第9話「感謝を込めて」
あれから、1ヶ月が経った。
辺りには青々とした葉が生い茂り、夏が近づいていることを報せるかのような風景になっていた。
そしてここは、ガクとライの家である。
遊びに来ていたキラウェルは、何かを作り始めていた。
「キラウェルさん…一体何を作っているんですか?」
ライは、キラウェルに尋ねた。
「ピアスですよ」
キラウェルはそう言いながら、作業を進めていく。
「へえ~…誰かにプレゼントするんですか?」
「それは…秘密かな」
「ええー…つまんないな」
忍の隠れ里に、1ヶ月滞在しているキラウェルは、ここに住む忍やくの一たちとすっかり打ち解けていた。
その中でも一番仲良くしているのが、ガクの妹でもあるライである。
「あれ…上手く出来ない…」
キラウェルはそう言いながら、形を作ろうと必死に力を入れる。
「キラウェルさん、どうしました?」
測量の本を読んでいたガクが、顔をあげた。
「丸い形のピアスを作ろうと思ってるんですけど、上手く出来ないんです…」
キラウェルはそう言うと、ガクにピアス擬きを見せる。
「貸してみてください」
ガクにそう言われたため、キラウェルはピアス擬きを彼に渡した。
「ふんっ!」
ガクはそう言いながら、力をいれた。
すると、綺麗な丸の形になる。
「………」
キラウェルは、それを見て驚く。
「兄さんね、手先が器用なんです♪」
ライは、微笑みながら言った。
「そうだったんですか」
キラウェルは、感心したように言った。
「ライのかんざしも、俺の手作りですよ」
「え!?」
「そうなんです~♪」
ここでキラウェルは、あることを思い付く。
「あの…ガクさん、ピアス作れますか?」
「ピアス?…作れるけど、どうしてだい?」
「私に…綺麗なピアスの作り方を教えてください!!」
キラウェルはそう言いながら、勢いよく頭を下げた。
「えっ!?」
突然のキラウェルの申し出に、ガクは驚きを隠せない。
「私…どうしてもピアスを渡したい人がいるんです!だから…お願いします!!」
一度頭を上げ、そう言いながらまた頭を下げるキラウェル。
「……なるほど、そういう理由でしたか」
全てを察したのか、ガクは微笑みながら言った。
「わかりました。教えましょう」
「ありがとうございます!!」
ガクの言葉に、顔をあげたキラウェルは嬉しそうに言った。
―その日の夜―
夕飯を食べ終わったキラウェルは、ハンスケの離れでピアス作りを始めていた。
一通り作り方を教えられたキラウェルは、あとは一人でやるからと言い、こうして一人で作業を進めているのである。
灯籠がチリチリといい、炎を揺らす。
机の上には不死鳥がいて、ずっとキラウェルの作業を見守っている。
『誰に送るつもりだ?』
「内緒だよ」
『俺だけには、教えてくれてもいいんじゃないのか?』
不死鳥は、不機嫌そうに言った。
そんな不死鳥を見兼ねてか、キラウェルは作業を中断した。
そして、ハンスケの離れに掛けられたカレンダーを指差した。
「ファラゼロさんの誕生日…5月10日なんだ。だからそれまでには、何としてもこのピアスを完成させたいの」
キラウェルはそう言うと、再び作業を始めた。
『なるほど…そういう経緯だったのか』
キラウェルの説明に、納得した様子の不死鳥。
ことの始まりは、ガクとハンスケの会話だった。
偶然二人の会話を耳にしたキラウェルは、ファラゼロの誕生日をそこで初めて知ったのである。
日頃の感謝を込めて、彼女は手作りのピアスを贈ろうとしているのである。
『ピアスを選んだのには…やはりシャンクス一族の…』
不死鳥が何かを言いかけたところで、キラウェルは静かに!のポーズをした。
「そこから先は…言わないでほしいな。私から直接ファラゼロさんに言いたいから」
そう言いながら、キラウェルは作業を進める。
『…わかった。あまり無理するなよ』
