第10話「思い出と絶望」
―翌日―
~ブラウン家の屋敷~
気持ちよく目覚めたファラゼロは、朝食を食べるためにリビングへ向かう。
ファルドは既に食べ終わっているのか、姿がなかった。
「ファラゼロ様、こんにちは」
カンナが、笑顔で言った。
「こんにちは??…朝じゃないのか?」
「何を言っているんですか?もう昼になりますよ?」
少しだけ呆れているカンナ。
「え!?」
ファラゼロは驚いて時計を見る。時刻は12時になろうとしていた。
「寝過ぎはよくありませんよ?」
カンナはそう言うと、水の入ったコップをファラゼロに渡す。
「あ…あぁ、ありがとう」
ファラゼロはそう言うと、水を飲む。
するとそこへ、ファルドがやって来た。
彼はどこかへ行っていたのか、何やら紙袋を持っていた。
カンナはファルドに気づき、紙袋を受けとる。
「ファルド様…おかえりなさいませ」
「あぁ、ただいま。……何だファラゼロ、今起きたのか?」
カンナに紙袋を渡したファルドは、今起きた息子に気づいたのか、呆れている。
「……ごめん」
何も言い訳出来ないファラゼロ。
「全く…次期当主たる者、しっかりしろ」
「…はい」
ファルドは特等席に座ると、ふとカレンダーを見つめる。
「ファラゼロ…今日は空いてるか?」
「今日か?…予定ないぜ」
「月命日だからな…行くか、二人で」
このファルドの一言で、ファラゼロは何かに気付く。
そして、慌てて自室へ戻っていく。
暫くして戻ってきた彼の手には、花束が握られていた。
「覚えていたのか」
ファルドはそう言うと、少しだけ微笑む。
「当たり前じゃないか。ご飯食べたら行こうぜ」
「わかった」
その様子を見ていたカンナは、嬉しそうに微笑む。
昼食を食べ終わったファラゼロとファルドは、墓地を目指して歩いていた。
木が立ち並ぶ街道を歩く二人だが、なぜか周囲を気にしている。
暫くして、目的地である墓地が見えてきた。
「何だカンナのやつ…手入れしていたのか」
ファラゼロは、ある一つの墓石を見つめて言った。
その墓石には、「レイア・ブラウン」の文字が刻まれている。
「すまんなレイア…命日は来れそうもないから、月命日で我慢してくれ」
ファルドは墓石にそう言うと、ファラゼロが持っていた花束を供えた。
「親父はさ…母さんが生きていたら、俺が家を継ぐことを反対したかと思うか?」
墓石を見つめながら、ファラゼロは言った。
「しないな」
何と、即座にそう言ったファルド。
「え!?」
あまりの即答に、ファラゼロは驚く。
「生前レイアは言っていた…早く大きくなって、家を継いでほしい…とな」
「母さん…そんなこと言っていたんだ」
懐かしそうな二人に、そよ風がふく。
雲が流れ、葉が擦れる音がする。
ファラゼロは風にあたり、気持ち良さそうに背伸びをする。
「さて…そろそろ行くか」
「わかった」
ファルドとファラゼロは、墓地を後にした。
その頃キラウェルは、ハンスケの離れでピアス作りをしていた。
彼女の手は傷だらけで、所々に絆創膏が貼られている。
「あとはこうして……出来たー!!」
キラウェルは、歓喜をあげる。
『ピアス…二個作ったのか』
不死鳥が、出来上がったばかりのピアスを見て言った。
「うん!でもお陰で手が絆創膏だらけ…」
キラウェルはそう言って、不死鳥に両手を見せる。
『手作り感があっていいじゃないか』
不死鳥はそう言うと、キラウェルの右肩にとまる。
「早く10日にならないかな~」
キラウェルはそう言いながら、カレンダーを見つめる。
『あと3日の辛抱だ…そう焦るな』
そんなキラウェルを見て、不死鳥は呆れている。
「母さんがいたら…きっと自分のことの様に喜んだだろうな~」
ふとキラウェルは、母・レイウェアを思い出す。
