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世界を救う少女

作者: ことは



小さい頃、ボロボロになるまで読んだ絵本がある。

『世界を救う少女』

確かそんな名前だった。


血で血を洗うような世界。

人間たちは、憎みあい、罵り合い、殺しあった。

小さな子が読む絵本にしちゃ、内容が複雑すぎるんじゃないか?そんな疑問が今になって浮かんでくる。

こんな世界はもういやだ。

誰かがそう叫んだ。

この終わりのない、無意味で、バカバカしい戦いを終わりにしてください―――

心からそう願った時、

”少女”は現れた。

『…愚かなニンゲン。…助けて、ほしい?』

天から舞い降りてきた天使のように、やわらかい、透き通るような白いワンピースを身に着け、やわらかな水色のリボンで、ふわふわの髪をちょこん、とうさぎさん結びにしていた。

突如、手から光を放った。

それを浴びた人間はたちまちに自分たちがしてきたことの愚かさに気が付き、懺悔した。

『憎しみなんていらない。必要なのは優しさだけ……』

後に、その少女は”神の使い”として崇められ、讃えられた――――

それから……どうなったんだっけ?よく覚えていない。だって、その絵本を読んでた頃といったら、僕は五歳だ。

今は、立派な小学四年生。十歳だ。

その絵本のことなんか、とっくに記憶から消えていた。

なのに、なぜこんなことを思い出したのか?

それは、目の前にいる”少女”に原因があった。


透き通るようなような白いワンピース。

ふわふわの綿菓子のような栗色の髪の毛。

ちょこん、とやわらかな水色のリボンで結んでいる、うさぎさん結び。


そう、昔読んだ『世界を救う少女』にそっくりだったから。



                  


                     1 プロローグ


               


あてもなく、走りさまよっていた。

―――やっぱり、ぼくが悪かったのか……?いいや、あいつが悪いんだ!

頭に浮かんでくる疑問を振り払いながら、とにかく走り続けた。

息が切れ、のどが渇いているうえ、汗がだくだく吹き出してくる。

―――疲れた………

手をつき、呼吸を整える。そのときだった。

急に体が軽くなり、疲れていたはずなのに、疲れが一気に全身を風のように吹き抜けた。

―――あれ……?――うわッ!?

一陣の風が吹き荒れ、思わず目をつぶる。

―――…おさまった……?

そろそろと目を見開く。

僕は、いつの間にか草原の真ん中に突っ立っていた。目をみはった。

だって、さっきまで、僕の住む町にいたのに、見たこともない、全然知らないところにいたから。

―――ここ、どこ…?…もしかして僕、迷子……?

一羽の鳥が、どこからか飛んできた。その青い鳥は、まるでついて来いとでもいうかのように、僕のリュックをついばんだ。

―――どこにいくんだろう…?

引っ張られるようにしてついていった。そこには女の子が、大きなリンゴの木にもたれかかって眠っていた。

―――この女の子…昔絵本で読んだ『世界を救う少女』の主人公にそっくりだ…

傍により、声をかけてみた。だが反応はない。かすかな寝息を立てて、眠りこけている。

―――どうしよう…まぁ、いいか…

僕は女の子の隣に、体育座りで座った。

―――……やっぱり…にてるなぁ…

ふわふわで栗色の髪の毛も…水色のリボン…すべてが絵本で読んだ主人公にそっくりっだった。

―――!

おなかが鳴った。

―――そういえば、朝ごはんを食べてなかったっけ…

重いリュックをおろし、明太子味のフランスパンとオレンジジュースが入ったペットボトルを出した。

―――いただきま~す…え?

フランスパンをほおばろうと口を大きくあけたとき、ヒュンっと、目にも見えない速さで、最初何が起こったのか分からなかった。

つまり、何が言いたいかというと、”パンが奪われた。例の女の子に”

「ふぁぁぁぁぁ」

それが第一声だった。




     

         2 『世界を救う少女』と瓜二つな女の子



「……」

「もきゅもきゅ」

僕はただ、あぜんとしながらその女の子を見つめていた。

昔ボロボロになるまで読んだ絵本『世界を救う少女』に出てくる主人公にそっくりな女の子。

…いや、そっくりどころじゃない。まるで、一卵性の双子のように瓜二つだ。

その時、女の子と目が合った。

うわぁ…蒼色の瞳だ……外国人かな…

その女の子のくりんとした蒼色の瞳は、どこまでも続いてゆく青い空を連想させた。


僕は昔、あの地平線の彼方まで続いている空を追いかけてみたいと思った。

青い空に浮かぶ、真っ白い雲を、この手で掴んでみたいと思った。



『あの空がどこまで続いているのか、すごく気にならない?』



いつだったか、お母さんがそう言って子供のような笑みを浮かべたことがる。

…そういえば、あの時だっけ。”空蒼そあ”という名前。―――僕の名前の由来を話してくれたのは…。

”どこまでも続く青い空のように、優しくて広い心の持ち主であってほしいから。”…そんな感じだったと思う。



『―――ねぇ空蒼?いつか、一緒にあの青い空がどこまで続いているのか、確かめに行きましょう』



お母さんはそう言って、僕の小さな小指に、白くてさらさらした小指を絡ませ、”指切りげんまん”の歌を、透きとおった柔らかい声で歌った。

最後に、『約束よ』と言って、ウィンクしてみせた。


「………………」


けれども、その約束は、果たされそうにない。いや、今後一切その約束が果たされることはない。断言できる。

だってお母さんは変わりすぎてしまったから。


四年前に、不慮の事故でお父さんと妹を亡くしてしまったときから―――ずっと。


「――――ッ」

あの時の声が聞こえてきた気がして、思わず固く目をつむり、耳を塞いだ。息がかすかに乱れ始める。


―――空蒼が…あの時おぼれなければ……あの二人は死なずにすんだのに……ッ

耳の奥深くで、嫌悪と憎悪に満ちた声が響く。…あぁ…そうだ…僕だ。

僕のせいで死んでしまった……!!