不死鳥はそう言うと、先に布団へと飛んでいき、中に潜り込んでしまった。
キラウェルはそんな不死鳥を見て、フッと笑うのだった。
あれだけ言い合いしていたキラウェルと不死鳥だが、忍の隠れ里へ来てから、少しだけ仲良くなっていた。
…時折まだ口喧嘩する時はあるが。
ある程度作業を進めていたキラウェルだが、眠気には勝てない。
「ふあ~~…」
大きな欠伸をするキラウェル。
「夜も更けたし…中断して寝ようかな」
キラウェルはそう言うと、綺麗な入れ物に作りかけのピアスを入れた。
そして、キラウェルも布団へ入り、眠りについたのであった。
―ハンダル地方・ブラウン家の屋敷―
場所は変わり、ハンダル地方にあるブラウン家の屋敷の書斎である。
深夜だというのに、まだ起きている人物がいた。
「親父……まだ寝ねぇの?」
眠たそうに目を擦るファラゼロ。
「すまんなファラゼロ、起こしてしまったか」
ファルドはそう言うと、読んでいた本を閉じた。
「…?母さんの写真を眺めてたのか?」
「勝手に言ってろ」
「嘘つき。親父が今読んでいた本には…母さんの写真が挟んであるんだろ?」
不満そうに言うファラゼロ。
「……ファラゼロ、お前知っていたのか…?」
驚くファルド。
「何年親父の息子をやってると思ってんだよ。俺だって…それくらいわかってるさ」
ファラゼロはそう言うと、近くにあった椅子に座る。
「そういえばじいちゃん…長生きしたよな」
天井を見上げながら、ファラゼロが言った。
「あぁ…」
ファルドはそう言うと、再び本を開く。
この日の夕方に、ルクエルが亡くなったのである。
最期は、一家のしきたりを延々と語り、病室で息を引き取ったのである。
「あの人は頑固だったからな…しきたりが全てだと、考えていたようだ」
ファルドはそう言うと、本に挟んであった一枚の写真を取り出す。
「あれ…?親父が写真を取り出すなんて、珍しいな」
ファラゼロは、少しだけ驚く。
「そういう時もあるのだ…。愛しい妻を思い出す時がな」
ファルドはそう言うと、再び写真を眺める。
その写真には、可憐な女性と、幼い頃のファラゼロが写っていた。
「母さんから聞いたんだけどさ、親父の一目惚れだったって…本当か?」
「はっ!?」
ファラゼロの言葉に動揺したのか、持っていた写真を落とすファルド。
「親父…動揺しすぎ」
そんな父の姿を見たファラゼロは、笑いを堪えている。
慌てて写真を拾ったファルドは、からかう息子を睨む。
「ファラゼロ…父親をからかうのもいい加減にしろ」
ため息をついたファルドは、写真をファラゼロに渡す。
「懐かしいなー!中庭で親父が撮ってくれた写真だよな?」
「あぁ…レイアがどうしてもって言うのでな。記念に撮ったものだ」
レイアとは、ファルドの最愛の妻であり、そしてファラゼロの母親でもある女性だ。
二人が結婚した当初、周囲はファルドにはもったいないと言っていた。
周りに何と言われようがファルドは、妻と息子と幸せに暮らしていたのだ。
しかし…
「まさか…あんな事になろうとはな」
ファルドはそう言うと、左手の薬指につけたままの、結婚指輪を眺める。
「親父…」
ファラゼロはそう言うと、ファルドの右肩に手を置く。
「俺の母親は一人しかいないし、つーか二人目はいらない」
「当たり前なことを言うな。俺はレイア以外考えられん」
ファルドはそう言うと、扉へ向かう。
「親父、寝るのか?」
「もう遅いしな。ファラゼロも…早く寝ろよ」
ファルドはそう言うと、書斎を出ていった。
「母さん…若いな。当たり前か、俺が7歳の時に撮った写真だからな」
実はファラゼロは、7歳の時に見た母親で時が止まっているのである。
そのため、今現在の想像がつかない。
ふと時計を見たファラゼロは慌てだし、急いで自室へ戻っていった。
そして…しばらくして、夜が明けた。