『ん?レイウェアにも何か贈ったことがあるのか?』
「誕生日プレゼントにね、シュシュを贈ったことがあるの」
『手作りか?』
「うん、でも…ちょっと歪な形になっちゃったけどね」
キラウェルはそう言うと、苦笑いする。
『レイウェアは喜んだか?』
「うん、そりゃあもう凄く喜んでたよ」
そう言ってキラウェルは、レイウェアとの思い出に思いを馳せる。
レイウェアの誕生日、キラウェルは手作りのシュシュをプレゼントした。
彼女は涙を流して喜び、キラウェルに抱き着いた。
そばにいた父親のロイまで、一緒になって喜んだくらいだ。
あの時の幸せは、脳裏に焼きついている。
「今となっては…思い出だけどね」
キラウェルはそう言うと、自分の掌を見つめる。
レイウェアに最後に会ったあの日、母と抱き合ったあの温もりが、今も残っている。
『レイウェアを助けるのか?』
「もちろん…何が何でも助け出してみせる!」
不死鳥の問いに、キラウェルが意気込んだ…その時だった。
―きゃああああああ!!―
―逃げろー!!逃げるんだ!!―
何やら外が騒がしい。
所々で悲鳴と怒号が聞こえ、子供の泣き声まで聞こえる。
「なに!?」
『外だな…何かあったのか?』
キラウェルは、離れの窓から外の様子を窺う。
「なっ………何これ!?」
『どうした!?』
キラウェルの叫びに、不死鳥も一緒になって外を窺う。
外は火の海と化し、家屋が次々と燃えていた。
シャンクス一族が滅んだ時と同じ光景に、不死鳥は言葉を失う。
「不死鳥…私は外に出るから、貴方は私の背中に戻って!!」
『わかった…無理だけはするなよ』
キラウェルに言われ、不死鳥は素直に彼女の背中へと戻っていく。
不死鳥が戻ったのを確認してから、キラウェルは外へと飛び出した。
離れから出たキラウェルは、真っ先にガクとライの家へと向かった。
辺りは火の海のため、暑さが直に伝わってくる。
「ちょっと待って…私たちのときよりも、火の回りが早すぎる!!」
辺りを見渡しながら、キラウェルは言った。
二人の家までもう少しというところで、キラウェルの視界にある人物が入った。
その人物は、あの悲劇の日にもいた人物だ。
「あれは…グラディス…!!」
キラウェルはそう言うと、走るのをやめる。
見つかってしまってはまずい…。
そう思ったキラウェルは、遠回りになるが別の道から二人の家を目指すことにした。
「私が見た感じ…グラディスと数人の部下たちだけだった…。母さんを捕らえたファルドはあの場には居ない…どうして?」
再び走り出したキラウェルは、グラディスを見つめながら言った。
そして、ガクとライ…ハンスケたちの無事を祈りながら、キラウェルは走り続けた。
しかし…。
「止まれ…レイウェアの娘よ」
「!!」
後ろから聞こえた声に驚き、キラウェルは思わず走るのをやめてしまう。
そして、ゆっくりと声がした方へ振り返った。
「あんたは……ルスタ!!」
「ほぅ…俺の顔を覚えているのか?」
「当たり前よ…私に懸賞金掛けた人だからね…!!」
自分を睨み付けるキラウェルに、ルスタは鼻で笑う。
「ならば…この俺を倒してみるか?未熟者のお主に、俺は倒せないと思うがな」
ルスタはそう言うと、勝ち誇ったように笑った。
その笑い方が…キラウェルはファルドの笑い方と同じだと思った。
逃亡したあの日、不死鳥を通して聞いた…あの笑い方に。
そして何より彼は、キラウェルが魔法を使えない事を知っているようだった。
更にわをかけて、キラウェルに見せたあの自信ありげな態度は、よりいっそうキラウェルの怒りを煽る。
「ルスタ……貴様……!!」
キラウェルは悔しくて、この言葉しかでない。
怒りが心を支配し、どす黒い感情が全身を覆っていく。
キラウェルが何か言おうとした…その時だった。
