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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もう一人の自分の日記

作者: 返歌分式

 ○月○日 晴れ

 

 日記をつけようと思う。いや日記というよりも記録と言った方がいいかもしれない。

 これは私の日記だが、君に宛てた手紙でもある。

 見るのは自由だ。見ないのも、それもまた自由だ。


 私は一昨日彼女と初めて言葉を交わした。

 私は彼女のことを一方的に知っている。彼女は君に会ったことはあるが、私に会ったことは無いので私のことを知るわけも無い。

 彼女は恐ろしいな。あの性格は恐ろしい。性質が悪いと思うよ。君は彼女のそんなところが好きなのだろう。

 確かにあの性格は人を惹きつけてやまない。周りに人ができる。

 だがこれは忘れてはならない。君が彼女のことを好きなように、周りも彼女のことが好きだ。プライドの高い君に忠告をしておくが、敵は多いぞ。変な意地を張っていると取られてしまう。

 私は君が悲しむところを見たくは無いんだよ。

 これは嘘じゃない。嘘なんだろうけどね。


 私は彼女と話をして、彼女に薦められるまま日記を書いている。

 彼女は恐ろしい。とても心配だ。



 ○月△日 晴れとくもり


 今日も彼女が私に話しかけてきた。

 私は彼女をなんとか遠ざけようと、嫌われようとして色々言った。

 彼女は、その時は怒って私から離れるが、時間が経てばまるでそれを忘れたように近寄ってきて私に話しかけてくる。これは何を言ってもダメな部類だな。私は早々に諦めた。


 彼女はころころと表情を変える。彼女の周りの人たちはそれを可愛らしいと言う。

 私もそう思う。可愛らしいのだろう。可愛らしい。それに快活だ。気持ちの良い気質だ。

 彼女が心配だ。


 彼女が私に話しかけてくるときはいつも笑顔だ。

 裏表の無い笑顔に呆れかえる。

 あれは目に毒だな。君もそう思わないか。


 彼女と、彼女の家族と一緒に晩御飯を食べた。

 始終笑みを崩さない私に彼女の家族は不気味がっていた。

 それが普通の反応だというのに彼女は私のために様々なフォローをいれてくれた。

 私はそれに腹が立って色々と言った。

 性格というのは遺伝するのか、彼女に色々と言う私に彼女の家族は安堵したようだった。

 どうしてそうなるんだろうか。彼女の家族達の中で起こった心理的な動きは予想できるが、私は彼女と彼女の家族達のことを理解できなかった。

 遠回しの嫌味に気付いているだろうに、彼女の家族達は私が彼女に懐いているから、そんなことを言うのだと勘違いしているようだった。


 なんとも言い難い。

 君を落とした彼女の成せる技だと感心する。



 ○月□日 晴れ


 今日は彼女と散歩をした。

 飼っている犬と彼女と私との散歩だ。

 私の目からしたら犬なんて非常食だ。君は違うだろう。彼女も違った。

 名前をつけて可愛がっているであろう犬に、私がそのことを言うと彼女は私の頭を叩いて「やめて」と言った。

 とても怒っていた。私はそれが嬉しくて色々と言った。怒鳴られた。

 彼女は怒って私を置いてどこかに行ってしまった。


 それはそうだろうと思う。

 あの犬のことを、彼女は大事にしていた。

 私はそれを貶したのだ。怒って当然だ。

 私は彼女に嫌われるために言葉を重ねる。

 彼女に嫌われるためには、彼女の身内を貶すのが効率が良いと知っている。

 だが私はそれをできない。

 君の立場を損なわせるわけにはいかない。


 私のことを知っているのは彼女だけだ。彼女の家族は知らない。

 もしかしたら彼女は彼女の家族に私のことを話しているかもしれない。

 どうなんだろうか。私は知らない。


 あぁそうだった。

 忘れていた。

 すまない。


 彼女の家族に、君は会っていなかったね。

 私が先に会ってしまった。

 申し訳ない。



 ○月×日 雨


 今日は彼女に泣かれてしまった。

 私が昨日、彼女に置いていかれた後、彼女の家に戻らずにどこかへと行ってしまったからだ。

 私は周りの景色が懐かしく、物珍しかったのでふらふらと歩いていた。

 一日中歩いていた。足が痛かったが、それが面白くて私は歩き続けた。


 君はもしかしたらここで少し疑問に思うかもしれないから書いておこう。

