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第3話 初配信

VTuberになる決意を固めてから数日後。俺は、都内にある事務所《Luminous Live》の門を叩いていた。

 担当マネージャーの氷室ひむろさんから、「モデルが完成した」という連絡を受けたからだ。


「こちらが、あなたを担当していただくVTuberアバター――《星乃マヒロ》です」


 氷室さんが手元のタブレットをこちらに向けた。

 画面を覗き込んだ瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


 そこにいたのは、月明かりを溶かしたような銀髪をなびかせ、吸い込まれるほど深い、群青の瞳を持つ美少女だった。

 全体的に少し幼い印象を与える顔立ちだが、ふとした瞬間に覗く表情には、どうしようもなく人を惹きつける、毒のような色気が混じっている。


「……これ、俺……なんですか?」

「ええ。あなたの今の容姿をベースに、リスナーを虜にするエッセンスを加え、さらに『もっと可愛く』磨き上げた、あなたの究極の姿です」


 ……究極。

 画面の中のマヒロは、まばたき一つ、髪の揺れ一つにいたるまで、男だった頃の俺が想像もし得なかった「女の子の理想」そのものだった。

 現実の自分(直奈)も十分すぎるほど可愛いと思っていたが、これは次元が違う。


「……ずるい」


 思わず、本音がこぼれた。

 中身が男の俺が、こんなに完璧な可愛さを纏っていいのかという罪悪感。そして、あまりの可愛さに、自分の心さえも持っていかれそうになる悔しさ。


 けれど、鏡を見た時と同じ、抗いがたい熱が胸を焦がす。

 この「マヒロ」という姿を借りれば、俺は……本当の意味で、別の誰かに生まれ変われるのかもしれない。



モデルとの対面から、さらに数日が経った。

 いよいよ今日、俺――《星乃マヒロ》の初配信が行われる。


 配信機材のセキュリティーや機密保持の観点から、配信は事務所の専用ブースで行うのが決まりだ。防音完備の室内、最新鋭のPCと、俺の動きを細かく拾うトラッキングカメラ。


 配信開始まで、あと5分。

 心臓が肋骨を突き破りそうなほど、激しく、痛いくらいに鳴っている。


「……大丈夫だ。今の俺は、外見も声も、どこからどう見ても女の子なんだ」


 自分に言い聞かせるように、震える声で呟いた。鈴を転がすような、どこまでも透き通った美声。

 すると、サブモニター越しに見守っていたマネージャーの氷室さんが、インカムを通じて静かに告げた。


「自信を持って、マヒロさん。視聴者はあなたの『魂』を見ます。男か女かなんて些細なこと……彼らが愛するのは、今そこにいる『星乃マヒロ』という存在そのものなんですから」


「氷室さん……」


 性別の境界線なんて関係ない。その言葉に、胃のあたりを占領していた冷たい緊張が、少しだけ解けた気がした。


 配信開始、30秒前。

 マウスを握る右手の震えを、左手でぎゅっと押さえつける。

 モニターの中で、銀髪の美少女――星乃マヒロが、俺と同じように緊張した面持ちで、青い瞳を揺らしていた。


 0秒。


 俺は、運命を切り拓く覚悟を決めて、配信開始ボタンを強く押し込んだ。


『――っ。……みなさん、はじめまして! 《Luminous Live》所属、星乃マヒロです!』


 声を絞り出した瞬間、モニターの横にあるコメントビューアが爆速で流れ始めた。同時接続数は、すでに数千人を超えている。


・かわいいいいい!

・声、透き通りすぎだろ……

・銀髪美少女キターーー!


 画面を埋め尽くす好意的な反応に、心臓の鼓動がさらに早まる。


『えっと、今日は初配信ということで、マシュマロやコメントを拾いながら質問コーナーをやっていきたいと思います! どんどん書いてくださいね!』


 必死に目を走らせ、流れていくコメントの中から一つをピックアップした。


・同じ事務所で好きなVTuberはいますか?


『好きな人!? それはもう、白雪しらゆきリリアさんだよ! あの低音ボイスのカッコよさと、FPSでのエグいエイム、それに歌わせたら色気爆発してて……もう最高に決まってるじゃん!』


 思わず、前世(男だった頃)のオタク魂が全開になってしまった。リスナーからは「急に早口で草」「限界オタク助かる」といった反応が返ってくる。


 その後も質問は続いた。

・好きなゲームは?(→「硬派なFPSと死にゲーが好き」)

・最近見たアニメは?(→「深夜アニメは一通り網羅してる」)


 意識して可愛く振る舞おうとするのだが、趣味の話になるとどうしても「男のオタク特有の熱量」が漏れ出してしまう。


・声とのギャップがやばい!

・中身が俺ら(男)と同じ匂いがする

・マヒロちゃん、趣味がおっさん臭くて推せる


『……あ、あはは。えっと、伝わったなら良かったです!』


 予想外の「ギャップ萌え」という評価に戸惑いつつも、気づけば一時間の配信はあっという間に過ぎ去っていた。


『よし! 今日は本当にありがとうございました! また次の配信でお会いしましょう! おつマロー!』


 配信終了のボタンを押し、ブースに静寂が戻る。

 俺は椅子に深く背中を預け、大きく息を吐き出した。


配信という戦場を駆け抜け、心地よい疲労感に包まれながら、俺は配信ブースにあるソファに身を沈めてスマホを手に取った。

 恐る恐る、SNSで自分の名前を検索――いわゆる「エゴサ」をしてみる。


 そこには、俺の予想を遥かに超える熱狂が渦巻いていた。


【超絶美少女、中身はガチのオタク男子!?】

【Luminous Live期待の新人、星乃マヒロが可愛すぎて語彙力が死ぬ件】

【ギャップ萌えの最終兵器現る。銀髪美少女の皮を被った俺らの同類!】


 そんな見出しと共に、俺がオタク全開で熱弁を振るう切り抜き動画が、驚異的なスピードで拡散されていた。


「なんだこれ……。謎属性すぎるだろ……」


 呆れ混じりに自分のチャンネルページを開くと、そこにはさらなる衝撃が待っていた。

 配信前は数千人だったチャンネル登録者数が、目に見える速さでカウントアップし続け、すでに数万人を突破しようとしている。


 アーカイブのコメント欄をスクロールする指が、わずかに震えた。


・マヒロちゃん、趣味合いすぎて一生推せる!

・可愛いのに飾らない感じが最高。居場所を見つけてくれてありがとう

・次の配信まで待てない。もう大好き!


 ――大好き。一生推せる。

 画面越しに投げかけられる、純粋な好意の数々。


「……俺、誰かに、必要とされてるのか?」


 男だった「神谷直人」が積み上げてきたものは、世界から消えてしまった。

 けれど、その喪失という更地に、今、新しい居場所が芽吹こうとしている。


 TSして失った自分。その代わりに手に入れたのは、何者でもない俺を全肯定してくれる、温かくて眩しい「星乃マヒロ」としての世界だった。

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