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4.パンチラと襲撃

 今いる街は、想像していた以上に賑わっていた。

石畳の大通りを、何人もの人々が行き交っている。


 露店からは威勢のいい呼び声が飛び交い、店先には色とりどりの野菜や果物が並べられている。遠くからは笑い声や食器のぶつかる音まで聞こえてくる。

 まるで、本当に人々が暮らしている街のようだった。


――ただし。


Echikoさんの話によれば、この人たちのほとんどはNPC。

ノンプレイヤーキャラクター。

ゲームにおいて、プレイヤーが直接操作しないキャラクターのことだ。いわば人ではないということ。


(……会話はできるのかな?)


ふと疑問に思った。

町人同士を観察していると、普通に会話をしている。


「今日はいい天気だな」


「そうねぇ。明日は雨になるかもしれないよ」


そんな他愛のないやり取りまで聞こえてくる。

あまりにも自然だ。

 ちょうど隣で野菜の露店を開いている、恰幅のいいおじさんがいたので試しに話しかけてみる。


「こ、こんばんは」


「おう、兄ちゃん。野菜買っていくかい?」


「あ、いえ……ちょっと伺っていいですか?」


「なんだい?」


普通に返事が返ってきた。

会話は成立している。


(やっぱり……)


生成AIによる自律的な思考。

あるいは、それに類する高度なシステムによって会話が可能になっているのかもしれない。


「ここはどこですか?」


「迷ったのか?グラン地方の城下町、グランだよ。大きいだろう」


「あ、いや……そういう意味じゃなくて」


僕は言葉を選んだ。


「この世界は……仮想空間なんですか?」


「仮想空間?」


おじさんは怪訝そうに眉をひそめた。


「ここが仮想空間だって?兄ちゃん、何言ってんだ?頭おかしくなったのかい?」


「!」


知らないのか。

それとも――知らないことになっているのか。


「おじさんは、ここで何をしているんですか?」


「そりゃあ、採れたての新鮮な野菜を売ってるんだよ」


「昨日は何をしてました?」


「昨日?昨日もここで野菜を売ってたよ」


「去年は?」


「去年も野菜を売ってたに決まってるだろ」


おじさんは、怪訝そうな顔をしながらも答えてくれた。

しかし、その答えには不自然なほど変化がない。

昨日も野菜。

去年も野菜。

 恐らく十年前と聞いても――同じ答えが返ってくるのか、不機嫌になって会話を打ち切られるのかもしれない。


(設定された情報の中でしか答えられないAI……)


そんな印象だった。

もちろん、普通の人間にこんな質問をしても、最初から正直に答えてくれる保証などない。


それでも。


 この世界が誰かによって作られた仮想空間である可能性は、ますます高くなったように思えた。


そして――。


僕は一つのことを思いついた。


(……NPCの女の子なら)


もし、この世界がゲームなら。

NPCは、ゲームのシステムによって作られた存在だ。


ならば――。


ゲームのキャラクター相手なら、現実の女性とは違って何をしても問題ないのではないか!?

 そんな、とんでもなく身勝手な考えが頭をよぎった。


 ちょうどそのときだった。

向こうから、町娘らしき女の子が歩いてくる。

可愛らしい顔立ち。

長いスカート。

どこか昔のRPGに出てきそうな服装だ。

挿絵(By みてみん)

ただ――。


 見た目だけでは、NPCなのかプレイヤーなのか区別がつかない。


(どうする!?)


少し迷った。

けれど、ここが本当にゲームの世界なら。

この世界の仕組みを知るためにも、試してみる価値はある。


(取り敢えず、話しかけてみるか)


「あの」


声をかける。


「はい?」


彼女は笑顔を見せながら立ち止まった。


「あ、あなたは……ここがゲームの世界だと思う?」


「何を言っているんですか?」


返ってきたのは、先ほどのおじさんとほとんど同じ困惑した反応だった。


「…………」


考えてみればこれだけでも、ある程度の判別材料になる。


 もしプレイヤーなら、Echikoさんのように何らかの疑念を抱いていてもおかしくない。

 それなのに、まるで意味の分からない質問をされたかのような反応。

 やはり彼女はNPCなのだろう。


 ならば――次の一手は。

『衝撃波(入門)』だ。


僕が持っている能力。

入門レベルでは、下方から突風を発生させる程度のもの。大した攻撃力はない。

 だが、対象の衣服を持ち上げることくらいならできる。

 ここが仮想世界であり、彼女がNPCであることを確認するには十分だ。

 反応を見れば、NPCの挙動について何か分かるかもしれない。


それに――。


NPCならば自分は耐えられるのかも確認できる。

一石二鳥だ。

そもそもゲームのキャラクターの衣装の中身を確認したくなるのは――。

まあ。

ゲームをやった男ならば、誰しも一度くらいはあることだ。

カメラのアングルや場所を変えて試行錯誤している動画は割と見かける。


(大丈夫)