「―――!」

ふいに、温かい手が、頭を抱えてうずくまる僕のひざの上に置かれた。

のろのろと顔を上げると、例の女の子が僕を見つめていた。

「……」

その瞳は冷え切っていて、淡々とした口調で言った。

「あなたは過去に囚われ、苦しみ続けているのね……。ニンゲンは、身勝手で自分勝手な生き物だもの。

昔からそう。人に頼って、上辺だけでは愛想良く振舞って。そのくせ、内面では自分が得すること、自分の利益になることしか考えていない。だから私はニンゲンが嫌い。大嫌い。ニンゲンは禍々しい悪霊の塊よ。…だから私は、この楽園で暮らしているの。これからも、ずっと…」

「……君は、

独りなの?」

こんなことを言うつもりじゃなかった。でも、一度口から零れ落ちた言葉は掬いあげることはできない。僕の口からどんどん言葉がつづられていく。

「だって、君は人間を憎んでいるんでしょ?」

「…うん」

「だから人と関わり合いを持とうとしない。違う?」

「…違わない」

「じゃぁ、ひつ、なんだっけ…。―――必然的に独りぼっちになるじゃない」

「…そういうことになる、の?」

女の子がいささか疑問そうに聞いてきたので、僕は「うん」とこたえて、やっと気がついた。あれ?僕、今なにを言った?あれ?…えっと…


「じゃぁ、訂正する私は”独りぼっち”」

女の子がうやうやしくお辞儀をした。僕はあわてて弁解する。

「気にしないで。ホントのことだもの」

「いや、でも、あの、」

「私、今年で千年と四百歳なの」

「えぇッ!?う、嘘…だって、どう見ても幼稚園児…」

「よく間違えられるの。小学生に!」

小学生に!のところを強く主張する彼女に僕はたずねた。

「だ…誰に?」

「私の物語を読んだ人に」


驚きはしなかった。実はさっきから、そうなんじゃないかと思っていた。だから僕は言葉を続けた。


「君は”世界を救う少女”なんでしょ?」

「今は”世界を救う少女”じゃないの。ごめんなさいね」

「別に謝らなくていいよ。でも、そうなんだ。今は”世界を救う少女”じゃないんだ。ところで君の名前は?」

「私の名前は”ルーラー”」

そういってルーラーは優雅なしぐさで一礼した。そのしぐさに僕は見惚れた。胸が少しどきどきしてくる。

「”支配者”って意味なの」

ぞくりとした。そのかわいらしい容姿とは不釣合いな名前に。胸のどきどきもすっかり収まり、僕は「え?」と聞き返した。顔が情けなく強張る。

「そのまんまなの。よくあるでしょう?童話なんかの”都市伝説”ってやつを」

ルーラーは得意げに言うでもなく、悲しそうに言うでもなく、ただ、機械的にその言葉を彼女自身の口から喋った。

「つ…つまり…自分は支配者ってこと……?」

ようやく声を絞り出した。じっと僕を見据えるルーラー。

「物語なんてそんなものよ。表面はキラキラ、小さな子供たちに夢を与える。だけど裏は?―――穢いの。ものすごくどろどろしている。突然夕立にあって、冷たい雨に晒されたあとのように。びちょびちょ。びっちょびちょよ!あはは」

最後のほうはヤケになって言っている感じだった。…でも、ちがうんだ。そうじゃない。

雨が夕立ならすぐ終わる。すぐに終わるんだ…


「私は大きな過ちを犯したの。ねぇ、あなたが読んだ私の世界はどんなのだったの?ゆっくり話してみて」


僕は大きく息を吸い込む。息を吸い込んだら、気持ちが落ち着いた。僕は僕の読んだ”世界を救う少女”の話を、思い出せる限りで話した――――


「小さい頃、ボロボロになるまで読んだ絵本がある。

『世界を救う少女』

確かそんな名前だった」


「血で血を洗うような世界。

人間たちは、憎みあい、罵り合い、殺しあった」


「小さな子が読む絵本にしちゃ、内容が複雑すぎるんじゃないか?そんな疑問が今になって浮かんでくる」


「こんな世界はもういやだ。

誰かがそう叫んだ」


「この終わりのない、無意味で、バカバカしい戦いを終わりにしてください―――

心からそう願った時、

”少女”は現れた」


「『…愚かなニンゲン。…助けて、ほしい?』」


「天から舞い降りてきた天使のように、やわらかい、透き通るような白いワンピースを身に着け、やわらかな水色のリボンで、ふわふわの髪をちょこん、とうさぎさん結びにしていた」


「突如、全身から光を放った。

それを浴びた人間はたちまちに自分たちがしてきたことの愚かさに気が付き、懺悔した」


「『憎しみなんていらない。必要なのは優しさだけ……』」


「後に、その少女は”神の使い”として崇められ、讃えられた――――。

ま。こんな感じかな…僕が覚えてるのは」

たくさん喋ったらのどが渇いた。僕は、持ってきたオレンジジュースを一気に飲み干した。口いっぱいに、甘さが広がる。

すっと僕のほうに小さな手のひらが差し出された。僕は水筒のふたにオレンジジュースをそそいで、ルーラーに渡す。

くんくんと犬のようにニオイを確かめると、やがてこくこくと飲み始めた。気に入ったのかな…?

