表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/36

第15話「もう一息」

朝が訪れたミスリル村では、住民たちが既に動き回っていた。

畑を耕す者や、田んぼに苗を植えている者…実り始めた野菜を、嬉しそうに見つめている者…一番のどかな場面である。


キラウェルは、その風景を広場から見つめていた。

久々に気持ちよく目覚めたキラウェルは、とても清々しい表情をしていた。

そんな彼女の近くには…地図を広げているカンナがいる。


「キラウェルさん!」


カンナは、キラウェルを呼んだ。


「カンナさん…どうしました?」


キラウェルはそう言うと、カンナに近づく。


「現在地を確かめておきましょ?それに…フォルフ地方までは…あと少しとなりましたから」


そう言うカンナの隣から、キラウェルは地図を見つめる。


「今いるミスリル村は…どこにあるんですか?」


キラウェルは、カンナに尋ねた。


「ミスリル村は、ここですよ」


カンナはそう言いながら、ある場所を指さした。

そこは…地図上では中間だということがわかる。


「半分まで来たんですね」


「そうですよ。あともう一息です♪」


嬉しそうに、カンナは言った。


およそ1ヶ月間…キラウェルはシンラを目指して旅をしてきた。

シャンクス一族が滅んだあの日から、キラウェルの長い旅は始まったのである。


旅を続ける中で、失ったものも沢山あった。

しかしキラウェルは、旅で得たものもあると気づいた。

そして…キラウェルは精神的にも成長していた。


「カンナさん…この壁みたいなものは何ですか?」


キラウェルは、城塞のような場所を指さしながら言った。


「これは北の関所です。ハンダル地方とフォルフ地方を繋ぐ…大切な場所です」


「北の関所…」


地図を見つめながら、キラウェルはそう呟いた。



北の関所とは、フォルフ地方の者たちが検問を行っている場所でもある。

フォルフ地方は、大国・セルネア法皇国が統治するため、ハンダル地方を追われた者がいないか…目を光らせている。


「北の大国…セルネア法皇国は、ハンダル地方の者を嫌な目で見るんです。ですから、北の関所が最初の難関になります」


「最初の難関?それは何故ですか?」


キラウェルは、カンナに尋ねた。するとカンナは、眉を潜める。


「シンラ自体は隔離した集落で、セルネアの考えには賛同していません。しかし、ファルアンやリオシティなど…北の関所を含めた場所は、セルネアの指示のもと警備したりしています。安易にその場所へ行って、身元がバレてしまっては…元も子もありません」


