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9 『攻略対象外』の苦悩!

「んーー……」

 風呂上がり。

 脱衣所の洗面台の鏡に映るのは、遠野エリの上裸体……。

 はっきりいって、ぺったんこである。

 どの程度をぺったんこというのか、正確な定義がわからないという人も多いと思われるので、別な言い方をしよう。

 アルファベット的にはA。

 見た目、なんか膨らんでる。

 触れば、ちょっとやわい。そんな感じだ。

 エリはむずかしい顔で、

「うーん、〝普通〟…………かぁ」

 自分の普通さを気にしている彼女だが、胸に関しては普通というより普通以下である。

「…………」

 彼女自身もそのことにじわりと気づいたようだ。

 一旦胸は諦め、今度は鏡に向かってへらっと笑う。

 まぁまぁ、笑顔は誰だってかわいいものである。

 しかし、CMで見るような芸能人のレベルでは決してない。

 逆にちょっとパーツが崩れていた方が、綺麗にまとまっている人より人気があったりするものだが、エリはむしろそのへんは整っているので、良くも悪くも埋もれる感じだ。

(あー……いそう)

 と、エリは考える。

(こういう子、〝主人公の友人その二〟とかで、映画、ドラマ、アニメ、漫画、小説……いたるところにいそう……)

 自分で思っちゃうぐらいだから、相当である。

 ちなみに、〝主人公の友人その一〟は、物語ラストで適当な男性キャラとくっついてたりする。

 しかし、〝その二〟は大抵の場合、あぶれる。

 十年後、

「桜子、トモヤ、久しぶり! 一美とヒロシも結婚したんだね、おめでとう!…………ん、わたし? わたしはいい人いないなー! まっ、仕事一筋かな! あはは、それじゃあねー!」

 これがエリである。

 二十年後は音信不通かもしれない。

 ……ぶるっ。

 寒気がした。裸でいすぎたためか。己の行く末に不安をおぼえたためか。

 鏡ばかり見て悲観してても仕方ない。とりあえず服を着ようか、と思った、

 そのとき、

 ガラガラガラガラ「おい遠野遅すぎないか。無駄なくスピーディに済ませるのが一番風呂の人間の責務だろ。女子だからとかいうわけわからん理由を呑んで僕が二番手に甘んじてやってるんだから、せめて誠意を見せろ」

「…………!!」

 恐らく、倉田蒼は、エリが浴室内にいると思ったのだろう。

 この長い文句をぶつけるには、廊下からでは遠すぎる。決して彼女の裸が見たいとかいう考えではないのだ。

 しかし別に、見てしまったからといって、それを気にするような人間でもなかった。

 悲鳴をあげる間もなくエリがとっさにとった行動は、脱衣所の隅に背中向きに屈み込むという哀れなもの。

 その光景を見て、彼は一言。

「そこはトイレじゃないんだけどな」

 デリカシーのかけらもない。

「で、でてって……」

 べつに特筆すべきこともない、平凡な女子高生の背中でエリが答える。

 倉田も人の心のない男ではない。同年代の男子にいきなり裸を見られた女子の心境は察せるし、言われなくても出ていくつもりだ。

 だがその前に、ひとつ言っておくことがあった。

「鏡見てニヤついてたけど、そんな面白いか? お前の体……」

 ガラガラガラガラ、ピシャ。

「…………」

 ……僕は面白くないんだが。という言外の言葉が、うずくまるエリの頭に反響する。

「………………う、ぅ、ぅ、ぅっさぃゎ」

 ぷるぷると肩を震わせて、——立ち上がる。

「うっさいわぁああ! 普通すぎて悪かったなちくしょおおおおおーー!!」

 胸、

 尻、

 脚、

 やっぱり普通である。



「ふう……。全然いい湯じゃなかった」

 頭をタオルで拭きながら四畳半部屋に入ってきた倉田。学校指定ジャージ上下といういつもの格好である。

「やっぱり風呂に浸からないとダメだな。この二十一世紀の文明の中にいながら冬場の風呂の恩恵にあずかれないとか、道理としておかしすぎる」

 ぶつぶつ呟いて、ベッドに腰掛ける。

 ベッドの隣には、無言で座って、足元を見つめるエリがいる。

 ——二人の部屋の浴槽と給湯器は、あの日の夕方に取り壊された。

 正確には、倉田蒼が()()()()から、業者(クラソー)が取り壊した。

 それはエリにとって、改めて、理解を超えた光景だった。

 以下がそのときの様子である。


***


 グアッシャアアアアア!!!

