第16話「壊熱病の恐怖」
もうすぐ夕方だというのに…まだ慌ただしいサイファ村。
それもそのはず。何故なら、壊熱病が猛威を振るっているからだ。
ファラゼロたちよりも、シンラから派遣された医師たちが早かったのか、てきぱきと処置をしている。
北の関所で見た男性の言う通り、患者全てが子供だった。
「熱い…苦しいよ……」
「パパ……ママ……助け…て……」
「死にたくないよ……」
高熱や重度の感染症を引き起こしている子供たちが、苦しそうにそう言う。
中には、ぐったりしていて…言葉を発せられない子供もいる。
「何なんだこの現象は?おい、村人たちから反応は出たか!?」
「全員が陰性でした!」
「なんだって!?」
複数の医者たちが、そんなやりとりをしている。
ファラゼロはと言うと、ガクと共に測量図を見ながら何かを探し回っていた。
キラウェルは、林の中へと入っていて、やはり何かを探しているようだった。
「壊熱病は、大人子供も関係なく感染するんだぞ!?こんなことはあり得ん!」
一人の医者はそう言うと、シンラの薬師から渡された特効薬を取り出す。
「さあ飲め…楽になるはずだ」
高熱に魘されていた男の子は、苦しみながらも薬を飲んでいく。
「はぁ…はぁ…はぁ……ありが…と」
苦しみから解放されたのか、男の子は少しだけ笑顔を見せる。
「おい!そっちはどうだ?」
「感染していた子供全員に、特効薬を飲ませました!」
医者や村人たちが胸を撫で下ろした…その時だった。
「いた!壊熱病の原因!!」
キラウェルはそう言うと、刺されないように素早く袋の中に入れて、密閉させてしまう。
彼女の言葉を聞き、ファラゼロとガクも近寄ってくる。
「見つけましたか?」
これはファラゼロ。
「間違いないと思います。それにしても、本当にそっくりですね…」
キラウェルはそう言うと、袋の中に入れた“ある虫”をまじまじと見つめる。
その虫は、てんとう虫そっくりだった。
「それは、テントウモドキという有毒なダニだ」
医者の一人がそう言いながら、キラウェルたちに近づいてきた。
「テントウモドキ…?」
キラウェルは小首を傾げる。
「そのダニの名前だ。林とかに生息していてな…刺されるとさっきの子供たちのようになる」
医者はそう言うと、キラウェルから袋を受けとる。そして、話を続けた。
「名前の通り、てんとう虫にそっくりなんだ。ただ外見が違う。お前たち…七色の色鮮やかなてんとう虫がいると思うか?」
医者にそう言われ、キラウェルたちは頭を振る。
「だろ?こいつはそこら辺にいるダニとは違い、乾燥地帯を好んで生息しているんだ。逆に湿気のある地帯では生きていけない」
「サイファ村は、どちらかというと湿気がありますからね。でも…何故、ダニがここに?」
ガクが医者に尋ねると、彼は眉を潜めた。
「それは俺にもわからない…。テントウモドキは、サイファ村では生きていけないと、調査済みだからな。誰かが意図的に放したとしか考えられない」
医者はそう言うと、袋を見つめる。
キラウェルが捕獲したテントウモドキは、長い時間湿気に晒されていたのか…弱っていた。
「誰かが!?」
これには、キラウェルは驚きを隠せない。
「しかも、俺たちの治療はまだまだ続くんだ。壊熱病のウィルスは、最低でも2週間は潜伏しているからな」
医者はそう言うと、ふと思い出したかのように、キラウェルたちを見る。
「ところで君たちは…何故サイファ村へ?」
今ごろ気づくんかい!