 昨日の日記はちゃんとその日に書いた。

 私は日記を肌身離さず持ち歩いている。周到なのだ。私は。

 これで疑問は解消だ。


 彼女は雨に打たれてふらふらとしている私を見つけるやいなや、私の傍に駆け寄って私を抱きしめた。

 とても驚いた。

 彼女の背は、女性にしては少し高い。

 私や君は、男性の中でも高い方だ。

 君は彼女に抱きつかれたことが無いだろうから報告しておこうか。

 彼女の顔は私の胸より上に位置する。

 確か21cm差が一番キスしやすかったのではないだろうか。

 良かったな。キスしやすいみたいだぞ。


 彼女は泣き、怒り、私を家にへと連れ帰った。

 何か言われていたような気がするが、忘れてしまった。

 君にとっては嬉しい言葉を言っていたと嘘を吐こう。

 もしかしたら本当に言っていたかもしれないから、あながち嘘というわけでもないがな。


 家に戻った後、寝不足で酷く眠いと気付いた私はこれから寝ようと思う。

 これはいらない報告だったか。



 ○月○○日 晴れ


 すごいな。昨日はあんなに雨が降っていたのに今日は快晴だ。

***

 朝ご飯:目玉焼き ご飯 焼き魚 サラダ

 かんそう  不味い

***

 彼女が洗濯物を干している。珍しい。

***

 やはり犬は非常食にしか見えない。彼女が怒った。

***

 彼女の家族はまだ帰ってこないのか。暇だ。

 暇すぎて一日の終わりに書くはずの日記が、ただのその時の感想帳になっている。それか彼女の観察日記か。自分でも呆れる。

***

 なんだこれ。押してみたら変な鳴き声をあげた。

 これはなんのための機械だろう。

 なにか動物を模しているようだがそれが何か分からない。

 私が近づくと変な声を出したが、これはなんだろうか。少し不気味だ。

***

 あの機械は彼女のサンドバックだったようだ。

 誰かからのメールを見た彼女が憤慨し、彼女の拳によって動物を模した変な鳴き声の何かが飛んでいった。

***

 彼女が昼ご飯を作っている。台所からの音が凄い。怖い。

***

 昼ご飯:炒飯

 感想  不味い


 彼女が落ち込んでいたので材料に犬を使えばいいと言った。怒られた。

 犬はまだ食べたことがないから分からないが、彼女の殺人的な料理が少しぐらいは美味しくなると思う。

 日記を覗き見された。怒られた。

***

 夜になってようやく彼女の家族が帰ってきた。

 台所を荒らした彼女は怒られていた。

 こっちに泣きついてきた。

 セクハラしたら怒られた。

***

 今日は和やかな一日だったというのに、何故か嵐の如く物事が動いた後のように疲れた。

 それにしてもなんだろうかこれは。物は試しと日記をメモ帳にしてみたが、とりとめもなく意味も無いことばかりだ。

 彼女の記述が多い。家から出なかったせいだろう。

 今日はもう眠い。


 彼女が寝る前の私の部屋に来て、今度はうまくご飯を作るからと言い自分の部屋に戻って行った。

 私は彼女が作るものをもう二度と口にしたくはない。



 ○月○×日 晴れと狐の嫁入り


 今日は君の友人と会った。友人ではなく親友か?

 君の親友君は君ではなく私が会いにきたことに酷く驚いていた。

 親友君に会いに行くと言った時、彼女もついてきたので彼女が親友君に説明してくれた。

 親友君はとても複雑そうな顔で私を見ていたよ。


 君の親友君は、君とはまったく間逆の性質をした私に何度も驚いた。

 話していくうちに私を嫌悪した。私はそれを待っていたのだ。

 君を返せという親友君に向かって遠回しの嫌味、罵詈雑言を投げかけたら殴られた。痛かったが私はそれが嬉しくてたまらない。

 良かったじゃないか。君のことを思ってくれている人がいて。


 さらに私を殴ろうとする君の親友君を、彼女は必死になって止めた。

 その後解散して私は彼女と一緒に彼女の家に戻った。

 彼女は困ったように笑った。

 なぜ彼女は私を嫌悪しないのだろうかと不思議になった。


 やはり彼女は怖い。恐ろしい。心配だ。不安になってきた。

 どうしよう。早く戻ってきてくれ。私が今いる場所は、本来君がいる場所なんだ。怖い。どうしよう。彼女のことを気に入ってしまう。

 君も早く戻って来い。見ているんだろう。日記を書く私を。日記につづられていく文字を。見ているんだろう? 読んでいるんだろう? 早く戻って来い。彼女を守りたいのならば私を押し退けてこの場所に立て。早くしろ。早くしろ。

