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8 不条理を破壊せよ!

 フリースロー三球勝負。

 一球目、先攻、倉田、×。後攻、流奈、×。

 二球目、先攻、倉田、×——


 流奈は若干ではあるが、平静を取り戻していた。

 チャンスのありがたみもクソもなく二球目を速攻外した倉田の姿には、さすがに安堵せざるを得なかったのだ。

 ——大丈夫。勝負には勝てる。

 フォームが凄まじいだけの素人が相手だ。一球でも入れられれば、こちらの勝ちは間違いない。

「フゥゥ……」

 息を吐き終わると同時、流奈はジャンプする。

 手の中のバスケットボールが、何千回と投げた感触と全く同じ余韻を残して宙へと飛び立つ。

 平静を保っても、平常ではない。微かな動揺は心の中にあった。

 それでもボールだけは、これまで何千回と描いたコースでゴールへと向かった。


 ガコンッ!


「…………!」

 真っ白になる流奈の周囲で、ざわめきは肥大する。

「今の、絶対に入ってた」

「なんで……?」

「委員長が緊張で変な回転かけたとか……」

「まさか……」

 もはや違和しかない。エリも、状況そのものに疑念が湧いていたが、それよりも友人が気がかりだった。

 エリは、フリースローラインの彼女の元へと駆け寄った。

「流奈っ……」


「あばっ。。。あべあば……。あぼぼばぼばへばば。。」


 流奈は、女子……いや、人としてどうかというレベルまで崩壊していた。

 今年受験の諸君。また、何か大きなことに挑戦しようとしている君。あまり、気張りすぎないようにしよう。彼女のようになっては、元も子もない。

「あぼろぼぼ。あばば。あぷあぷあぷぷ……。。。」

「流奈、流奈っ! しっかりして……っ……!」

 ちょっと描写が難しいくらい面白い顔をしているので、エリは心配しながらも軽く吹き出してしまう。

「もう勝負はお開きでいいんじゃないか」

 と言いながらも倉田は、またもや神がかったドリブルパフォーマンスで場を湧かせにかかる。

 しかしそのすぐ隣には、あぱぱ。。。状態の流奈がいるので、周囲はどう反応していいかわからず、カオスな雰囲気がたちこめた。

「シュッ——」

 掛け声も含めて最高に格好いい倉田のシュート。


 ガコンッ!


「もういいよ、倉田くん! 今は流奈を元に戻さなきゃ……!」

 結果を見もせずに、エリはキモい痙攣をする友人を支えて叫ぶ。

 またもリングに跳ね返され、転がったボール。それを手にとって、

「…………」

 倉田は沈黙する。

「委員長ぉ!」

「委員長!」

 津田が、クラスメイトたちが、何かの禁断症状でもあり得ない奇抜な動きをする流奈を見かねて、ついにコート内に駆け寄った。


「あっ——!」


 誰かのあげた声で、場は一転、静まり返った。

 全員が一斉に注目した先には、

「あぱ、あぱぱ。。、」

 あぱぱ流奈が、ボールを手にしていたのだ。

「無茶だ!」

「もうやめて、委員長!」

 止める声もむなしく、

「あぱ――」

 流奈は、後期ピカソばりの変なバランスでシュートを放った。

 しかし、それすらも――、

 本日見せた、五本のシュートと――、

 まったく同じ軌道――

 これはもはや――

(天才……!)

 涙する者、多数。

 崩れ落ちる者、多数。

 そして、全員が奇跡を確信した。

 今、この瞬間に起きずして、いつそれが起きよう。

 まさに神の采配。決められた運命。

 入る。絶対入る! これで入らなきゃ嘘だ! これで入らなきゃ、何のための物理法則だ! ニュートンは何のために生まれてきたんだ! そう――、


 これで入らなきゃ、あらゆる常識が覆ったっておかしくない!!



 ガコンッ。



 ……。

 ……。

 …………。

「…………」

「…………」

「…………」

 …………。

 …………。

 ……とりあえず、佐山流奈は、生きながらにして火葬後の骨みたいになった。(どんな状態だろう? 想像してみよう!)

 周囲は、突きつけられた現実に、ただ呆然とするのみだった。

「…………おかしい」

 やがて、エリが口を開いた。

 その目は、わずかに上方を見やる。

 同じように、全員の疑念が、地上三メートルのゴールリングに集中した。

「ちょっといいか……?」

 断りを入れようにも、当事者は骨になっているので無意味なのだが、津田が前に進み出て床からボールを拾い上げた。

 そしてフリースローラインを超え、軽くドリブルののちジャンプ。

 いわゆる〝置いてくる〟シュート――、『レイアップシュート』を繰り出した。


 ——ガコンッ!