〝粉砕〟

〝消滅〟

 または〝蒸発〟

 どの表現でもおかしくはない。

 倉田の触れた浴槽と給湯器パネルが、その形を全く異のものにした。

 後に残ったのは細かなプラスチック片と、体育館のときと同じ光の残滓だけだった。

「…………すごい」

 うしろで見ていたエリは、感嘆するのみだった。

 その隣で、対爆スーツの富山隊長が言った。

「やはりこれは、〝力〟ですね。——〝アブサード・ブレイカー〟の……」

「そうか。自分でも薄々感じてはいたけどな」

 倉田は達観した様子で身を起こした。

(アブサード・ブレイカー…………?)

 聞きなれない言葉だ。エリは驚きのなか、倉田の顔を伺う。

 彼はどこかくらい目をして、エリを見つめ返してきた。

「富山、説明してやれ。僕からは……言いたくない」

「はっ」

 エリは少なからず動揺した。

 思えば、事態は何一つ解決していないも同然だ。

 一斉射撃の銃弾をも跳ね返す、未知の現象——X磁場。それがこの狭い敷地内で二つも……。だとすれば、世界中には相当数あることが容易に想像できる。

 そして、倉田蒼が、それを破壊する能力者——アブサード・ブレイカー……?

「先ほどの体育館でも説明した通り、坊ちゃんのこの力は天性のものです」

 富山はエリに向かって語り出した。

「アンチX磁場ともいうべき力……。当然ながら、我々は社をあげての研究対象としました。そして————」

 エリは足元がすくむ感覚をおぼえる。

「このアブサード・ブレイカーは————」

 現実が、崩れ去る。

 一変する。

 容赦のない運命に、飲まれる——


「現在、世界に約一億人います」


 ……。

 ……。

 ………………。

「い、……いちおく……」

 ついそう返してしまうが、

(……な、なんか、ちょっと多くない?)

 地球総人口が約七十億。

 約一・四パーセントの人間が、アブサード・ブレイカーという計算だ。

 百人中、一・四人がアブサード・ブレイカー。

 一クラスを四十名とすると、二クラスに一人がアブサード・ブレイカー。

 エリの学年は六クラスあるので、学年にはあと二人、アブサード・ブレイカーがいる計算になる。

「…………」

 想像していたのとは別の意味でエリが絶句していると、富山隊長はさらに続けた。

「X磁場というものは、一見非常に厄介な磁場なのですが、まぁ、その破壊特性を持った人が割と多くいることと、アメリカの調査機関がかなり昔から調査を行っていることでノウハウが普及していて、対策は容易なんです」

「……」

 しかし、そこでふと思い当たる。

「あれ、じ、じゃあ、なんでさっき銃を」

 効かないとわかっていて撃ったりしたの? と、

 エリは言いかけて、とっさに口をつぐんだ。

 目の前の人物の、何の含みもない真顔から、——全てを察してしまったのだ。

〝なんとなく、その方が盛り上がるでしょう?〟

 富山隊長の顔には、普通にそう書いてあった。

 なんというか、アブサード・ブレイカー云々よりずっと薄ら寒い事実だった。

「……あ、あれえ、なんか薄着しすぎたかな」とか言って足元がガタガタ震え出すエリ。

 そのとき富山隊長の携帯が鳴った。

「失礼」と言って彼は電話に出る。

「富山だ。ああ。


 …………何!? なんだって!?」


 突然声を荒らげる富山。エリはびくつきながらも、その反応に何らかのトラブルを想起した。

「〝マザー〟のX磁場が……。…………アメリカの調査機関が…………。各地で………………。そう、か……ッ……!」

(マザーのX磁場……)