「そ…それもそうですね」


カンナの言葉に、キラウェルは苦笑いするしかない。


「とにかく今は、北の関所がどういう状態なのかを…見に行きませんか?」


「見に行く?」


キラウェルは、小首を傾げる。


「話だけでは、なかなか伝わらないこともあります。ですから…偵察を兼ねて、北の関所へ行くんです」


カンナはそう言うと、真新しいローブを差し出す。


「シルクさん…マロンちゃんのお母様が、キラウェルさんが着ているローブを、洗ってくださるようです。この真新しいローブは、シルクさんから預かってきました」


カンナは、微笑みながら言った。


「シルクさんは…一体何をなさっているんですか?」


カンナからローブを受け取りながら、キラウェルが言った。


「お花屋さんですよ。しかもシルクさんは主婦ですから、家事全般はお手のものですよ」


「お花屋か…」


呟くように言ったキラウェルは、受け取ったローブを羽織る。


「さあ…北の関所へ偵察に行きましょう!」


こうして、偵察へ行くことになった。




カンナとキラウェルは、ルイエロの家で偵察へ行くための準備をしていた。

今回はあくまでも偵察のため、荷物も軽い。


「キラウェルさん…気を付けてくださいね?ここ最近…セルネアが取締りを強化したという話ですから」


様子を見に来ていたシルクが、心配そうに言った。


「大丈夫ですよ、カンナさんも居ますし…捕まることはありませんから」


キラウェルはそう言うと、まとめた荷物を持って立ち上がった。


「キラウェルさん、行きましょう」


カンナは既に、外へ出ている。


「わかりました」


キラウェルは、そう言って進もうと歩き出す。

しかし…それを拒む者が。


「おねえちゃん…いっちゃ…いやだ」


マロンが、キラウェルの右足にしがみつく。


「マロンちゃん…」


キラウェルはそう言うと、しゃがみこんだ。


マロンは涙目であった。

彼女は恐らく、キラウェルがもう旅立ってしまうと思っているようだ。

キラウェルはそんなマロンに優しく微笑むと、彼女の頭を撫でた。


「マロンちゃん…大丈夫だよ。様子を見に行くだけだから」


キラウェルがそう言うと、マロンの表情が明るくなった。


「ほんとう?おねえちゃん…すぐ戻ってくる?」


「もちろんよ、だから…ルイエロさんやシルクさんたちと待ってて」


キラウェルは、優しくそう言った。


「うん!おねえちゃん、早く帰ってきてね!」


マロンは、笑顔で言った。


そしてキラウェルは、カンナと共に北の関所へと向かった。



-数時間後…-


北の関所に辿り着いた二人は、森の中から様子を窺っていた。検問をしているのは二人であり、怪しい者がいないか見張りをしている。

何人か関所へやって来ては、検問を無事に突破していく様を…キラウェルはずっと見ていた。


「…そうだった…しまった…。」


カンナは、思い出したかのように言った。


「カンナさん?どうしたんですか?」


不思議そうなキラウェル。


「北の関所を通過するのに必要な、通行証の存在を…すっかり忘れていました…」


「!?」


このカンナの言葉に、キラウェルは驚きを隠せない。


「通行証!?そんなものが必要なんですか!?」


「シルクさんが言っていた取締りの強化とは…通行証の提示を義務付けたことだったんですよ。現に…ほら」


カンナは、そう言って関所を指さす。

ちょうど…検問の二人と男性が何やら口論している。


「どうしても“シンラ”に用があるんだ!通してくれ!」


「ダメなものはダメだ!法皇様からの通達により、通行証を持たぬ者は、如何(いか)なる理由があろうと…通してはならんと、そう定められた」


話の内容から…この男性は、フォルフ地方の最北東に位置する、“シンラ”へ行きたいようである。


「娘が熱病にかかって苦しんでるんだ!特効薬は“シンラ”にしか無いんだ!頼む!!この通りだ!」


男性は、必死に頭を下げている。


「おい…どうする?」


そんな男性を見兼ね、もう一人の検問者がそう言った。


「お主…どこの出身だ?」


「サイファ村です」


「「!?」」


男性が出身地を告げると、何故か検問者の二人は驚いた表情になる。


「サイファ村だと!?熱病はいつからだ!」


「1ヶ月程前からです。しかもなんの前触れもなく、突然猛威を振るい始めたんです…俺の娘だけではありません…村に住む子供たち全員がかかっているんです!」


「おい!今すぐ法皇様へ伝書鳩を!」


「言われなくても…今やってるよ!」



その光景を見ていたカンナが、口を開く。


「サイファ村…セルネアとはかなり長く付き合ってきた村だわ」


「カンナさん…知っているんですか?」


キラウェルは、カンナに尋ねた。


「ええ…。サイファ村から出ている絹糸は、セルネアにとって大切な資源なんです。ほとんどの男性が、その工場で働いているという話です」


「では…あの男性も?」


「おそらく」


カンナはそう言いながら頷くと、再び関所へ視線を戻す。

キラウェルも、カンナに続いた。


「届いたか?」


「今届いた!」


もう一人の検問者はそう言うと、届いたばかりの伝書を相棒に渡す。


「法皇様直筆だ…“至急、シンラの薬師へ現状を通達したあと、こちらから医師を数十名派遣する”とのことだ」


「あ…ありがとうございます!」


男性は、嬉しそうに頭を下げた。


ずっと無言でその様子を見ていたカンナは、難しそうな表情をした。


「おかしい…ここで言う熱病とは、“壊熱病(かいねつびょう)”以外考えられないわ…だけどサイファ村は、気候が関係していて壊熱病は発生しないはずなのに…」


「“壊熱病”って…そんなに恐ろしい病なんですか?」


不思議に思ったキラウェルが、カンナに尋ねた。


「“壊熱病”は、その名の通りの病ですよ。40度以下には下がらない高熱が続き、重度の感染症まで引き起こし…しまいには、内蔵を破壊して人を死なせる…本当に恐ろしい病なんです」


