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1 半半々身浴……?

えっ、なにこの作品


とは言わず、

みなさまどうか温かい目で……

「ど、どういうこと?」

 遠野エリは驚愕の声を上げた。

 髪以外を洗い終え、いざ風呂場の浴槽へ入ろうと思った矢先だった。

 その浴槽に、三分の一ほどしか湯が溜まっていない。

「お湯張りが壊れたのかな……」

 備え付けの給湯器のパネルを見てみる。異常はない。湯量もいつも通りに設定してある。

「浴槽に穴があいてるとか……。いや、まさか……」

 そのような気配もない。栓もしっかりとしてある。

 疑問を抱えつつも、エリは縁を跨いで湯に浸かることにする。温かい湯にゆっくり浸かって一日の疲れを取らないと気が済まない。まぁOLとかではなく、ただの高校生だが。

 ちゃぷん。

 湯量はエリの腰までしかなかった。これでは半身浴にもならない。というか寒い。

 両肩を抱いて、全身を強張らせる。

「なんなのこの状況……。そもそも、なんでわたし入ったの……。お風呂っていうか、水溜りレベルじゃんこれ。――――あ」

 そこで思いついて、目の前のパネルの追い焚きボタンを押した。ゴウン、ゴウン、と音を立てて、エリの足の裏に熱い湯が流れはじめる。

 一分後、追い焚き終了。

 エリの尻や踵は、沸きたて四十一度の湯に浸された。

「なんかお尻だけのぼせてきた……」

 諦めず『湯量調整』のボタン、『自動』ボタン、これは間違いないだろうと『たし湯』のボタンを押すが、湯量には変化なし。

 腰と踵が幸せになってきた。なんだかこのまま全身が温まりそうな気もする。新たな浴法、『半半々身浴』の発見か、と思うも、肩の頂点はひび割れそうなくらい冷たく辛い。今は冬なのだ。

 エリは耐えられず、ずるりと浴槽に寝そべった。背中が湯に浸されて、温まった。……肩は依然、寒いまま。

「なんなの……。なんなのよ……本当に。わたしはお風呂に入りたいだけなのにいぃぃ……」

 今からシャワーで済ますという思考には一ミリも至らず、エリは起き上がって、パネルのボタンを闇雲に連打しまくる。

『エコ』

「意味あるの!? このボタン!」

『給湯温度』

「むしろ下げてやろうかしら!」

『優先』

「何が!? わたしを一番に優先させてよ!」

『呼出』


「…………。あ」


 ボタンを強く押したエリの耳に、遠くから、機械的な女性の声のアナウンスが聴こえた。

『お風呂で、呼んでいます』

「ちょ……」

 急に意識が鮮明になる。呼出ボタンとは、言うまでもなく浴室外の人を呼び出すボタンだ。

 バタバタと廊下を走る音がした。足音は一直線に更衣スペースを通過して、エリが振り向いたときには、磨りガラスのドアの向こうに人影が飛び込んでいた。

「おい遠野、遠野ー。別にどうでもいいけど一応走って助けにきたぞ。心停止でもしたか?」

 エリと同年代の少年の声が、平坦な調子で呼ぶ。

「いや、嘘、嘘! ボタン間違って押しただけ――」

 咄嗟に叫ぶエリだが、

「あれ、開いてるのかよ、鍵。めんどくさ」

 なんと、施錠していたはずのドアノブが回る。

「鍵閉まってたなら、人呼んできて僕は寝てられるのにさ。なんで開いてるんだよ。助けなきゃいけないじゃん」

 そんなことを言いながら、細身で、どこにでもいそうな感じの少年が浴室に入ってきた。

「………………」

「……ん、遠野? 全然元気そうだけど。虚言か?」

 ちなみにこの浴室の鍵は、一見正常だが実は地味に壊れていて、施錠状態でもノブを回せば普通に開くという、気づきそうでなかなか気づかない不良を起こしていた。(あなたの家のお風呂は大丈夫か!? 今すぐ確認してみよう!)

「……虚言……って、いうかね……」

「というか、なんだその湯量。風呂を馬鹿にしてるのか? 後から僕も入るんだから、元に戻しといてくれよ」

 至って普通の視線で、彼はエリを見下ろす。

 エリはといえば、あまりに突然の出来事に、身体を隠すこともできないまま固まっていた。

 ルームメイト。

 彼女――遠野エリと、彼――倉田 そうの関係を表す単語がそれだ。

 ここは二人が通う高校の寮である。

 普通ならばあり得ない男女の同室。しかし二人がともに転入生であること、寮の部屋数が足りていないこと、極め付けは学校側の適当さ加減、様々な要因によって、隙間風が肌に厳しい風呂トイレ付きオンボロ四畳半部屋(何故か給湯器は最新)に若い学生の男女がいっしょに住まうこととなってしまったのだ。

「……とりあえず……出てって」

 むしろ今更隠す方が恥ずかしい。エリは構えた両手のやり場がないまま、視線をそらして言った。

「よくわからんやつだな。露出狂か?」

 なんの感慨もなしに倉田はくるりと後ろを向くと、脱衣所に戻っていく。

 そして、ドアを閉めたところで、独り言のように言った。

「仮に露出狂だとしても、顔も身体も普通すぎて、どうとも思わないんだよなぁ。うーん」

 倉田蒼は理想が高い。

 肌は硬質プラスチック、造形はすべて黄金比の、完全完璧美女としか恋愛はしたくないと考えている。

「…………」

 そして遠野エリはこの上なく普通の女子だ。

 容姿もバディも、何もかもが十人並みだ。(普通っ子好きの皆様カモン!)

 別に、だからといって悲観するようなこともなく、普通に結婚もできるだろうし、私(著者)のように人生終わってるなんて考えるレベルでは当然ないのだが、

「…………見られた……」

 遠く田舎からここ都会の進学校に移り、倉田蒼と同室になってから一ヶ月。

 彼女の十六歳少女としての人生は、着実に終わりはじめていた。

実話にもとづいて製作しております。

お風呂は業者さまにお願いして、無事直りました。

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