 まさか、まさか……。エリの中で不安が増大していく。会話の断片と富山の様子から想像するしかないが、これは、

(強力なマザーX磁場が、暴走……。アメリカの大規模調査機関が、消滅……。各地のX磁場も、すべて、暴走……)

 間違いなかった。通話を終えた富山の顔は、ひどく青ざめていた。

「はあっ、はあっ……!」

 エリの息は荒くなる。

 迫りくる事態への、覚悟を形づくるように。

 そう、彼女は、〝覚悟ができる者〟。

 どこにでもいる普通の少女……しかしそれゆえに、状況が困難なほど強くなれる、真の心の強さを持った者。

 息を吸って、数秒前とは違う輝きがエリの目に宿ったとき、富山は言った。


「たった今、全てのX磁場の母体である、マザー磁場が消滅しました。アメリカの調査機関がちょっと激しく攻撃したところ、簡単にいけたそうです」


「…………」

 んっ?

 エリは例によって咄嗟には理解できない。


「世界中のX磁場も、それに伴い消滅します。いやあ、よかったですね坊ちゃん。面倒が減って」


 倉田は腕組みして眠りかぶっている。

 アブサード・ブレイカーとか諸々を、自分の口から説明するのが面倒だっただけの人である。

「え、えーと……。つまり何……。X磁場騒動は終わったの……。ほとんど何も起こらないうちに……」

 聡明な読者諸君はもうこのパターンには飽き飽きしている頃だと思うが、エリは今回もまた騙された。持ち上げられて、落とされた。

 女子高生、遠野エリ————全知全能の筆者()から言わせてもらえば、彼女は確かに、類稀な環境適応の資質を持っている。

 仮にこの場で、地球が宇宙人の侵略にあったとしよう。すると彼女は、一先ずは自身の生命を優先させるために逃げ出し、どこそこに隠れながら宇宙人の生態を観察する。逃げ惑う人々が理不尽に虐殺されるのを見て恐怖しながらも、心の一部では冷静に状況を眺めている。

 しかし、小さな女の子が宇宙人の手にかかろうかという場面を目撃し、いてもたってもいられず飛び出してしまう。

「い、いやいやいや、それはまずいと思いますよぉ……! さすがに、小さい女の子は、ねえ……?」

 そんな感じで無謀な説得にかかる。周囲に隠れていた誰もが

(だめだ、殺される……!!)

 と思った瞬間、

 するりと宇宙人の後ろに回り込み、光線銃を奪い取るのだ。そのまま何のためらいもなしにトリガーを引き、宇宙人を潰れたトマトのような姿に変えてしまう。

 宇宙人が「なんだ、普通の女か」と油断をした、時間に直せば僅か〇・一秒の隙をついた行動である。これが屈強な男であれば同じようにはいかない。つまり彼女が自身の容姿がもたらす効果を把握して、それを最大限に利用したということになる。さらに解説を加えればこの宇宙人は一つ目宇宙人であり、視野の狭さを突いた攻略でもある。

 ここでの勝利を足がかりに彼女は生き残った地球人たちを率いて猛反撃を起こすのだが、最初の逃走からここまでが全て無意識の行動だ。

 それだけのポテンシャルを秘めていながら彼女が普通に甘んじている理由。それは紛れもなく、現実が平凡だからである。地球レベルの危機なんてそうそう起きやしない。危機が起きなければあの漫画の主人公も映画のヒーローも言っちゃ悪いがなかなかのクズである。つまり世の中って、そういうものなのだ。


***


 長い長い回想から戻ってきて、学生寮の四畳半部屋。倉田蒼の風呂に対する愚痴の隣で、エリは自身の足元を見つめながら考える。

(普通。……普通。)

(わたしの身の回りに何も起こらないのは、わたしが普通なせい……)

 実際は環境要因が九十九パーセントなのだが。

(変わろう……。普通を脱出しよう)

 エリはすっと立ち上がる。


「わたしは変わる! もう普通女だなんて言わせない! そして——、彼氏をつくって、幸せな結婚をする!!」


〝主人公の友人その二は結婚できない〟法則……。

「おお……?」と、倉田が少し驚くほど、

 何気に恋愛危機感を持っていたエリだった。

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