「それで」と僕はルーラーに尋ねた。「君の言う、ドロドロした世界ってどういうこと?」

「ぷはッ。この不気味な液体、気に入った。おかわり」

……どうも調子が狂うなぁ…てか、不気味な液体って……ま、いいか。

僕はまたオレンジジュースをそそぐ。

ふと、その液体を見つめた。果汁がほんの少ししか入っていないオレンジジュース。パッケージには、いかにも果汁たっぷりって感じの写真。

絵本の中の、表だけの話。人間の表面上だけの愛想のよさ。ルーラーはそういった。

僕にはまだわからない。それをすべて理解するにはまだ幼すぎる。

はっきり言えば、表だけを見ていて、裏のことからは目をそらしたままでいたい。…そのまま大きくなるって訳にはいかないだろうけど、でも…目をそらしたい。逃げ出したい。…実際、僕は現実から逃げ出してきたんだけど。

「つまりこういうこと」ルーラーは唐突に切り出した。

「空蒼が読んだ絵本は、”本当はどろどろした物語なのだけれど、あなた自身の頭の中で無意識に美化してしまった。”」

「無意識に?僕が?そんなことないと思うけど」

「それが無意識って言うのよ。自分では違うつもりでも実際には違わない」

「……」

「本当の物語を教えてあげる。今聞いた限りでは、結構間違いがあるもの」

「……無意識、か。うん。聞かせて本当の物語を」

そして彼女は静かに語り始めた。悲しくて、せつない、どろどろした”ルーラーの物語”を。





                3 『本当』の『世界を救う少女の物語』




夢を見た。

多分、数日前に聞いた”ルーラーの物語”の影響。

だって、ものすごくどろどろしている。だからこれはいい夢じゃない。悪夢と呼ぶにふさわしい。

飛び交うのは、罵声。

飛び散るのは、鮮血。

聞こえるのは、断末魔。

怯えるのは、幼い僕。

逃げたくても逃げられないのは、現在いまの僕。

立ち向かうのは、―――”世界を滅ぼした少女”ルーラー。


「……ん」

うっすらと目を開ける。少し甘いリンゴの香りが、僕の鼻をくすぐる。…そうだ…ここはルーラーの世界…僕はそこに迷い込んだ非常にめずらしい人間なんだっけ……

「もう起きたの。早いわね」

僕の目の前にルーラが現れた。その手には包丁。―――って、えぇ!!?

「ちょっ、ルーラー?冗談はやめてよ…!!」

僕はあとずさる。その度にルーラーが不気味な包丁をキラキラさせながら、距離を縮めてくる。

「あなたを殺すわ」ルーラの口からそんな言葉が発せられた。

「ま、まって、殺すって何で!?罪もない人間を―――」

「罪のない人間?」ぐにゃり。ルーラーの全身が歪んだ。皮膚がベリベリ剥げ、でも血は溢れない。そのなんともいえないグロテクさに吐き気がした。

皮が全部剥げて現れたのは―――お母さん…!?な、なんで

「あなたのせいで二人は死んだの。とっても大きな罪よ。だから、私が空蒼を罰するのよぉおお!!!」

そこで目が覚めた。全身汗ばんでいて、息が荒い。

ふかふかのベットのような草。そこに僕は体をうずめていた。

大きなリンゴの木。まだ実少ししかなっていなくて、小さな花が咲いていたり、真っ赤な色の実がなっていたり。

何の種類だろう……。ぼんやりとそんなことを考える。

「空蒼。起きた」

目の前には現実のルーラー。それでもちょっと心配な僕はたずねた。

「おはようルーラー。両手を僕に突き出してみて」

「?はいどうぞ」不思議そうに両手を突き出すルーラーの小さな手を僕はていねいに、慎重に調べた。

「よかった。現実だ…」

「??ここは私にとっては現実だけれど、あなたにとっては妄想の世界でしかないのよ?」

「??そうなの?」今度は僕にハテナマークがついた。十個ほど一気に。「じゃぁ、ここでいくら生活しても、僕の現実での時間は、一週間前と変わらないってこと?」

「ん~…まぁ、そういうことになる。でも、ちょっと違う」

「また”違う”なのぉ?」

「―――ここでの一日と、空蒼の現実の一日は時間のたち方が違うのよ。」

「時間の、経ち方?」

「例えば、こっちの世界で一日を過ごしたとする。でも空蒼の現実では一時間程度しか経っていない。一週間では、七時間。一ヶ月では…えっと」

「つまり、ここで僕は四日ぐらい過ごしているけど、僕の現実の世界では四時間しか経ってないってことか」

「そういうこと!」ルーラーは嬉しそうに奇声を上げた。「リンゴ、たべる?」

「このリンゴ、食べられるの?」

「もちろん!種類は”ふじ”このリンゴは日本で最も一般的に栽培される品種で、日本国外にもさかんに輸出されているの。品種名の由来は、育成地である青森県藤崎町にちなんでつけられた名前なのよ。食べるとシャキシャキしててとっても甘いの!」

へー…知らなかった。

僕はルーラからリンゴを受け取り(とゆうか、テレポートみたいなもので渡された)、かじってみたら、確かにシャキシャキしていた。でも……

「甘く…ない」

「うそ」

互いのかじりかけのリンゴを交換し合う。僕はルーラーに。ルーラーは僕に。

しゃくしゃく。

そしゃくする音がメロディのように溢れる。……ん?メロディ?

「~♪~~♪」

「…なに歌ってんの?」

「”ガラスの林檎 - 松田聖子 ”」

「?昔の歌?」

「そんなことより」蒼い瞳を期待に満ち溢れさせてルーラーが僕にたずねる「甘いでしょ」

「……うん」

僕はウソをついた。目の前に居る、容姿は幼稚園児でも、年齢は千四百歳の彼女に、ウソをついた。

僕が最初にかじったリンゴも、ルーラーと交換したリンゴも甘くなかった。むしろ……

「しょっぱい?」

ルーラーは僕のこころを見透かす能力も備えているのだろうか?