 どうしよう。不安でたまらない。



 ○月△×日 見てない


 今日は一日中部屋に篭るつもりだ。

 こういう不健康なことはしたくなかったが、しょうがない。今の私の精神状態は危うい。

 ずっと続いている。明日も続くんだろうか。それは嫌だと思う。

 彼女が扉の外から声をかけてくる。私はそれに何度も引き寄せられた。だが扉は開かなかった。私は私を褒めよう。よくやった。私はよくやった。


 そうだ。君は私のことを知らなかったな。

 どうせ私は今日部屋から出ない。暇潰しに私のことを書こう。


 私は人がダメだと無意識に理解している事柄を嬉々として行う人格だ。

 嬉々として、はちょっと違うかもしれない。悪いことと知り、それを実行し、罪悪感を覚えずにいられる人格といえばいいのか。

 とりあえず他人から見て、屑だと言える奴だ。

 君が私のことを知らないのは当然のことだ。

 私は十五年前の副産物なのだから。

 十五年前一度出たっきりで、それ以降は顔を出していない。


 その十五年前に出た時に、私は一人だけ友人を手に入れた。

 知っていたか。その友人は君を育てた人でもあるんだぞ。

 そしてその友人は君を利用している。知らなかっただろう。

 さらにそれにかぶせると、君の身に起こった様々な不幸はその友人が起こしたことだ。

 どうだ。ここまで読んで、君は驚いたか? 驚いただろうな。


 私は私の友人、彼の下劣さを気に入っている。

 あれは良い下衆だ。堂々としているのも好感を覚える。

 我が友人である彼は、君が頑張り屋だということを知っていてね。その頑張りを利用しない手はないと思ったようだ。

 彼は私のことをすぐに見破ってね。私にこう言ったんだ。


「君、私にいいように扱われてはくれないか」


 ってね。

 彼はすごいね。彼は私を一目見一言交わして、私の性格を、私の性質を、私がなんなのかを理解したようだった。

 私は笑って了解したよ。

 彼はそれから私をいいように使った。

 君という人格が戻ってきた後は、彼は君をいいように扱った。

 十五年前の惨劇のことを君が覚えていないのは、その記憶を私が持っているからだ。

 私はとてもよく覚えている。その記憶はまるで昨日の出来事のように思い出せる。色鮮やかに、褪せずに、私の人格の中に封印されている。


 君には見せない。これは私の宝物でもあるからね。

 でも内容だけは教えよう。

 その記憶は部屋の中だ。その部屋の中で君の家族が死んでいる。部屋の中で立っているのはただ一人。我が友人だ。そして君を育ててくれた人で、君の良き理解者で、君が日々感謝をしていた人で、尊敬する人物だ。

 彼は笑っている。彼の邪魔をした君の家族を殺して自分の夢に酔いしれている。そして私を見つけて私に言う。

 私はその時に友人を手に入れた。



 君は家族を殺した犯人を追った。何年も何年も。

 近くにいるとも知らず。

 日々泣く君を慰めてくれた手が、自分の親を殺したとも知らず。

 私が君の記憶を持っていたから、君は傍にいる犯人に気付かなかった。

 利用されて、利用され続けて今、君はここにいる。

 でも良かっただろう? 彼のおかげで君は生きることができたのだから。

 君に生きる意味を与えてくれたのだから。


 彼は私の友人だ。

 私の唯一の友人。



 そんな彼も先日死んでしまったね。本当に残念だったよ。

 あんなつまらない死に方をして、ガッカリだ。


 ホント酷いよ、君。

 彼は私の唯一の友人だったのに、君は本当に酷い。

 私が殺すつもりだったのに君が先を越してしまって、私は心底残念がっている。

 我が友人の首を刎ねるのが私の役目だったのに。我が友人の臓物を並べるのが私の役目だったのに。並べたそれらの臓器の名前が書かれたプレートを、並べるつもりだったのに。


 君は彼の腹をただ刺しただけに終えてしまった。


 私の友人だったんだぞ。

 私の友人は私がどうにかするはずだったのにまったく君というやつは。



 あぁどうしよう。

 彼女が呼んでいる。

 寝よう。

 私は君が悲しむところを見たくはないんだよ。



 ○月××日 晴れ(空は灰色だったがね。あれもくもりと言うんだろうか)