「!!」

 ボールは、

 ()()()()

 それは大きな放物線を描き、コート端に落下した。

 津田の着地点から、優に十メートル離れた位置だった。

「つ……ツスゥー田くん、バスケ、できるんだね。————じゃなくて、」

 数秒見惚れていたエリが、首を振って叫んだ。

「物理的におかしいよ、今の! なんであんなに軽く入れようとして、勢いよく弾かれるの!?」

「だよな……」

 彼としては名前の部分から訂正してほしかったところだが、とにかく同意する。シュートした本人が感じた違和は、見ていた人間の比じゃない。

 津田に続いて、クラスメイトたちが各々ボールを手にし、シュートをしはじめた。

 ガコン!

 ゴガン!

 バチィィィン!

 そのいずれもがリングに弾かれた。コート上はいつのまにか、外れたボールだらけになっていた。

「絶対おかしいぞ……」

「つーか、何だよ最後の音。明らかにゴールがボールを拒絶してるじゃねーか」

 ざわめきが渦を巻く。場は混沌に支配される。

 誰もが、この異常を、異常として認識しはじめる——


エックス磁場」


 その声は、このざわめきの中で不思議とよく通った。

 声の主は、全員の視線を引きつけた。

 倉田だ。

 耳に当てていた携帯を下ろしながら、まるでひとり言のように言う。

「……Xは〝未知〟を意味する。その名の通りの、未知の磁場だ。僕の親の会社でも手を焼いている現象で——」

「ちょ、ちょっと待って!」

 慌ててエリが止めに入った。

 とりあえず一息吸って、心を落ち着けて、そして周りも同じようにしたことを確認してから続ける。

「これ…………倉田くん、説明がつけられるってこと?」

「説明も何も、X磁場だし」

「だからそんな磁場聞いたことないし!」

 当然のごとく言う倉田に、つい取り乱してしまう。

「というか、説明ができないから未知の磁場なんだけどな。面倒なんだよ、これが出ると。昨日の風呂は結局、取り壊すことになりそうだし」

「え……え……?」

 風呂? まさか浴槽?

 あの湯量がどう頑張っても増えない浴槽も、そのX磁場のせいだった……? エリはいきなり横から頭をぶん殴られた気分だったが、いきなりのことすぎて何も聞き返せない。

 と、そのとき、どこからともなく車両の走行音——それも明らかに猛スピードの爆走音が近づいてきた。

 ドガッシャアアアアアン!!

 ノンストップで体育館扉を突き破ったのは、自衛隊が使うような装甲車両だ。しかし、全面青のペインティングがされ、ボディにはこう書かれている。


『KURASO』


「っうええええええぇーー!? クラソぉぉおおおーー!!?」

 エリは半ばトラウマ気味に絶叫した。

 舞い上がる粉塵の中、青の対爆スーツの男達が次々に車両を飛び出す。あっという間にクラスメイトたちを押しのけて、バスケットゴールを包囲した。

「ちょっ、この人たち……」

 ごついスーツと壁に挟まれたエリの目に映るのは、彼らの手にした、黒光りする三十センチ長の物体——

(銃持ってるううううぅぅ!!)

「磁場強さ、五十五エルステッドを指示」

「あのバスケットゴールで間違いない」

 パニックを起こすエリの前で、こもった声のやりとりが行われる。

 後に喋った一人が前に出た。周囲に注意を向け、仰ぐようなハンドサイン。

(え…………。〝全員〟?)

 次に、指でピストルを作って、ゴールを指す合図。これはエリもすぐにわかった。

〝撃て〟だ。

 館内の音がすべて消しとぶような錯覚。部隊一斉の射撃音は凄まじい衝撃をもたらした。

 途端、うずくまるエリの眼前を何かが横切り、足元の床が削れた。と思えば、側にいた対爆スーツ隊員が低くうめいて後ずさった。

「撃つな! 全員、トリガーを放せッ!!」

 隊長らしき一人の声で、ピタリと銃声は止んだ。

 噴煙が、体育館中にたちこめていた。

 パラパラと細かな屑が、いたるところから落ちていた。

 窓ガラスが何枚か割れていた。

 隊員達が数人倒れていたが、エリのクラスメイトたちは皆無傷だった。

 そして、……館内のあらゆる壁、あらゆる床に、銃弾の跡。

「弾は、全部跳ね返されたようだな」

 と隊長。

 隣の隊員が返す。

「ええ。でも、対爆スーツを着ていてよかったですね」


「よくねーわ!!!!!!!!」


 クラス一斉のツッコミが入った。

 エリも、側にいた対爆スーツを思い切りぶっ叩いて叫んだ後で、ふとコート内の様子に気づく。

 倉田がまったく身じろぎせず、腕組みをして突っ立っている。

(流奈じゃないけど、やっぱりおかしい。この会社が会社なら、あいつもあいつだ……)

