第11話「悲しみの果てに」
ライがキラウェルを庇い、命を落とした。
ルスタの部下から彼女を守るための行動であった…。
キラウェルは今、ライが死ぬ直前に渡したがっていたかんざしを、涙を流しながら見つめていた。
ガクとカンナはというと、亡くなったライの墓を作っていた。
一通り作業を終えた二人は、ライを埋葬した。
「ライ…お前はよくやったよ。我が妹ながら…本当に、よくやった…」
そう言うガクの肩は震えている。
「ガク…」
カンナが悲しげに呟く。
「俺…お前の分まで生き抜いてやるからな」
ガクはそう言うと、空を見上げた。
「ガク…泣いてるの?」
「………泣いてねぇよ」
ガクはそう言うと、目を擦った。
素直でない彼の行動に、カンナは少しだけ笑った。
するとそこへ、ファラゼロがやって来た。
ルスタと激戦を繰り広げたのか、顔や腕には細かい傷がついていた。
「ファラゼロ様!ご無事でしたか!」
嬉しそうに、カンナがファラゼロに近付いていった。
「あぁ…うまく退けられたが……代償が大きいな」
ファラゼロはそう言うと、上の空のキラウェルを見つめる。
「ファラゼロ様…魔法はもう使いこなせているのですか?」
これはガクだ。
「だいぶ慣れてはきているかな…親父程ではないけどな」
苦笑しながら、ファラゼロは言った。
ブラウン家は、先祖代々ある魔法を継承してきた。
その魔法こそが、希少系魔法の一つである、“召喚の魔法”である。
この魔法は、ブラウン家の当主にしか扱えないとされており、つい最近になり、ファラゼロは父であるファルドから、魔法を継承したばかりだった。
そして神様のいたずらか、因縁関係にある“フェニックスの魔法[不完全]”と“召喚の魔法”が身近にいる。
これがこの先…何をもたらすかはわからないが。
「この魔法は“召喚法”を主に使うから、結構コントロールが難しくてな…使いすぎると、暴走するときがあるんだ」
ファラゼロはそう言うと、自分の右手の甲を見つめた。
そこには、門のような模様があった。
この模様こそが、“召喚の魔法”の魔法陣である。
「“召喚法”…ですか」
「あぁ…異界のものを喚び出す術のことさ。親父も使っていたし、俺も早く慣れないとな」
ファラゼロはそう言うと、まだ上の空のキラウェルに近付いていった。
「キラウェルさん…」
優しい口調で、キラウェルに話しかけるファラゼロ。
「……ファラゼロさん」
漸くこちらを見たキラウェル。
「…落ち着きましたか?」
「…はい」
「そうですか…」
ファラゼロはそう言うと、キラウェルの隣にあった岩に腰掛ける。
「……俺、ブラウン家の当主の座を引き継ぎました」
ファラゼロのこの言葉に、キラウェルは驚いて彼を見つめる。
「この魔法が…その証です」
ファラゼロはそう言うと、キラウェルに自分の右手の甲を見せた。
「これは…“召喚の魔法”ですか?」
「そうです」
「…………」
キラウェルは黙ると、ライのかんざしを見つめる。
「ファラゼロさん…私は……周りの人たちを、悲しませることしか出来ない人なのでしょうか?」
キラウェルのこの言葉に、ファラゼロは驚きを隠せない。
「それは…何故です?」
「……私と関わった人たちが、傷つけられたり…殺されたりしているからです。みんな……私のせいなんです」
キラウェルはそう言うと、俯いてしまった。
「そんなことはありません!考えすぎです!」
ファラゼロはそう言うが、キラウェルはとまらない。
「なら…何故なんですか!?なぜ関係の無い人たちまで傷つけられなければならないんですか!?もう…私は耐えられない!!」
泣きながらそう言うキラウェル。
その様子を見つめていたファラゼロは、遂に言葉を失った。
思い返せば、キラウェルと親しい関係にあった人たちは皆、確かに傷つけられたり、殺されたりしていた。
どれも、キラウェルが巻き込んでしまっているのは事実であった。
しかしファラゼロは、これだけは胸を張って言えた。
「失ったものばかりを数えないでください!“今”を生きる貴女が悲しんでいたら…貴女を守ろうと必死に闘った人たちはどうなるんです!?」
「あっ……」
ファラゼロの言葉に、キラウェルはハッとした表情になった。
「貴女がここまで生きてきて、目の当たりにしたことは全て…失っていくものばかりでしたか!?」
ファラゼロにそう諭され、キラウェルは思い返してみる。
失ったものは確かにある…しかし、得たものもあると気付く。
それは、何事にも立ち向かう…最強の武器であった。
「……皆さんから、“勇気”を……もらいました」
キラウェルのこの言葉を聞き、ファラゼロは安堵した。
「そうです。キラウェルさん…貴女はこの旅の中で、“勇気”という最強の武器をいただいた筈です。その事はだけは忘れないでください…例え、自分が無力だと痛感してもです」
ファラゼロのこの言葉に、キラウェルは無言で頷いた。
時間は過ぎていき、すっかり夜になってしまった。
あんな悲しい出来事があったため、ファラゼロとカンナは、彼女のそばにいたガクと共に、暫くの間キラウェルのそばにいようと決めた。
ライを喪ったキラウェルは、顔には出さないが悲しんでいた。しかし、時折悲しそうな表情をするため、三人は気が気でなかった。
