あれもこれも、全部自分の為。
「三淵さん。」
空になった夕飯の食器を片していると、彼女が唐突に僕の名前を呼んだ。
「ん、何?」
「お願いがあるんです。」
「やだ。」
「……まだ何も言ってませんよ。」
「どうせ殺して下さいとかだろ。やだね。」
「違いますよ。ちょっと、その、体を洗いたいなと……」
「……あぁ。」
そっか、そういえば昨日も風呂に入れてなかったっけ。
死にたいくせにそういう事は気にするんだ。
あ、そういえば生きたがるように頑張ってるんだっけ?
やっと学習したんだ。
「風呂ねぇ……どうしよっか。」
「え……?」
「いや、手拘束したままだと体とか洗いにくそうだし。あ、じゃあ僕が洗ってあげようか?」
「け、結構です!縄を外してくれればそれでいいので。素っ裸で逃げようなんて思いませんから。」
「まぁ、それもそうだね。逃げるにしてもリビング通ってかないといけないしね。じゃあちょっと待ってて。」
よっこらせと立ち上がって、自室から小型ナイフを取り出す。
それを持って戻り、彼女の手首の拘束を解いた。
縄が取れた手首は、青紫色の跡がついていて痛々しかった。
「とりあえず今日はシャワーだけにして。お湯全然沸かしてないから。」
「あ、はい……ありがとうございます。」
「あー、着替えどうしよ。下着は今履いてるのにして。服は僕の貸すから。」
「はい……」
そう言ってクローゼットから着替えの服を持って戻ってくると、彼女は目を丸くしてぽかんとしていた。
「なに、その顔。」
「なんか……意外だったもので。」
「なにが?」
「こんなに親切にしてくれるとは、思わなかったので。」
「親切?別にそういうのであれこれしてる訳じゃないけど。汚い体のまま部屋の中出歩かれるのも嫌だし。」
「はぁ……そうですか。」
それに、本当に逃げる気なさそうだしさ。
拘束とった方がもっと生きがってくれそうだし。
えっとあとはタオル……
最後にタオルを渡して、風呂場へと案内した。
シャー、という水温が僅かに聞こえる。
別に、彼女のためとか、親切だからとか、そんな良心で色々やってるわけじゃない。
今の僕は自分を中心に全ての物事を考えている。
自己中で、自分勝手で、理不尽な人。
まるで、あいつらみたいに……
キュッと、シャワーの水が止まる音がする。
もうすぐ彼女が上がってくるだろう。
止めていた手を再び動かし、キーボードを叩く。
彼女には生きていて欲しいんだ。
僕が存分に世話を焼いてあげるから、せいぜい生に縋り付いててよ。
そんな君を殺せば、きっと満足出来ると思うから。
頭の中に浮かぶ、恐怖と懇願の表情。甲高い叫び声。
あの時の快感を思い返すと、身体が身震いする。
あー楽しみだ。
早く縋りついて来てくれないかなぁ。
そしてその彼女を蹴落とすんだ。
絶望に歪んだ顔をして、
床を這いずりながら逃げて、
壁に追いやった彼女を捕まえて、
最後にぐちゃっ、て……
ふふ、あいつみたいだ。
ガチャリと風呂場の扉が開く音を聞き、頭の中に浮かんだあいつの顔を消し去った。