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6 わたしにしか、見えない……?

 ホームルームが終わって、時計の長針がぐるぐるぐると三周ほどした。

 昼休みである。

 食堂で昼食をとって、クラスメイトの女子と一緒に教室へ帰ってきた遠野エリは、自席についてぼうっとする倉田蒼の姿に気づく。

(わたしより相当遅く食堂を出たのに…………。まぁ、もういいけど)

 世界には、十六歳女子高生の狭い視野では測れないことがたくさんあると学んだエリ。少しだけ大人になったのだ。

 倉田の走りは世界的な視野で見ても例外なのだが……。

 頬杖なんかついて窓の外を見る(彼の席は一番廊下側なので、まったくサマになっていない)倉田に、それまで他所のグループと話していた津田明広が声をかけた。

「いよう、クラチャン!」

 ひっどいあだ名だなぁ、とエリは思う。

 津田も倉田と同じく窓の外を見て、

「外、ぜってー寒いよなー。次の体育、マジやる気ねーよなぁ。食ったあとに体育もってくるのやめよーぜって俺いつも先生に言ってんのにさぁー!」

 あはは、と、津田一人の笑い声。

「ところでクラチャン、寮って面白い? これ朝に遠野さんにも聞いたんだけどさー。いやね、面白そうだからって、俺が寮生になるのは無理よ? だって家から学校まで五分だし! あっはっは」

 倉田は、ふああ、と欠伸をして、足を組み、ポケットからガムを取り出して噛みはじめた。

「おっ、ガムか! いいねえー俺も飴食おっ!…………うわっひゃーっ! うめーっ! 桃味が一番うまいよなぁ。そう思わねえ? クラチャン!」

「…………」

 エリはたまに、彼(津田)は自分にしか見えない幽霊なのでは……、と思ったりする。いや、そんなわけないのだが……。

 そのとき、ポンポンと肩を叩かれ、エリは振り返る。

 三つ編み結びに眼鏡をかけた、いかにもしっかり者風の女子がいた。佐山流奈という、さっきエリと一緒に昼食を食べたクラスメイトである。

「ねえ、倉田って、なんかおかしくない?」

 流奈は、結構そういうことをはっきりと、しかも倉田本人に聞こえるぐらいの声量で言う子だ。

「津田が無視されてるのはともかく、他の子にもすごく愛想ないじゃん。どうなのマジで」

「……うーん」

 エリはとりあえず、津田という人間が幻でなかったことに安堵する。

「まぁ、変は変だよね」

「ていうかエリ、同じ寮生でしょう。彼、寮でもああなの?」

「え……。いやぁ、寮ではあまり接点ないし、わかんないなー」

 冷や汗混じりの返答。

 エリは、倉田がルームメイトであることを極力秘密にしたい方針である。

 男女同室という事態を学校側が実際どう捉えているのか知らないが、トラブルや噂の種になるのは自分が困るので、自己防衛の意味でそうしている。

 寮生にまで隠し通すのは不可能とは思いつつも、倉田と時間差をもうけて部屋に出入りしたり、寮内で仲良くなった相手が部屋に来ようとするのをうまくかわしたりなど、涙ぐましい努力を続けているのだ。

「とにかく、私は気に入らないのよね」

 流奈は腕組みをして、眼鏡の奥の鋭い目で倉田を遠目に睨みつける。

「転入してきて一ヶ月。周りに溶け込めるかどうかには個人差があるだろうから、何も言わないわよ。ただ、誰が話しかけてもぶっきらぼうにしか返さないのだけは、よくない」

「ま、まぁ、うん」

 うわぁ、面倒くさいことになりそう……と思うエリ。

 あの倉田の性格では遅かれ早かれこういう日がくるだろうと予感はしていたが。

 確かに倉田は、流奈のいうとおり応対の仕方に難ありである。

 しかし、このクラスは皆、〝許容スキル〟とでもいうべき特性に長けていて、エリが見る限り全く摩擦は起きていない。なかなかすごいことである。まぁゆとり世代にはよくあることだが。

 ただ、どこにでも例外というものはいて、このクラスにおけるそれは佐山流奈だった。

 彼女の名誉とか考慮せずに一言でいうと、流奈は、


『勝手にリーダー風を吹かせているイタい奴』


 である。

 この高校には、クラス委員だとか生徒会だとか、そのような生徒の自主規律を促すシステムは存在しない。驚かれる方も多いとは思うが、ゆとり教育もくるところまでくればこうなる。

