第12話「忍び寄るリスクの危機」
近くにあった小屋にキラウェルを寝かせ、カンナは献身的に看病を続けていた。
ガクはというと、用意していた紅茶やお菓子などを小屋に持ってくる作業をしていた。
もちろん、ファラゼロも手伝っている。
一通り作業を終えた二人は、カンナの所へと戻ってきた。
「どうだ…カンナ、キラウェルさんは?」
ガクが、カンナに話しかける。
「…………」
しかしカンナは、無言で頭を振った。
「そうか…」
ガクはそう言うと、しゃがんでキラウェルの頭を撫でる。
「無理をしたせいでしょうか…?それとも……」
カンナが途中で何かを言いかけ、それをファラゼロがとめた。
「その先は言うな…カンナ。お前のせいではない」
「しかし…」
「まずは…キラウェルさんの回復を待とう」
「……はい」
この様な会話がなされていたとは…キラウェルは知るよしも無いだろう。
とにかく三人は、キラウェルの看病を続けることにした。
その頃キラウェルは、夢を見ていた。
真っ暗闇の中…中央に一人だけぽつんと、突っ立っている。
…そんな不思議な夢を。
「父さん!母さん!ガクさん!カンナさん!……ファラゼロさん!どこですか?」
キラウェルは、夢の中で叫ぶ。
しかし彼女の声は、暗闇の中へと吸い込まれていった。
「ここはどこ…?本当に……夢、なの?」
真っ暗闇が続くため、自分が今どの方角にいるのかさえわからない。
ーキラウェル……ー
「!?」
母の声が聞こえた気がして、キラウェルは辺りを見渡す。
「母さん……母さんの声だ……どこなの!?」
『キラウェル……』
声は、案外近かった。
真っ暗闇の中、眩い光が人の形をなしていく。
姿を現したのは…レイウェアであった。
「母さん!」
『キラウェル…右手を』
口調を変えたレイウェアに、キラウェルは少し戸惑いつつも、素直に右手を差し出した。
レイウェアは無言で、キラウェルの右手を両手で包み込む。
「母さん……?」
『ごめんなさいね…キラウェル。この右手が…全て語ってくれましたよ』
「え……?」
『辛かったでしょう…でも、もう大丈夫です。リスクの危険性を少し抑えました。これで…しばらくは倒れない筈です』
レイウェアはそう言うと、優しくキラウェルを抱き締めた。
『キラウェル…私と不死鳥には…切っても切れない“糸”があるの……その“糸”を利用して……今貴女に語りかけています』
レイウェアは続ける。
『私は今でも……貴女を…守ります』
「母さん……」
心なしか、レイウェアが消えかかっているように見える。
『キラウェル……貴女に、不死鳥のご加護が……あらんことを』
「ま……待って!……待ってよ!……母さん!!」
[現実・小屋の中]
「母さん…!!」
キラウェルは、そう叫びながら飛び起きた。
しかし、体が鉛のように重く、キラウェルは再び横になる。
「キラウェルさん…気がつきましたか?」
ガクはそう言うと、測量の本を閉じて近づいてきた。
「ガクさん……私は……一体………?」
まだ鉛のように重い体を起こそうとするキラウェルを、ガクはせいした。
「無理なさらないでください…。今は休んでいてください」
「…………はい」
キラウェルはそう言うと、横になりながら辺りを見渡す。
その様子を見ていたガクが、口を開いた。
「キラウェルさん…カンナとの修行を終えたあと、突然倒れてしまったんですよ。俺がここまで運んできたんです」
「倒れた……私が……ですか?」
「覚えて…ないのですか?」
キラウェルの言葉に、ガクは驚く。
「…覚えて…いません」
キラウェルはそう言うと、俯いてしまった。
「記憶が…少しとんでいるのかもしれないですね」
ガクはそう言うと、キラウェルの頭を撫でた。
