最終話 告白
セレナさんと別れた後、俺は一心不乱に走っていた。
事務所の配信ブースに飛び込み、震える指で配信枠を作成する。
タイトルはシンプルに、【大事なお話】。
開始一分も経たないうちに、数万人という異常な数の視聴者が集まってきた。
視聴者一覧のトップには、あの四人の名前がある。逃げ場はない。
俺は、マイクの前で深く、深く息を吸い込み、配信ボタンを押し込んだ。
『今日は……ちゃんと、皆さんに話したいことがあります』
モニターに映る自分の顔は、青ざめているけれど、目は真っ直ぐに前を向いていた。
『まずは、私の「過去」について説明させてください。私は、最初から普通の女の子だったわけではありません。……信じられないかもしれませんが、私はかつて、男として生きていました』
コメント欄が、一瞬で凍りついたように止まった。
衝撃、困惑、疑念。画面越しに伝わる動揺を押し殺すように、俺は言葉を続ける。
『それでも、今は星乃マヒロという一人の女の子で、VTuberで……ここが私の、かけがえのない居場所です。そして、私を変えてくれた先輩たちのことが、本当に大好きなんです』
ここからが、自分への、そして四人への答えだ。
『以前の配信で「みんなのVTuberだから」と言ったのは、私の逃げでした。誰か一人を選ぶ責任から逃れるための、卑怯な言い訳でした。……でも、今は違います。リリアさんも、ミコ先輩も、こももちゃんも、セレナさんも。一人一人が、私にとって代わりのきかない「特別」です。だから私は……誰一人として、手放したくありません』
それは、清廉潔白なアイドルとしては失格の、あまりにも欲張りで傲慢な独占宣言。
けれど、逃げも隠れもしない俺の「本気」だった。
一瞬の静寂の後、コメント欄が爆発した。
・カミングアウトに震えた……。
・よく言ったマヒロ! その欲張りなところが最高に好きだ!
・四人を同時に相手にする覚悟、受け取ったぞ!
『……私のわがままです。でも、これが私の答えです。最後まで聞いてくれて、ありがとうございました』
言いたいことは、すべて投げ切った。
俺はマウスをクリックし、配信を終了した。
配信終了の静寂が訪れた、その直後だった。
配信ブースの扉が、勢いよく開け放たれる。
「……っ、みんな」
そこに立っていたのは、目元を赤く腫らした四人の姿だった。
静かな沈黙の中、最初に一歩踏み出したのはリリアさんだった。彼女は俺の目の前まで来ると、呆れたように、けれど慈しむような瞳で俺を見つめた。
「……卑怯。あんなこと言われたら、もう誰も怒れないじゃない」
彼女の言葉に、張り詰めていた空気が一気に溶け出す。
「本当に、最後まで手のかかる後輩ね。……でも、ちゃんと本音が聞けてよかったわ」
ミコ先輩が照れくさそうに顔を背けながら、そっと俺の背中に手を添える。
「マヒロお姉ちゃん、大好き! 過去なんて関係ないよ、今のマヒロお姉ちゃんが一番なんだもん!」
こももちゃんが勢いよく俺の胸に飛び込んできて、その温もりに鼻の奥がツンとした。
「……カミングアウトも含めて、あなたらしい、不器用で欲張りな答えね。ふふ、覚悟しなさい? これからもっと、大変になるんだから」
セレナさんが優雅に微笑み、俺の手を優しく握りしめた。
許された。いや、受け入れてもらえたんだ。
俺が俺であることを。そして、この欲張りな愛を。
◇
数日後。配信予約枠には、かつてないほどのお祭り騒ぎとなったタイトルが躍る。
【仲直り!全員集合コラボ】
配信開始のカウントダウンが終わると同時に、画面にはLuminous Liveが誇る五人の美少女が並んだ。
いつも通り、けれどあの日までとは決定的に違う、濃密な距離感。
リリアさんが定位置のように俺の隣をキープし、ミコ先輩が反対側から肩を寄せる。こももちゃんは配信中ずっと俺の膝の上に乗り、セレナさんは背後からすべてを包み込むような聖母の笑みを浮かべていた。
『はい! というわけで、今日も事務所は賑やかです!』
俺が笑って言うと、コメント欄は祝福の嵐で画面が見えないほどになった。
・てぇてぇの限界突破
・伝説の「告白」からのこれ、最高すぎる
・全人類が待ち望んだ光景。末永く爆発しろ!
リスナーたちの温かい声援。それに応えるように、四人が俺にさらに密着してくる。
配信中、俺の心臓は休まる暇もなかったけれど、それはかつての「彼」には想像もできなかった、あまりに幸福な痛みだった。
配信終了後。
カメラが切れ、四人の「愛」に揉みくちゃにされながら、俺はふと思う。
男だった俺が、まさかこんな未来に辿り着くなんて。
性別も、過去も、常識も超えて、私は今、この場所に立っている。
――この世界が、そして、私を私にしてくれたみんなのことが。
心の底から、大好きだ。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。