「ごめん」

「うん。すぐに謝ったから許してあげる」

僕はルーラーの蒼い瞳を見つめていった。

「本当はどちらのリンゴもしょっぱかったんだ」

「私も最初はそうだった。まだこの世界になれていなかった頃の話だけれどね。こころに闇を抱えていると、何を食べても味がしなかったり、甘いものをしょっぱく感じたり、辛いものを甘く感じたりするの」

ルーラーが哀しそうにリンゴの木を見上げた。僕もそれにつられてリンゴの木を見上げる。

生い茂る緑の葉っぱに咲いている小さな白い花。その小さな花が成長して真っ赤な色をみに纏ったおいしそうなリンゴ。でも僕はそれをおいしいと感じることは出来なかった。それは、こころに闇を抱えているから……。お父さんと空魅のことだよなぁ…


あの日のことを、僕は一度だって忘れたことがない。忘れられない。

「私はあの日のことを一度だって忘れたことがないわ。忘れられない」

大きな罪。償えない罪。

「大きな罪。もう二度と取り戻せない」

死んでしまった魂に対してどう償えというのだろう?

「ねぇ、ルーラー」僕はルーラーに尋ねた。「君の犯した過ちは、償える?」

「…………」

ルーラーは黙り込んでしまった。

「僕の罪は償えないんだ」

四年前の夏の日。僕は幼心に、一生消えない大きなキズを負った。

「私は…」ようやくルーラーがつぶやいた。

「私は正しいことをしたと思っている。でも、もう二度と起こしてはいけないし、償えない」

「ただ…しい……?」

僕はわずかに怒りを覚えた。

「”私の物語”はそれほど悲惨だったのよ」

あんなことをしておきながら、ひょうひょうとした表情で”正しいことをした”と主張するルーラーに対して。

「”あんなことをしておきながら”って思う?」

「……」

僕は答えなかった。それに構わずルーラーは続ける。…僕が初めてルーラーにあったときと、まるで立場が逆だ。

「だってそうでしょう?あの時私がニンゲンの世界を滅ぼさなければ、勝敗がつかないことを解っている戦いを続けなければならなかった。」

「…」

「いつまでも延々とね。そこで私が終止符を打ってあげたの。大嫌いなニンゲンの願いを聞いて」

「……」

「こうするしか他に方法がないもの」

「……」

「あなたが美化した”物語の中の私”はキレイな心の持ち主で、世界を滅ぼしたなんて考えられないでしょうけど。前にも言ったように、本当はどろどろしている。私は”世界を救う少女”なんかじゃない”世界を滅ぼした少女”なの」

「……―――も」僕はやっと反論した「でも、違うんだよ!」

ルーラーも負けじと、声を荒げて反論する。

「違うって何!?じゃあ訊くけど、私のどろどろした方法以外に何が出来たって言うの!!」

僕も負けじと声を荒げる。

「そんなのわかんないよ!」

「じゃぁ、怒らないでよ!!ニンゲンは穢い、どろどろしている!事実でしょう!!?」

「怒ってなんかないよ!!ただ僕は!!」

僕はただ……ルーラーがなんでそこまで穢いものを主張するんだろうかって…

「”ただ僕は”なによ?」ルーラーの声は冷め切っていた「空蒼」

「あなた、何か勘違いしていない?」

「え……」

勘違い……?

「世の中、過去に囚われ、苦しんでいる人がたくさん存在する。私もその中の一人」

ルーラーが苦しんでいるなんて考えもしなかった。僕は自分の短気さを恥じ、謝ろうとした。

だが、ルーラーの指が僕を捉える。

そして、こう言った。


「―――あなたも例外じゃない」


その瞬間、景色がぐにゃりと歪んだ。同時に、四年前の記憶えいぞうが次々と鮮明によみがえった――――



               

              

             4『世界を救う少女』に憧れる少年の『アヤマチ』



僕の四年前の過ち―――



「――ちゃ―」

「にぃちゃ…」

ぼくを呼ぶ声に目を開ける。視界に映るのは、ショートッカットの似合う女の子、―――ぼくの一つしたの妹、空魅くみ

「おはよー空魅」

「もうッ!いつまでねてるですか、にぃちゃはッ!!」

いきなり怒鳴られた。しかも頭突きされた。

「きょーは、パパとママとにぃちゃとあたちで川に行く日!」

あ…そういえば……今日はみんなでバーベキューの日だっけ……。ひりひりする頭をさすりながらリュックの中身を確かめる。

えっと…水筒……お菓子…それから…

「はいッ」空魅がニコニコしながらぼくに何か手渡した「にぃちゃがいつもよんでいるご本でしゅ☆」



―――思えば、これが最後に見た、空魅の笑顔だったんだ。

一つしか違わない、いつも僕の後をくっついている、でも自己主張が強い、僕の妹。

思ってもみなかった。僕が原因で、空魅を失うなんて。

そのうえ、お父さんまで失うなんて。思ってもみなかったんだ。



「空魅ッ!」

「パパ?どうちたの…そんなにぜぇぜぇして」

「空蒼と……空蒼と一緒じゃないのか!?」

「…。……!」

「どうした……」

「ぁ…ぁのおぼれてる子……そ、空蒼、じゃないかしら……」


苦しい、息が出来ない…

洋服が水を吸って重い。足が届かない。

もがけばもがくほど、川の水が口の中に流れ込んできて苦しい!