「無理して思い出そうとは、しなくていいです。とにかく…キラウェルさんが無事で良かった」
ガクはそう言うと、優しく微笑んだ。
キラウェルはまた…横になった。
漸く体が本調子になったキラウェルは、布団から起き上がっていた。
ガクはというと、描きかけの測量図に突っ伏して、いつの間にか居眠りしている。
ファラゼロとカンナの姿は、どこにも見当たらない。
「ファラゼロさんとカンナさん…どこに行ったんだろう?」
布団から出たキラウェルは、二人を捜すために歩き始めた。
…と、その前に、ガクに掛け布団をかけてあげた。
26歳の彼だが、寝顔だけはまだあどけない。
描きかけの測量図は、この場所のものだった。
「やっぱり凄いな…ガクさんは」
キラウェルはそう言うと、この場をあとにした。
その頃ファラゼロとカンナは、魔法に関する書物を読み漁っていた。
この本は全て、カンナがブラウン家から持ち出したものだ。
「違う…これも違う……これもだ」
ファラゼロはそう言いながら、一つ一つ確認するかのように、本のページを捲る。
「あっ!ありました!ファラゼロ様…ありましたよ!」
カンナはそう言いながら、赤い表紙の本を持ち上げて、ファラゼロに見せる。
「見つかったのか!」
ファラゼロはそう言うと、カンナに近づく。
カンナは、近づいてきたファラゼロに、見つけたばかりの本を差し出した。
「“不老と魔法の関係性”……間違いないな」
本の表紙を読んだファラゼロは、頷いた。
「ここに…リスクのヒントが…」
カンナがそう言ったと同時に、ファラゼロは本を開いた。
「あれ……お二人とも、そこに居たんですね」
二人を捜していたキラウェルが、そう言った。
「キラウェルさん!」
カンナはそう言うと、嬉しそうに彼女に近付いていった。
「もう…体の方は大丈夫ですか?」
「はい…もう本調子です」
キラウェルはそう言うと、カンナに優しく微笑んだ。
「良かった……」
カンナは、胸を撫で下ろした。
「キラウェルさんも…この本を読んでみますか?」
ファラゼロはそう言うと、キラウェルに一冊の本を渡した。
「これは…?」
不思議そうなキラウェルを見兼ねて、カンナが口を開く。
「以前ファラゼロ様は、レイウェアさんからリスクについて耳にしたことがあるそうです。それは何なのかを調べるため、私は本を持ち出したんです」
「うそ…これだけの本を……カンナさんが?」
辺りを見渡すキラウェルの周りには、本が山積みである。
「キラウェルさん、その本を俺に」
ファラゼロはそう言うと、右手を差し伸べた。
「は、はい」
キラウェルはそう言うと、ファラゼロに本を手渡した。
本を受け取ったファラゼロは、早速読み始めた。
「“不老とは、神に造られし魔法にのみ存在する能力である。しかし一部の魔法には、[不老]と[力]を分けることが出来るという事実が、判明している。”」
ファラゼロは一旦、そこで区切った。そして…再び口を開いて続きを読む。
「“だが、[不老]と[力]を分けるのは…術者からすれば禁忌である。何故なら、分かれている間も…共鳴しあうからである。共鳴の頻度が多ければ多いほど、互いの命を削り合う。そして、しまいには…死に至ることもある。この魔法の力を分けるという行為は、一種の苦渋の決断とも言える。”」
再びそこで区切ったファラゼロ。ふと…キラウェルが口を開いた。
「……続きを聞くのが怖い」
そう言って、キラウェルは俯く。
「読むのを…やめますか?」
そんなキラウェルに気を遣い、ファラゼロはそう言った。
しかしキラウェルは、頭を振る。
「いえ…やめないでください。怖いですけど…知らなければならないことでもあるので」
凛とした瞳でそう言うキラウェルに、ファラゼロは頷いて、再び読み始めた。
