第6話 天宮ミコ
天宮ミコさんとのコラボ当日。
俺は前にも訪れた事務所のスタジオにいた。リリアさんの時と同じく、オフラインでの対面コラボだ。
機材をチェックしていると、背後から凛とした、けれどどこか落ち着かない様子の声が響いた。
「……あなたが、噂の新人? ずいぶん緊張しているみたいだけど」
振り返ると、そこには清楚な白のワンピースを纏った、お人形のように整った顔立ちの少女が立っていた。
「初めまして、ミコさん! あ、やっぱりバレちゃいましたか? でも、ミコさんがそうやって気遣ってくださったおかげで、少し落ち着きました。ありがとうございます!」
俺は、男だった頃の癖で、純粋な感謝を込めて満面の笑みを向けた。
すると、ミコさんは一瞬目を見開いた後、目に見えて顔を赤くして視線を逸らした。
「べ、別に、あなたが可愛くて心配したわけじゃないから! ただ、初コラボでガチガチになられたら私の配信に響くと思っただけよ。変な勘違いしないでよね!」
(……お、おお。これは教科書通りの、ツンデレってやつか?)
意外な反応に面食らいつつも、トゲのある言葉とは裏腹に、彼女の耳の付け根まで真っ赤になっているのが見えて、なんだか微笑ましくなってしまった。
さて、見惚れてばかりもいられない。今日の企画を詰めないと。
「それで、今日のコラボ内容なんですけど……ミコさんは何かやりたいことありますか?」
「ふん、もう決めてるわよ。――私とゲームで真剣勝負しなさい!」
清楚系Vの皮を脱ぎ捨てた、勝ち気な宣言。
リリアさんに守られてばかりだった前回とは違う、「対決」という提案に、俺の中のゲーマー魂が少しだけ疼いた。
「望むところです! 負けませんよ?」
「……っ、その自信、いつまで持てるかしらね。さっさと準備しなさい!」
突き放すような物言いだが、キーボードを叩くミコさんの手元が、どこか楽しそうに弾んでいるのを俺は見逃さなかった。
「よし、準備はいい? 配信開始するわよ」
ミコさんが流れるような手付きでスイッチを入れる。
『こんミコ! 天宮ミコよ。今日は以前から気になっていた新人、星乃マヒロさんに来てもらったわ』
『こんマロ! 星乃マヒロです。よろしくお願いします!』
リリアさんとの時よりも、少しだけ落ち着いてマイクに向かえている気がする。
『今日は、マヒロと格闘ゲームで勝負していくわ。……覚悟はいいかしら?』
『格ゲーはあまり経験がないんですけど……精一杯頑張ります! よろしくお願いします、ミコ先輩!』
「先輩」と呼んで隣を向くと、ミコさんは一瞬息を呑み、慌ててプイッと顔を逸らした。
『っ……! べ、別に先輩って呼ばれたからって、手加減なんてしないんだからね! さっさと始めるわよ!』
対戦がスタートした。
ミコさんの操作するキャラクターが、目にも留まらぬ速さでコンボを叩き込んでくる。俺は必死にガードを固めるが、画面の中は見たこともない派手な演出で埋め尽くされた。
その時、俺の操作するキャラの周りで、一際ド派手な花火のようなエフェクトが舞い上がった。
『わあ! 見てくださいミコさん、急に花火が上がりましたよ! もしかして、初心者のためのサービスタイムですか?』
『……っ!? それ、私の超必殺技! サービスタイムじゃなくて、あなたのキャラの致命傷よ!!』
リミッターを外した俺の天然発言に、ミコさんが堪えきれずに吹き出した。
「ふ、ふふっ……あはは! あなた、何言ってるのよ! 花火って……っ」
お腹を抱えて笑い転げるミコさん。横を見ると、清楚な仮面が外れた彼女の笑顔は、驚くほど幼くて可愛らしかった。当然、コメント欄も大爆笑の渦に包まれる。
・天然ボケのクリティカルヒット
・「致命傷」を「サービスタイム」は草
・ミコがこんなに爆笑してるの珍しいな、てぇてぇ……
(うう、ヤバい……恥ずかしい……)
顔から火が出るほど赤くなりながらも、必死にコントローラーをガチャガチャと動かす。
その後も、俺の珍プレイとミコさんの鋭いツッコミが続き、スタジオ内は終始笑い声が絶えなかった。
『ふぅ……。今日はここまでね。おつミコ!』
『ありがとうございました! おつマロ!』
配信終了のランプが消えると、ミコさんはまだ少し肩を震わせながら、そっと俺の方を見た。
「……ねえ、マヒロ。あんたさ。ああいう顔、ずるいのよ」
何を言っているのか分からず、俺は首を傾げる。
「何か、変な顔してましたか?」
「……無自覚なのが一番性質が悪いのよ。……守りたくなるような顔」
そう言って、ミコさんはふいっと顔を逸らした。
けれど、繋ぎ止めるように俺の服の袖を、細い指先でぎゅっと掴んでくる。
「……次は、私と二人きりでどこかに行きなさいよ。私が、マナーとか色々と教えてあげるから」
耳まで真っ赤にしながら、蚊の鳴くような小声で紡がれる言葉。
「私の方が、先輩なんだから。……わかった?」
「はい。ミコ先輩、よろしくお願いします!」
俺が元気よく答えると、彼女は満足そうに、けれどどこか独占欲を滲ませた微笑みを浮かべた。
リリアさんが見せた「保護者」のような愛とは違う、自分だけの後輩にしたいという「執着」
この言葉が、彼女の中に芽生えた独占欲の産声だとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。




