシュリーは思った。
「あれ?貴女…左利きなんですか?」
アシュリーは、キラウェルが左手で火炎放射機を持っているため、不思議に思い尋ねてみた。
「元々、左利きなんです…まあ矯正されて、今では両利きなんですけどね」
キラウェルはそう言うと、火炎放射機のスイッチを一度切る。
「ところで貴女は?医者ではなさそうね?」
キラウェルは、そう言いながら近付いてくる。
「あ…私はアシュリーといいます。薬師の修行中なんです」
「薬師?薬を作ったりしている人たちのこと?」
「はい…。でも、まだ半人前ですが」
アシュリーはそう言うと、苦笑いする。
「そうなんですね…」
キラウェルはそう言うと、持っていた火炎放射機を地面に置く。
「私はキラウェル・J・シャンクスといいます」
キラウェルがそう言うと、アシュリーは驚いた表情をした。
「シャンクス!?あの…不死鳥を守り続けていた…あのシャンクス一族の生まれなんですか?」
カインといいアシュリーといい…驚いた反応を見せている。
「私が生まれた一族は…そんなに有名なんですか?」
不思議に思ったキラウェルは、アシュリーに尋ねた。
「もちろんですよ!私が住むシンラでは、シャンクス一族の名を知らないものはいませんから」
キラウェルは、この言葉でアシュリーの出身地を知る。
「待って…!アシュリーさん、シンラに住んでるんですか!?」
「ええ…。家族四人で、シンラの一軒家に…」
キラウェルは、アシュリーに出逢えたことを…初めて神に感謝した。
「私…実はシンラを目指しているんです!どうしても、シンラに行かなければならないんです!でも…北の関所を通過するための…通行証が無くて困っていたんです!」
すがるように、キラウェルは言った。
「え?シンラに…行く?何故ですか?キラウェルさん…貴女の故郷はどうしたんですか?」
キラウェルのあまりの必死さに、アシュリーはうまく理解できていない。
「…当時、まだファルドがブラウン家の当主だったあの頃…ファルドや彼の部下の手により、私は故郷を失いました」
「!?」
キラウェルの告白に、アシュリーは驚きを隠せない。
「でも…そんな私に味方してくれたのが、ファラゼロさんたちなんです!彼らには…本当に感謝しているんです!」
キラウェルは一度そこで区切ると、また口を開いた。
「あの場所へは…もう戻れない。でも、シンラに行けば…きっと助かる…ファラゼロさんはそう言っていました!だから…だから目指しているんです」
「キラウェルさん…」
アシュリーはそう言うと、キラウェルの両手を優しく握った。
「貴女がシンラを目指す理由はわかりました。ですが…それだけでは…検問している二人を説得できません」
「え…」
まさかのアシュリーの言葉に、キラウェルは肩を落とす。
「ですが…策がないわけではありません。今度、カインさんに話してみましょう」
アシュリーはそう言うと、優しく微笑んだ。
「アシュリーさん……ありがとうございます!」
キラウェルは、あまりの嬉しさに涙が出ている。
そこまでして…シンラに行きたいのか。
故郷を失った彼女の悲しみは今、とても計り知れない。
しかしアシュリーは、キラウェルを何とかしてシンラに連れていきたいと、心から思うようになっていた。
「とにかく、私は一度診療所へ戻らなければ…まぁ彼には、私の印象は最悪ですがね」
「?」
苦笑いしながら言った、アシュリーのこの言葉の意味を、キラウェルは知らないため…彼女は小首を傾げている。
「では…また」
「はい、また」
アシュリーとキラウェルは、それぞれそう言って別れた。
その頃、誰もいない診療所のとある病室では、ファラゼロが静かに眠っていた。
アシュリーが先程調合した薬が効いたのか、表情は穏やかである。
ずっと看病にあたっていたカインは、子供たちの病状を確認するためか、席を外しているようだ。
「…………」
寝息をたてながら、眠り続けるファラゼロ。
しかしそんな静かな眠りを妨げる、ある出来事が起きる。
それは……
「むぐっ!?」
突如誰かに口を手で塞がれ、ファラゼロは一気に現実に戻される。
「この死に損ないが……本当の恐怖は……これからだ」
低い男性の声が、ファラゼロのいる病室に響く。
ファラゼロは、声の主に驚きを隠せない。
「お前……何でここに!?」
塞いでいた手を退かし、肩を上下させるファラゼロ。
しかしファラゼロは、“彼”の登場で全てを悟る。
「そうか……全部お前の仕業だったんだな!?何で関係のない子供たちまで巻き込んだんだ!」
怒りに満ちた声で、“彼”に怒鳴るファラゼロ。
「全ては……お前を殺すためだ!!」
男はそう言うと、あるものをファラゼロに見せる。
「お前…………まさか…………やめろ……!!」
それを見たファラゼロは、明らかに青ざめている。
男は問答無用と言わんばかりに、ファラゼロに襲いかかってきた。
しかし力は強く、いくら抵抗しても逃げることはできなかった。
そして……
「あの世で…母親にでも会うんだな」
男はそう言うと、あるものでファラゼロの左脇腹を刺した。
その瞬間、激痛がファラゼロを襲う。
「うわあああああああ!!!」
あまりの痛みに、ファラゼロは悲鳴をあげる。
そして、気を失ってしまった。
ファラゼロが気を失ったのを見届けた男は、音もなくその場から姿を消した。
そのわずか数分後、何も知らないアシュリーが、ファラゼロの病室にやって来る。
しかしアシュリーは、直ぐ様異変に気づいた。
「あれ?………!!!!」
辺りを見渡していたアシュリーは、床に倒れているファラゼロを発見して無言の叫びをあげる。
「カインさん!!!誰か……誰か早く来て!!!」
アシュリーの叫び声に、カインや他の医者たちも駆け付ける。
ぐったりとしたファラゼロは、微かに泡を吹いており、あきらかに危ない状態だった。
「おい!しっかりしろ!」
カインはファラゼロに呼び掛けるが、ファラゼロはピクリともしない。
「くそっ!」
カインはそう言うと、ファラゼロを抱えて走り出した。
ふとアシュリーは、彼の左脇腹を凝視していた。
かなり腫れたあの左脇腹に…違和感を感じていたのだ。
そして…ファラゼロの緊急治療が始まった。




