第14話「込められた思い」
あれから…2日が経った。
ミスリル村に滞在していたキラウェルだが、久々な平穏に居心地が良くなり、もう少しいたいと思うようになっていた。
そして今日は何より…ファラゼロの誕生日である、5月10日である。
ルイエロの家でキラウェルは、ずっと大切にしていた、あの綺麗な箱をファラゼロに渡した。
「これ…俺にですか?」
箱を受け取ったファラゼロは、驚きながら言った。
「はい!いつもお世話になっているので、そのお礼にです!」
キラウェルは、微笑みながら言った。
「開けても、良いですか?」
「勿論です!」
ファラゼロは、キラウェルのこの言葉を聞いてから、箱を開けた。
そこには…赤と青の、二つのピアスが並んでいた。
「綺麗……」
二つのピアスを見たカンナが、呟くように言った。
「凄い…これ、もしかして手作りですか!?」
ファラゼロは驚きながら、キラウェルを見る。
「はい…でも、少しだけガクさんに手伝ってもらいました」
キラウェルはそう言うと、苦笑いする。
「つけても良いですか!?」
よほど嬉しかったのか、ファラゼロは興奮ぎみである。
「どうぞ」
キラウェルがそう言うと同時に、ファラゼロはピアスを手に取り、右耳につけようとしていた。
「ま……待ってください!」
慌てて、キラウェルがファラゼロを止めた。
「?」
不思議そうなファラゼロ。
「右耳ではなくて…左耳にお願いします」
「…?わかりました」
不思議に思いながらも、ファラゼロは素直にピアスを左耳につける。
「うん……やっぱり似合ってます♪」
嬉しそうに笑うキラウェル。
「じいちゃん!手鏡貸して!」
「はいはい…急かすでない」
そう言いながらも、ちゃんとファラゼロに手鏡を渡すルイエロ。
ファラゼロは鏡を見ながら確認する。彼の左耳に、赤と青のピアスが綺麗につけられていた。
「シャンクス一族では、女性が男性に贈り物をするときは…ピアスかネックレスと決まっているんです」
キラウェルはそう言いながら、ファラゼロの隣に座る。
「へぇ…そんな決まりがあったんですね」
「あと…そのピアスには、ちゃんと意味があるんですよ」
「意味…ですか?」
ファラゼロは、キラウェルに尋ねる。
キラウェルは頷くと、口を開いた。
「赤は“情熱”で、青は“冷静”……ファラゼロさんの素質をそのまま表しているんです」
キラウェルはそう言うと、優しく微笑んだ。
ふとファラゼロは、キラウェルの笑顔を見たのは…久しぶりではないかと思った。
「そういえば…なぜ右耳はダメだったんですか?」
今度は、ガクがキラウェルに尋ねる。
「…男性が右耳にピアスをつけるのは、ゲイの印だと云われているからです」
「「えっ……」」
キラウェルのこの言葉に、ガクとファラゼロは固まる。
「で…でも良かったじゃないですか!ファラゼロ様…手入れの仕方は私が教えますから!」
見かねたカンナは、ファラゼロを気遣ってそう言った。
「じゃあカンナ、後で教えてくれ」
ファラゼロはそう言うと、左耳の二つのピアスを触る。
「キラウェルさん…本当にありがとうございます。大切に使いますね」
ファラゼロはそう言うと、優しく笑った。
場所は変わり、ブラウン家から近い所にある霊園である。多くの墓が建ち並ぶこの霊園に、ファルドの姿はあった。
やはりファルドは、亡き妻・レイアの墓の前にいた。
「レイア……」
ファルドはそう言うと、妻の墓石を優しく撫でる。
「苦しかっただろ…辛かっただろ、でももう大丈夫だ。ゆっくり休め。そして…俺とファラゼロを…見守っていてくれ」
ファルドがそう言うと、優しく風が吹いた。
まるでレイアが、慰めているかのようだ。
「…ファルド様」
グラディスは、ファルドに近づきながら言った。
「…グラディスか」
ファルドは、墓石を見つめたままで言った。
「レイア様の…墓参りですか?月命日にしては、早いですが…」
「馬鹿者…違う」
ファルドはそう言うと、再び妻の墓石を優しく撫でる。
「会いたくなったんだ…ここに眠るレイアに」
「ファルド様…」
ふと、ファルドは瞼を閉じた。
今でも鮮明に甦る…レイアとの思い出。
