のこせしもの
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
いらないものを、外へ出す。
まあ、原初より続いている健やかさを保つ行動のひとつよなあ。大きく見ればコミュニティの異物や、異教徒の排除。小さく見ればそれぞれの身体にある老廃物の排泄にまで、その働きは見られるものだ。
自分の栄養になるところは絞り出し、ゴミになるところは捨てる。心ある者たち同士で見たならば唾棄すべき行いだが、自然の営みの中ではごく当たり前のこと。これらを吐き出せないほど弱ったならば、消えるしかない。
しかし、出したにしてもそれをどのように処理するかが問題だ。微生物諸君ががんばって、問題が出ないレベルに片づけてくれるならまだいい。だがその過程で発生する害毒はどうかしないわけにもいかず、いつの世も対処が求められる。
一番手間がかからないのは、蓋だ。隔離する。見えも、触れも、届きもしないところに置けばどうということはない。どこかへ自分の届かないところへ追いやって、知らんぷりをしてやるのだ。
だがわきまえなければいけない。自分が思いつくことはすでに、他の誰かも思いついているということを。
以前、おじさんから聞いた話なのだけど、耳に入れてみないか?
それはおじさんにとっての祖父。僕にとっての曾祖父の初七日が済んだ晩だったという。
おじさんはふと、夜中に目が覚めた。
風の気配を感じたらしい。寝る前に閉めきった自分の部屋に吹き込む、生暖かい空気の動き。
「おじいちゃん?」
そうつぶやいたのは、ほぼ反射的なことだったらしい。
実際、目を開いてみてもそこにお墓へうずめた祖父の姿はない。風を受けてこちら側へはためくレースのカーテンが一枚。
けれども、その窓サッシから室内へこぼれてくるものがある。
桜の花びらに思えたものの、それにしては風に吹かれて床を滑るたびに、音を立てすぎだ。
起き上がったおじさんは、窓際に散らばるそれらの破片をティッシュ越しに摘み上げてみた。
やはり、硬い。とぐ前の米粒か、それ以上に。
散らばっているのは、多少は形にバリエーションがありながら10粒ほど。ちょっと力を入れたくらいじゃなんともないが、どこかへ押さえつけて無理に体重をかければ四散するくらいだ。
正体がつかめない。鼻を近づけて嗅いでみると、かすかに線香の香りがするような気がした。ここのところ、嗅ぎっぱなしだったこともあって鼻がすぐに判断がつくようになっていたそうだ。
とはいえ、この家の仏壇は一階にあり、おじさんのいる二階まで香りがしみつくとは考えづらかった。誰かがそのようなブツを、持ち込んだりしない限りは。
そのことがあってから、おじさんは戸締りを厳にするようになったみたいだ。特に自室に関しては。
あの日はしっかり窓を閉めた認識があるだけど、きちっと寝る直前に確かめたわけじゃない。鍵まできっちりかけていなかったかもしれなかった。
寝る前の確認。これを徹底することで、おじさんの部屋「には」かけらが現れなくなった。
でも、他の家族の部屋は別で。日ごとに同じものが出てくるようになって、家族全体で共有される事態になっていく。
試しに家じゅうにしっかり鍵をかけて閉めきったところ、今度は玄関先に同じような粒が撒かれるように。
この異状をみんなが認知したころ。お寺から電話がかかってきて、できれば急ぎお墓に来てほしい旨を告げられたらしい。
立ち会ったのはおじさんと祖母だ。祖父や父はちょうど家を空けているタイミングだったとか。
住職さんにお墓へ案内されたところ、骨壺の埋まっている部分の石がひどく削られていたらしい。それは獣の爪跡を思わせる数本が束になった切り傷であり、人がやったとしたらだいぶ手が込んでいるものに感じられたとか。
実際に骨壺を改めてみると、亡くなった曾祖父のものがたっぷりと濡れそぼっていたらしいんだ。
「これは、生前によからぬものとかかわってしまったやもしれません。意図的かそうでないかはわかりかねますが」
そう話す住職さんは数日間、曾祖父の骨壺を本堂におき、お経をあげてくれる運びになったそうだ。
住職さんの話す期間が終わるまでは、引き続きあの線香の香りしみつく破片は現れ続けたものの、期間が終わってからはぴたりとおさまったらしい。
曾祖父がかかわりをもったものが何かは分からないが、どうもそれは向こうさんにとってはやっかいなものだったようで。曾祖父が亡くなったのを契機に、その清算にかかったのだろうと話を受けたとか。