無言のまま夕食を済ませ、野宿することに。
寝袋にくるまっていたキラウェルは寝付けず、一人であの拓けた竹林に近づいた。
「ライさん……本当にごめんなさい。そして、沢山の勇気をありがとう…」
キラウェルはそう言うと、その場に生えていた可憐な花を摘み、建てたばかりのライの墓に供えた。
そして…手を合わせた。
『キラウェル…俺もいいか?』
いつの間にか、不死鳥がそばにいた。
「うん…」
キラウェルがそう言って頷くと、不死鳥は予め持っていた木の実がある枝を、ライの墓に供えた。
『この娘は、本当に勇敢だったな…』
不死鳥はそう言うと、キラウェルの右肩にとまった。
「私の母さんみたいに…私を必死になって守ろうとしてくれた」
『あぁ…』
しかしキラウェルは、不完全な魔法のせいで、自分が何も出来ない…目の前の人でさえも救えない…無力な人間だと痛感していたため、不死鳥に思いをぶつけることにした。
「この一件で…自分は無力なんだと、改めて思い知らされたよ」
『そんなことは…』
不死鳥がそう言いかけたが………
「もう…逃げるだけの人生は嫌なんだよ!護られているだけの人生も嫌なんだよ!皆を護れるくらいに…私自身が強くならなくちゃ…意味がないんだよ!!」
キラウェルは、そう言って不死鳥の言葉を遮った。
『…………』
キラウェルの思いを聞いた不死鳥は、言葉を失った。
「不死鳥…私は決めたよ。もう誰も失いたくないから…私の非力のせいで、人が死ぬのは見たくないから……だから私は、もっともっと自分を鍛える!」
そう言ったキラウェルの表情は、とても力強かった。
『そうか…お前が決めたことだ。最後までやり遂げろよ?』
「もちろん」
キラウェルのこの言葉を聞いた不死鳥は、無言で彼女の背中に戻っていった。
その表情は、穏やかに見えた。
もう…誰も失わない。決して…絶対に。
キラウェルは、もう一度強くそう決意し、寝袋に戻っていった。
ー翌朝ー
朝食を済ませたキラウェルは、武術に長けているカンナにあるお願いをするため、彼女に話しかけていた。
「え!?正気ですか!?」
案の定…カンナは驚きの声をあげた。
「お願いします!」
キラウェルはそう言いながら、頭を下げた。
「でも……」
困惑しているカンナは、返答の言葉が出てこない。
「お願いします!」
もう一度、キラウェルは頭を下げたまま言った。
「わかりました…その代わり、厳しいですよ?」
「あ…ありがとうございます!!」
こうして、キラウェルの修行が始まったのである。
カンナが言った通り、彼女の修行はとても厳しかった。
その光景を見ていたファラゼロが、開いた口が塞がらなかった程だ。
「また目を逸らした!敵から目を逸らさない!」
「は…はい!」
「はい!もう一回!」
頑丈な木の枝を使い、カンナはキラウェルに剣術を教えていた。
実はカンナは、武術だけでなく、剣術にも長けていたのである。
「遅い!もっと早く!」
「…………」
無言で打ちまくるキラウェルだが、疲れてきたのか、動きを止める。すると……
「がら空きよ!」
カンナはそう言いながら、キラウェルの頭にチョップをかます。
「実際の戦いなら…キラウェルさんはもう死んでいてもおかしくありません!強くなりたいなら…諦めないで立ち向かってきてください!」
カンナの言葉に火がついたのか、キラウェルの動きが速くなった。
「そうです!その調子!」
カンナは、嬉しそうに言った。
暫くの間、木の枝がぶつかり合う音が響いた。
そして……
「よし…ここまで!休憩したら、今度は武術を教えますね」
「はい!」
カンナとキラウェルの修行は、一度中断された。
ガクが紅茶を淹れてくれ、お菓子などを用意していたテーブルに置く。
ファラゼロはというと、ライの墓の前にいた。
どうやら、用意したお菓子を供えに行っているようだ。
「さあキラウェルさん…体力を回復しましょ?疲れたら、休むのが一番です」
「はい!」
川で顔を洗っていたキラウェルは、嬉しそうに言った。
「カンナ!キラウェルさん!紅茶を淹れましたよ!」
ガクが、二人を呼んだ。
「今行くから!ファラゼロ様も行きましょう!」
「わかった」
ライの墓の前にいたファラゼロは、こちらへ向かってくる。
キラウェルも、二人のあとを追おうとするが……。
「あ……あ…れ……?」
キラウェルの視界が突然暗くなり、反転した。
何かが倒れる音がしたため、ファラゼロは振り返った。
目に飛び込んできたのは…倒れているキラウェルの姿だった。
「キ…キラウェルさん!?」
慌てて駆け寄るファラゼロ。
どうやら彼女は、気を失ってしまったようだ。
「キラウェルさん!しっかりしてください!!」
ファラゼロはそう言いながら、彼女を助け起こす。
騒ぎに気付いたガクとカンナも、慌てて駆け寄ってきていた。
「ガク!キラウェルさんを安静な場所へ!!」
「はい!」
ガクに抱き抱えられたキラウェルは、眠っているかのようだ。
小屋を発見したカンナが指をさして誘導する。
猛ダッシュするガク。
そしてファラゼロは、キラウェルの身に何が起こったのか…このあと、思い知ることになる…。