ほんの一瞬。

風を起こすだけ。

そして、その結果を確認するだけだ。

僕は彼女の背中を見つめた。

挿絵(By みてみん)

「衝撃波!」


手をかざす。

次の瞬間。


ふわっ――。


風が生まれた。

目には見えない。

けれど、確かにそこにある。

風というものは、不思議だ。

姿を持たず、手で掴むこともできない。

 それなのに、草を揺らし、木々を揺らし、ときには人間の意思さえも簡単に裏切ってみせる。


手元から生まれた突風は、地面を這うように進み――。


彼女の足元へ到達した。


 ふぁさっ。


スカートの裾が揺れる。

次の瞬間、布地が大きく持ち上がった。

スラリとした細くて綺麗な肌の足が徐々にその全容をあらわにし、やがて付け根まで到達する。

挿絵(By みてみん)

「きゃあ!」


短い悲鳴。


スカートの裾が重力による抵抗むなしく軽やかに宙に舞い上がり、小ぶりな膨らみはその正体を現す。


重力に負けずツンと突き出た桃は若々しく張りがあり、光を受けて、なめらかな質感を際立たせている。

 健康的な身体が持つ瑞々しさと、しなやかな美しさがそこにはあった。


ただ


(なん⋯⋯だと)


その造形は完璧すぎた。

これが本物ではないと言うのか。

細部まで作り込まれた曲線。

純白の布が織りなすハーモニー。

もはや芸術に達している。


彼女の手が反射的にスカートの裾を押さえる。

しかし隠されていたものは、風によって既にさらされた後だ。

時間が止まったように感じた。

ほんの一瞬だった。

けれど、その一瞬は妙に長かった。

 彼女は顔を真っ赤にしている。


「…………」


喉が鳴った。


(……嘘だろ)


反応があまりにも自然だった。

驚き。羞恥。とっさに服を押さえる仕草。

頬を赤らめる表情。

どれ一つとして、機械的なものには見えない。

それがさらに男の好奇心を掻き立てる。


(これが……NPCだと?)


ゲームの中で設定されたキャラクター。

ただのデータ。そう思っていた。

だが、目の前の彼女は違った。

まるで本当に一人の人間として、恥ずかしがっている。


その瞬間。心臓が大きく跳ねた。


ドクンッ。


「くっ⋯⋯!」


(まずい!自分にダメージが来る⋯⋯!)


心拍数が上がり、動悸が起きているのを実感出来る。視界がわずかに揺れる。

NPCのパンチラだけでこれだけの反動が来る。


「はぁ……はぁ……」


呼吸を整える。

風はすでに通り過ぎていた。何事もなかったかのように、街路樹の葉だけを揺らしている。

 ほんの数秒前まで世界を乱していた存在が、今は何食わぬ顔で遠くへ去っていく。

 そして彼女もまた、何事もなかったかのように歩き始める。


風は止んだ。けれど、記憶だけは風のようには消えてくれなかった。

それはまるで呪い返しだった。


そして――。

僕は悟った。


(……まだ、全然治ってない)


女性恐怖症。

自分では、ある程度改善した気になっていた。

異世界に来た。

魔法が使える。

ゲームの能力だってある。

 だから、もしかすると以前の自分とは違う人間になれるのではないか。

そんな期待さえ、少しだけ抱いていた。


だが。


たった一度、女性の部位を見ただけでこの有様だ。


(……重症じゃないか)


絶望感が、ゆっくりと胸に広がっていく。

このままでは能力を覚えてもまともに使えない。

いや。

今後、もっと強力な能力を覚えたとしても――。

 使うたびに体調を崩していたら、敵と戦う前に自分が死んでしまう。


「……最悪だ」


頭を抱えた。

せっかく手に入れた異世界の能力。

 もしかしたら、自分の人生を変えられるかもしれない力。


それなのに――。


最大の敵は、モンスターでもプレイヤーでもなく。

自分自身なのかもしれなかった。

そんなことを考えていた、そのときだった。



――ズガァァァン!!

挿絵(By みてみん)

「!?」


街中に、けたたましい轟音が響き渡った。

建物の壁に反響し、余韻を残しながら消えていく。

街の空気が一瞬で変わった。


人々のざわめき。

悲鳴。

走り出す足音。


「何だ!?」


反射的に音のした方向を見る。


(この音は……銃声?)