『見て見てファルド!ファラゼロが立った!』
『凄いな!さすが俺の息子だ!』
ファラゼロが初めて立ったときも…自分のことのように、凄く喜んでいたレイア。
『そんな格好で寝ていたら…風邪ひきますよ?』
『む…すまん』
書斎で居眠りしていると、毛布をかけてくれたレイア。
『ファルドー!ファラゼロが裸でそっち行ったわー!』
『なに!?』
『わーい!おとうさん!だっこ!』
『こ…こらファラゼロ!裸でうろうろするな!』
『こんどはおいかけっこだ~』
『待てー!ファラゼロー!』
ファラゼロのやんちゃぶりに、二人で手を焼いた時も…。
『きゃあああ!』
『レイア!どうした!』
『ファルド!ファラゼロを止めるの手伝ってー!』
『おえかきー』
『ば…馬鹿者!壁に絵を描くなー!』
壁に悪戯書きしていたファラゼロを、二人で止めた時…。
『ファルド!』
そして…笑顔で自分を呼ぶレイアの声。
それら全てが…まるで昨日のことのように、鮮明に思い出せる。
ファルドにとってレイアは、太陽のような存在だった。
彼女をとても愛していたファルドにとって…レイアの死は、地獄に叩き落とされたのも同然である。
「この指輪があるかぎり…俺はやつらを許さん…」
ファルドはそう言うと、左薬指にしている結婚指輪を触る。
「もう少しだ…もう少しで全てが終わるよ、レイア……だから…」
ファルドはそう言うが、途中から声を震わせる。
「ファルド様…」
グラディスはそう言うと、そっと背中に手を置く。
「すまん…グラディス……少しの間だけ……このままで…」
「わかっています…。俺は何も言いません。ですから…思う存分泣いてください」
グラディスの優しさに心が染みたのか、ファルドはずっと肩を震わせていた。
…数十分後
漸く落ち着いたファルドは、ブラウン家に戻っていた。
理由は…地下牢にあった。
ある一角の牢屋…そこにいたのは、なんとルスタであった。
両腕を鎖で繋がれたルスタは、ファルドを見た途端に睨み付けた。
「ルスタよ…俺がいつ、忍の隠れ里を襲撃しろと命じた?」
厳しい口調で、ファルドは言った。
「いつまで…ファラゼロ様を野放しにするおつもりですか?」
苛立っているのか、ルスタの口調は荒々しい。
「野放しにしているのではない。俺はもうブラウン家の当主ではない…ファラゼロがブラウン家の当主だ。それくらい弁えろ」
「俺はファラゼロ様を認めてはいません」
ルスタの怒りのボルテージは、次第に高まっていく。
「ファラゼロ様の考えは…いずれ一家を滅ぼします!」
怒りを露にするルスタ。
「いい加減にしろルスタ!!」
そう叫んだのは、ファルドではなくグラディスであった。
「人それぞれ考えは違うんだ!過去に、ファラゼロ様と同じ考えをしている方もいらっしゃったんだ!お前は理想に忠実になりすぎだ!」
グラディスが反論するが、ルスタは止まらない。
「グラディス…理想が全てだ!ファルド様は忘れてしまったのですか!?反ブラウン家への復讐をするのでしょう!?」
まるで、ファルドに復讐は正論であると言っているようなルスタ。それは煽りともとれる。
「貴様…今、自分が何を言っているのか…わかっているのか!!」
怒りに満ちたグラディスは、遂に剣を鞘から引き抜いた。
普段温厚な彼が怒ったため、物凄い迫力だ。
「やめろグラディス!ルスタ!!」
ファルドが一喝した。
「「……」」
押し黙る二人。
「…ルスタよ、一晩だけ猶予を与えてやる。その間に頭を冷やして、俺が今何を思っているのか…考えるんだな」
ファルドはそう言うと、踵を返して立ち去った。
グラディスも、引き抜いた剣を再び鞘に戻した。そして、ファルドについていくため、彼も歩きだした。
そんなグラディスに、ルスタは再び声をかけた。
「グラディス…お前は腑抜けになったな…」
そんなルスタの発言に、グラディスは……
「腑抜けだと?それはどちらかな?」
そう言って、地下牢を後にした。
静かになった地下牢に、ルスタは深い溜め息をつく。
「俺は決して諦めないぞ……」
そう言うルスタの表情はまるで…鬼のようであった。
さて、場所をミスリル村へ戻す。
キラウェルは、村を散策していた。