真剣な表情で、カンナは言った。


「そんな恐ろしい病が…何故?」


そう言うキラウェルの表情は、明らかに怖がっている。


「それはわかりません。ですが“壊熱病”は…子供大人関係なくなると云われています。しかし今は子供だけ…絶対におかしいです」


「カンナさん…一度ミスリル村へ戻りましょう!現状をファラゼロさんたちに伝えないといけません」


キラウェルはそう言うと、立ち上がって走り出す。


「それもそうですね…行きましょう!」


カンナも、キラウェルに続いて走り出す。




再び数時間かけて戻ってきた二人は、ルイエロの家で待機していたファラゼロとガクに、北の関所での出来事をすべて話した。


「サイファ村か…」


腕組をしながら、ファラゼロが言った。


「ファラゼロ様…いかがなさいますか?」


カンナは、ファラゼロの言葉を待っているようだ。


「サイファ村だと、俺とガクの方が顔が利く。カンナはここで待機していてくれ」


「わかりました」


カンナは、ファラゼロの言葉に頷いた。


「ガク…俺が頼んでいたものは出来たかい?」


ファラゼロはそう言いながら、何やら作業をしているガクを見る。


「もちろんですよ」


ガクはそう言うと、ファラゼロにある物を手渡した。


「これは…サイファ村の地形測量図か!」


ルイエロは、感心したように言った。


「実は…ガクに頼んで描かせていました。この測量図があれば、“壊熱病”が広まった原因を突き止められるかもしれない」


ファラゼロはそう言うと、測量図を(ふところ)へしまう。


「ファラゼロ様…サイファの現状なだけに、急いだ方がいいです!サイファ村へ行きましょう!」


ガクはそう言うと、外へと飛び出していく。


「ああ!しかし今回は馬を使うぞ!」


ファラゼロはそう言うと、軽く口笛を吹いた。

すると、馬の(いなな)きが聞こえてきて、二頭の馬が森から現れた。


「これで行けば、すぐに辿り着ける。キラウェルさんは、ガクと乗ってください」


「私…馬に乗るの初めてなのですが…」


不安そうなキラウェル。


「大丈夫ですよ、俺にしっかり掴まっていれば」


ガクは、優しく微笑んで言った。


ファラゼロは慣れているのか、華麗に馬に(また)がる。

ガクもファラゼロに続いていくが、キラウェルはぎこちなく馬に跨がる。


「うわ…高い」


思わず出た…キラウェルの素直な言葉。


「キラウェルさん、しっかり捕まっていてくださいね!とばしますから!」


「え!?」


ガクのこの言葉に、キラウェルは思わず彼に強くしがみついた。


「よし…行くぞ!!」


ファラゼロはそう言うと、颯爽と去っていく。

ガクも馬を走らせた。


「きゃっ…」


キラウェルは短く悲鳴を上げたが、今は他のことを考えている余裕などなかった。

何故なら…馬のスピードが、思ったよりも速かったからだ。


「キラウェルさん…ちょっと力を緩めてくれません?」


苦笑いしているガク。


「む…無理です。振り落とされそうで…」


余程怖かったのか、キラウェルの声が上ずっている。


「俺…苦しいんですが…」


「へっ!?あ…す、すみません!!」


ガクが本当に苦しそうだったため、キラウェルは慌てて少しだけ力を緩めた。


「おいおいガク…そんな会話をしているから、ルイエロじいちゃんに誤解されるんだぞ?」


そう言うファラゼロの顔は、どこかニヤニヤしているようにも見える。


「ファラゼロ様までからかわないでください!」


「はいはい…」


「なんですか…その返事は?」


「べつに…」


「何か酷いですね…」


そんな、ファラゼロとガクのやりとりを見ていて、キラウェルはふと笑った。


そして…遠くの方に、集落が見えてきた。


「見えてきた…あれがサイファ村ですよ」


ガクに言われ、キラウェルは前を向く。


「このまま行くぞ!」


ファラゼロの掛け声で、二人は馬のスピードを更に速めた。


サイファ村では…一体何があったのだろう?

意図的に病を流行らせたのか…それとも…。

複雑な心境で、キラウェルはただサイファ村を見つめることしかできなかった…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