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12.洗礼

 一人になった途端、急に心細くなった。

 先ほどまで周囲の景色に圧倒されていたせいで気が紛れていたが、改めて考えると、僕はここにいる誰とも面識がない。

 しかも、Echikoさんからは「チームメンバーを信頼しすぎるな」と釘を刺されている。


(……さっきの人たち、戻ってきたら嫌だなぁ)


 それ以外にも、僕が事情を知らないクランメンバーに出くわす可能性だってある。下手をすれば、侵入者だと勘違いされて排除されるかもしれない。

 そんな不安が頭をよぎった、その直後だった。


「……お前、プレイヤーか?」


背後から、低く太い声がした。

挿絵(By みてみん)

「ひっ……!」


思わず肩が跳ねる。

振り返ると、そこには軍服姿のいかつい男が立っていた。鋭い目つきに、威圧感のある体格。

 立っているだけなのに、こちらを値踏みしているような圧力がある。

挿絵(By みてみん)

「あ、はい!Echikoさんに連れられて来ました!」


「Echikoだと?あいつはどこにいる?」


「ふ、副長に挨拶に行くとかで……ここで待つように言われました」


「そうか。……あいつが来ているのか」


 男は短く答えたあと、何かを考えるように顎へ手を当てた。


すると別の声が割って入ってくる。


「どうしました?」

挿絵(By みてみん)

 振り返ると、先ほどの男とは対照的な雰囲気の女性が立っていた。

古代エジプトのクレオパトラを連想する際どい衣装に身を包んだ美しい女性だった。

 落ち着いた身のこなしに、どこか人間離れした雰囲気もある。その姿を見た軍服の男が、名前を呼ぶ。


「ハトシェプスタか。もう配置が終わったのか」


「ええ。何かあったの?」


「こいつ、Echikoに連れられて来たらしいんだが……お前、今日あいつ見たか?」


「いいえ。まだ会っていないわね」


女性は、僕へ近寄り顔をマジマジと見た。

挿絵(By みてみん)

「あなたは、いつここへ?」


「つ、ついさっきです!」


「そう……」


彼女は小さく頷いた。

軍服の男が、なおも疑わしそうに口を開く。


「お前、“使役”の配置で城中を回ったよな?」


「ええ。外壁周辺が中心だけど」


「俺も“罠”の配置で回った。だが、Echikoには会っていない」


「そうなのね」


女性は少し考えるように目を細めた。


「でも、私の“使役”とあなたの“罠”、それにリゼルの“サモン”の監視を掻い潜って、外から侵入できるプレイヤーなんて、まずいないでしょう」


「……まあな」


「誰かに入れてもらった、と考えるのが自然ね」


「つまり、こいつの話は本当ということか」


二人の視線が、同時に僕へ向いた。

……嫌な予感しかしない。

軍服の男が一歩、こちらへ近づく。


「だがボウズ。悪いが、戦争中でな。Echikoが戻るまで拘束させてもらうぞ」


「ええっ!?」


あまりにも突然の宣告だった。


「い、いや、別に僕は何も……」


「念のためだ。妙な真似をしなければ、何も問題はない」


「……はあ」


どうやら、拒否できる雰囲気ではない。

僕が諦めかけた、そのときだった。


「ちょい待て!」


聞き覚えのある声が響いた。

 青髪の男――先ほどEchikoさんに絡んでいた男が、こちらへ歩いてくる。

挿絵(By みてみん)

「お前か。なんだ?」


軍服の男が眉をひそめる。

 青髪の男は、僕と軍服の男を交互に見たあと、不敵な笑みを浮かべながらに口を開いた。


「どうせ、あんた、こいつを送(・)り(・)返(・)す(・)つもりだったでしょ。そのほうが手っ取り早いしな」


「…………」


軍服の男は何も答えなかった。

その沈黙が、かえって不穏さを際立たせる。


「俺は、さっきEchikoがこいつを連れてきたところに出くわしたんだよ」


「そうか」


軍服の男は納得したように頷いた。


「ならば、後は目的を確認すればいいだけだな。今ここで拘束する必要はないようだ」


「そーそー。だから今、飛ばすのは待ってくれ」


 青髪の男は僕の肩へ腕を回した。身長差もありズシリと体重が乗って重い。

挿絵(By みてみん)

「俺も、こいつに聞きたいことがあるんだよ」


「……ならば、この場はお前に任せる」


 軍服の男はそう言うと、皆へ視線を向けた。


「俺はまだ仕事があるのでな」


「ええ。気をつけて」


「おう。お疲れ」


青髪の男が適当に手を振る。

 軍服の男は最後まで僕を警戒するような目で見てから、その場を去っていった。


残されたのは、僕と青髪の男。

そして、少し離れた場所でこちらを観察しているピンク髪とエジプト風の女2人だ。

どの人も独特のオーラと威圧感があり、なんとも居心地が悪い。

挿絵(By みてみん)

「さて……」


男が僕へ向き直る。

 さっきまでの軽薄な雰囲気が消え、鋭い目がまっすぐにこちらを捉えた。


「いくつか聞きてぇことがあるんだが」


「……は、はい」


「お前、どうやってEchikoと知り合った?」


スパイとして近づいたのではないか、警戒しているのだろうか。

Echikoさんにはあまりちゃんと答えるなとは言われていたけど、出会った経緯はちゃんと伝えたほうが良さそうだし、差し支えもないだろう。


「フィールドでモンスターに襲われているところを、助けてもらいました」


「ふーん……」


 腕を組み、僕の姿をじろじろと眺めた。その視線には、興味よりも見下すような侮蔑が強く滲んでいるような気がする。


「メインクエストはどこまで進んでるんだ?漆黒の沼は終わったのか?」


「え?漆黒?」


「⋯⋯じゃあ森の迷宮は?」


「いや⋯⋯」


この世界に来て2日目の自分にとっては何を聞いても全く分からない内容だ。


「どこまで進んでんだよ?」


少し苛立ちを帯びた声に思わずビクッとなる。

その様子を見て青髪の男は嘲笑を浮かべてピンク髪の女に同調を促すように視線を向けた。

挿絵(By みてみん)