「―――そあ!!空蒼!」


この声……!ぼくは声を振り絞って助けを求めた。「…とさん……」

「お父さんッッ……!!!」

「空蒼……ッ!!」


それから、ぼくは周りに居た大人たちやお父さんに助けられ、救急車で病院に運ばれ、何とか一命を取り留めた。

が。ぼくには時間が止まったように感じた。

目が覚めたとき、告げられた。

「空蒼を助けたのはいいものの、川の流れにさらわれて……空魅まで……」

このときのぼくはあまりにもバカだったんだ。今にも泣きそうな表情の母に、二人の行方を尋ねてしまった。

「誰のせいで死んだと思ってるの……ッ!!」

いままで耐えていたのか、お母さんは一気にまくし立てた。

話によると、ぼくがおぼれた後お父さんが川に飛び込んだ。そしてぼくを川から上げる。ここまでは順調だったらしい。誤算だったのは、空魅。おぼれているのぼくを見て、心配でいてもたってもいられなくなった空魅が、半泣きになりながら川に入っていってしまったらしい。それに気がついたお母さんが止めようとした。でも、もう遅かった。

その時すでにコケで転んでしまった空魅はお父さんと一緒に、川の流れに逆らえずにそのまま流され…、遺体が見つかったのはその一週間後だったらしい。

「……ッ」

おなかの中から何かが突き上げてくるような不快感と、気持ちが悪いのを堪えながらぼくはその話を聞いていた―――。



……その日から、僕とお母さんの”家族”という関係は壊れてしまったんだ。

最初は解らなかった。

僕が退院した後、いつものようにご飯を食べたり、他愛のない会話もした。

でも、日を重ねるごとにお母さんは本性を出しはじめていった。化けの皮をはがしたように少しずつ、少しずつ。ボロボロと、ペンキがはがれ落ちるみたいに、ね。


まずはシカトから始まった。

朝いつものようにお母さんに挨拶をした。でも返事が返ってこない。返ってくるのは、憎悪溢れた感情だけ。


つぎに僕の分の朝ごはんと夜ご飯が無くなった。あるのは何枚かの小銭とお札、それから書きなぐられたメモ。

”一ヶ月分のご飯代!!”


それから僕たちは極力必要なこと以外、口を利かなくなった。

お母さんは仕事から帰ってくるとゼンマイが切れた人形ように二人の遺影の前でこてりと眠り。

僕は最低限必要なとき以外部屋から一歩も出なくなり、朝っぱらからカーテンを閉めきり部屋に鍵をかけ、引き込もっていた。

当時の僕はもうどんな価値もみいだせなくて、生きる意味さえ解らなかった。

でもたった一つだけ、価値をみいだせるものがあった。それが”世界を救う少女の絵本”

それを読んでいる時だけが唯一の安らぎだった。

僕のせいで空魅とお父さんが死んだこと。

母親との不仲。

生きてることに意味があるのか?と問いかけてくる自分。

すべてを考えずにすんだ。大げさだけど”世界を救う少女の絵本”のためだけに生きていたともいえる。


だが、事件は本当に突然起きた。


お母さんが絵本を捨てた。悪気は……なかった…いや、きっとあったに違いない。

ついに僕は耐えかねて、家出を決意した。

別に僕が居なくなったって心配なんかしないだろうし、むしろ居なくなってせいせいしてるだろうし。

そして僕は”ルーラーの世界”に迷い込んだんだ。

彼女と話しているうちに、彼女のドロドロした話を聞き、でも僕はそれが信じられなくて。

ドロドロしたものなんか、穢いものなんか無い。まっさらな、キレイなものだけがあるんだ。―――そう主張していたはずなのに…

「……結局、僕だってキタナイどろどろしたものしか知らないや…ハハ」

「……」

ルーラーは何も答えなかった。けれども、もうさっきみたいに怒ってはいなかった。

「空蒼はキレイなものだけを見てきたんじゃない」

「うん」

「実際にキタナイものにさらされた」

「うん」

僕は言った。「この世の中には、キレイなものがあれば、必ずキタナイものがあるんだ」

ルーラーは笑わなかった。


「…これを視てほしいの」

ルーラーが手をかざしたところがブラックホールみたいに黒い穴が空いて、テレビがついたみたいに映像を一瞬、映し出した。

「…いまのじゃ、わからないよ」

「……」

「ルーラー?」

「視る前に一つ」気のせいだろうか?彼女の顔がどこか寂しそうに見えた「空蒼は、ずっと、”私の世界”に居てくれる?」

………考えてなかった。僕がいつ現実の世界に帰るかなんて……。

でも…

僕には帰る場所が無い。なら、ずっとこの世界の住人となって、生涯を生きよう。

「うん。ずっと”ルーラーの世界”に居る」帰る場所が、ない。

「よかった…!」

らしくもない。いつもあまり笑わないルーラーが、タンポポの花のようなパッとした笑顔を浮かべた。

ルーラーが手をかざし、映像が映し出された。さっきの乱れた映像じゃなくて、キレイで鮮明に映る映像。

そこに一人の女性が映っていた。特徴的なたれ目の中年女性。………え……これって…まさか……。

映し出された女性を食い入るように視ている僕にルーラーが言った。「これ、音声も聴けるの」僕は全神経を耳に集中させた。

「……!」

聴こえたのは、掠れた、か細い声。最愛の息子を失った、悲痛の、声。


『神様……どうか、どうか………あの子を返してください。私が悪かったんです。反省しますから……ッ!』


『空蒼を、返して――――』


それは紛れも無い、僕のお母さんの言葉だった――――。




                5 『世界を救う少女』に祈る『母親』




……あれから九時間がたつ。

「どこをほっつき歩いてるのよ……」

帰ってきたら思いっきり叱ってやるんだから。……でも、どうやって?

どうやって、あの子に接すればいい?

わからない。

いままで、ずっとほったらかしだった。だから、どう接すればいいのかわからない。

『…おかあさんは……ぼくのこと…いらないんだ』

「え―――ッ」

空蒼…ッ!?

「空蒼……!!」

『今問題の児童虐待です。この男の子は―――』

「……ぁ」

空蒼の声かと思ったその声は、テレビの特集番組だった。

違う男の子とわかっていても、どうしても空蒼と重なってしまう。

『毎日…ご飯がなかったり』

「―――!!」

私のことだ。私も、今まで空蒼に対してひどいことをしてきた……!