 最悪だ。今日も部屋の中に立てこもろうと思ったのに、彼女は痺れを切らしたのか勝手に入ってきた。

 腹が立った。彼女が色々言っていた。私も色々言った。彼女は悲しそうだった。

 彼女は恐ろしい。私は彼女を恐れている。私は彼女をとても心配している。

 彼女は私を気にかける。異常である私を気にかける。私がどれだけ説得しても彼女は私に話しかける。私のような奴に優しくすると後でどんな目に遭うのかをしつこく語る。

 彼女は私を気にかける。どうしよう。君が早く出てこないのが悪い。


 彼女は皆から好かれる。彼女の親身さはダメだ。

 私のような奴に向けてはいけない。私に似た性質の奴らなんぞそこらにいる。そいつらは遠くない未来に犯罪者と言われるようになる。私はそいつらと似ている。彼女は私に話しかける。

 どうしよう。私は彼女を見てしまっている。

 このままだと彼女しか見えなくなってしまう。

 彼女は誰からも好かれる。彼女しか見えなくなった私はそれを良しとしない。

 私は彼女の周りの奴らを殺してしまうんだろう。そうしたらどうだ。彼女は私しか見なくなる。それを考えるととても興奮する。彼女の目が欲しい。彼女の手が欲しい。彼女の声が欲しい。彼女の体温が欲しい。彼女の全部が欲しい。彼女の心が欲しい。


 あぁダメだ。早く出てきてくれないか。

 私は彼女を殺してしまう。

 そうしたら君を悲しませてしまう。

 私は君に幸せになって欲しいんだ。


 私は彼女を部屋から追い出した後、窓から逃げた。

 今日は彼女と散歩した時に通った公園で寝ようと思う。



 ○月×△日 くもりだったと思う


 私は君に幸せになって欲しい。私は副産物だ。君は私に驚くだろう。私には君しかいない。自分に自分しかいないんだと言われて、今君はどんな気分だ。酷いだろう。嫌だろう。

 こういうのを心理学で分析するとどういう名前がつくんだろうな。自己愛性なんたらとつきそうだ。一人で寂しかっただろう。君を育てた我が友人は死んでしまったよ。君は一人だ。だが彼女がいる。君は彼女が好きなんだろう。私も好きだ。あぁ違うね。私は彼女のことををををを気に入っている。気に入っている。

 どうしよう。私は今不安だ。とても不安だ。


 彼女は優しい。やさしい。誰にでもやさしく、あまく    怖い。恐ろしい。心配だ。

 私に気に入られてしまった彼女が心配だ。私はやつらとよく似ている。私に気に入られてしまった彼女は、後に犯罪者と呼ばれるようなやつらにも好かれるだろう。

 するとどうだ。彼女は死ぬ。殺される。私に殺されずに彼女はやつらに殺される。

 私はそれが心底いやだとおもう。そんなやつらに殺されてしまうぐらいなら私が殺したい。愛したい。きっと私は我が友人に向けて思い浮かべたことをする。それに飽き足らずに食べてしまうかもしれない。鉄の味しかしないだろうが、きっと美味いだろう。満たされるだろう。

 