 というか、彼にしてこのテキトー会社あり、というべきなのか。

 倉田は一言も語らないが、エリの中で事態の大体の想像はつく。——未知の磁場が発見されて、国が、各分野に手を広げる大企業を使って調査対策に乗り出した。

(予測だけど、多分そうだ……。じゃなきゃ、流石にこんな堂々と銃なんか使えない……)

 彼女の推察は、実に、寸分の狂いなく事実の通りである。

 クラソーの専門分野は今や、科学、工業、人材におけるまで多岐に渡り、国の調査機関設置においてうってつけだった。

 まぁ、これだけの大企業ともなれば元から国との関わりも密接で、発言力も強く、半ばクラソーが国を動かしているような部分もあったりするのだ。

 しかしそれにしたって、これはちょっとあんまりである。武装の許可とか、諸々……国はなんて奴らに権限を与えてしまったのか。と、唯一神オンリーゴッドである私(作者)も思う。

「富山。さっきからうるさい」

 妙なタイミングで倉田が喋ったが、富山というのは作者のことではない。クラソー内X磁場対策部隊の隊長の名である。

 富山は直立して畏まった。彼に続いて隊員達も一斉に敬礼をした。

「このぶんじゃ、部屋の浴槽の方の対策も怪しいところだな。今夜、僕は風呂に入れるのか?」

 言いながら、側に転がっていたバスケットボールを手に取って、弾ませた。

 そのまま、一歩、二歩と歩き出す。

(あ…………)

 そのとき、エリのなかで、忘れかけていた一つの事柄が想起された。

(お風呂の異常……。バスケットゴールの異常……。どっちも、変な磁場のせい……)

(でも、もうひとつあるじゃん……。明らかに異常なこと……)

 目を見開いて、倉田を見る。

(あいつ自身……!)

 倉田はフリースローラインを超えた。素早いドリブルを繰り出しながら、ボールを両手に、一歩、二歩——

 ジャンプ。

 それは、ありえない高跳躍。

 彼は地上三メートルのリングに向かって、スラムダンクを仕掛けた。


 バチィィィィィ!!


 彼とリングの周囲に、光が飛び散った。

 ボールを押し返そうとする力と、押し込もうとする力のぶつかり合いである。

「強磁場発生! 磁場強さ、二二〇エルステッドを超えました!」

「反発か……! X磁場の、自己防衛反応……!」

「け、計測限界値、振り切ります————うわあああっ」

 ボンッ!