中世の街並みに似つかわしくない。

あまりにも現代的な音だった。

Echikoさんは言っていた。

 この世界には、RPGだけではなく、アクション、スポーツ、シミュレーション――あらゆるゲームの要素が混ざっている。


ならば。


 銃を使うFPSのようなゲームも、この世界には存在するのだろうか。


だが――。


「……この方向」


銃声が聞こえたのは、Echikoさんが向かった方向だった。


「まさか……」


胸騒ぎがした。


「Echikoさんが襲撃された?」


考えるより先に、身体が動いていた。


「……っ!」


僕は銃声のした方向へ走り出した。

石畳を蹴る。

人混みをかき分ける。


 向かった先は広場になっており、騒然としていた。NPCと思われる町民も右往左往しており、異常時であることが伺える。


辺りを見渡すと建物の影に身を隠して銃撃を避けているEchikoさんを発見する。

挿絵(By みてみん)

「……!」


よかった。生きている。

 服の一部が破れているようだが、目立った怪我はない。


 ただ――。


身動きが取れないようだった。


銃撃は、広場から少し離れた小高い建物群の方向からのようだ。


「……どこだ?」


目を凝らす。

僕にできることなんて、ほとんどない。

戦闘能力もない。武器もない。


それでも――。


敵の位置を見つけることくらいなら。

身を低くし、建物の陰から慎重に様子を窺う。

そのとき。

遠くで、何かが光った。


「……!」


一瞬だけ。


太陽光を反射したような、小さな光。

距離を目測する。かなり遠い。

おそらく五百メートル近くある。


(スナイパー……!?)


場所さえ分かれば、Echikoさんに伝えられる。

大声で知らせる?

いや。

そんなことをすれば、自分まで敵に見つかる。


 この世界に来たばかりの僕が、銃撃を受ければひとたまりもない。


なら――。


 時間はかかるが、裏から回り込んで直接伝えるしかない。

 僕は建物の陰を利用しながら、慎重に移動を始めた。


そして――。


Echikoさんの背後へ回り込むことに成功した。


「……いた」


壁際からわずかに顔を覗かせ、敵の様子を窺っている。

その背中が見える。


だが――。


「……え?」


そのさらに後ろ。

別の人影があった。

全身を迷彩服で覆った男。

手にはアサルトライフル。

 音を立てず、ゆっくりとEchikoさんに照準を定めている。

挿絵(By みてみん)

(……まさか)


背筋に冷たいものが走った。

狙撃で相手の意識を遠距離へ向けさせ、その隙に別の人間が接近する。

連携した暗殺。

ゲームなら、あり得る戦術だ。

いや――。

この世界なら、なおさらあり得る。


「Echikoさん!」


考えるより先に、飛び出していた。


「あぶない!!」


Echikoさんが振り返る。

迷彩服の男もこちらを見た。


一瞬。

時間が止まったような感覚。

そして――。

男が銃口をこちらへ向けた。


「――!」


 ズガガガガガガガガガッ!!


轟音。

銃弾が次々と身体へ叩き込まれる。


「ぐっ……!」


衝撃。熱。

身体が大きく揺さぶられる。

何が起きているのか、理解する暇さえなかった。

足が地面から離れる。

身体が吹き飛ぶ。

そのまま路上に積まれていた樽へ激突した。

挿絵(By みてみん)

 ガシャァン!!


木片が砕け、視界が大きく揺れる。


「ピーマンさん!」


遠くからEchikoさんの声が聞こえた。


「1ダウン!おつー」


襲撃者の逆撫でするような煽りも聞こえた。


「……」


身体に力が入らない。視界がぼやける。

周囲の音が、急速に遠ざかっていく。


(……まずい)


痛みは、思ったほど感じなかった。

むしろ奇妙なほど静かだった。


ああ。

これが――。


「……死ぬ……のか」


理解した。

あれだけ撃たれたのだ。当然だ。

身体が動かない。意識が沈んでいく。

 霞んだ視界の中で、Echikoさんがこちらへ駆けてくるのが見えた。


(来ちゃだめだ……)


まだ敵はいる。


(奴らは……君を狙って……)


声にしたい。けれど、唇が動かない。

視界がさらに暗くなっていく。

それでも最後に見えたのは――。

 心配そうにこちらを見つめる、Echikoさんの顔だった。


綺麗な人だ。

現実世界で、こんな女性と知り合う機会なんて一度もなかった。


きっとこれから先も――。

そんな機会はなかっただろう。


なのに。

不思議だった。

 死ぬ間際だというのに、怖さよりも妙な安心感があった。


 僕は最後の力を振り絞って、口元だけをわずかに動かした。


「……また……どこかで……」


声になっていたかは分からない。


「……会えると……いいです……ね……」


それだけ言うと――。

ゆっくりと目を閉じた。

世界から、音が消えていく。

光が消えていく。


そして――。


意識までもが、深い闇の底へ沈んでいった。

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