…と、キラウェルは心の中で突っ込む。
「壊熱病の原因である…このテントウモドキを放った人物を、突き止めるためです」
そう言ったのは、なんとファラゼロだった。
「え!?ファラゼロさん…初めから気付いていたんですか!?」
キラウェルは、驚きながら言った。
「なに…?ファラゼロだと?」
医者はそう言うと、ファラゼロをまじまじと見つめる。
「貴様…ファルド・ブラウンの一人息子だな?ブラウン家のご子息が、我らシンラの医者に何の用だ?」
「俺は俺です。親父とは違います…貴方たちの邪魔はしませんから。シンラの人々が、ブラウン家を嫌ってるのは知ってましたけど、ここまで嫌われるとね…」
二人のやり取りを見ていたガクとキラウェルは、心配そうにしている。
「…まぁ良いだろう。確か君はサイファ村にも顔が利いたな…ファルドとも違うとわかったことだし、多目に見てやるか」
医者はそう言うと、立ち去っていった。
「ファルドって…こんなに嫌われているんですね」
呟くように、キラウェルが言った。
「親父……シンラの人たちに、一体何したんだよ…?」
ファラゼロはと言うと、深い溜め息をついた。
夜になり、ひとまず落ち着きを取り戻したサイファ村の宿に、宿泊することにしたキラウェルたち。
この宿には、シンラから派遣された医者たちもいるのか、白衣を着た人たちが往き来していた。
食堂で一人、晩ごはんを食べていたキラウェルは、医者たちが自分を見ているのに気づく。
「……………」
気にせず、もくもくと食べていたキラウェルだったが、視線が痛く感じて、料理を手にテラスへと移動した。
「ここなら、静かに食べられるかな」
キラウェルは、そう言いながら椅子に座る。
そして…再び食べ始めた。
「あれ?君は確か、ファラゼロと一緒にいた…」
しかしテラスには、先客がいたようである。
「貴方は…さっきのお医者さん」
キラウェルは、食べるのをやめる。
そこにいたのは、ファラゼロと少しだけ言い争った…あの医者だった。
「隣…座ってもいいかい?」
医者はそう言うと、キラウェルが座る隣の椅子を指さす。
「は…はい」
キラウェルがそう言うと、医者は隣に座った。
「君は…サイファ村やミスリル村の者ではないね?」
「!?」
医者はどうやら、キラウェルがどこの出身かを見抜いているようだった。
「何故…そう思うのですか?」
キラウェルは、おそるおそる尋ねてみた。
「口調が違うんだ。北に近付けば近づくほど、訛りが入ってくるんだけど…君の話し方は違う、全く訛りがない……ハンダル地方でも、中央出身だね?」
「ははは…正解です」
キラウェルは、苦笑いしながら言った。
「中央出身の君が…何故、こんな中間地点にいるんだい?」
「…………」
医者に問われ、キラウェルは急に黙りこむ。
その様子を見ていた彼は、優しく微笑んで口を開いた。
「……無理して語ろうとしなくていい、人には誰だって…話したくないことがあるからな」
そんな彼を見ていたキラウェルは、この人なら信じられる…そう思っていた。
そして、意を決して口を開いた。
「……私の名は、キラウェル・J・シャンクスといいます」
「!?…シャンクス一族の者だったのか!」
医者は、驚きを隠せない様子である。
「君が…あの……不死鳥を守る一族の生まれだったとはね…本当に驚いたよ。君が名乗ったのに、俺だけ名乗らないのもな」
医者はそう言うと、優しく微笑みながら口を開いた。
「俺の名はカインだ。フォルフ地方・シンラ出身だ」
カインはそう言うと、右手を差し出した。
「よろしくお願いします…」
キラウェルはそう言うと、カインの右手を自分の右手で握った。
「カインさん!会議を…」
ふと一人の男性が、そう言いながらテラスへやって来た。
「ああ…わかった、今行く」
カインはそう言うと、右手を離した。
「では、また明日」
「はい」
キラウェルは、カインに小さくお辞儀をした。
カインは再び優しく微笑むと、やってきた男性と共に奥へと消えていった。
いつの間にか食堂には誰もおらず、テラスにいるのはキラウェルのみとなっていた。
「誰だろ…テントウモドキを放ったのは」
キラウェルはそう言うと、怒りに満ちた表情をした。
関係のない…しかも、テントウモドキが生息できない地帯で起こった、今回の騒動。
キラウェルには、テントウモドキを放った犯人の考えていることがよめなかった。
「死ぬのは…誰だって良かったのか?」
そんな理不尽な…と、加えて小さく呟くキラウェル。