四年前。あの人と空魅がいなくなってから私は生きる希望というものを失っていた。

突然奪われた最愛の家族。なんの変りもない、いつものようにみんなでバーベキューをしに行っただけなのに…どうして私だけがこんな目にあわなくちゃならないの……!


私は最後の、たった一人の家族に愛情を注がなければならなかった。なのに、


「お父さんと、空魅はどこにいるの?」


頭の中で何かがはじけたような気がした。

自分の意思より先に口が喋り始める。

「誰の……ッ」

「誰のせいでッ!!」


―――わたしはあの子に、どんなひどい罵声を浴びせたのだろう?

…思い出せない。でも、あの子はきっと一生忘れることが無いだろう。

襲い掛かってくる猛烈な嘔吐感と罵声。それに耐えながら。

口元を押さつけて、つばを飲み込んで。それでもくぐもったうめき声を指の間から溢しながら「ごめんなさい」そう謝って。

空蒼のココロから一生消えることの無いキズを私は作ってしまった……。

―――最低だ。人として最悪…!

でも。

あれいらい空蒼とどう接すればいいのかわからなかった。

挨拶をされても戸惑ってしまうだけで、返事は返せなかった。

最初のうちはご飯だって作ってた。でも、部屋に引きこもってしまった空蒼がそれを口にすることは無くて。

お互いにすれ違いあっていく日々が増えた。


そして今朝。

まだ早朝だっただろうか?小さな物音で目が覚めた。

「……!」

物音を立てていたのは、ほんとうに久しぶりに見る空蒼の姿。

冷蔵庫をあさり、それを身体に不釣合いの大きなリュックサックに詰める。

そのときはまだ訳が分からなかった。

声をかければよかったのかもしれない。でも、それが出来なくて――…

ズ…ッ

物音でしか私の存在を知らせることが出来なくて。


―――結局。あの後やはり私は空蒼を責め、追い出した。

めずらしく空蒼も感情をむき出しにしていた。

私は…なんて馬鹿なニンゲンなのだろう。

なんて馬鹿な母親!


でも、どうすればいい?

何処を探せばいいのも分からない。ただ、こうして祈りながらあの子の帰りを待つことしか―――


「それは、違うんじゃない?」

「え」


突然目の前に小さな女の子が現れた。

どこから…?…違う、立体映像だ……!

幼稚園ぐらいの、ウサギさん結びで、白いワンピースに栗色の毛。

それはまるで空蒼が昔読んでいた絵本に出てくるような―――


「私は、”世界を救う少女”」

「えッ!あ、あの。あなた―――」

「あなた、私何歳ぐらいに見える?」

質問しようと思っていたらこっちが質問されるとは思わなかった。というかそもそも映像と話が出来るなんて…。

「え…っと。幼稚園の年少さんくらいかしら…」

そう答えると苦笑しながら女の子は言った。「やっぱりあの子の母親ね」と。

「空蒼は、元気にやってるわよ☆」

いったん彼女が消え、映し出された。

「そッ…空蒼!!?」

私は思わずその映像に飛びついたけど、映像にはかなわない。肘を痛めただけだ。

「―――ッ!空蒼を…どうするつもり!?」

「別に。わたしはどうもしない。空蒼が”私の世界”にいることを望んでいるだけ。それに、追い出したのはあなた自身でしょう?いまさら、帰ってこいなんていうの?―――クスクス…☆」

「ッ…そ、それは…そうだけど…」

「なら、何も問題は無いでしょう」

返す言葉も無かった。

あの子を追い出したのは…私…。それは変わりようもない事実…。

「……。私は、どうしたらいいの……?」

夫を。

空魅を。

家族を二人も失って、残されたのは私と空蒼だけで。

もう十分すぎるぐらい悲しい想いをしたのに。空蒼まで失ったら、私は。

私は―――

「罪を、償いなさい」

「……罪…?」

彼女はため息混じりに言った。「あの子は償っているのに、あなただけ償わないなんてアンフェアでしょう」

罪……?…償う…?

私の罪……それは、きっと…

「空蒼を、捨てたこと」

やさしくほほえむ彼女。

「たったひとり私に残された大切な家族を愛さなかったこと」

「気づいてるじゃない」

「私は空蒼を元気にしてあげなければならなかった…!」

言葉にしたとたん、生温かいものが頬を伝い始めた。

そんな私を見た彼女は、どこか安心したような表情を浮かべた。

「こっちはもう話をつけてある。あと数時間後には帰るわ」

その言葉と同時に映像は消えた。

映像が消える瞬間、彼女は言った。

「あなたにも出来ることがあるはず」

「……」

…きっと、おなかをすかして帰ってくるだろう。

だから私はあったかいご飯を作って帰りを待とう。

きっと、怯えながら帰ってくるだろう。

だから私はあの子をこの手で抱きしめてあげよう。

そして夕飯を共にしよう。一緒の布団で寝よう。あの子の大好きだった絵本を読んであげよう。


窓を開けてみる。もうすぐ夕方になる空は、透けるようなオレンジ色を纏っていた。

私はふいに何かを思い出した。

…長いこと忘れていた約束。あの子と誓った約束―――

そうだ…私はずっと忘れてた…


大きく息を吸い込み、

「あの青い空が何処まで続いているのか、一緒に確かめに行こう」

私は誓った。



               

             6 『世界を救う少女』との『別れ』



「…ルーラー……?どこ?」

気がついた時にはもう彼女の姿は消えていた。

…もしかして、僕が元の世界に帰りたいと思ったから……!?