「キラウェルさんから離れて!!!」
この言葉と同時に、どこからかクナイが飛んできた。
ルスタは持っていた剣で、クナイをはらった。
「このクナイ……ライだな」
「!?」
キラウェルが驚いているとき、ライが姿を現した。
「ルスタ…貴様どういうつもりだ!何が目的だ!?」
怒りを露にしたライは、新たなクナイを握りしめている。
「キラウェル・J・シャンクスの…抹殺だ」
「何だと!?」
「…………!!」
ルスタの発言に、更に怒りを露にするライと、無言の叫びを上げるキラウェル。
「そんな事……させるか!!」
ライはそう叫ぶと、ルスタへ向かっていく。
「はああああ!!」
「……遅いな」
ライの攻撃をかわしたルスタは、拳に力を溜め込む。
すると…ルスタの拳が焔に包まれる。
「あいつ……魔法所持者だったのか!」
キラウェルは驚いた。
「死ね……爆裂拳!!」
ルスタはそう叫びながら、焔に包まれた拳をライのみぞおちにぶつける。
「くっ……か……!」
「ライさん!!」
悶絶するライだが、ルスタは次の攻撃にかかろうとしている。
「地底噴火!!」
ルスタがそう叫ぶと、地面から噴火したようにマグマが溢れだし、ライに襲いかかる。
「ライさん!逃げて!!」
キラウェルはあらんかぎりの声で叫ぶが、ライは逃げられないのか微動だにしない。
そうしている間にも、マグマがライへ迫っていた。
「くっ……!」
キラウェルはたまらず、魔法を発動させようとする。
『やめろキラウェル!!』
尽かさず、背中から不死鳥の檄が飛ぶ。
「!!」
キラウェルが止まる。
『今ここで魔法を発動させてみろ!レイウェアは再び苦しむ事になるぞ!お前にだって…何が起こるかわからんのだぞ!?』
「………っ!!」
不死鳥の檄に、キラウェルは発動しかけた魔法をとめる。
「どうした?発動せんのか?」
挑発するかのように、ルスタがキラウェルに向かって言う。
出来るわけがない…母をもう一度苦しめるなど。
自分が魔法を使えば使うほど、母は命を削られているということ…そうまでして、魔法を発動させることは鬼であった。
キラウェルは改めて、自分の無力を思い知るのであった。
守られている自分…誰かに守られていないと、生きていけない自分。
次第にキラウェルは、自分自身とルスタへの怒りが込み上げ、身体を震わせる。
「さあ…死ね!!」
ルスタがそう叫んだ時だった。
「死ぬわけにはいかない!!」
突然ライがそう叫び、ルスタが放った技をかわすと、彼女は思いっきりルスタを蹴り飛ばした。
「キラウェルさん逃げて!走って逃げて!!」
あらんかぎりの声で叫ぶライ。
「で……でもっ!!」
躊躇うキラウェル。
「いいから早く!」
ライが叫ぶ。
「私は……もう人が傷つけられていくのは見たくないし、それを見過ごす生き方もしたくない!!」
キラウェルは、涙ながらに叫ぶ。
「キラウェルさん…」
ライは、それ以上言えなくなってしまった。
その時、ルスタの部下と思われる男が、剣を片手にキラウェルの背後に迫っていた。
彼は気配を消しているのだろうか…キラウェルは気付いていない。
「っ!危ない!!!」
ライはそう叫びながら走り出した。
「えっ……?」
キラウェルは思わず、後ろを振り返った。
あの男が今まさに、剣を振り下ろそうとしていた。
恐怖のあまり、動けないキラウェル。
そして、キラウェルが強く目をつぶった…その時だった。
「うっ……!」
誰かの短い呻き声が聴こえてきた。
恐る恐る、キラウェルは瞑っていた瞼を開ける。
そして…彼女の目に真っ先に飛び込んできたのは………
腹を刺され、血だらけのライの姿だった。
「ライさん!!!」
泣きながらキラウェルが叫ぶ。
男が剣を抜くと同時に、ライはその場に倒れてこんでしまった。