 だけど私は君の嫌がることをしたくはないんだ。

 周りに対しての君のイメージを全て壊したいと思っているが、それは君が周りから嫌われれば私しかいなくなるだろうからだ。いや、私だけと君が認識しなくていい。

 ただ君は孤独であればいい。

 誰からも愛されず誰からも見向きもされない。

 私はそれを望んでいる。


 それと同じぐらい、私は君が誰かに愛されることを望んでいる。

 笑顔に囲まれ、君自身も笑顔でいられる場所を望んでいる。


 彼女が迎えに来た。

 彼女は酷い顔をしている。日記はまた後で書こう。



***



 一日が終わったので書こうと思う。

 私は彼女の家に連れ戻された。

 彼女は私を心配して、寝不足で酷い顔をしているだろう私の頭を撫でてくれた。

 体温が心地良いと思った。

 私は誰かに触れてもらったことは一度しかない。

 我が友人。私の友人は私に向けて手を伸ばしてくれた。

 私に利用価値があった。君に利用価値があった。

 そういえば私は彼の手を取らなかったな。伸ばした手にいつまでも私の手が乗らなかったものだから、彼は私の手を強引に取って私を攫った。

 私の手を引き、歩き続け、足が痛くなっても歩いて、私はその痛みを面白いと思い笑いながら歩いた。

 そして無理をしすぎたからか足がもつれ、転び、立てなくなった私を彼が抱き上げた。

 私は目の前にある彼の胸に顔をすりつけて、彼の体温を心地良く思い眠りについた。


 私の知っているぬくもりというのはそれしかない。

 あぁそういえば、雨の中彼女に抱きしめられたことがあったか。忘れていた。じゃあ二度目か。いや、あの時のぬくもりは私は覚えていない。


 君は家族に抱きしめられたことがあるから、その温かさを知っているだろう。

 私も知っているぞ。あれはいいものだ。そして、あれはいけないものだ。

 体温というのは、さらに欲しくなる。温かいと安心する。ぬくもりが得られると、守られているような気分になる。だからもっと欲しくなる。


 私は泣いた。

 不安でたまらなかった。

 彼女はそんな私を抱きしめた。

 私はその体温がさらに欲しくなった。

 私は。



 タイミングの悪いことに今日は彼女の家族は家にいなかった。

 私はそれを知らなかった。

 彼女を助けてくれる人がいなかった。

 どうしてくれる。君のせいだぞ。

 私はずっと、行為に及んでいる間ずっと君のことを呼び続けたのに。

 君はなんで戻ってこなかった。

 泣き叫ぶ彼女のことがわからなかったのか。


 どうにか殺さずにはすんだものの、君は彼女のことが好きなのではなかったのか。

 どうするんだ。彼女は今ぼろぼろだぞ。可哀想なぐらい無残だ。私の人格は最初っから壊れている。私はそれを知っている。壊れた部分は直せない。私は自分が壊れたままでいいと思っている。

 私が壊れ物を凝縮した人格なら、君は真っ当な感覚を持った人格ということになるだろう。

 汚い物は全て私に押し付ければいい。私はそれを嬉々として抱き込む。それが私の存在価値だからだ。君の汚い物を私が引き受ければ、それが私の居場所になる。

 いいんだ。存在しているだけでいい。生きたいとは思わない。そこに在れるだけでいい。

 私はな、私


***


 彼女が目を覚ました。

 彼女は私をなじることもなく、嫌悪の目を向けるわけでもなく、少しの恐れを目に宿しながら私に「どうしたの」と言ってきた。

 涙が止まらなかった。

 彼女が怖い。彼女は恐ろしい人間だ。

 心配だった。その心配が現実になったというのに、彼女は私をなじらない。何故か分からない。

 身体中に打撲跡があり、切り傷があり、血が出ており、衣服もほとんど纏っていない姿で彼女は私を心配する。


 あぁ、どうしよう。私は今幸せだ。これが幸せか。

 私は今満たされている。私に心があるのかは分からないが、私のどこかが満たされていた。

 彼女は私を気にかける。恐ろしいことだ。幸せなことだ。

 どうしたらいい。私はどうしたらいいんだ。


 彼女は答ずに泣き続ける私を心配そうに、けれどどこか悲しそうな目で見て、気を失ってしまった。


 私は無残な彼女を前に日記を書いている。

 無残に寝転がる彼女を差し置いて書いている。

 私は日記に執着しているらしい。何故だろう。こんな紙に向かって私は何をしているんだろう。

 そうだ。これは君に宛てた手紙だったな。いや、私の記録か。




 あ、




 嫌だ。最悪だ。

 気付いてしまった。

 そうだ。日記は、  彼女が、

 私は最初から、        気付きたくなかった

 嫌だ






 ○月×××日 晴れ


 寝れない。

***

 彼女が起きる前に服を着せてあげた。部屋に戻してやった。

***

 起きたくない。

***

 彼女が呼んでいる。どうして私を呼ぶんだろう。

***

 そういえばね。彼女は君のことが好きみたいだよ。昨日日記に書くのを忘れていたよ。彼女は私を心配した後、君のことを好きだと言ったんだ。だからね、君の身体を持った私を、引き取ったんだって。

 あとそれと、君のことを好きだと言った後、私のことも好きだと言ったんだよ。

 幻聴だろうけどね。

***

 彼女の声がする。

***

 早く戻って来いよ。私はもうここにいたくない。

***

 怖い。

***

 不安だ。彼女が欲しくなる。でも今度は。今度こそ絶対に殺してしまう。抑えなくては。

***

 彼女の声がする。私の身を案じている。昨日は自分が酷い目にあったくせに。何故これほど私を気にかけるんだろう。あぁそうか。私のことが好きだからか。あれはもしかして私の妄想なんじゃないか。彼女の声を出しているが、本物の彼女がそこにいるのではなく、私の妄想の彼女が私を呼んでいるんじゃないのか。そうかもしれない。次呼ばれたら扉を開けてみよう。