キラウェルはその後、出された料理を全て食べると、部屋へと戻っていった。
―翌朝―
気持ちよく目覚めたキラウェルは、既に起きていたガクを見つけた。
「ガクさん!おはようございます♪」
キラウェルは、元気よく言った。
「キラウェルさん、おはようございます」
ガクは、そう言いながら優しく微笑んだ。
「昨日は、よく眠れましたか?」
「はい!爆睡でした」
二人がそんな会話をしていると、今起きたのか、部屋からファラゼロが出てきた。
「ファラゼロ様、おはようございます」
「ああ…」
ガクが声をかけるが、ファラゼロはどこか気のない返事をした。
「どうしたんです?」
不思議そうなガク。
「何でも…ねぇ……」
ファラゼロはそう言うが、フラフラしている。
「ファラゼロ様…どこか悪いのでは?」
ガクが、ファラゼロにそう尋ねた…次の瞬間だった。
「もう……無理……」
ファラゼロはそう言いながら、床に倒れてしまった。
「ファラゼロ様!?」
「ファラゼロさん!!」
ガクとキラウェルはそれぞれそう言うと、倒れたファラゼロに駆け寄る。
ガクがファラゼロを起こすと、彼は息が荒く…とても苦しそうだ。
ふとキラウェルは、ファラゼロの額に右手をのせてみる。
しかし感じた熱さは、尋常ではないものだった。
「あっっっつ!!」
反射的に、右手を引っ込めるキラウェル。
「まさか……壊熱病!?」
「!?」
ガクのこの言葉に、キラウェルは驚きを隠せない。
昨日まで、ファラゼロはとても元気だった。
もし壊熱病だとすれば…彼はいつテントウモドキに刺されたのだろう?
「どうした?何事だ!」
騒ぎを聞き付けたのか、カインが走りながらやって来た。
「カインさん!ファラゼロさんが!!」
キラウェルは、半泣きでそう言った。
しかしカインは、ファラゼロの病状を見ただけで、一気に表情が医者へと変わった。
「ガクくんにキラウェルさん、今すぐ彼から離れろ!彼は…壊熱病を発症している!」
「「!!」」
ガクとキラウェルは、カインに言われた通りにファラゼロから離れた。
「刺されたのはいつだ?……昨日までの彼を見ていたが、刺されるようなことはしていなかったはずだ」
カインはそう言うと、慣れた手つきでファラゼロの上着と上半分の服を脱がせる。
そして、左脇腹を見つめた。
「やはり…刺されていたか」
カインが見つめるファラゼロの左脇腹に、青アザのようなものがあった。
「おい!感染者だ!道を空けてくれ!!」
カインは、グローブを両手につけると、ファラゼロを抱えて走り出した。
ガクとキラウェルも、カインに続いて走り出す。
まさかの事態に、宿の女将たちも驚きを隠せないでいる。
「ラルク!早急に薬師へ連絡しろ!」
カインは、一人の医者にそう呼び掛けた。
「良いですけど…何かあったんですか?」
振り向きながら言ったラルクは、とても不思議そうである。
「ファラゼロくんが壊熱病を発症したんだ」
「!?」
カインの言葉に、ラルクは一瞬驚いた表情になったが、何故だか動こうとしない。
「ラルク!どうした!急ぎなんだ…薬師の特効薬が間に合わなければ、彼は死んでしまうんだぞ!?」
カインは、再びラルクへそう言うが、彼は躊躇っているようだ。そして…ようやく発した言葉が…
「良いんじゃないんですか?死んだって。俺はブラウン家が嫌いですから」
この言葉を聞いたカインは、表情を鬼にした。
「ふざけるな!!医者に私情はいらんといつも言っているだろう!?壊熱病は別名…一週間病とも言われているんだぞ!例え嫌いな相手でも救う…それが医者なのではないのか!?」
カインの言葉は、とても的を射ていた。
「…わかりました。薬師へ報せます」
渋々承諾するラルク。
「二人ともすまないね…特効薬は全て子供たちに処方したために、余っているものが無いんだ」
カインは、キラウェルとガクに、申し訳なさそうに言った。
「ですがカインさん…特効薬が届けばファラゼロ様は…」
「ああ、ファラゼロくんは助かる!」
カインはそう言うと、ファラゼロを抱え直す。
「とにかく、彼を診療所へ運ぶぞ!そこの方が、医療器具とかがあるから…治療しやすい」
カインはそう言うと、再び走り出した。
ガクとキラウェルも…高熱に魘されているファラゼロを、心配そうに見つめることしかできなかった。
ウィルスが入り込む可能性があるため、カインが二人がついていくことを拒んだからだ。
そしてファラゼロは…近くの診療所へ隔離されてしまった。