「凄いのどかだな~」
辺りを見渡しながら、キラウェルは言った。
ミスリル村は農村であるため、畑や田んぼが広がっている。
シャンクス一族がいた住居区と似た風景に、キラウェルは懐かしそうに眺めていた。
……と、何やら熱い視線を感じたキラウェルは、下を見つめてみた。
そこには、7、8歳くらいの女の子がいた。
「…………」
女の子は何も言わずに、ただずっとキラウェルを見つめている。
キラウェルはそんな女の子に微笑むと、しゃがみこんで口を開いた。
「君…名前は?」
「!」
何故か女の子は急に走りだし、母親の後ろに隠れてしまう。
「あれ…怖がらせちゃったかな?」
苦笑するキラウェル。
すると、その女の子の母親が、慌ててこちらへ駆け寄ってきた。
「すみません!うちの子…人見知りなんです。特に、初対面の人には一切口を利かないんです」
「え!?そんな風には見えないですけど…」
キラウェルはそう言うと、再び女の子を見つめる。
「…!」
女の子は、走り去ってしまった。
「……………」
これには、キラウェルも普通に傷ついている。
「もう!マロン、大丈夫だから…こっちへいらっしゃい!」
母親は、女の子…マロンにそう呼び掛ける。
すると今度は、父親がマロンを抱っこして連れてきた。
「おいおい…マロンが畑までやって来たぞ?何があったんだ?」
「人見知り中なの…この人に」
母親は、若干呆れ顔である。
「…またか」
父親はそう言うと、深い溜め息をつく。
ふとキラウェルは、その三人を見つめていて…自分の両親のことを思い出していた。
マロンという女の子を自分に重ね、父親と母親を…ロイとレイウェアに重ねる。
父さん……母さん……私だけ幸せで、私だけ逃げてきて…本当に良かったのでしょうか?
キラウェルは、こう思わずにはいられなかった。
「どうなさいましたか?」
そんなキラウェルを見ていてか、母親が心配そうに声をかけてきた。
「いえ…何でもありません」
キラウェルはそう言うと、俯いてしまう。
「パパ…下ろして」
ふとマロンが、父親にそう言った。
「ん?…はいはい」
父親がマロンを下ろしてあげると、マロンは走っていってキラウェルの足に抱き着いた。
「!?」
突然の行動に、キラウェルは驚いてマロンを見る。
いや…キラウェルだけでなく、マロンの両親までもが驚いていた。
「ぎゅーしてるの」
マロンはそう言いながら、キラウェルを見上げている。
「私を…?」
キラウェルがマロンを見ながらそう言うと、マロンは大きく頷いた。
「だから…ないたらだめなの」
「…ありがとう」
キラウェルはお礼を言った。
すると、マロンの顔がパアッと明るくなった。
「うそ…信じられない…マロンがこんなにも早く、キラウェルさんに心を開くなんて…」
母親は驚きのあまり、目をパチパチさせている。
だがしかし、一番驚いていたのは…キラウェルであった。
夜になり、キラウェルはルイエロ宅で夕飯を食べていた。
もちろん…ファラゼロとカンナとガクも一緒だ。
そこへ…小さな客人が現れた。
「おねえちゃん!」
窓を開けたマロンは、父親に抱っこされている。
「マロンちゃん!」
キラウェルはそう言うと、窓へ近づく。
「すみません…マロンがどうしてもと言って…きかないもんですから」
父親は、申し訳なさそうに言った。
「大丈夫ですよ…マロンちゃん、おいで」
キラウェルはそう言って、両手を差し伸べた。
マロンは、嬉しそうにキラウェルに近づいていき、抱っこされる。
「わーい♪」
キラウェルの腕の中で、マロンは喜んでいる。
「珍しいのう…マロンがあそこまで心を開くなんて」
マロンを見ていたルイエロは、驚いている。
「でも…こうして見ていると、本当の姉妹のようですね」
ガクは、微笑みながら言った。
「マロンちゃん…嬉しそう」
カンナも、微笑みながらキラウェルとマロンを見つめている。
「マロンちゃん」
いつの間にか、ファラゼロがキラウェルの隣にいた。
「あっ!ファラゼロおにいちゃん!」
「嬉しいかい?」
「うんっ!」
暫くの間…ルイエロの家には、楽しそうな声が辺りを包んでいた。
そして……夜が明けた。