「ルーラー…!ルーラー…!どこ?!」

必死に探し回る僕の瞳に、水色のリボンが映る。

―――最初に僕たちが出会ったときのように。

大きなリンゴの木にもたれかかって眠って―――はいなかったけど、顔をうずめて体育座りをしていた。

僕はルーラーの隣に腰を下ろす。…腰よりも伸びた栗色の長い髪の毛が、僕の手に触れる。―――とても百四十歳とは思えない滑らかさだった。

「……帰るの……?」

独り言のように呟いたルーラーの口調は少し震えていた。

…僕は、どうすればいいのかわからなかった。そもそも、最初に約束をしていた。僕はずっと”ルーラーの世界”にいる。生涯をここで過ごしてもいい。と。

僕が今彼女に伝えようとしていることは、その約束を破ることになる。

「でも僕は思うんだ」ルーラーが答えないのを承知で続けた。「勘違い、なんじゃないのか…って」

「………勘違い…?」

「あ…。答えてくれた」

頬に涙の後を付けたまま顔を上げたルーラーにハンカチを渡す。「レディにむかって失礼な子ね」なんていって顔を赤くしてたけど、もうそんな年齢じゃないはずなんだけどな。…まぁ、いいか見ためは幼稚園児だし。

「見た目で判断するでしょう」

ルーラーの言葉の意味がいまいち理解できなかった。

「えっと、つまり。どういうこと?」

僕は笑って見せたけど、ルーラーは手の甲で涙を拭っただけだった。

それでもまだ蒼い瞳の端にうっすらと涙を浮かべている……。僕は、約束を破るのか…。

「第一印象でニンゲンはその人の性格を自分の中でイメージして、その人をそ言う風にしか見ようとしないでしょう?例えば…、空蒼の嫌いな友人が、たとえ世間に褒められるようないいことをしたとしてもあなたは”どうせ人の気を引くためだ”そいう風にしか見れないでしょう?それと一緒なの。あなたはあの事件以来母親には嫌なイメージしか抱いていない。お互いに言葉を交わすことも無い。―――そのことがお互いのすれ違いを生み、お互いの誤解を招いた。母親が冷たく当たるのも空蒼との接し方が分からなかったから。かもしれないでしょう?」

僕は約束を破ってしまう。破らない何かいい方法は無いだろうか…?

「…帰るんでしょう。あなたにはなくなった居場所がまた新たに再生されたの」

なにか……いい方法…

「…私には、ここしか帰る場所が無いけれど…」

ひらめいた!!そうだよそうだ!その手があったじゃないか。

「ルーラーも一緒に僕のうちで暮らそうよ!!」

「……え…?」

何で思いつかなかったんだろうこんな素敵な方法を!「ね!いこうよルーラー!」僕はルーラーの小さな手をとった。

けど、ルーラーは俯いたままその場から離れようとしない。

「……ダメなの」

「え?…ダメって…?」

小さな手が僕の手から離れる。

ためらったような、困ったような、でも、寂しそうに。

「私はここを離れちゃいけない」

―――!!

そんな…いい方法だと思ったのに…。僕が帰ったら、きっとこの世界にはもう二度とこれない。

そんな気がする。だから、僕は彼女を連れ出そうと思ったのに……なのに、どうして……!?

言葉が出ない僕に補足するようにルーラーが言葉を続ける。

「私の償いなの。」

「ここにのこって、この世界を守ることが。」

言葉の意味が分からない。僕には、ルーラーが言ってる意味が理解、出来ない。

「それでもッ…!僕は君と一緒にいたい!」

「空あ」

「だって僕は!」

「そ」

「僕はルーラーのことが―――」


瞬間。時が止まった。

いや、実際にはとまってないんだけど、僕の脳が、身体が、とまったように感じさせた。


口に触れた柔らかいものがゆっくりと、時間の経ち方が遅くなったように、離れていく。


それと同時に。僕と彼女を祝福するかのように小鳥たちがチュピチュピとさえずりはじめる。

「空蒼のはじめて、私がもらちゃった☆」

チュッピチュピ

「さようなら。空蒼」

チュピチュピ

「私、あなたのこと必ず忘れないわ」

チュッチュピッ!

「空蒼も、私のこと忘れないで。」

僕は固まったまま動けなかった。顔全体から湯気が出てるのは分かったけど……。

やっとの思いで声を絞り出したときにはもう遅かった。

「ぼ、僕もルーラーのことわすr」

まるでリンゴの木など、原っぱなど最初から無かったかのように、僕は森の真ん中でたたずんでいた。



                 最終章『世界を救う少女』の『始まり』



「お前は自らの命を燃やしてでも罪を償うんだ」


生まれた時からそんな風にいわれてた気がする。


「人々の命を奪った罪。重いぞ」


生まれたばかりの私に命を奪うなんてこと出来るはずがないのに。


私を生んだ、顔も知らない母親と父親が犯した罪を子供の私が償わなくちゃいけないらしい。

いわゆる”親が遺した借金は子が返せ”状態。


私は見た目は楽園のようだけれど、中身は殺風景で面白いことなんか見つからないような場所で暮らしていた。

…唯一の楽しみといえば、真っ赤なリンゴにかぶりつく事と、小鳥のさえずりを子守唄に寝てるときだけだった。


しょっぱいリンゴをしょっぱくないと感じ始めた頃、

「お前は『ルーラー』そこに迷い込んだ悩み多き人間たちを支配し、救うんだ」


最初の頃はせっせと働いた。

わがままなニンゲンや。素直なニンゲン。

女の子もいれば、もちろん男の子もいた。

きっと、もうすぐ……。もうすぐここから開放される…!


「いままでよくがんばってきたな。この仕事を成功させることが出来たなら。償いは終わりだ」

ものすごく嬉しかった。やっと、この灰色の世界から抜け出せるんだ!