***

 本物の彼女がいた。

 私が扉を開けてくれたことに喜んでいた。

 たまらず私は彼女を部屋に引き込んだ。

 彼女は怯えていた。それでも私のことを心配して、どうしたのかと訊いてきた。

 私は何も言えなかった。

 何も言えず果物ナイフを握り締めていた。

 怖いだろうに、本当に彼女は



     (ぽつぽつと血の跡がある)




 ○月□□日


 君のせいだぞ。

 私は君のことが好きだ、彼女のことも好きだ。

 彼女は君のことが好きだ。私のことも好きだ。

 だけど君は彼女しか好きじゃない。私のことなど知らない。

 少し不公平だと思う。


 君は寂しい人間だ。

 自分に好きだと言われている。

 私が君のことを好きだと言うのは、君が自分で自分に好きだと言っていることとおんなじなんだろう。

 可哀想に。

 家族を殺された君は自分しかいなかった。

 知っているよ。

 君は我が友人のことが嫌いだったんだろう。

 無意識に嫌っていたんだろう。

 それを君は無視して、育ててくれたからと言って彼を敬愛し尊敬した。


 かわいそうに。

 家族を殺されて犯人を追い求め、彼女に巡り合い、彼女に惹かれ、君は彼女のことを守ると誓った。

 なのに、これだ。見てみろ。このザマだ。

 君は彼女を守れなかったぞ。きみのせいだ。

 私はもう嫌だ。これは君の世界だろう? 君の生きる世界だ。私は君の中で眠りたい。光も当たらない闇の中で深い眠りにつきたい。


 十五年前だってそうだったんだ。

 私は深い眠りにつくはずだったんだ。

 一度も目を覚まさずに、君が死ぬその時まで表に出ずに終えるつもりだったんだ。

 なのに君は我が友人を殺して自暴自棄になって、裏に逃げ込んだ。

 そんなことをしたら私が表に出ざるをえないだろうが。

 君のせいだ。

 君のせいなんだよ。


 私は君を殺したくてしかたない。死にたくてしかたない。もう嫌だ。好きだ。好きなんだ。

 私は君のことが好きだ。殺したくてたまらない。






 彼女を大切にね。

 おやすみ








***









 ○月○日 快晴


 あなたの日記、最後まで読みました。

 お疲れ様です。


 あなたは僕のことを好きだと言いましたが、僕はそんな寂しい人間ではありません。

 あなたには僕しかいなかったようですが、僕はそんなことはないです。

 あなたにかわいそうだと思われる筋合いはありません。

 僕には彼女がいるんだ。

 本当によくもやってくれましたね。

 彼女に傷をつけて泣いているあなたが、僕のことを好きだと言うあなたが、僕はきらいです。

 気持ち悪い。


 それに僕は、あなたが唯一の友人だと言う人のことを、もうなんとも思っていません。

 むしろ、あなたの友人だったということに吐き気を覚えています。そしてあなたの唯一の友人だった彼を殺せて満足しています。

 僕の家族を殺したんだ。あんな奴死んで当たり前なんですよ。


 僕はあなたが消えてくれることを願います。

 存在することがあなたの願いのようですが、僕はそれを許さない。

 僕は彼女のことを傷つけたくないんです。

 彼女のことを傷つける人は、僕が全て排除します。


 彼女は僕のものです。

 あなたに渡しません。

 もちろん他のやつらにも渡しません。

 彼女は、僕だけを見てればいいんです。


 あぁそうだった。あなたも二つだけ役に立ってるんでしたね。

 彼女が僕のことを好きだと教えてくれてありがとうございます。

 それにこの状況。彼女の家にいるこの立ち位置は、正直おいしいです。

 これで気兼ねなく彼女を僕のものにできる。

 僕は彼女のことが好きだ。彼女もそうだ。両思いだったというわけですね。

 そこだけは感謝します。ですが、あなたの存在はいらない。ここであなたの役目も役割も何もかもが無くなった。消えろ。消えてしまえ。



 嫌いだ。あなたのことなんか。彼女の周りにいる奴らなんか。




 この日記、胸糞悪いんで燃やしますね。

 僕の中でちゃんと見ていますか?

 あなたの思いなんて、知ったこっちゃ無いんですよ。

 僕はあなたを消すために病院に通うことに決めました。

 僕はあなたのことを消します。僕は僕だ。他の誰でもない。



 さようなら

 嫌いなもう一人の自分














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