「“一つだけ、注意しておきたいことがある。先程、魔法が分かれている間は共鳴し合うと告げたが、分かれている時に魔法の力を発動させるのも禁忌である。何故なら、[不老]のみを持つ者の命を削るからである。これは、分けるという行為を実行した者に跳ね返る…一種のリバウンドである。それらのことをふまえた上で、魔法を扱おう”」
ファラゼロは読み終えると、本を閉じた。
「この魔法の…リスク…」
キラウェルは、そう呟いた。
「キラウェルさん…一つだけ確認したいことがあるのですが」
ファラゼロはそう言いながら、本を床に置いた。
「何ですか?」
「レイウェアさんから魔法の力のみを受け継いでから…背中を見たことはありますか?」
「ないです」
このキラウェルの言葉を聞いたファラゼロは、思わず驚いた。もしかしたら、キラウェルが倒れたことと、関係があるかもしれないと感じたからだ。
「でしたら、後で背中を見てください。これから目指すのは、俺の知り合いがいる農村ですから」
「私に関われば…関係のない人達がまた死にます」
そう言うキラウェルの肩が、震えている。
「大丈夫です…親父はもうブラウン家の当主ではありませんし、尚且つ、親父の部下たちは…あの農村を死んでも襲いません」
「?」
ファラゼロの言葉に、小首を傾げるキラウェル。
しかしこの言葉の意味を、キラウェルは後に知ることとなる。
ー翌朝ー
目を覚ました四人は、小屋をあとにしていた。
目指すのは、ファラゼロが言っていた農村である。
「ファラゼロさん…どこの農村へ行くのですか?」
キラウェルが、ファラゼロに尋ねた。
「ミスリル村です」
「「!」」
ファラゼロがそう言うと、何故かガクとカンナが驚いた。
「え?どうして、ガクさんとカンナさんが驚いているんですか?」
「ははは!」
しかもファラゼロは、何故か笑っている。
「しょ…正気ですか!?」
これはカンナ。
「俺たち…ルイエロさんに会うだけでも緊張するのに、ファラゼロ様だけですからね…仲良く話せるのは…」
そう言うガクは、羨ましそうにファラゼロを見つめる。
「そうか?お前たちが変に緊張しているんだよ」
「あの!!」
突然始まった三人の会話に、ついていけなくなったキラウェルが、思わずそう言った。
ファラゼロたちが、いっせいにキラウェルを見つめる。
「あの………ルイエロさんって…誰ですか?」
「「「……………」」」
キラウェルの言葉を聞いた三人は、何故か黙ってしまった。
「わ…私、変なこと聞きましたか?」
キラウェルが不安そうなため、ファラゼロが慌てて口を開く。
「そ…そんなことはありませんよ。ルイエロさんを、どう説明しようか考えていたんです。でも…説明するより、会った方がいいです」
「??」
キラウェルは、ますますわからないという表情になった。
「とにかく、もうすぐミスリル村に着きますから、真っ先に会うのがそのルイエロさんなので、彼に会ったらちゃんと説明しますよ」
ファラゼロはそう言うと、優しく微笑んだ。
「約束ですよ?」
不満そうに言うキラウェル。
「俺は約束を破りません」
ファラゼロはそう言うと、前を見つめる。
「ほら…見えてきた!あれがミスリル村です」
ファラゼロはそう言うと、ある場所を指さした。
キラウェルは、ファラゼロが指をさした場所を見つめる。
木々や家々が…遠くからだが確認できる。
どうやら、あそこがミスリル村のようだ。
「ルイエロさんと会うの…本当に久しぶりだな」
そう言うファラゼロは、どこか楽しそうである。
キラウェルはというと、ルイエロがどんな人なのかを想像していた。
しかし思い浮かばず、想像することをやめていた。
この時のキラウェルは、まさかこのルイエロとの出会いが…彼女の運命を大きく変えることになるとは、知るよしもなかった…。