あせりすぎていたのかもしれない。


私はニンゲンを殺めてしまった。言い逃れをすれば不幸な事故だったともいえる。


「自らの手を染めてしまうなんて。何て愚かしい。そなたに終焉などあると思うな」

罪の代償に不老不死の身体を手に入れた。

不老不死の身体なんか手に入れても嬉しくない。むしろ、不気味なだけ…。

何度も泣き、叫んだ。何度も救いを乞い、惨めになった。


それでも私の願いが叶うことは無い。次第にそれを悟っていった。だから、

「お願い?忠告しておくが、ここからでようなんぞ―――違うのか。絵本?」

私は私を閉じ込めている人に絵本をつくってほしいと頼んだ。


「ふむ。そなたの両親が犯した罪を世に広めると。素晴らしいアイディアではないか」

―――なんて奴だろう。醜態をさらすことをこんなにも喜ぶなんて…!

まぁ、おかしいも何もなかったけど。私をこんなところに閉じ込めるんだ。元から狂ってる奴に違いない……。

小さく空気を吸い込んだ。そして、その題を告げる。


「『世界を救う少女』、です。」


こうして私は生まれた。


              『世界を救う少女』 原案 ルーラー

          

”血で血を洗うような世界。

人間たちは、憎みあい、罵り合い、殺しあった。


こんな世界はもういやだ。

誰かがそう叫んだ。

この終わりのない、無意味で、バカバカしい戦いを終わりにしてください―――


心からそう願った時、

”少女”は現れた。


『…愚かなニンゲン。…助けて、ほしい?』


天から舞い降りてきた天使のように、やわらかい、透き通るような白いワンピースを身に着け、やわらかな水色のリボンで、ふわふわの髪をちょこん、とうさぎさん結びにしていた。


突如、手から光を放った。


それを浴びた人間はたちまちに自分たちがしてきたことの愚かさに気が付き、懺悔した。


『憎しみなんていらない。必要なのは優しさだけ……』


後に、その少女は”神の使い”として崇められ、讃えられた――――

そして、最初に現れたときのようにいつの間にかいなくなっていた。


―――噂によればどこか遠い、遠い町で暮らしているらしい。

そこは、楽園のような場所で不老不死の身体も手に入れられる。とっても素敵で、憧れのような場所。


でも、同時に地獄のような場所。

人々の罪を被った”世界を救う少女”は永遠の牢獄に閉じ込められ、罪を償っている。


昔も。今も。幼い姿のまま、尽きる命もなく―――”

 

                  END



…今思えばあの子が言っていた話は全部”本当の物語”…。私があいつに作らせたんだからキレイに修正されていて当たり前。あいつはそういう奴だ……。


今まで、私の物語を読んで、憧れているニンゲンは沢山いた。その度に私は夢を穢さないようにしてきた。

なのに私はあの子の夢を穢してしまった。大抵のニンゲンは夢を穢されると、…つまり、穢くて黒い部分を知らせてしまうと、

心を失くしてしまう。そして何も信じることができなくなって、疑心暗鬼に陥る。最悪の場合…他人を傷つけ、自らも自害してしまう。……それが私の罪、『世界を滅ぼした少女』でもあった。

でも。

あの子は強かった。自棄になっていた私にキレイなことを主張し、同時に穢いことも認めた。

……心が壊れることもなかった―――――

「空蒼…」

もう二度と逢うことのないその名前を呼んだ。

たったいま、別れを告げたばかりなのにすべてが懐かしくおもえる。

すべてが、昔のことのように。

私たちは生まれた時から一緒にいた―――そんな錯覚…。


”私の世界”という”楽園”を後にした人間はここで過ごした様々なことを忘れてしまう。それが掟。

だから空蒼が私のことを思い出すことはありえない。


あなたが私を変えてくれたことも。

あなたが私に笑顔を取り戻させてくれたことも。


私があなたに与えた勇気も。

私があなたに与えた闇も。


あなたがもらった。わたしがあげた。「…ファーストキスも…」


―――もうすぐ、千五百年が経とうとしている―――……




          8 エピローグ



僕たちの別れはあっけないものだった。

気がついたら、まるでリンゴの木など、原っぱなど最初から無かったかのように、僕は森の真ん中でたたずんでいた。

僕はまだ自分の想いを伝えられずにいた。

「ルー…。……。あれ……?」

何で僕、こんな森になんかいるんだろう?

それに、ここはどこ?

……もしかして……迷子……?

いや…まさか…

「とりあえず…歩こう」

ドサッ!

「わッ…!ぁ」

危うくつまずきそうになったそれは僕のリュックサックだった。

そうだ…僕、家出したんだっけ……。

「…怒ってるかな……」

不思議とこのまま家出を続ける気にはならなかった。むしろ、家出した原因すら思い出せなかった。

「……かじりかけの……リンゴ…?」

不思議とそれを手放す気にはなれなかった。むしろ、想いを馳せることが出来るような気がした。

「……よしッ!」

僕は少し茶色くなったリンゴをかじった。甘かった。

重いリュックを背負い、歩き出す。

森を出ればきっと僕の家が見えてくる。

見慣れた風景が見えてくるはず。そんな自信で満ち溢れているきがする。

…もうすぐ夕方だ。空がオレンジ色を纏っていた。

きっと、今日も夜ご飯は僕一人だろう。でも、変わってみよう…。

お母さんの分のご飯も作って、声をかけて、お父さんと空魅にはお線香じゃなくて僕たちと同じ食事を。

家族揃って夜ご飯を食べよう…。

「…!見えてきた…!」

残り一口になったリンゴを口に放り込み、僕は駆ける。

家に帰ると、

「ただいま!」「おかえりなさい!」

二つの言葉が交わされた。



『世界を救う少女』END


はじめまして!中学三年生の「このは」と申します。

はじめての投稿なので少し緊張します。


感想などありましたら、どんどんお願いします!

良かったところはもちろん、悪かったところも…


これを読んだ皆さんが「世界を救う少女」の世界にはまってくれたらうれしいです☆

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