 携帯式の磁場計測器が爆発して、隊員と隊長は後方に吹き飛んだ。

 そんなコントみたいな光景には目もくれず、エリたちは轟音と光を放つ頭上の戦いに釘付けだった。

 倉田の体は、ゴールからの反発力を受けてあきらかに浮きかかっている。

 光はとめどなく溢れ、無秩序な火花のように館内を飛び回る。

 その発生にともなう、暴力的なほどの轟音の中で、エリは————声を聴いた。


「あー、めんどくせ」


 倉田の発した、つぶやきだった。

 やる気のないその声が、エリに直接聞こえたのかどうかは怪しい。彼の表情や唇の動きから、そう言っている気がした、という方が正しいだろう。

 しかし、

「僕は早く帰って風呂に入りたいし、寝たいんだ」

 それを聴いたときエリは確信した。

 なぜだかわからないが、

 ——彼は勝つと。


「磁場だかなんだか知らないが、さっさと潰れろよ」


 ゴールリングが歪んだ。

 バックボードに亀裂が入った。

 次の瞬間、ゴール全体が————粉砕した。

 舞い散る破片と光の残滓のなか、床面へと降り立つ倉田の姿に、

「——っ」

 エリは無意識に駆け出していた。

 それはまるで、未知の引力に引かれるように。

 一人、二人と隊員達を押しのけ、彼のもとにたどりつく。

「倉田くんっ」

 彼の異常な走力、身体能力、そして、磁場を打ち砕く力——

 エリのわきたつ感情が言葉となって、流れ出る。

「あなたの……その力は、まさか————」



「ん? 普通にいつもこうだけど?」



 返ってきた言葉は、いたって普通の返答。

「え…………?」

 呆然とするエリに、追い打ちをかけるように隊員の一人が言う。

「蒼坊ちゃんは、いつも素であれだけジャンプしますよ」

 するとまた別の隊員が、

「X磁場を壊すのも、いつもなんとなーくで軽々やってのける……。いやあ、本当に坊ちゃんは天才です!」

「…………」

 なんか、なにかが違う……。とエリは思う。

 もっと、〝彼だけに秘められた特別な力!〟とか、〝そして動き出す運命!〟とか、そういうのをほんのり期待していたのだが……。

「! ちょ、ちょっと待って」

 ふとひらめいて、どこかへ走り出したエリがバタバタと戻ってきたときに持っていたのは、手に収まるぐらいの黒い機械だ。

「あっ、予備の磁場計測器……」

 隊員が言った。

 エリは装甲車両から勝手にとってきたそれ——まぁ、スイッチを入れるだけの至極簡単な構造なのだが——を起動した。

 電源ランプはついたものの、針は〇の位置から動かない。

「通常は、〇です。地磁気はほぼ〇エルステッドですから……」

 おそるおそる隊員が説明する。

 エリは憮然として計測器を倉田に向けてみたが、針はまったく動かない。

 そこで、残ったもう一つのバスケットゴールを使って、もう一度彼にダンクシュートをさせることにした。

 もはや場はエリ主導である。

 倉田は「意味がわからん」とか言いながらもボールを手にし、ダンダンとドリブルをして、ポーンと当然のように約一メートル半の跳躍。

 ガシャン!

 おーー。パチパチパチ。周囲から拍手が上がった。

「…………」

 エリの手の中で、計測器は動かない。

「…………」

 ガシャン!

 二度目のガシャン。何の音かというと、イライラしたエリが計測器を床に投げつけたのだ。「あーーっ!」と声を上げながら、隊員が十万相当の高精度計測器の残骸に駆け寄った。

「なんなのよ……倉田くん」

 エリは暗い目で、倉田を見やった。

 声は少し、ふるえていた。

「なんなの…………」

 その感情は、いまや骨になった佐山流奈が抱いたものとも通じる、理不尽なものに対する不満ともいえるものだった。

 思えば、彼との相部屋が始まってからの一ヶ月は、それの連続だった。

 持ち前の明るさと許容体質でどうにか乗り越えてきたものの、不満は自分すらも気づかないうちに日々つのっていた。

 色々なことが、ありすぎたのだ。振り回されすぎたのだ。

 風呂で裸を見られたり、

 キスしそうになったり、

 意識しすぎて、

 期待を、しすぎて……、

 飄々と腕組みして表情を変えない倉田に、

 エリは、キッ、と涙目で睨みつける。

 すううっ、と息を吸って、口を開く。

 ——というか彼女は——

 ——今回は少しばかり、期待しすぎてしまったのだ——



「なんでっ、漫画みたいな、凄い展開にならないのよ……。

 わたし、わたし、やっと————


 〝普通〟から抜け出せると思ったのにぃぃぃいいーーーーー!!!


 うわああああーーーん!!」



「え、なに泣いてんの」

 まったく意味がわからず、倉田は首を傾げる。

「よくわからない乙女心……。でも、わかる、わかるよ、遠野さん!」

 レイアップシュートを決めて以降すっかり影を潜めていた津田が、ここぞとばかりに同意する。(目立ちたいだけである)

 穴だらけの館内に吹き込む風が春の訪れを感じさせ、流奈の骨がさらさらと流されて空の下にきらめく頃、

 体育館の隅でパイプ椅子に腰掛け、昼寝を決め込んでいた体育教師は、静かに目を覚ます。

「……」

 崩壊しかけの天井、壁、木片、ガラス片が散らばる床。粉塵でぼやけ、幻想じみた世界に、少女の泣き声が延々と響く。

 ふっ……と微笑んで、彼は言った。

「今日も、平和だな」

 まぁ、現実逃避である。

終わり…………ません。残念ながら。


ホッホッホ、もうちぃーっとだけ(単行本十冊分ぐらい)続くのぢゃ。

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