 佐山流奈は、委員長的な容姿、態度、言動を兼ね備えているため、クラス内では『委員長』で通っており本人もその気になっているのだが、実質なんの権限もない。

 ちなみに、そんな諸々のイタさもクラスからは生温かく許容されている。

 大概どんなコミュニティもそんなふうに回っているものだ。

「おっと、こんなことしてる間に昼休み終わるじゃん! クラチャン、着替えようぜ!」

 津田が無駄によく通る声でそう言って、ロッカーから体操着とジャージを引っ張り出してきた。

「…………」

 それより十数秒遅れて、倉田も立ち上がった。

 ロッカーから同じように、体操着とジャージを出してくる。

(そうそう……。よく見ると、普通にうまくやってるんだよね)

 エリは一人でうなずく。倉田はちゃんと、(雑すぎる)コミュニケーションをとっているのだ。何もかもを無視しているわけじゃない。やはり津田とは一言も口をきいたことがないが、クラスメイトと他愛もない会話をするところなら、エリは何度か見かけている。――もっともそれは、「なんっだ、こいつ、強えーー! 浮かせ技くらったらもうなす術ねーじゃん!」レベルの強敵がゲーセンで乱入してきて、「ぐおお、ざっけんな! 何千円負かせたら気が済むんじゃクソ!」ガンガンと筐体を蹴りながら「学生だったら泣かす! 可愛い女の子だったらナンパする!」と横に乗り出してみると母親だった。ぐらいの、結構レアな場面なのだが。

「…………」

(い、いや、べつに、いつも倉田くんを監視してる、とかじゃなくて。たまたま見ちゃっただけだし……)

 一人で無意味な弁解をするエリ。

 単に同じ転校生、そしてルームメイトなりに動向が気になったりするだけなのだが、必要以上に意識してしまい墓穴を掘りつづけるもぐらエリ。

 と、そのとき、


「キャああああーーーーーーーーーッ!!」


 突然の悲鳴が室内の喧騒を切り裂いた。

 エリが、津田が、その他のクラスメイトが一斉に振り向いた先には、顔面蒼白になった流奈がいた。

「パ、パ、ぱぱ、ぱ、——————パンツ!!」

 流奈は震える指で、目の前の人間をさした。

 そこには、屈んだ姿勢でズボンをおろした倉田がいた。

 しましまのトランクスが丸見えである。

「なっ、なっ、なにいきなり着替えてるのよ!! まだ教室に女子がいるでしょ!!」

 半泣きで絶叫する流奈。

 昼休み終了、十五分前。これからぼちぼち、女子が着替え用の多目的室に移動して、各自着替えが始まるというところだ。

 倉田は少々、フライングだった。

「信じられない! はやく、それしまってよ! はやくはやくはやくーーー!」

 何こいつ、バカ? という顔で、倉田は彼女を見やる。

 そして面倒臭そうに、ズボンを穿き直す……のではなく、全下ろしした。

「ぎゃああああーーーーーッッッ!!」

 全力でのけぞる流奈。

 え、わたしなんかそのパンツ、ほぼ毎日見てるんですけど……。という感じのエリ。

 一方、クラスの反応は、とてもスマートだった。

(あー、委員長、よっぽど男耐性がないんだろうな)

(めんどくせ)

 と誰もが思いつつも、ある者は、

「倉田、それはいかんよ。縞パンは……」

 と、よくわからない注意をし、またある者は、

「大丈夫、委員長!? ちょっと倉田くん。せめて穿き直そうよ! なに更に脱いでるの!」

 と流奈を擁護する。

 非常に空気を読むゆとり世代にはよくあることだ。


「オイオイ、クラチャン! 丸出しはまずいって!」


 津田が飛ぶように騒ぎの中に入った。

 が、誰も気にとめない。

 それどころか、彼はすでに体操着とジャージ姿だ。

 流奈は怯えた顔で、倉田の方しか見ていない。

(いや、マジで幽霊なのかも……)

 深刻に考えはじめるエリだった。

みんなッ!

消費税が八パーセントになるぞ!


日用品!

嗜好品!

車!

家!

その他諸々のものを買いにいそげいそげいそげいそげーーーーー!!!!!(情弱)

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