「はっ!なんだこいつ。お前なんでここに来たんだよ?」


「ああ⋯⋯いえ、えーと⋯⋯」


マスターという人に会うために連れてこられただけで目的自体は自分も分からない。


「えーと⋯⋯じゃねぇんだよ」


男が僕の声真似をしてピンク髪の女がクスリと笑う。


何か⋯⋯非常に感じが悪い。


「この世界はよぉ……現実世界と同じなんだよ」

挿絵(By みてみん)

「……?」


「優秀な奴と底辺にいるグズは、そもそも出会う事がねえ」


唐突な言葉に、僕は眉をひそめた。


「Echikoはタイマンじゃ負け知らずのプレイヤーだ」


 男は、まるで常識を説明するかのような口調で続けた。やはりEchikoさんは相当強くベテラン勢の中でも一目置かれている存在なのだ。


「格闘ゲームがベースの奴ってのは、現実世界で培った運動神経やセンスがモロに出る。反射神経、間合いの取り方、相手の動きを読む勘……そういうもんが、そのまま強さになるんだよ」


「そ、そうなんですか……」


「それに比べて、RPGはどうだ?」


男は僕の格好を見下ろした。

挿絵(By みてみん)

「お前、どうせRPGだろ?」


「…………」


「その覇気のねえ面。見るからにコツコツ型だ」


勝手に決めつけられて、反論しかける。

 しかし、Echikoさんに「系統やベースタイトルを教えるな」と言われていたことを思い出し、僕は口を閉じた。


「RPGってのは、時間をかけてレベルを上げなきゃ強くなれねえ。何をやるにしても時間がかかるんだよ。最初もくそ弱く、経験値を稼いで、装備を整えて、ちょーっとずつ強くなる」


男は鼻で笑った。


「そして、この世界じゃ結局どこかで頭打ちになる。伸び悩んで、強い奴らに追いつけなくなって……最後はあっさり殺されてリセットだ」


「……何が言いたいんですか」


自分でも驚くほど、声が硬くなっていた。

相手の言葉が、妙に胸に刺さる。

僕はこの世界に来て、まだ何も分かっていない。

戦い方も、能力の使い方も、この世界の仕組みも。

そんなことは自分が一番よく分かっている。

 しかし、何も知らない相手から勝手に格下扱いされるのは、やはり気分が悪かった。


 男は僕の反応を楽しむように口元を歪めた。


「簡単な話だよ」


そして、吐き捨てるように言った。


「お前は、Echikoみたいな女と関わる資格がねえってことだ」


「……っ」


思わず息を呑んだ。

何を言っているんだ、こいつは。

 Echikoさんが誰と付き合おうが、誰と行動しようが、この人に口を出される筋合いはないはずだ。


 けれど、そんな反論を口にする前に、彼はさらに畳みかけてきた。


「で?RPGのレベルはいくつなんだよ。どうせ40もねえだろ?」


その瞬間、Echikoさんの忠告が脳裏に蘇った。


――自分のレベルや系統、ベースタイトルは言わなくていい。


そうだ。ここで正直に答える必要なんてない。


「……教えるつもりはありません」


「はっ!」


男が声を上げて笑った。


「やっぱRPGか!」


「……!」


しまった。

反応を誤った。

 僕が言葉に詰まった、その一瞬の表情だけで、相手は答えを確信してしまったらしい。


「ベースタイトルは何だ?ベタにドラクエか?」


「…………」


「魔法使いみてえな格好して、戦場に来てる割には、バフ魔法もかけてねぇみたいだしな」


男は僕の服装を指さした。


「戦闘の基本も知らねえ初心者ってところか?」


「……」


返す言葉が見つからない。

 ただの挑発だと分かっていても、相手の観察眼には感心せざるを得なかった。


服装。立ち居振る舞い。受け答え。

 そうした些細な情報から、相手の能力や経験を推測しているのだ。

 この世界では、一度の敗北がリセットに繋がる。

 そんな場所で生き残るには、相手を見極める能力も必要なのだろう。


 僕は、自分がとんでもない場所へ来てしまったことを、改めて思い知らされた。


「……初心者のお前に、少し勉強を教えてやるよ」


一歩、距離を詰めてきた。


「勉強……?」


「そうだ」


彼の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。


「今、この城の中はな――」


その瞬間。


 男の身体から、目に見えるほど濃密なエネルギーが立ち昇った。


 空気が震える。

 肌にまとわりつくような圧迫感が、周囲を満たしていく。

 まるで、目の前に猛獣が現れたかのようだった。

挿絵(By みてみん)

「死んでも、リセットされねえんだぜ」


男は、楽しそうに笑った。


「……だから、安心して逝けるだろ?」


僕の背筋を、冷たいものが駆け抜けた。


――こいつ、まさか。


僕はようやく理解した。

 この男は、最初から僕に聞きたいことがあるわけでもなく、何かを教えるつもりなどもなかったのだ。


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