尽かさずキラウェルが、彼女のもとへ駆け寄る。
「ライさん…!ライさん!しっかりしてください!!」
大粒の涙を流しながら、キラウェルは必死にライの身体を揺する。
しかし、ライは瞼を開けようとしない。
「いや……死んじゃいやーーー!!」
あらんかぎりの声で、キラウェルが叫ぶ。
「とどめだ……」
ルスタがそう言って、新たな技を発動しようとしたときだった。
「やめろ!!!」
ファラゼロが叫びながら、ルスタを蹴り飛ばした。
「なに!?」
予想外の出来事に、ルスタは驚く。
「ガク!ライを抱えて早く脱出しろ!カンナはキラウェルさんを連れていってくれ!」
ファラゼロは、すぐ後ろにいたガクとカンナに指示した。
ガクとカンナは頷くと、気を失ったライと憔悴しきったキラウェルを連れ、竹林へと消えていった。
この場所には…ファラゼロとルスタ、そして彼の部下と思われる男がいる。
長い沈黙が流れている。
「………ハンスケさんを殺したのは、お前か?ルスタ」
先に沈黙をやぶったのは…ファラゼロだった。
「ああ」
「……これは、親父の命令ではないな?」
「…………」
ファラゼロの問いに、ルスタは黙った。
「やっぱりな…親父が言っていたんだ、ルスタが危険な作戦を実行しているかもしれない…ってな!」
ファラゼロはそう言うと、手をかざした。
「悪く思わないでくれ…俺は正式にブラウン家の当主の座を引き継いだんだ。この“召喚の魔法”の力で…お前を捕らえる!!」
「やれるものなら…やってみろ!」
ルスタはそう言うと、右腕を焔に包ませる。
「出よ!ケルベロス!!」
「地底噴火!!」
ファラゼロとルスタは、それぞれ魔法を発動させた。
二つの力が…ぶつかり合おうとしていた。
その頃キラウェルは、ガクとカンナと共に、竹林の拓けた所にいた。
漸く落ち着いたのか、必死にライに声をかけていた。
そして…何度目かの呼び掛けの時、ライが瞼を開けた。
「キラウェル……さん…?」
弱々しい声で言うライ。
「ライさん!」
キラウェルの顔が明るくなる。
「ライ、しっかりしろ!今…手当てしてやるからな!」
そう言う兄の手を掴む、妹のライ。
「いいよ……兄…さん……手当て……しないで」
「バカ野郎!何言ってるんだお前は!」
ガクが怒鳴った。
「もう……いいよ……助からない命なんて……私は……いらない…」
ライはそう言うと、血の着いた手で自分のかんざしに触れる。
「ライちゃん…?」
カンナも、不思議そうにしている。
「キラウェルさん……これ……を」
ライはそう言うと、自分のかんざしをキラウェルに差し出す。
「ライ…さん?」
「私だと思って……使って……」
「ライ!バカなことを言うな!!」
ライの行動に、ガクは再び怒鳴った。
「1ヶ月……長いようで……短かったよね……」
「やめて……」
「私……キラウェルさんと……過ごせて…本当に…よかった」
「お願い!これ以上話さないで!」
ライのお別れともとれる言葉に、キラウェルは泣きながら叫んだ。
「キラウェル……さん……ありが……とう……」
ライはそう言うと、瞼を閉じた。
腕も力が抜けたようにずり落ち、彼女が握っていたかんざしが、力なく地面に落ちる。
「ライ……さん?」
キラウェルは、ライに呼び掛けたが、彼女は瞼を開けない。
「いや……いや……嫌だ!………うわあああああああ!!!」
冷たくなったライを抱き締め、キラウェルは泣き叫んだ。
「ライーーー!」
ガクも、泣きながら妹の死を悼んだ。
最期の最期まで、ライはキラウェルを護り通したのだ。
彼女の“ありがとう”という言葉が、キラウェルの耳に焼きついて離れない。
この一部始終を、ルスタたちをうまく退けたファラゼロは、遠くから見つめていた…。




